スタンドアロン 第二話 始まり高坂。 9
土砂降りの雨の中、セオは苦しそうに言う。
「俺の術の射程は最大でも50mしかない。しかも、それだけの距離が有れば俺の派手な光の矢はまず避けられる。日中であればまだ可能性はある。でも、今は駄目だ。夜では目立ち過ぎる。当てるつもりなら、20mだ。」
天為もまた、目をつぶった。その間も死者達はじりじりと天為達に近づいてくる。隊列の左右にある民家を襲う気配は無い。恐らく、天為達がとりあえずの目標なのだ。体とマイトを鍛錬している天為達の魂は、アンデットクリーチャー達にとって、ただの村人の魂よりも光り輝き、妬みと恨みを買うのだ。結果として、アンデットクリーチャーの目標となってしまう……それだけではなく、他に何か理由があるようにも思えたが、今は真っ直ぐこちらに向かってくれる方が都合が良い。理由はまた今度、だ。
今、村の細い道を進む彼らの隊列は乱れ広がっていた。大通り沿いの民家を取り囲むように行進を続ける。隊の先頭から王が鎮座する騎馬戦車までは110m程。つまり、もしセオの「光の矢」で王を狙うなのなら、何とかしてスケルトンの群の中を90mは進まなくてはいけないのだ。
「くそったれ……。」
天為は天を仰いだ。大粒の雨が彼の顔を叩き付けた。
(せめて、この雨さえなければ、火を使う事も出来たんだけど……。)
いまだ雷鳴はやまず、死者達の軍隊や巨大な馬の骸骨が引く騎馬戦車に乗る王を不気味に浮かび上がらせていた。
「……天為、時間がない。決断を。」
傍らのゴーフィが促した。死者の群との距離はすでに30m。暴れてはいないが、既に家々を取り囲んでいる。
(ちっ。)
天為は舌打ちした。こんな重要なことについて決断なんてしたくなかった。今、天為が下す決断で村人達の運命が決まる。村人達全員の命について責任なんて負いたくはなかった。誰かに任せたかった。
(あぁ、くそ。誰でもいい。誰か俺と代わってくれ。)
心底そう思ったが、誰も変わってくれる人など……背中の痣の男以外は……居ないのは判りきっていた。ここには俺達しかいない。天為は大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
「セオ、ゴーフィ。村を捨てるぞ。みんなにメインストリートを中心に放射線状にそれぞれの方向逃げるように伝えてくれ。家族単位で行動しろと。とりあえずの行き先は隣村だ。俺はこのまま、ガラクタ共を引きつけながら、テラまで下がる……その後は未定だ。」
こんなんで、いいのか?駄目か?いや、いいのか?
天為の気持ちは振れる。村人達をみんな殺してしまうかもしれない、という吐き気を誘う思いを抜い拭い去ることは出来なかったが、自分が出来る以上のことは出来ない。天為は迷いながらも、指示を出し、最後に……またな、と、
自分と骸骨共の間に高坂が割って入って来るのに気づいた。
ふーーーっ。
と高坂は大きくため息をついた。振り返りもせず、背中で天為に語る。
「108m。・・・・・・108m先の鳶を撃ち落としたことがある。」
そう言って、高坂は肩幅に足を開き、長さ1mはある巨大ボウガンを構えた。高坂の少し子供じみた顔からは想像できないような引き締まった筋肉に押し出され、両腕に血管が浮かび上がった。
「セオ。力を貸してくれれば……術で俺の矢に亡者を滅ぼすマイトを込めてくれれば……後は俺がやろう。本当に王がこの軍隊の要であるのであれば……多分、悪い賭じゃないと思う。」
セオは表情を、変えない。
「無理だ。いくら俺が術でオマエの矢にマイトを込めたとしても、あれだけ揺れてる戦車の上の骸骨を打ち抜くことが出来るとは思えない。……この土砂降りの雨の中、正確な射撃が出来るのか?そもそも、届くのか?……なぁ、やりたいなら止めはしないが、一人で、やれ。俺は、村人達を避難させてくる。一秒も無駄には出来ない。」
セオは冷たく言い放った。そのまま高坂に背を向けてチープの中に入って行った。高坂はこれでいよいよ逃げるしか打つ手が無くなったな、と思い、ゆっくりと自分専用に改造された2連鳶弓を下げた。
「……どうやら、役には立たなかったけど……俺はこれで、失礼する。」
雨は一段とその激しさを増した。ああ、そうだな。
(恐らく……大勢の人間が死ぬだろう……。)
高坂はそう想った。コナゴナになった世界の中においても、今夜は……ああ、そう。
……とても暗い夜だった。