scene3
「ち、ち、ち、ちょっと待って待って! オレも行くの!?」
オレはシーラに引きずられながら、森の中を歩いていた。
先頭にはオレたちを案内をするかのようにカラスのホープがバサバサと飛んでいる。
「魔族と人間との戦争を回避するには、やはり人間の代表者も必要じゃ。おぬしは魔族の特性に詳しいからの。きっと、理解してくれるはずじゃ」
「いやいやいや、そもそも異世界の人間が、なんでこの世界の人間の代表者にならなきゃいけないんだよ!」
「この世界の人間は偏見の塊じゃからの。ユータローのような異世界の人間が一番いい」
一番いいとか言って。
下手したら死ぬよ? 瞬殺だよ?
やだよ、オレ。モンスターになぶり殺されるなんて。
「ちょっとシーラさん。若い魔族ってどんなのか知らないけど、人間の弱さを甘く見ちゃダメだよ? たぶん、襲われたら一撃で死んじゃうよ?」
「ふむ、それもそうだな」
言うなり、いきなりシーラがオレのほっぺたにチューをした。
唇の感触がダイレクトに頬に伝わってくる。
や、やあらかぁい……。
女の子の唇って、やあらかぁい……。
………。
「じゃなくて!!」
「ほれ、これでしばらくは不死身じゃろう?」
「う、うん、まあ、そうだけど……」
でも、いいのか?
モンスターだらけの中に人間が紛れ込むなんて。
もしバレたら、タダではすまない気が……。
オレの不安を知ってか知らずか、シーラは言った。
「少しスピードを上げるが、よいか?」
「え?」
瞬間、シーラの動きが急速に上がった。
「ぶほおおおぉぉぉっ!?」
なにこれなにこれ、まさか全力疾走!? ジェットコースター並の速さなんですけど!?
めっちゃ速いんですけど!?
木々がビュンビュンビュンビュンと横をかすめていく。
シーラはオレの腕をつかみながらものすごい速さで疾走していた。
引っ張られているオレは、ぶっちゃけ酔いそうだ。
いや、今は不死身だから気分が悪いとか、そういった感覚はないんだけども。
胃が逆流しそうな感じはする。
ああ、横を見るとカラスのホープが懸命についてきていた。
鳥より速いのか、今。
ていうか、先導より先に行っていいのか?
「ついたぞ」
シーラに引っ張られながら小一時間。
森の中を駆け巡っていたシーラの手がパッと離れた。
瞬時に、オレは崩れ落ちる。
「ぜえ、ぜえ、ぜえ……」
「おや、疲れたのか?」
「い、いや、疲れたというか、少し眩暈が……」
ふと横を見ると、ホープが地べたに突っ伏している。こちらは本当にへばっているようだ。死にそうな顔をしていた。
「情けないのぉ。せっかくわらわの力を授けてやったのに」
「いきなりあんなスピードで走られたら、こうなるよ! こちとら、力をもらう前までは普通の人間だったんだから」
「そうか、そりゃ悪いことをしたの」
そういって悪びれもせず、前を見据える。
森の中の開けた場所だった。
近くには小さな湖が見える。
人の気配はおろか、動物の気配すらない。
人間の言葉で言うところの、神聖な場所、といった表現がぴったりなところだ。
「ホープ、みなはどこにおるのじゃ?」
シーラが地面に突っ伏しているカラスに尋ねる。こっちのほうが死にそうだ。
「ぜえ、ぜえ、ぜえ……、オエ」
「オエじゃわからん」
おっしゃる通り。
「お、奥の……祠に……」
それだけ言うと、ホープはばたんきゅうと倒れてしまった。かなり無理をしていたに違いない。
シーラは何も言わずに歩き出した。
こうなったらやむを得ない。
オレも意を決してあとをついていった。
祠の場所はすぐにわかった。
森の広場のさらに奥まったところ、うっそうとした木々が生い茂る薄暗いところだった。
大きな木の根元に、これまた大きな像が埋め込まれている。
祠、というから小さな社のようなものが置いてあるのかと思ったら、違っていた。
かなり大きな巨人像だ。ところどころコケが生えている。人間をモチーフにした感じではなく、どちらかというと魔族の王を現したような石像だった。牙や角が生えているし。
そんな巨人像の前に、何人(何匹?)ものモンスターが二つのグループに分かれて睨み合っていた。
片方は、ぶしゅぶしゅ荒い鼻息を立てながら今にも飛び掛からんばかりの顔をしている。
そしてもう片方は穏やかな雰囲気を漂わせ、ピリピリとした空気をやんわりと受け流している感じだった。
それにしても壮観だ。
ゲームや本でしか見たことのなかったモンスターが、勢揃いしている。
半人半獣のケンタウロスや鷲の足と翼を持ったハーピー、一つ目の巨人サイクロプスまでいる。
スマホを持っていたら、写メを撮りたい光景だ。
「おお、シーラ。よく来たな」
やってきたオレたちに気付いたのか、穏やかな集団の先頭にいた人物が声を上げた。
それに合わせて、モンスターたちがいっせいにこちらを向く。
かなり怖い。
シーラが声をかけた人物は黒いローブを羽織った老婆だった。
顔中しわだらけで、目は白く瞳がない。
歯が何本もかけた口を開いてニコヤカに笑う姿はかなり不気味だ。
「おお、ライラ。久しぶりだの」
「シーラも元気そうで何よりじゃ」
あ、あれがライラ!?
シーラよりも100歳も年下という?
ちょっと期待してたのに……。
想像通りの魔女の姿にがっかりしながらも、オレはあいさつだけした。
「どうも、はじめまして」
「……誰じゃ?」
「宮本勇太郎と言います。シーラの館に居候させてもらっている者です」
「なんじゃシーラ。召使いでも雇ったのか?」
「いや、ユータローはわらわの友人じゃ。ここに来て一か月ほど経つが、なかなかに楽しい毎日を送っておる」
「そうか。しかしシーラは孤独が好きだと思っておったのじゃがのぉ」
「今までが今までだけに一人でいることは苦痛でもなんでもないが、ユータローといると楽しいぞ」
嬉しいことを言ってくれる。
ヴァンパイアと友達になったなんて言ったら、日本のみんなはきっと誰も信じてはくれないだろうな。
「それにしても……」
と、シーラは向かいにいるモンスター集団に目を向けた。
どれも、獣人のような姿かたちをしている。
先頭にいるのは、狼男のようだ。
大きな身体に、狼の顔をしたヤバそうなヤツだった。
「シーラ、てめえ何しに来やがった」
こ、怖っ……。
顔もそうだけど、声質怖っ……。
しゃべるだけで空気が震えているのがよくわかる。
「まさか、オレたちを止めに来たって言うんじゃないだろうな」
「その、まさかじゃ」
シーラは口元に笑みを浮かべながらそう言った。




