スタンドアロン 第二話 始まり高坂。 8
……世界はコナゴナになった。
だから、そう、後は各自で対処して貰うほかない。北方大陸の小国トマの村、ビゲイト。アンデットクリーチャー達は、村守達まで後50mの所に迫っていた。
(ここまでだ。)
セオ達に背を向け高坂は酒場に戻り、自分専用のヘビークロスボウを取ろうとした。が、リンがいた。栗色の瞳と髪が店内のランプの光を受けて輝いていた。彼女は魂が抜けたような表情で立ち尽くしていた。店内に戻ろうとする高坂のことを見つめていた。高坂はリンの目の前、店内と死者の臭いが漂う外の世界との境目である敷居の上で立ち止まった。リンの瞳が高坂のことを見上げていた。彼女のことをここに置き去りにすると思うと高坂は胸が切なくなった。だが、あれだけの数のアンデットクリーチャーと何の用意も戦術も無しに戦って勝てる訳がない。逃げるしかないのだ。リンはただ、高坂のことを見つめていた。それは100分の1秒だったかもしれないし、10分だったかもしれなかった。高坂にはどれだけの時間そこでそうして、リンと見つめ合っていたのかは判らなかった。長年、鳶狩りとしての暮らしの中で培われてきた時間感覚もこの時ばかりは全く働いてはくれなかった。高坂が我に返った時、アンデットの群は、更に近づきその軍靴の響きを誇示していた。
……天為とセオの言い合いが雷鳴と土砂降りの雨音をすり抜け、高坂の耳に届いた。
「いいから聞け!セオ、聞いてくれ。なぁ、おかしくないか?あの骸骨共はみんな同じ紋章の入った鎧を身に纏っている。つまり、生前は同じ王に忠誠を誓った騎士や兵士だったって事だろ?で、そいつらが全員未練を残して死後、アンデットとなったのか?あり得るのか?100人以上の人間が同時に成仏できないほどの未練を残して死ぬなんてことがあるのか?しかも、死を覚悟して望んだはずの戦争で、だ。どう?セオ、どう思う?」
天為は、雨と雷鳴と骨と金属がぶつかって起こる乾いた音に負けないように声を張り上げて聞いた。
「確かに異常だ。その通りだ。天為。誰かが100人以上の人間を呪殺し、死後アンデットとして蘇らせるなんて事は不可能だ。しかも、奴らのエンブレムを見て見ろ!竜人がかたどってあるだろう。あれは、キルク連合国の物だ。700年以上も昔に存在していたとされる国の物だ。その頃のネクロマンシー(死者を生き返らせるのでは無く、アンデットとして蘇らせる為の術学問)ではまず不可能だ。だが、"現実はこうなっている"!!そもそも、その質問が何の役に立つって言うんだ?」
セオも早口で答えた。その返事を聞き、また天為が返した。骸骨兵士達が水たまりを踏み抜く音がはっきりと聞こえるようになった。不吉な騎馬戦車の車輪が軋む音も響き始める。着実に死者の軍隊は天為達に近づいてきていた。
「とても重要なこと。100人以上の人間を誰かがアンデット化する事は無理なんだよな?でも、奴らは現にここにいる。じゃ、100人以上の人間達が戦争で命を落とし、それぞれが死んでも死にきれない思いを残し絶命し、滅多に成ることがないはずのアンデットとなったのか?俺はそんなことが起こるとは考えられない。で、問題だ。じゃぁ、なぜ、こいつらはそろいもそろって、アンデットになったんだ?セオ。俺は思う。こいつらは無念だからアンデットになったんじゃない。これは契約なんじゃないのか?」
セオは天為の言葉を聞いてピンときた。目の前にある死者の軍隊は恐らく、死を超えて続く忠誠を王に誓った……魔法的に契約した……者達なのだ。あの玉座にしがみつく死者の王に対して。その王が死んだとき、王は強い思いをこの世に残した。結果、王はアンデットとなった。嫌がる人間を無理矢理アンデットにすることは極めて困難だが、契約があるのであれば不可能ではない。兵士達は死後も続く忠誠を誓っていたのだ。死して尚、王に仕える事を誓ったのだ。だから、王がアンデットとなりこの世界に残った時、彼ら魂はその誓いに縛られ、この世界に留まることになったのだ。
「つまり、あの玉座の上の干からびた王を倒せば、残りの骸骨戦士達も王の魂を追ってこの世界から立ち去る……たぶん、だけどね。」
天為は少し自信ありげ?に答えた。
「で、どうなんだ?セオ。どこまで近づけば、あの干物の王様を吹き飛ばせられるんだ?」
はっ。と、セオは鼻で笑った。下を向き、目を閉じた。自身の力量と今夜の天候と虚ろな死者の軍隊を思い、思案した。雨が次から次へと彼らの頬を伝い首筋を流れ、体を濡らしている。セオは悔しそうに歯噛みして、答える。その身体は振るえていた。
「残念ながら、20mだ。」
セオは、冷静に答えた。その回答は絶望だった。軍団の先頭から、死者の玉座まで100メートル以上ある。セオの射程範囲まで近づく為には、それだけの距離をアンデットを倒して近づかなくてはならない。無理だ。それを達成するにはもっと人数が必要だ。天為は真夜中の土砂降りの雨の中、稲光に浮かび上がる亡者の軍隊を凝視していた。
……ただ、凝視していた。