2.砂の果実。 天為。 3
……火花が散る。
光と雪片が、弾けた。
天為の古刀と羊魔の薙刀が、切っ先を削りあった。巨大とも言える羊魔の気迫が天為を吹き飛ばす。追撃の薙刀が速い。辛うじて、身を捻りながら天為はかわす。苦悶の表情が浮かぶ。
「つ……強い。」
天為は滝のような汗を流しながら、精一杯、敵と距離を置く。
「ふっ。」
魔人は、笑う。
「貴様、それで誘っているつもりか?弱いふりをして、我を緩い砂の上に誘い込むつもりだろう?」
すぅっと、天為の顔から、苦悶の表情が、抜け落ちる。
「あらま。意外と賢いのね。蹄の足元とその体重なら、身動きとれないだろうなぁって思ってさ。」
かはははは、と天為は笑い、大長尺の古刀を振るった。
夜が割れ、雪が舞う。今度は、羊魔が辛うじてかわす番だ。そして、それは、本当に辛うじて。踊るように刀を振るう天為から、羊魔は大きく跳ねて、間合いを取った。
「ふむ。我が名はストクフ。相手にとって不足はない。」
「つか、この奇跡的な出会いを分かち合う感じでもいいんじゃね?友達になろうよ。俺は天為。」
ばがり。と、羊魔は笑った。
「気に入った。殺す。」
「おぉう、屈折してんな。」
言い終わる前に、ストクフは突進する。天為はかわす、半笑いで。すれ違いながら、ストクフは確信した。
「ふむ。ふざけているのか?我を甘く見ない方が良いぞ。」
かはは。と、天為は笑いで返す。本心は冷や汗だ。現状として、ストクフなる羊魔と天為に力の差はない。夜の砂漠が、世界を混ぜ返す。月が冷たい。ストクフの巻いた角が夜空にずしりと浮かび上がる。
「貴様も、砂の果実を探しているのか?無駄だ。我が先に戴く。」
天為は、ストクフが次の一撃で決着しようとしている事を確信した。
成る程。で、あれば、受けて立つしかない。倒すしかない。先手を取ろうと、天為は駆け出し、突進する……が……羊魔は速く強い。
……ちっ。これは……砂蛸なんかと格が違う。
羊魔のリーチもスピードもパワーも、はるかに今の天為を凌いでいた。羊魔の渾身の一太刀を受けようとした天為は、軽く弾かれて、砂の上を転げ回った。
「ふむ。所詮はヒトか。もう少しマシかとおもったのだが。まぁ、いい……。」
羊魔ストクフは、大きく薙刀を振り回した。その音は、砂漠の月夜を切り裂く。すっ……と、羊魔は腰を落とし、薙刀を構える。
「では、参る。」
その瞬間、天為は、心を開き精神を解放した。彼は世界と融合する……筈だった。が、それは叶わず、彼は彼のままでいた。
(……駄目だ。気が拡散しない。いや……何だ?何か引っかかったぞ?)
一瞬の逡巡を経て、天為はそのまま戦う事にした。他に有効な手立てはない。
そして、羊魔は突進する。長く伸びる薙刀の突きを天為はかわす。風に揺らぐ煙のように。彼は、薙刀をかわし、まとわりつき、呼雪を振るう。ストクフはその攻防一体となった天為の攻撃が回避不能である事を察し、薙刀の柄で天為を弾き飛ばした。体重差が大きいからこそ可能な、力技だ。羊魔は倒れ込んだ天為に留めは刺さず、一端、間合いをとった。
「ふむ、どうやら私の方が見くびっていたようだ。なかなかどうして。見たことも無い太刀筋だ。攻めと守りが渾然となり、区別がつかない……いや、完全に融合しているのか?」
天為は呻きながら、打ちつけた脇腹を押さえ、ゆっくりと起き上がろうとする。
「どうやら肋骨がやられた様だな。その様子では、もうまともに戦えまい。」
「……さぁ、どうだろうな?試してみれば?それとも、その程度の勇気もないって?」
精一杯の軽口を叩きながら、天為は体を起こし、油汗の浮いた血色の悪い顔を上げる……芝居をした。
今度は羊魔は簡単に引っかかった。戦いの興奮が冷静さを削っていた。まあ、正直、戦いの最中に猿芝居を「繰り返す」ような意味不明な剣士はいない。普通であれば、ということなのだが。そもそも論として先程の大根芝居は、布石。今の猿芝居をそれらしく見せる演出だ。
ともあれそうやって、天為は時間を稼ぎ、一方で魂を解放し、世界に解き放とうとする。が、やはり、上手く行かない。多分、熱が考えているよりも高く、集中できなくなっているだ。確かにふらふらするし、視界もチカチカと明滅している。それでも天為は僅かばかり、世界に接触する。
……あ。おいおいおいおい。まじかこれ。
「?どうした。反撃の気力も失ったのか?」
羊魔は天為の見せた驚きの表情を見逃さなかった。不信を抱く羊魔の目の前で、天為は振り返り、叫びながら、砂漠の中へ走り出した。風がひゅおお、となった。
「無理やりにでも、砂上の戦いに持ち込むつもりか?戦いにくいのは、お互い様だぞ?」
天為には全くの届かない声だった。
「ごめ!ごっ!めんな!さっあああああぁぁい!!」
必死に叫びながら、天為は砂漠に身を投げ出した。
羊頭の魔人と月と天為と砂漠と夜。風と砂と枯れたオアシス。あれやこれやそんな感じで、主人公の涙目と絶叫は、静かな月夜に木霊した。