スタンドアロン 第二話 始まり高坂。 4
「そう驚くなって。技術じゃないんだ、これは。ま、”心の有り様”で矢を弾いたといえば判りやすいかな?」
妖刀呼雪を侵入者の喉に突きつけながら、天為はうすく笑い、そう言った。
「おとなしく床に伏せて貰おうかな?言い訳は後で聞くから。」
高坂は天為の……意味の判らない……台詞を聞いている間に、少しだけ驚きが去り、冷静になれた。ふっ、と笑ってから高坂は言った。
「では、仕切直しだ。もう一度勝負といこうか?オマエのカタナが俺のボウガンの矢を防ぐことが出来るかどうか?」
言いながら、高坂は顎をしゃくった。天為はちらり、と高坂が顎で示す先をみた。今度は天為が驚く番だ。すぅっ、と天為の体から血が引いた。
「あいにくと2連装なんでね。俺のボウガンは。」
高坂が構えるボウガンの台座には矢のつがえられていない弓……先程使用した弓だ……と、その下の異様に太い弦に矢がかけられている弓が乗っていた。いくら何でもこの距離ではかわすことは不可能だ。ヤジリから彼の胃袋まで50cmも無い。人間の反射神経では到底無理だ。高坂はこれで、この訳の分からないサムライが引き下がると思っていた。が、その男は、
「イヤだね、そんな勝負。腹に矢が刺さるのと、喉を刀で貫かれるの、どっちが生き残れるかっていう勝負ならいいけど。で、どう?勝負するの?」
……おいおい。
高坂は素直に驚いた。
(……ハッタリだ。そんなことをすれば、二人とも無駄に命を落とすだけだ。普通は仕切直すだろ?でも、俺の指が動いた瞬間に少しでも体を捻れば、致命傷は避けれるのか?いや、俺も引き金を引きながら、後ろに飛べば……まてよ、こいつ、何か策があるんじゃないか?)
考えながら高坂は天為の目をのぞき込んだ。ハッタリを見極めるために。そして高坂は見た。天為の瞳の奥にとてつもなく大きな氷の固まりが、氷壁がそびえ立っているのを。それは、死を何とも思っていない人間の目の様に見えた。
人の死も、自分の死さえも。
冷酷な人間の目だった。或いは、それは「人間以外」の生物の眼なのかもしれない。一瞬、彼の瞳がぶれて沢山に見えた。高坂は息が止まった。冷や汗の中で想う。
(ヒトなのか?こいつ。死ぬ気なのか?こいつ……少なくともマトモじゃない。)
高坂はこんなクレイジーと張り合う気はなかった。
「判った、俺の負けだ。カタナをを納めてくれ。」
そう言いながら高坂は通常より一回り大きなヘビークロスボウの矢先を床に向けた。
「まず、武器を捨て、床に伏せるんだ。話はそれからだ。」
高坂は、そう言い放つ天為の目の奥を、床におとなしく伏せる直前にもう一度のぞき込んだが、その時には巨大な氷壁は既に融けて消えていた。床に伏せると天為は高坂の手放した「2連鳶弓」を足蹴にして高坂から引き離した。鳶狩りの命でもある鳶弓を足蹴にされて、不意に高坂の腹から怒りよりも激しい何かが湧き上がった。高坂はそれに気づいて心の中で苦笑した。
(もう、鳶狩りから足を洗ったのにな……習性?本音?結局、俺はまだ、あの集落の中にいるのかもしれない……。)
高坂は目をつぶり、慌てずに不思議なマイトをまとったサムライが尋問を始めるのを待った。チープ店内にいる村人達も高坂と同様に天為の声を待っていた。誰も彼も事の成り行きを見つめていた。何時、この状況が逆転しないとも限らない。その時すぐに逃げ出せるように……天為は口を開いた。
「で、目的は?気が変になって、ここに飛び込んできたわけじゃないんだろ?」
まだ手遅れじゃなければよいが、と思い、高坂は大きくため息を付いてからゆっくりと、どうやら酒場らしい、この公民館のような建物の中にいる村人達全員に聞こえるように大きな声で言った。
「死にきれない者達だ!亡者達がこの村の西の外れまで来ている!!」