2.砂の果実。 ハル。 1
「崩落が怖く無いの?」
酔っ払ったフリをしたフリをして、ハルは街人に聞いてみた。
「ホーラク?怖い。チョーコワい。だからもう一杯!」
黒ずくめのその男はハルの話を聞きもせずに酒をたかる。
コエーよ、オアシス。何だそのテンション。
砂漠の日の光の中、ハルはこっそり呟いてその場を逃げ出した。街は半分お祭り状態だった。今朝の砂竜の襲来で大きな被害を出したが、その殆どは、衛兵と旅人達だった。衛兵は例によって嫌われ者だし、旅人は他人だ。街人はめったに見れないイベントに大興奮だった。誰が奇声を発している。ヒーハー!
街の雰囲気に呑まれ、ハルも酔っ払っい始めていた。邪魔っ気な胸を若干解放しちゃっている。下心剥き出しの若者に見つかって、面倒臭い事になりかける度に、胸元を閉じて、フードを被るが、ここは砂漠。そしてお酒。そんなこんなで、必ずリピート。
砂竜のカマを誰が食べるのかで、街人と大喧嘩をした後、カマ焼きにむしゃぶりつきながら、ハルは想った。
(うまっ……てか、何やってんだろあたし。でも、うま。)
泉の広場の砂竜の死骸は既に解体されて、ブロック肉になっている。金になる鱗や骨などは問答無用で衛兵達に奪われるが、処理が煩雑ですぐ腐ってしまう肉や内臓は街人のものになる。今その一部が、ハルの口中でとろけている。
ハルは、サンダルを脱ぎ、裸足で泉の縁にアグラをかいて肉にむしゃぶりつきながら、街の様子を窺っている。すっと伸びた手足が美しい。小さな顎先から、肉の油が豊かな胸元に零れていく。ハルは無頓着に衣服で拭いながら租借を続けている。跳ねっ返りの明るい茶髪の乗ったまあるい頭をふりふりしながら、無遠慮に周囲を見ている。
アーモンド型の大きな瞳がキラキラと泉の光を受けて輝いている。
「うーん。うまい。」
粗方肉を食べ終えた彼女は、骨をかじりだした。余り行儀の良い方では無いようだ。脇に置いたサボテン酒をあおる。
「おい。何だこいつ。死んでんのか?」
柄の悪い衛兵が、広場にぶっ倒れている男を取り囲んでいる。先程の黒ずくめの男だ。
「ほっとけよ。どっちでもいいだろ、そんなの。」
言いながら衛兵達は、金目の物を奪い始めた。その男は金は持ってないらしく、唯一の所持品らしい長い……2メートルを超えている……杖を衛兵は、奪い去っていった。倒れた男はそのままだ。
(まー、なんてガラの悪い衛兵なんでしょ!)
思いながらもハルは関わらない。辺境ではよくある光景だ。責任感と権力耐性の無い者が公的な組織に属すると、ロクな事がない。
「ああ、砂風邪だな、こりゃ。」
今度は、お節介な街人が衛兵に代わって行き倒れの酔っぱらいの心配をしている。モテモテですね。それは良いとして、熱射病の事をこの街では、砂風邪と呼んでいる。間の抜けた名前とは違い、死へと繋がる危険な病だ。
「コットスさんのとこに連絡するか。」
んだ、んだと皆が同意し、集会は解散した。5分もしない内に月の紋章の入ったブブーサ……この地方の民族衣装で、丈の長いフード付きの外衣だ……を揃いで着ている男達が現れ、倒れていた銀色の髪の痩せた男を連れ去ってしまった。
(あー。ギルド連中か。病気治ったら、売り飛ばされるんだろーなーあいつ。)
辺境ではよくある話だ。一つの油断が、人生を攫っていくのだ。
せわしなく広場を行き交う街人の中で、ハルはアグラをかいたまま頬杖をついた。
お腹も一杯になったし、お酒も飲んだ。少し眠くなっちゃったなー、と思いながら彼女は、旅の目的を思い出し、呟いた。
「つか、どこよ。砂の果実は。」
多少のアクシデントを含みながらも平和な日常の範疇を逸脱せずにいた、最後の昼下がり。風に運ばれる砂がいつの間にか大きな砂丘を作り上げるように、物語は少しずつちょっとずつ、進み始めていた。
……まぁ、肝心の当事者達はまだ気付いていないのだが。