scene5
「どこに行った、人間」
アランの声が林の中に轟く。
オレは木々の間に隠れるように身を潜めた。
まったく、とんでもないことになってしまった。
シーラをあきらめるように言っただけなのに。
アランの執念はハンパではない。伊達に200年もアタックしてきたわけではないんだな。
「出てこい!!貴様の喉を切り裂いてやる」
そんなこと言われて、出て行くバカはいない。
オレはこっそりと館へと戻るルートを算段した。
このまままっすぐ帰っても見つかるだけだ。
ならば、ちょっと回り道して帰ったほうが見つからないかもしれない。
オレは辺りを伺うと、ゆっくりと円を描くような道筋で館へと向かった。
とりあえず館へと戻れば、結界であの狼男は入ってはこれない。
今は早朝だからシーラが起きてくる夜までは時間もかかる。
なんとか自力で館までたどり着かなければ。
慎重に歩を進めるオレ。
幸いにもアランが「出てこーい」と叫んでいるので、どこにいるのかはっきりとわかる。
ゆっくりゆっくり歩いていると、ふいにアランとは違う叫び声が聞こえた。
「きゃあ」
という、女の子の悲鳴だ。
位置はアランとは別の場所だが、明らかにただ事ではない声である。
これは、行くべきなのか?
でも、たいしたことでもなかったら……。
今はオレの命も危険な状態なわけだし。
無視すべきかどうか悩むオレに、追い打ちをかけるかのように助けを求める声が聞こえてきた。
「だ、誰か……」
これはヤバい。
オレは慌てて声のする方へ向かった。
「だ、大丈夫か?」
声の主のもとへ向かったオレは、尋常ならざる光景に出くわしてしまった。
大きな木を背にした一人の女の子が狼の群れに囲まれている。
手には野草が入ったバスケット。
もう片方の手には木の棒が握られている。
女の子は木の棒で狼の群れをけん制しながら打ち震えていた。
「た、助けて……」
助けてと言われても……。
狼男ではない、本物の狼だ。言葉すら通じない野生動物。
とはいえ、見殺しにもできない。
オレは大きめの石を拾いあげると、狼の群れに向かって投げつけた。
「きゃいん」
あ、当たった。
狼の群れがいっせいにオレに顔を向ける。
うわ、やっべ。
「おいあんた!!逃げろ」
オレは女の子にそう言うともう一度石を投げつけた。
今度は華麗なステップでサッと避ける狼。そうそう当たるもんでもないか。
狼はウロウロしながらも、女の子に狙いを定めた。
そっか、野生動物は本能的に弱い獲物を狙うのか。
いや、だとしたらヤバいぞ。女の子が危ない。
オレはすかさず駆け出した。
人間のオレに何ができるかわからない。
でも、なんとか助けなくちゃ。
そう思って駆け出すオレを、疾風のような速さで何かが追い越していった。
「……!?」
一瞬のことで、わからない。
しかし、オレを追い越していった何かが、狼の群れの中に飛び込むと圧倒的なパワーで狼たちを蹴散らしていった。
見た目は人間のような体格。
しかし、顔つきは狼だ。
以前会ったウルフと似ているが、ちょっと違う。
頭頂部が金色に光っている。
「ア、アラン……?」
その金色の頭をした狼男は、狼たちを掴みあげては地面に打ち付け、放り投げていった。
はじめは好戦的だった狼たちも、金色の狼男の圧倒的なパワーに打ち負かされ、「きゃいんきゃいん」と声を上げながら逃げて行った。
「………」
オレはその光景を見ながらごくりと唾を飲みこんだ。
あとに残されたのは襲われていた女の子と、金色の狼男だけである。
「あ……あ……あ……」
女の子がぶるぶると震えながら狼男を見つめている。
そりゃそうだ。
こんな目の前に、伝説級のモンスターがいるんだから。
狼男は手を差し伸べるでもなく、何も言わず女の子を見つめている。
最初は怯えて震えていた女の子も、狼男に敵意がないのに気付いたのか次第に落ち着いていった。
「あ、ありがとう……」
そういって微笑む姿に、狼男は恥ずかしげにうつむいた。
「ア、アランか?」
オレはそんな狼男に思わず声をかけた。
あんなに素早い動きができるのなら、オレはたぶん館の目の前で殺されていただろう。
金色の狼男は何も言わずにオレに顔を向けた。
「助かったよ。まさか、あんたが狼男に変身して助けてくれるなんて」
「お前は……」
アランは口を開いた。人間の姿のようなハスキーボイスではなく、ちょっと低めのしゃがれた声だ。
「お前はなぜ、他人を助けようとするんだ。自分の命が狙われているというのに」
「なぜって言われても」
「死ぬ危険が増えるだけじゃないか。理解できない」
「でも、そんなアランだって彼女が襲われているところを助けたじゃないか」
「それは……シーラの近くで人間が殺されたら、彼女が悲しむから……」
オレはいいのか?
