scene2
「救世主どの、言われたとおりニンニク汁と十字架をご用意しやした」
ヴァンパイア退治を引き受けたオレは、とりあえずオーソドックスなものをお願いした。
すなわち、ニンニクと十字架。
ニンニクは、すり鉢ですりつぶして小さな瓶に入れている。
十字架は長さの違う鉄板を十字に組んで針金で止め、紐で首から下げられるようにしてある。
農夫だけあってかなり手先が器用で、思ったよりも立派な十字架が出来上がっていた。
効けばいいんだけど……。
あとは、肝心のクイだ。
たしか、ヴァンパイアは心臓にクイを打たないと死なないと何かの本で読んだことがある。
オレはニンニクと十字架をお願いする傍ら、白髭のおっさんにクイを頼んでいた。
「村長さん、お願いしていたクイですけど」
「こちらに」
す、と差し出されたのは長さ30センチほどの小さな木のクイだった。
「そこの畑に差してあったやつっす」
……不安だ。
「以上でよろしいので?」
「とりあえず、オレが知っているのはこれぐらいだけど」
他にも必要な物が多い気がする。なんせ、相手はヴァンパイアなのだ。準備しすぎる、ということはないだろう。
とはいえ、オレの一般的な知識ではそれが限界だった。
「なるほど、あとは救世主様の知恵と勇気っすね!」
「ひゅう、さすが救世主様」
「救世主様、ばんざい!」
なんでこのおっさんたちは、こんなに能天気なんだろう。
本当にヴァンパイアの恐怖にさらされているのか?
「救世主様、ヴァンパイアの住んでいるところですが、あそこに大きな館が見えやすでしょう?」
「ああ、あの古びた洋館みたいな建物ね。気にはなってたんですけど……」
農夫の指差す先、小高い丘の向こうに村には不釣り合いな大きな館がある。
歴史を感じさせる立派な館だ。
かつての領主の館だろうか。
「あそこがヴァンパイアの館です」
「ふごお!?」
オレは思わず吐き出してはいけないものを吐き出してしまった。
「うわ、きたね」と飛び跳ねられたが、仕方ない。
「げほげほ、な、なになに!? ヴァンパイアの棲家ってあんなに近かったの!?」
「そりゃ、近いっすよ。だってワシらの村、ヴァンパイアのお膝元ですもの」
ですもの、じゃねーよ。
こんな目と鼻の先でヴァンパイア退治の道具を用意させるんじゃねえよ。
「大丈夫っす。昼間は決して表に出てきませんから」
そういってカラカラ笑うおっさんたち。
そもそも、あんな近くにヴァンパイアが住んでて、よく彼らは襲われないな。
「あの、一つ聞いていいですか?」
「なんでも聞いてくだされ、救世主様」
「ヴァンパイアって、人の生き血を吸うんですよね? みなさん、吸われたりしたんですか?」
「……」
顔を見合わせるおっさんたち。
その表情は「何を言ってんだ、こいつ」みたいな顔をしている。
「いや、別に血を吸われたりなんかはされとりません」
「てか、ヴァンパイアって血を吸うんだべか?」
「いやあ、初耳だべ」
そう言って肩をすくめる。
おかしい。
どうやら、この世界のヴァンパイアはオレの世界のヴァンパイアとちょっと違うらしい。
「じゃあ、何か危害を加えられたりされてるんですか? 襲われたりとか」
「いや、誰も襲われとりゃせんですが……」
「は?」
なんだ?
襲われてない?
人畜無害のヴァンパイアなのか?
なんでオレ、呼ばれたの?
「襲われておるのは畑です」
「は、畑……」
「夜な夜な、ワシらの大切に育てた作物を荒らすんす」
オレは目を丸くした。
畑を荒らすヴァンパイアなど聞いたことない。
ひもじいヴァンパイアなのか?
「実は、ヴァンパイアがいたのはずっと前からなんですが、お互いに干渉することもなく生活しておりまして……。まあ、ワシらからしたら、あれ、いたの? 的な存在でして」
ずいぶん軽い扱いだな!!
本当に魔王よりヤバいヤツなのか!?
「ところがここ最近、畑を荒らしはじめたんすわ。朝、畑に行くとそりゃもう、しっちゃかめっちゃか掘り起こされとって……」
「それ、本当にヴァンパイアの仕業なんですか?」
「ワシらを甘く見ちゃいかん。ワシらはヴァンパイア以外の動物よけは完璧にしかけとるでな」
それが怪しすぎるんだよ。
ともあれ、彼らは畑荒らしの犯人がヴァンパイアと決めつけているようだ。
「夜はヤツの時間だでな。畑を荒らしている最中は、防ぎようがない」
「昼間は何もされないんですよね?」
「んだ。昼間はおとなしいもんだで」
「だったら昼間にあなたたちで退治すればいいんじゃ……」
「いやいや、ワシらもけっこう頑張ったんだけんどもねぇ。鍬で滅多打ちにしたり、斧で身体中バラバラにしたり……」
けっこうエグいことしてんな!
え、なに、野蛮なの? この人たち。
「でも、一瞬でもとに戻っちまうんすわ。不死身なんすよ、ヤツは」
「ふ、不死身……」
オレ、大丈夫か?
手持ちの武器が畑にささってたクイ一本だぞ?
「ま、救世主様がやればイチコロですよ、イチコロ」
「ひゅう、さすが救世主様」
「救世主様、ばんざい!」
勝手に盛り上がるな。
「あの、正直オレ一人じゃ怖いんで、できればみんなで行きませんか?」
「おや、救世主様ともあろうお方が何を弱気な」
オレ、お化け屋敷とかは全然平気なほうだけど、リアルなのはちょっと……。
「大丈夫ですって! 昼間はおとなしく寝ておりますから」
「だって、中の様子とか全然知らないし。みなさん、中に入ってるんですよね?」
「入った入った。いやあ、キモかったべなぁ」
「クモの巣がわしゃあ~ってなあ」
「もう二度と入りたくねぇって思ったもんなぁ」
そんなところに一人で行かす気か!
「大丈夫大丈夫、救世主様なら一人でも全然余裕っす」
「ひゅう、さすが救世主様」
「救世主様、ばんざい!」
このやりとりはいつまで続くんだ……?
「それに、大勢で押しかけたら起きてしまいやすよ」
「そっすよ、ヴァンパイアは人のにおいに敏感だから」
「ワシらが押しかけて退治しようとした時も、加齢臭がキツすぎると言ってたし」
「身体中バラバラにしたことよりも、ワシらの加齢臭に激怒してたしな」
「ぬはは、そうそう」
いや、そこ笑うとこ?
「そういうわけで、頼みましたぞ救世主様!」
「この村を救ってくだせえ」
こうして、なかば強引にオレはひとりでヴァンパイアの館へと向かうことになった。
ううう、怖すぎる……。