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世界が生まれ変わる物語。  作者: ゆうわ
第二章 砂の果実。
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2.砂の果実。 ハル。 3


 「いたぞ!」


 男は狂喜する。あっという間だった。一瞬、見失いかけたが直ぐに追いついた。当たり前だ。ここは、自分達の街だ。余所者が闇雲に逃げたところで、逃げ切れるものではない。迷い込むのが落ちだ。ほら、現にここは人気のない最下層の路地裏だ。ここなら何が起こっても、衛兵を呼ぶような者はいない。むしろ、オコボレにあずかれないか、涎を垂らしている奴ばかりだ。


 「へっへっへ。ひひ。」


 男は嬉しくて、言葉にならなかった。自分を馬鹿にしたこの女をこれからどうするのか。仲間達が何をするのか。そしてこの貧民街の住民が最後に何を始めるのか。考えただけで興奮した。ブブーサを脱ぎ捨てて、ベルトを外そうと手をかける。


 ハルは細い路地で前後をチンピラに挟まれて、逃げ道を無くしていた。豊かな胸元で両手をぎゅっと握りしめ、ハルは目を閉じた。そのまま、ふわりと崩れ落ちるかのように両膝を荒い熱い地面についた。目は閉じられたまま、天を仰いでいる。


 「たまんねぇなぁ……。」


 男はハルの震える唇を見て醜い欲望を燃え上がらせた。諦めて、命乞いをする美しい無力な女。男には、ハル以外に何も見えていなかった。ただ、ハルを蹂躙して、征服する事だけを考えていた。鼓膜の裏で心拍を聞く。それ以外に何も聞こえなかった。仲間の警告も、ハルの唱える《式》も。


 「おい!やべぇぞ!ソイツ術者だ!」


 仲間の声が認識出来るのと、ハルの目の前に光る《印》が浮かび上がるのが同時におこった。ハルの身体の正面に縦にルーンが並んでいる。男は恐怖で金縛りになる。


 「ちょ、お、おいウソ……


 ハルは顔を男に向け、目を開き、式を閉じ、印を結んだ。金色に輝くルーンは空間を縦に引き裂いた。

裂け目から、唸り声と共に魔物が飛び出した。それは、男の顔面を踏み潰し、仲間達に食らいついた。ハルの背後にも裂け目が生じ、同種の魔物がチンピラ達に襲いかかった。

ダットと呼ばれる、丸い頭部に赤い瞳と鋭い牙を持つ砂漠の魔獣だ。長い脚と耳が特徴的なダチョウに似た肉食獣だ。


 「コイツ、鍵を持つ者だ!解放者だ!!」


 叫んだ人物は、魔物に頭蓋骨をまるかじりにされた。バリン、と咀嚼される。葡萄のようにカジュウを滴らせる。チンピラ達は応戦どころか、逃げる事さえ出来ずにいた。


 ハルは術を使いこなす者だった。……鍵を持つ者。解放者。呼ばわる者。幾つかの呼び名がある。彼女が得意とする術は、世界と世界を繋ぎ、貫き、扉を開く術だった。ここではないどこか別の場所から術により支配する隷を呼び出すのだ。扉を開く鍵を持ち、心を支配する鍵をかける術に長ける彼女たちは《キー》と呼ばれた。


 ごうあああ!!


 ダットは血に酔い、歓喜の雄叫びを上げた。魔獣は次の獲物を求めて、街を見回した。血を滴らせながら、周囲の建物を覗き込む。餌を探しているのだ。スラム街の住人は、慌てて窓を閉じる門を閉ざす。

 そして、ハルは舞台で役者がカーテンコールに答えるような仕草で、両腕をふんわりとふり、お辞儀をした。それが、合図だった。ダットははじけて消えた。ハルは世界に鍵を掛け、魔獣を元いた世界に帰した。


 ……路地に残ったのは、チンピラ達の死体と血の悪臭だけだった。


 残酷なのは、チンピラだけではなかった。この時代、完全世界とは違い、人々にとって死は身近なモノだった。起こり得る結末だった。ハルもまたその世界の住人だった。生と死の狭間をすり抜ける人生だった。生き残る為に多くを殺してきた。そう、世界はコナゴナになり、何もかもが失われたのだから。だから、これはこの世界では、在るべき姿だった。他人の死の上に自分の人生を築き上げることは。


 ハルは路地影に溶け込むかのように、その場から消えた。チンピラ達の死体を置き去りにして。だが……そして……禍根は根付いた。男は生きていた。まだ、死んではいなかった。一人のチンピラが生き残っていたのだ。


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