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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

戦闘シーン練習シリーズ

恋敵討ち

作者: しゅうか

 ミヤは乱れる呼吸を必死に整え、涙を拭って無理やりにでもそれを止めた。

 様々な感情が入り混じり、考える事を放棄している。呼吸も荒い。

 頭は妙に冴えわたり冷静だった。もっともそれはミヤの主観ではそうだっただけで、客観的にはかなり取り乱していたことだろう。

 ミヤの服の中から、小さな蜘蛛が大量に這い出て来てくる。

 襟、袖、スカートの中、服のあらゆる隙間から蜘蛛はどんどん這い出て純美に突進する。

 蜘蛛達はミヤの従順な眷属だ。彼女の意志で動き、その命令に背くことはない。

 全ての蜘蛛が毒を持っていて、噛まれればすぐさま体が痙攣し動けなくなる。例え相手が、人間でなくてもその効果は変わらない。

「いきなりなんだ。殺されるほど恨まれるような事した覚えはないよ」

 ミヤの目の前に居る巫女が肩を竦めた。

 巫女――純美よしみの頭には狐の耳が生えており、狐の尻尾も生えている。人間でないことは明らかだった。

 純美が足で円を描く。彼女の足元からは炎が現れた。

 炎は少しずつ円の外側に広がり、純美に近づく蜘蛛を焼き殺していく。

「そうね。貴方には、いいえ、私達妖怪としては些細な事ね。

 でも私にとっては、そうじゃない」

 炎を操る純美との相性は最悪。それでも、ミヤは戦いを挑んだ。

 これは、敵討ち。失った恋の、復讐を果たすのだ。


 巨大な蜘蛛の巣に、十歳の少年がかかっていた。

 比喩でもなんでもなく、文字通りそのままの意味で。

 神社の鳥居に張られた巨大な蜘蛛の巣にくっついたまま、その人間はミヤに向かって手を振っている。

 蜘蛛の巣を張った少し大きめの蜘蛛が、嬉しそうに人間の頭の上で足を一本上げて振っていた。

「やぁ、久しぶり。捕まっちゃったよ」

 人間が楽しそうに言った。ミヤは溜息を吐きながら、紘也を巣から下ろした。

「ありがとう。危うくこのまま美味しく頂かれる所だったよ」

 のんきに冗談を言う紘也に、ミヤは頭を抱えた。

 本当に美味しく頂かれていた可能性もあるのに。全くもって、緊張感がない。

「全く、いつも言っているでしょう?

 ちゃんと警戒しなさい。それから、私達妖怪に気を許しては駄目だと。

 こっちからしたら人は皆食べ物に見えるのだから。

 でもだからと言って、怖がっても駄目。

 私達、怖がっている人間が好きだもの。だから、怖がったそぶりを見せずに警戒しなさい」

「ミヤ達を警戒するのは無理だなぁ。だって、ミヤは僕を食べないでしょ?

