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ヴァンパイアを退治するために召喚されたが、一緒に住むことにした  作者: たこす
第一章 ヴァンパイアを退治するために召喚されました
2/24

scene1

 それはまさに突然だった。

 突然、という表現がぴったりなほど、突然だった。



 夜のコンビニバイトを終え、夕食用にとカレーのルーを買い、ついでに自動販売機でジュースを買おうとボタンを押したら、なぜか見知らぬおっさんの鼻を押していた。



 もうビビった。

 ビビったなんてもんじゃない。

 悲鳴を上げていた。



「うぼおおおおおおぉぉぉッ!?」



 出しちゃいけないものまで出してたかもしれない。


「だ、だ、だ、誰ですか!? あなた!」


 オレはおっさんの鼻から素早く手を離し、辺りを見渡した。


 薄暗い建物の中だった。

 両脇には大量のわらが積まれている。納屋の中だろうか。


 そして、そんなオレにおっさんは言った。


「ようこそお越しくださった、救世主様」

「きゅ、救世主?」


 よく見ると、目の前のおっさんだけではない。無数のおっさんに囲まれている。


 なんだ?

 なにがどうなってんだ?


 首にタオルを巻きつけ、土にまみれたつなぎ姿。足は長靴。

 農夫のようだ。

 みんな、手にクワやスキを持っている。


「貴方様のご来訪、心よりお待ち申しておりました」


 その中の長老っぽい人がオレに声をかけた。

 もっさりとした白髭を蓄えた、70歳くらいの老人だ。


「あの、ここは……?」


 オレは震える声で尋ねた。

 はっきりいって、わけがわからない。


「ここはラウルーラと呼ばれる世界でごぜえます」

「ら、らうるーら……?」


 白髭のおっさんの言葉に、オレは眉を寄せた。

 なんだ?

 何を言ってるんだ?


「混乱されるのも無理はねえっす。あなた様はこの村に古くから伝わる秘術、召喚魔法によって呼び出されたんですから」

「し、召喚魔法……?」


 さっきからオウムのように聞いた単語を繰り返すオレ。

 バカみたいに見えるだろうが、いたしかたない。

 なんせ、オレは今のこの状況がまったく理解できていないのだ。


「実は救世主様をお呼びしたのには、わけがございやして」

「ちょちょちょ、ちょっと待って! いったん、整理させて」

「は、はあ……」


 ピタリと口をつぐむ白髭のおっさん。

 よし、落ち着こう。まずは落ち着こう。


 深く呼吸を整えたオレは、まず状況を整理するところからはじめた。


 まずは名前だ、オレの名前。

 オレの名前は宮本勇太郎、26歳。フリーター。

 うん、覚えている。


 で、何をしていたかだ。

 たしか、夜のコンビニバイトの勤務を終え、カレーのルーを買って帰宅途中だったはずだ。

 家から2㎞圏内の場所。

 何も変わらない通勤路、何も変わらない景色。

 途中にある自販機でジュースを買おうとボタンを押したんだよな?

 で、気づいたらここにいる。

 なんの前触れもなかった。


 顔を下に向けると、オレはカレーのルーが入った袋を握り締めたまま立っていた。


 ………。


 なにこれ怖い、怖すぎる。


「オ、オレ、もしかして死んじゃったんですか?」


 自分でもあまり考えたくない言葉を口にした。

 突然の死って、本人は気が付かないっていうし……。


 しかし、その言葉を白髭のおっさんは全力で否定した。


「いやいやいや、死んでねっス! 元気もりもり活力ビンビンっス!」


 よかった、とりあえずは死んではいないようだ。


「あなた様は、身体ごとこの世界に召喚されただけでごぜえます」

「身体ごと……」

「この村の救世主様として、我らがお呼びしたのであります」

「その救世主様っていうのが、よくわからないんですけど……」

「早い話が勇者様っす」


 うん、早くなってないよね。ほとんど意味一緒だよね。


「勇者様って……もしかして魔王を倒せとか、そういった話?」

「うんにゃ、魔王よりもっと恐ろしいヤツっす」


 おおう、マジか。

 魔王よりも恐ろしいヤツ相手に召喚されちゃったのか、オレ。


「あ、あの、オレこう見えてもけっこうへタレなんですけど」


 自分で言うのもなんだが、生まれ落ちて26年。ケンカはおろか拳をふるったことすらない完全なる草食系男子だ。

 腕だって、コンビニの品出しバイトで培ったとはいえ、ナヨナヨしてるし。

 魔王より恐ろしいヤツと戦うなんて、とてもとても。


「そりゃ、見ればわかるっス」


 おい。


「ですが、あなた様は“日本”という国のお生まれ。つまり、ヤツを倒すには十分な知識があると我々は思っとります」

「じ、十分な知識……?」


 ちょっと待て。

 魔王よりも恐ろしいヤツは、日本人だからって理由で倒せるようなヤツなのか?

