2.砂の果実。 高坂。 3
砂漠の乾いた空気を貫いて、悲鳴が高坂に届く。遠雷を掴みかけた彼は思い直し、世界樹から削り出した嶺渡を取り出した。古木とも、金属とも、石ともつかないまろやかな艶を放つ巨大な弓だ。彼の身長よりも長い、折り畳み式の長弓だ。
到底しなるとは思えないその弓を、しかし、軽やかに高坂は弦を張る。
崖に吹く風と悲鳴を受けながら、高坂は矢を構え、精神の力……この世界では《マイト》と呼ばれる……を集中させた。殺気の塊が彼の中に出現する。
……みしり。
と、一瞬で、矢はつがえられた。高坂は、曲がらない物を曲げて、維持できない筈の状態で静止させていた。咆哮のような気の塊が彼の中で煮えたぎっている。人々の悲鳴を粮に更に更にそれは燃え上がっていく。
……砂竜は、クレイフで暴れている。飛び上がり、叩きつけ、引きちぎっている。先程、矢を射かけた衛兵の殆どは、死ぬか逃げるかしており、今、襲われているのは街人だった。無力で、無実な人々だ。砂竜は喰らい、殺し、叫んでいる。人々の悲鳴と涙と命を呑む。再び飛び上がり、街へ急降下しようと、翼を畳ん……たん。
軽い音が砂竜の鼓膜を揺らした。さて、何だろう?と砂竜が目をギョロつかせると、左右の耳から棒状の何かが生えている事に気づいた。彼は、新しい角にも見えるそれの正体を推理した。そして、気づいた。
(これは、矢だ。鏃と風切り羽が付いている。すると、私は……
誰がどうやって、動きまわる私の耳に矢を射かけて、しかも、それを成功させたのだろうか?その最後の質問は浮かび、そして彼の意識と共に沈んでいった。轟音と砂煙を撒き散らし、砂竜は砂漠に落ち、息絶えた。人々は何が起こったのか理解出来ずに、呆然と動きを止めている。
高坂が再び荷物をまとめ直し、今度こそ崖を降りようとして、大事なロープを今の騒ぎで崖下に落としてしまったことに気がついたころ、街に歓声が湧いた。隠れていた衛兵達は、誰の弓が仕留めたのか、それぞれの主張を繰り広げる。大声で手柄を叫ぶ。そして、高坂は呟く。
「……どうやって降りるんだ、これ?」
砂風は彼の呟きを拾わず、それはどこにも届かなかった。熱砂の国ザザの辺境、クレイフの街には、いつも通りの新しい1日が訪れる。
さぁ、気温が上がり始めた。