scene1
「嫌な予感がする」
急にシーラがそんなことを言った。
普段と何も変わらぬ夜のこと。
いつものようにシーラの寝室でオレたちはブラックジャックをしていたのだが、突然彼女の口から穏やかではない言葉が飛び出した。
「い、嫌な予感って……?」
オレはその言葉にビビりまくった。
嫌な予感がするという彼女の言葉に、オレのほうが嫌な予感がした。
オレは手に持っていたカードを降ろすと、辺りを伺うように神経を集中させた。
まあ、集中したからといって何かわかるわけではないけども。
「……ユータロー、今日はもう休むぞ」
そう言ってシーラはとっととベッドに潜り込んでいった。
「え、ちょっと……」
時計を見ると深夜の3時。まだ夜明けには早過ぎる。
しかし、シーラはベッドに横になったと同時にスヤスヤと寝息を立てて寝てしまった。
寝つきがいいんだよな、彼女。
とはいえ、1人残されたオレは当然心中穏やかではない。
嫌な予感がすると言われて、シーラ以外誰もいないこんな真っ暗な館内を歩いて自室に帰りたくはない。
「な、なあ、シーラ。もうちょっと遊ばない?」
「zzz……」
「なあ、シーラ」
「zzz……」
「シーラってば!」
「ゼットゼットゼット……」
いや、それ起きてるだろ。
「シー……」
「うるさい!おぬしもさっさと自室で寝ろ」
そう言って、ガバッと布団をかぶってしまった。
なんか不機嫌だぞ?
オレは仕方なくシーラの寝室を出た。
シン、と静まり返った館内。
片手に持っている蝋燭の炎が淡く廊下を照らしている。
オレは武者震いしながらダッシュで自分の部屋へと戻っていった。
そして、毛布をかぶると猛烈な不安を感じながらもいつの間にか眠ってしまった。
オレが目を覚ましたのは、夜が明けきる少し前だった。
ドンドンドン!!と玄関の扉を叩く音で跳ね起きたのだ。
慌てて毛布をめくり、強い力で扉が叩かれる玄関へと向かった。
「ど、どちら様?」
恐る恐る扉を開けると、目の前には超絶イケメンの長身の男が立っていた。
人間……か?
金色でサラサラとしたロングヘアーに、線の細い顔。スラリと伸びた鼻や白い歯が光る口。目なんか、切れ長で見ているだけで吸い込まれそうな青い瞳をしている。
「やあハニー!気持ちのいい朝だよー」
見た目通りのハスキーボイスだ。
「あの、どちら様ですか?」
オレが声をかけると、超絶イケメンは怪訝な顔を向けた。
「そっちこそ、誰だ?」
……このやりとり、二回目だ。
この前の魔女の子といい、オレは怪しく見られるらしい。まあ、シーラしかいないはずの館に見知らぬ男がいるんだから当然だろうけど。
「この館に厄介になってる者ですけど……」
「この館に?」
超絶イケメンは明らかに敵意のこもった目でオレを見た。
「失礼だが、シーラとはどういったご関係で?」
「ゆ、友人です……」
「友人か」
言いつつ、じろじろと品定めをするかのようにオレを見つめる謎のイケメン。
「あの、誰なんですか、あなた」
「ボクかい?」
彼はそう言って金色のさらさらの髪をかきあげた。イケメンて、こういう仕草好きだよな。
「ボクはアラン。狼男さ」
「お、狼男!?」
この世界には同じ種族が何人(何匹?)もいるらしい。
「狼男ってことは、ウルフの親戚かなにか?」
「おお、ウルフを知っているのか。彼はボクの従兄弟だよ」
従兄弟……。
彼らの家族構成がさっぱりわからん。
「それはそうと、君は誰なんだい?ウルフを知っているということは、仲間のようだけど見たことない顔だな」
「オレは宮本勇太郎。人間さ」
「に、人間……!?」
案の定、アランと名乗った狼男は驚愕の表情を浮かべた。
「に、に、に、人間がなんでシーラの館にいるんだ!?」
そう言って、ズザザザザと後ずさりしていく。そんなにビビらなくても……。
「なんでって言われても……」
「シーラが連れてきたのか!?シーラの意志なのか!?」
「いや、オレが頼み込んで置いてもらっているんです」
「ガッデムッ!!」とアランが叫んだ。
「ボクは拒否されたのに、なんで君はOKなんだ!?納得いかない」
「拒否?」
「あなたのそばにいたい、と何度も言っているのに、いつも追い返されて……」
そ、そうなのか……?
オレ、すんなり受け入れてもらえたぞ?いや、すんなりだったよな?もう覚えてないけど。
「なぜ、君はよくてボクはダメなんだ!?」
「さ、さあ……」
「鏡を見たまえ。どう見ても君の方がはるかにビジュアル的に劣っているじゃないか」
ほっとけ。
「可憐で清楚でおしとやかなシーラにふさわしいのは、ボクのほうだ」
「か、可憐で清楚でおしとやか……?」
確かにシーラはかわいいが、ちょっとそのイメージはオレにはない。どちらかというとちょっとツンデレ……いや、デレがないからツンだな。ツンツンしているイメージのほうが強い。
「ま、まさか貴様、そんな彼女の貞操を奪って、手籠めにしたのではないだろうな!?」
「あんた、オレをどんな目で見てるんだ!!」
「許せん。シーラの貞操を奪うのはこのボクのはずだったのに……!!」
………。
この男が拒否られた理由がはっきりとわかったよ。
「言っとくけど、オレは彼女を手籠めにはしていないし、貞操も奪っていない。本当にただの友人だ」
「ほ、本当か?」
明らかにホッとする顔を見せる狼男のアラン。
「でも、言い換えればなんの毒気に冒されていないシーラが受け入れたということ。お前は、いったい何者なんだ……?」
「別に。普通の人間だ」
「普通の人間が彼女を館に置いておくわけないだろう。きっと、何かあるに違いない」
むしろ、なんで自分がダメなのかを考えないのかな?
貞操を奪うとか言い張っているヤツを、誰もそばに置いとくわきゃない。
「よし、決めた。今日から、お前を物陰から監視してやる」
「か、監視……?」
「覚悟しろ。ボクの嗅覚と気配を感知する感覚はずば抜けているからな。君がどこで何をしているか、すべてお見通しだ」
「だったら、中に入ればいいのに……」
「いや、館内に入ることは拒否されているからな。外でじっくりとお前を監視してやる」
アランはそう言うと、ものすごい速さで走り去って行った。
アランが消えた先、木々の生い茂る林の隙間から、朝日で光る降り積もった雪が見えた。
そっか、もう冬なんだな。
オレは狼男のアランが現れたことよりも、一晩で雪が30センチ以上も降り積もっていたことに感動していた。




