scene2
「アランが来おったのか」
その夜、オレはシーラに今朝のことを伝えた。
「どおりで嫌な予感がしたわけじゃ」
「アランて、いつからの知り合いなんだ?」
「知り合い、というほどの間柄でもないわい。200年ほど前にヤツが川で溺れておるところを助けてやっただけじゃ」
「に、200年前……」
「それ以来、事あるごとにここに来てはわらわに求婚を迫っておる。まったく、うっとおしいったらありゃしない」
なんてこった。
アランって、2世紀以上もシーラにアタックしてたんだ。
それなのに、いきなり知らない男、それも人間がこんなところにいたら怒るわな。
オレは少なからずアランに同情してしまった。
「モンスター同士のそういった事情はよくわからないけど、少しはアランの話を聞いてあげたら?なんだか、いっつも追い払われるみたいなこと言ってたけど」
「たわけ。あやつは、自信過剰の塊みたいなヤツじゃ。わらわが話を聞くだけで図に乗ってよからぬことまでしでかそうとする危険な男じゃ。無視するのが一番じゃ」
ま、まあ、貞操を奪うと豪語しているほどだからな。
少しでも隙を見せたら、その気になって襲うかもしれない。なんたって、“狼”なんだし。
「ともあれ、狼男だけはこの館には立ち入れぬよう、強力な結界を張っておる。あやつは手出しすらできんて」
ああ、だから誘っても入ってこなかったのか。
重ね重ね、不憫なヤツだ。
「まあ、今もその辺をウロウロしておるだろうが、腹をすかせれば帰って行くじゃろう」
オレは、寒風ふきすさぶ窓の外に目をやった。
いつのまにか、大雪になっていた。
館内は、シーラの魔力なのかとても温かい。まるで暖炉にあたっているかのようポカポカとした温かさがある。
外にいるアランは大丈夫だろうか。
オレを監視するとか言っていたけど。
「さ、いないヤツのことは放っておいて、今宵はポーカーで勝負じゃ、ユータロー」
「う、うん……」
オレはアランの姿を漠然と思い浮かべながら、シーラとポーカーを興じた。
翌朝。
シーラが眠りについたのを確認すると、館の外へと出てアランの姿を探した。
外は、昨夜の大雪で真っ白な銀世界に早変わりしていた。
丘の下の村では、しっかりと冬囲いの準備は済ませており、村人たちが雪かきをして道を作っているのが見える。
オレは館の横手にある林に目を向けた。
真っ白な銀世界の中、アランの姿はおろか動物の姿さえ見えない。
もしかして帰ってしまったのだろうか。
そりゃ、そうだ。
こんな寒い中、外でオレを監視しているわけがない。昨夜は大雪だったわけだし。
と、思っていると、はるか前方にオレをじっと睨み付けている金髪の男が見えた。
「いた……」
寒さのためか、身体をガタガタと震わせて真っ白い顔でオレを見つめている。
「お、おい、大丈夫か?」
オレは慌てて駆け寄って手を差し伸べる。
しかし、アランはオレの手を弾き返して言い放った。
「お、お、お、お前、本当にシーラとはプラトニックな関係なのか!?なんで朝までシーラの部屋に一緒にいるんだよ!!」
「誤解を招くような言い方すんな」
「言え。貴様、愛しのマイハニーと一緒に何をしていた」
「何って……トランプしてただけだけど」
「と、とらんぷ?」
「そうそう。オレの世界でのゲーム。この世界ではトランプ自体はあるみたいだけど、それを使った遊びってないみたいだから、オレが教えて一緒にやってたんだ。アランもやってみるか?」
「お前、この世界の人間ではないのか?」
さっきまでの殺気のこもった顔と打って変わり、きょとん、とした顔を見せるアラン。
きしょー、ほんとにイケメンだな。
性格に難がなければ、絶対シーラといえどイチコロだと思うんだけどな。
「オレは異世界の人間だ。いつ帰るともしれないけど、いつかは元の世界へ帰るつもりだ」
「そうか」
ホッとした顔を見せるアラン。本当にシーラのことが好きなんだな。
「とにかく、ここじゃ寒いだろ。館の中に入れよ」
「いや、いい。どのみち、入れないしな」
ああ、そういえば結界が張ってあるんだっけ。
ある意味、人間の女性の「近寄らないで」という言葉よりも強烈な拒否反応だ。
「じゃあ、オレも今日はここでアランと一緒に過ごすよ」
「は?」
「昨日、シーラに聞いたんだ。あんた、200年もシーラにアタックしてるんだってな」
「正確には203年と245日だ」
あ、そう……。
「とにかく、200年以上もアタックしていたのに、いきなり知らない男がシーラの近くにいたら、そりゃ気分悪いだろ。オレも一緒に説得するからさ。ここにいてシーラが出て来るの待とう」
「お前がここにいれば、シーラが出てくるのか?」
「う、うん、たぶん」
自信ないけど。
「なんでだ?」
「だって、オレ、人間だし。今は大丈夫だけど、夜になれば凍え死ぬからな。きっと、シーラなら助けにきてくれるはずさ」
たぶんだけど。
「助けにこなかったら?」
「その時は、オレとはその程度の関係だったってことで、アランも安心するだろ」
「……変な男だな、お前は」
アランはそう言うと、オレに初めて笑顔を向けた。
くっそう、まぶしいんだよ、その顔が!!




