スタンドアロン 第二話 始まり高坂。 7
誰も彼も虚ろな眼窩を雨水で満たし、古い豪奢な装飾を施した甲冑に身を包んでいた。
その数は100体以下ではなかった。たった今、セオが打ち砕いたスケルトン達はただの斥候だったのだ。亡者達の隊の中央には巨大な騎馬戦車の上の巨大な玉座に座る王が居た。彼は子供の頭ほどもある水晶球の付いた王錫を掲げ、不遜の表情を肉のない顔に浮かべていた。死者達の王は死して尚、威厳と風格を兼ね備えていた。象じゃないのか?と疑いたくなるような巨大な馬の骸骨がその戦車を引いていた。亡者達の行進は斥候達の移動速度は比べ物にならないほど速かった。
「無理だ。天為、ゴーフィ、手分けして村人達を避難させよう。」
セオが言った。あれほどの術者でもこれだけの数のアンデットクリーチャーを相手にすることなど出来ないのだ。
(いや、でも、無理じゃ……。)
高坂は思った。逃げ切れるものじゃない。死者とは言え軍隊だ。一人一人は生きている人間の方が速く移動できるだろうが、人という物は数が集まれば集まるほど、まとまりがつかなくなる。村人全員となると、尚更だ。しかも今が夜とあっては、村から出られるかどうかも怪しいものだ。もう一つ問題がある。死者達に踏み荒らされた大地は腐り悪臭を放ち不毛の大地となる。それは、10年や20年では元通りに成らない。この場合、逃げると言うことは村を、これまでの生活の全てを捨てると言うことなのだ。そして、それは多くの老人や子供達にとって危険で厳しい暮らしが始まることも意味していた。
天為はセオに返事をしない。彼はしきりに目を凝らし死者の王を見ていた。高坂は一刻を争う状態で何をしてるんだ?と少しいらいらしながら代わりに答えた。
「駄目だ。訓練もしていない人間達がまとまって行動出来る訳がない。バラバラになってしまっては、アンデットどころか、野生動物のエサになりかねない。」
セオは大きな目を血走らせて、高坂を睨みつけた。
「百も承知だ!でも、他に方法がないだろう?倒すことが出来ないのなら逃げるしかないだろう?半分。半分だ!五割の村人が助かればいい。全滅よりましだ!」
高坂は恐怖した。この一瞬で、セオと名乗る術者は慣れ親しんだコミュニティーの半数を切り捨てる覚悟を決めたのだ。冷酷?冷静?だが、高坂はその決断を飲み込めない。
「そう!倒すことは出来ない。俺達は、だ!……でも、誰か居るんじゃないのか?僧侶か神官が?普通居るだろう一人くらい?」
高坂は間髪入れずに答えた。セオははっとなり、ゴーフィを見る。
「呼んでくる。」
そう言って寺に向けて走り出そうとするゴーフィを天為は止めた。
「無理だ。亡者を成仏させるには接触する必要がある。しかも、一体ずつしか成仏させられない。あの数じゃ幾らじーさんでも無理だ。」
天為は相変わらず死者の王を凝視していた。次々と落ちる雷の光が時々、頭に冠を頂き、王錫を掲げる王の姿を浮かび上がらせていた。死者の軍隊の先頭までもう100mを切っていた。じわじわと死者の群れは近づいてきていた。戦いになれば勝ち目はない。相手がただの人間だったとしても100対5じゃ、無理だ。アンデットクリーチャーならなおさらだ。
(逃げるしかない。)
高坂は腹を決めた。逃げよう、と。他に選択肢はない。出会ったばかりの人たちのために死ぬ気など高坂にはなかった。誰だってそうだろう?逃げながらなるべく多くの人に決定的な危機が迫ってることを知らせる程度のことは出来るかもしれない。
だが、そこまでだ。ああ。知ってる。世界は暗い。だって、そう。
……世界はコナゴナに砕けてしまったのだから。