「理由はどうあれ、赤の他人である人間を助けたことに変わりはない。ボクは、狼男失格だ」
「そんなことないさ。ほら」
オレが指差す先、そこにはアランに助けてもらった少女が恥ずかしげに野草を差し出していた。
「こ、これ……お礼に……」
「これをどうしろと?」
う、うん、確かに……。
「これ、薬草です。煎じて飲めば、胃腸虚弱にすっごく効くんです。あまりこの辺じゃ採れない貴重な薬草なんですよ」
「いらない。ボクはそんな虚弱体質じゃない」
つっけんどんなアランの態度に、女の子の目がじわっと潤んできた。
「う、嘘嘘!!ありがたくもらうよ」
そんな姿に慌ててアランは女の子の手から薬草を受け取った。
やっぱり、いい奴なんじゃん。
手を振る女の子と別れたオレたちは、気まずい空気の中、林の真ん中に立っていた。
さっきまでオレを殺そうとしていたアラン。
今はだいぶ落ち着いてきている。
「……おい」
アランが最初に口を開いた。
「貴様が言っていたこと、本当か?」
ど、どれのこと?
「ボクのアプローチが犯罪的とかなんとか」
ああ、あれか。
「本当さ。シーラだって女の子なんだから、本能で突っ走ってったら嫌われるに決まってる」
「仕方ないじゃないか。理性が吹っ飛ぶんだから」
仕方ないって、あーた……。
「そこはおさえようよ。それから、シーラが言ってたよ。狼男としての誇りがない輩とは口も聞きたくないって」
「ホ、ホコリ?」
「誇りだよ、誇り。アランは狼男に変身するのを極端に嫌がってたじゃないか。今は狼男だけど」
「もしかして、人間の姿のボクに不満があったと?」
なんでそうなるんだよ。
「じゃなくて、狼男という種族に胸を張れないヤツは嫌だって言ってるんだよ」
「そうなのか……」
「別に今のアランの姿は醜くないぞ。もっと胸を張って狼男のままでいればいいんじゃないか?」
まあ、これがシーラの好みかはわからんが。
「……そうだな。よし、決めた!!今日からボクはこの姿でいる」
「いや、別にずっとそのままでいなくても……」
「そして、いつかシーラと健全な付き合いができるように努力する」
「そ、そうか。まあ、そう決めたのなら」
「ありがとう。自分が何をすべきなのか、見えてきた気がする。まずは自己抑制の鍛錬から入るよ」
「そうだな。まずはシーラの前でも理性を保ってるところから始めないとな」
「よーし、今から100年間、山にこもって精神を鍛えるぞ」
すごい結論に達したようだ。
「じゃあ、人間。それまではシーラのこと、よろしく頼んだぞ」
「う、うん。100年もいられないけど」
「シーラによからぬハエがたからないように、ちゃんと見張っといてくれよ」
よからぬハエは、お前だっちゅうに。
「シーユーアゲイン!!」
と言ってアランは去って行った。
彼と再び見える日は、きっと永遠に来ないだろう。
朝日に向かって駆け出す彼の姿を見て、オレはそう思っていた。
To be continued...
活動報告にて4章で終わりますと書きましたが、皆様からの温かいブックマーク登録を頂き、予定通り5章まで書ききろうと思い至りました。
5章は少しシリアスで、なおかつ短くなりますが最後までお付き合いいただければと思います。
ブックマークをしていただいた皆様、本当にありがとうございました。