 蜘蛛達も食べないし。他の妖怪だったら、ちゃんと警戒するよ」

 ミヤは紘也をマジマジと見つめる。彼がきちんと警戒している姿がまったく想像できなかった。

 ――確かに、食べないけれど。

 ミヤはかなり紘也の事を好いているし、蜘蛛達はミヤの従順な眷属でミヤの嫌がるような事しない。

 だから、紘也を食べたりはしない。絶対に。

 蜘蛛が紘也を捕まえたのだって、ミヤを思っての行為だった。

 最近紘也に会ってないとミヤが溜息を吐いたら、蜘蛛が会わせてあげようと気を利かせた結果が今の状況なのだから。

 ――我ながら、迂闊なことをしたわね。

 自分が抱く思いは、死ぬまで胸にしまっておこうと決めていた。

 決して報われない恋。それを知っているから、せめて友人としての距離を保とうと。

 下手に意識されたり、気を使われたりしてはならない。この関係が、崩れてしまうから。

 ――大丈夫、気づかれてない。

 ミヤは必死にそう自分に言い聞かせる。紘也の様子を見るに、実際気づいていないだろう。

「心配だから、これをあげるわ」

 ミヤはそう言うと、紘也の指に指輪をはめた。

「なんだい、これ?」

 紘也は指輪をしげしげと見つめる。ミヤはお守りよ、と答えた。

「私の獲物っていう印ね。この町の妖怪なら、私の獲物に手を出したりはしないわ。

 結果的に、お守りになる」

「さすがに、指輪ははずかしいなぁ」

 うーん、と悩む紘也にミヤは大丈夫よ、と答える。

「それ、私達が見える人間にしか見えないもの。

 妖怪が見える人間って珍しいし、咎めたりからかったりはされないはずよ」

 実際、ミヤは妖怪が見える人間を紘也以外に知らない。

 だからこそ、ミヤは紘也を気に入っていた。

 ミヤはこの町を収める妖怪の娘。だから、色々と特別扱いされてきた。

 ミヤの獲物に手を出す妖怪が町に居ないのも、このためだ。

 一人の妖怪として対等に接してくるのは、両親ぐらい。

 そんな中で、出会ったのが紘也。紘也は、誰に対しても分け隔てなく接した。

 常に自然体で、ミヤに対してもそうだった。人間だから、妖怪側の事情が関係なかったというのもある。

「その指輪を決して外さないで。

 後、これはこの町でしか有効じゃないから、外に出るときは必ず私に言う事。

 何があっても、これだけは守って」

 ミヤは念を押す。わかった、と紘也は頷いた。

「でも本当に私が貴方を食べるっていう心配しないのね。私だって、これでも妖怪なのよ。

 怖がってもらうのが性分だから、複雑だわ」

 そう言って、ミヤは軽く微笑んだ。

 その言葉は嘘だ。

 ここまで無条件に信頼してくれるのが嬉しかったのだから。


 二年後。紘也は、いつものように神社の境内へやってきた。

「ミヤ居るかい?」

 ミヤは複雑な表情で、紘也の背後に立っていた。

 ここ二年で、紘也は妖怪を見る力を徐々に失っていった。今となっては、声すら聞こえない。

 紘也は神社の階段に座り、その日起こった出来事などを話す。

 声も姿も見えない、ミヤに向かって。ミヤはそんな彼の隣に座って、黙って話を聞いていた。

 ミヤを見ることができなくなっても、紘也は度々この神社に来た。そして、こうしてミヤに話を聞かせた。

 この時間が、ミヤは好きだった。見えなくなっても会いに来てくれるのが嬉しかった。

 けれど、同時に紘也がミヤを知覚できない事実に寂しくもなる。

「明日、修学旅行なんだ。町を少し離れるよ。

 帰ったらまた来るね。それじゃあ」

 最後にそう言い残して、紘也は階段を下りていく。ミヤはその後ろ姿に手を振った。

 翌朝。

 ミヤは紘也と一緒に修学旅行のバスに乗り、一緒に観光名所を巡った。その目的は紘也の護衛。

 町の外では指輪はお守りとしての効果を持たないのだから。

 とはいえ、純粋に観光も楽しんでいた。初めて見る景色にミヤは心を躍らせた。

 それが油断を生んでしまったのかもしれない。

 いつの間にか、紘也の姿は修学旅行の一団から消えていた。

 必死に捜索する教師達をしり目に、ミヤはお守り代わりに渡した指輪を頼りに紘也を探した。

