2.砂の果実。 高坂。 2
甲高い割れた咆哮を発しながら、砂竜はオアシス上空を旋回している。固い鱗に覆われた、砂漠の飛竜だ。術式を使う事は出来ないが、知能は決して低くはない。獰猛で慎重な飛竜だ。辺境のオアシスに警鐘が鳴り響いたのは、砂竜が、街へと急降下した時だった。
砂竜は、街の中央にある泉を取り囲む広場に急降下した。人々の悲鳴が上がる。荷物を引かせる為の大きな家畜が鷲掴みにされ、引きちぎられる。砂竜はうまそうに内臓を貪る。血を呑む。
高坂は、崖からそれを傍観していた。少し安心しながら。
(自分と同じ大きさの獲物を食べ終えれば、満足して去るだろう。誰のウシなのか知らないが、砂竜に対するものであれば、安い犠牲だ。)
ウシと言っても、乳牛などではなく、象ほどの大きさ生物だ。背中には、栄養満点の大きな瘤を持つ。砂竜は、珍しいご馳走を食べる為に少々、危険を冒したのだ。
「さて。」
高坂は、念の為、砂竜が立ち去ってから崖を降りることにして、朝飯を食べ始めた。固い干し肉のザラムと、野菜を練り込んだパンの簡素な食事だ。崖に来てから、ずっとザラムとパンしか食べていない。風向きと天候次第では、火を起こして、スープにして、食べる事もあったが、当然、飽きている。飽き飽きしている。食べる前からげっぷが出る。
(出来たら、今日の朝飯は街で食べたかったんだがな。)
まぁ、慌てる事もないかと高坂はクレイフを見下ろす。
(どうせ、奴は約束を守らない。)
以前に約束を守らなかった為に、二人とも命を落としかけた事があった。何故約束を守らないのだと問い詰める高坂に、きっぱりと言い放った。
アア、アノシャコウジレイノコト?
素直な高坂は返す言葉が思い浮かばなかった。今度は何か言い返してやろうと、あれこれ考える高坂の前で、いよいよ日が昇り砂漠がその気配を強くする。砂竜は煩いヒトを威嚇し遠ざけながら、豪勢な朝食を続けている。見るからに砂竜は満腹になり始めている。狩人の高坂の目に間違いはない。長い経験に裏付けられた分析だ。一方で、一向に満腹にならない高坂は、街に降りたら食べ直しする事に決めた。
(やれやれ。漸く、朝飯はお終いか?さぁ、終わったんなら、巣に戻……
「ちょっ!!ああ!!
驚きで声が漏れた。衛兵が砂竜を取り囲み始めたのだ。
「あぁ、まずいぞ。止めろ。構うな。もうじき立ち去るのに。」
当然、高坂の声は届かず、衛兵は一斉に弩を放つ。何十という毒矢が砂竜に到達したが、全て固い鱗に弾かれた。鱗には傷一つ無い。当然、毒はその効果を発揮しない。だが、砂竜のプライドには傷を付けたようだ。下等な生物に食事を邪魔された怒りを吐き出す。広場の泉が波打ち、周囲の衛兵がその咆哮で薙ぎ倒される。続けて、尻尾を振るい、周囲の建物と人命を破壊した。
一瞬、ほんの一瞬、高坂は逡巡したが、行動を起こした。獲物を荷物から取り出し始める。
いつもの感触が、高坂の中で湧き上がった。例の……厄介事にツムジまで、どっぷり浸かっていく……感触が。急に腐れ縁の相棒の言葉が鼓膜の奥をくすぐった。
……無視すれば通り過ぎるような厄介事に、首を突っ込むおまえのその性格、いつか命取りになる。早く直せよ……でも、まぁ、お前のそういうとこ、嫌いじゃない。いや、誉めすぎたかな……カハハハハ。
俺も同感だ。
呟きながら、高坂は獲物を構えた。