2.砂の果実。 高坂。 1
砂色の世界が広がっていた。
舞い上がった砂塵が青い空を曇らせている。ぼんやりとした空には、はっきりとした雲はなかった。
眼下には、辺境の小さなオアシスが広がっていた。数万の人々が暮らしている。小さいと言っても、彼らにとっては、それが世界の全てだ。愛や憎しみ、争いや平和があった。全ての街々と同じ様に。
朝日が昇ろうとしている今は、夜に荒れていた風も収まっていた。
(今日は穏やかな1日になりそうだな。)
と、高坂は砂漠に呟いた。返事はない。当たり前か。
彼は、オアシスの街を見下ろす崖の上段にいた。今日で一週間になる。今回の探索の下調べだ。この辺境の街、クレイフのどこかに「砂の果実」は眠っている……筈だ。世界がコナゴナになる前の世界樹に覆われた完全世界の遺物。言い伝えでは、これが無ければ、創国はできなかったとされる。
但し、記録がない。全ては、クレイフを含む熱砂の国ザザの王家の言い伝えだ。だが、高坂は「砂の果実」の存在を信じていた。村から旅立った後の僅か数年間でさえ、いくつものカケラを見てきた。コナゴナになった完全世界が残した文明のカケラを。
だから、高坂は「砂の果実」を信じていたし、彼ら以外にも、一獲千金を夢見る流れ者達……ドラフ……がそれを求めて、クレイフを訪れている。
そろそろ降りるか。
高坂は明け行く砂漠の夜を前に呟いた。もう、充分だろう。一通りの情報は手に入れた。彼はこの一週間、地上500メートルの崖の窪みから、ひたすらオアシスを観察していた。これから探索……いや、冒険だな……を行う舞台の現状を推察していたのだ。
人口は数万程度。その内、駐屯するザザ軍が2000名。街は砂漠を横断する旅人へ、ありとあらゆるモノを供給する事で成り立っている。中央には直径100メートルの泉がある。湧き水だ。地下水が噴出しているようだ。そこから水を引き、街の周辺の畑に供給している。また、高坂が潜む崖は街をくの字型に取り囲む岩山で、コレが砂嵐と日中の日の光を程よく遮っている。当然、岩山の頂上には、物見の兵士が寝ずの番をしている。高坂はこの崖に違和感を覚えた。どこか不自然で……そう、都合が良すぎるのだ。でも、まぁ
……
極端に多い兵士と大量の湧き水以外は特に気を配るべきものはなかった。ただ、昨晩は、間近に「鯨」が現れ、砂漠に大きなひっかき傷を残した事と、長身……3メートルはあった……のヒトが2名クレイフに忍び込んだ事については、気を残しておくべき事と思われた。
いずれにしても協議が必要だな。
高坂は、最後に独り言ちて、地上へと降りる準備を始めた。粗末な寝袋を畳み、崖の窪みから出立しようと立ち上がる。2メートル近い長身だ。鍛え抜かれた体躯を有してした。長年の狩人としての習慣が手伝い、僅かの時間で準備は完了した。崖を降りるためのロープを下ろそうとした高坂の耳に、警鐘と警笛の音が届いた。音に反応しながらも、高坂は瞬時に敵を把握した。彼は呟いた。
「か……勘弁して。」
平和な筈のオアシスに、砂竜が飛来していたのだ。