 あの指輪は発信機のようなもので、ミヤにはその位置が分かる。

 そして、辿り着いた廃墟となった家でミヤは純美を見つけた。

 指輪の位置を探ると、それは純美の腹部と一致した。その瞬間、全てを理解した。

 紘也が純美に食べられたという事を。

 ミヤは動揺によって乱れる呼吸を必死に整え、涙を拭って無理やりにでもそれを止めた。

 そして、蜘蛛達を召喚する。対して、純美はその蜘蛛を炎で一掃した。

「いきなりなんだ。殺されるほど恨まれるような事した覚えはないよ」

 まったく悪びれず、純美が言った。

 獲物は早い者勝ち。いくらツバを付けていようが、後れを取った方が悪い。食べたければ、とっとと食べればいい。

 獲物を横取りされるなんて、この世界では当たり前の事。

 純美がしたのは、その当たり前。それだけで、普通誰も殺そうとはしない。

「でも私にとっては、そうじゃない」

 純美が生み出した炎は、蜘蛛達だけでなく廃墟も包み込み始める。

 ミヤは慌てて外に出て、指から糸を出す。強い粘着力を持ったそれは、目の前にあった家の壁に張り付いた。

 強く地面を蹴る。体が糸に引っ張られ、屋根へと近づく。もう片方の手からもう一本噴射。さらに近づける。

 家の壁を蹴り、その勢いで屋根の上へと登った。

 その間に廃墟は炎に完全に包まれていた。近隣の家々の人間が、逃げたり、離れた場所から茫然とその光景を眺めていた。

 その中で、純美は悠然と佇む。

「もう終わりかい?」

 その言葉を無視して、ミヤは辺りを見回した。今いる家の裏手に川を発見する。

「よし」

 ミヤは服から先程よりずっと多くの蜘蛛達を召喚する。

 蜘蛛達は散り散りになって近隣の家々の屋根へと移動。そして、同時に純美に向かって降下した。

 ある一団は正面から、ある一団は背後にから、ある一団は左右からの攻撃を試みる。

 四方八方からの攻撃に。純美から余裕の色が消えた。

 襲いくる蜘蛛の軍団を回避し、燃やし、踏み潰し対処していく。

 ミヤは川辺へと降り立ち。必死に抵抗している純美の体に糸を放った。

 糸は純美の体に張り付く。ミヤはそれを両手で引き、純美の体を引っ張る。

 引っ張られながら、純美は糸を焼き切った。

 炎は糸を導火線として、ミヤにまで到達。彼女の体を燃やし始めた。

 ――怯むな!

 ミヤは続けざまに糸を噴射。何本かは燃やされたが、それでも少しずつ純美の体を引き寄せることができた。

 手の届く距離まで縮まると、ミヤは燃えながら純美に抱き付いた。

 炎は純美が生み出したものなので、彼女に燃え移るようなことはしなかった。

 だが、それでも問題ない。ミヤの狙いはそこにはなかったのだから。

 ミヤはがむしゃらに純美へと噛みついた。蜘蛛達が持つのと同じ毒が、純美の全身を駆け巡る。

 ミヤを振りほどこうとした純美の体がふらつく。その隙を逃すまいと、蜘蛛達が純美に噛みつく。

 純美とミヤはもつれ合うようにして、川へと転落した。

 水が炎を全て消し去る。ミヤは純美の体から離れ、痛む体を無理やり動かして陸へと上がった。

 立とうとしたが、ミヤはその場に倒れ込んでしまった。ダメージが大きすぎたのだ。

 ミヤの体は人間よりずっと頑丈なので死ぬ心配はなかったが、しばらくは動けないだろう。

 ミヤは、浮上する直前に見た純美の姿を思い出す。

 毒により体を動かせず、ただ沈む事しかできなかった狐。

 いくら妖怪とはいえ、あれで生きてはいられないだろう。全ては、終わったのだ。

 ――さようなら、紘也。私の、最初で最後の恋。

 ミヤは思い人にそう告げて、静かに目を閉じた。

他人の名前が書かれたプリンを食べたら、殺された系の話。

もう恋なんてしない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 妖怪という和の要素で、儚さが際立って いいですね。悲恋だなあ、と感じます。 描写が丁寧なので、多くのことが すっと入ってきました。読みやすい。 [気になる点] バトルの描写が単調ではありま…
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