 むしろ、日本は世界の中でも断トツに平和ボケしてるぞ。


「ヤツの名は、ヴァンパイア。闇の帝王でごぜえます」

「ヴァ、ヴァンパイア!?」


 オレは思わず素っ頓狂な声をあげた。

 おいおいおいおい、日本人だからどうこうできるって相手じゃないぞ。

 ヴァンパイアってあれだろ?

 人間の生き血を吸って奴隷にしたり、蝙蝠に化けて空を飛んでったりするヤツだろ?

 ものすごい怪力っていう話もあるじゃないか。


「あ、あの、何か誤解があるみたいなんですが、日本人は決してヴァンパイアを倒せるような人種じゃありませんよ」

「ぬはははは、ご謙遜を。日本には、ヴァンパイアを殺したり使役したりする教本がたくさんあるっていうじゃねえですか。ワシらは読んだことないけども、救世主様の国ではヴァンパイアは奴隷なのでしょう?」


 どこのだれ情報だよ。

 知らねえよ、そんなの。


「ジャパニーズマンガとかいう教本では、ヴァンパイアだけでなく、ほかにも様々な怪物を退治したり使役したりしてるっていうし。こりゃもう、日本ちゅう国はモンスターハンターの国に間違いねえってことでお呼びした次第で」


 あいたたたぁー。

 あいーたたたぁー。


 オレは思わず魔方陣の上で頭をおさえた。

 なんすか、この「あんたら、やっちまったな」感。


 普通の日本人がマンガの世界のように怪物を退治できるわけないだろ。


「おねげえしますだ!救世主様、どうか、どうか我らの村を……」

「う、うん、あのね、言いにくいんだけどね……」

「我らの村を、いや、世界をお救いくださいましいぃ!!」

「う、うん、いったん落ち着こうか」


 オレはとりあえず、土下座して平伏するおっさんたちを立たせると、滔々と説明した。

 まず、日本人はヴァンパイアを奴隷になんかしていないと。

 そして、日本人は怪物を倒すようなこともしていないと。

 そもそも、日本にそういった非科学的なモンスターは存在しないと。


 オレの言葉に、最初は「ご冗談を」と笑っていたおっさんたちもみるみる沈んでいった。


「……救世主様ぁ、それは本当ですかい?」

「……ワシらぁ、とんでもねえ勘違いをしてたってことですかい?」

「……どうすっぺぇ、これから」


 まるでお通夜のように暗い雰囲気が辺りに漂う。

 言っておくが、オレは間違ったことはしちゃいない。事実を述べたまでだ。


「村長、どうしやす?」


 おっさんの一人が白髭のおっさんに尋ねた。村長だったんだ、この人。


「そうだべなぁ。召喚魔法もあと1回しか使えんしなぁ。別世界の代わりのもんを呼ぶにしても、この救世主様が帰れなくなるしなぁ」


 ………。


 ちょっと待て。

 今、なんて言った?

 召喚魔法、あと1回しか使えない?

 別世界の者を呼んだら、オレは帰れない?


「しょうがあんめえ。代わりのもん、呼ぶか」

「ちょっと待ったああぁぁ!!!!」


 慌ててオレは止めに入った。

 あっぶね。

 オレ、一生この世界に閉じ込められるとこだった。


「はあ、なんでしょう、救世主様」


 態度が露骨に冷たい。

 最初はあんなに持ち上げていたのに。

 人間て怖い。


「う、うまくいくかわかりませんけど、ヴァンパイアに有効な手段をいくつか知ってます。それを実践してからでも遅くないでしょう」


 オレの言葉に、お通夜だったおっさんたちの顔がパアッと明るくなった。


「ほ、ほ、ほ、本当だべか!?」

「我々には何の手立てもなかったヴァンパイアの対処法を知っていると!?」

「さすが日本の救世主様だべや!」


 わいのわいの騒ぐおっさんたち。

 彼らの前に立つ白髭のおっさんが、オレの手を両手でぐっと握りしめた。


「やはり、あなた様は世界の救世主だべ。あなた様を呼んで正解だったっす」


 あ、このおっさん、クズだ。

 と、オレは思った。


 しかし、ヴァンパイアを退治しなければ帰してもらえないのであれば、是が非にでもヴァンパイアを退治しなければ。

 どこまでできるかわからないが、とりあえず死ぬ気で頑張ろう。

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