スタンドアロン 第二話 始まり高坂。 3
……勘弁して。
話はビゲイトに戻る。高坂は、このシケタ村の(恐らく)唯一の社交場らしきところに入るなり、そう思った。土砂降りの雨の中、必死の思いでここまで走ってきたというのに、俺の姿格好を見ただけでどいつもこいつも、悲鳴を上げながら逃げ出しそうじゃないか。でも、この酔っぱらい達を建物の外に出すわけにはいかなかった。何も思いつかなかったので、高坂はとりあえず叫んでみた。
「騒ぐなぁっ!!」
それは高坂が考えてた以上の効果を上げた。高坂には、酒場にいる全ての人間が金縛りにあっているのが見て取れた。少しほっとしながら、高坂は彼らに状況を説明しようとしたその時、黒髪とお揃いの黒い瞳を持つ男が人々の影を縫って接近してくる事に気付いた。男は刀を構えている。全ての障害物をすり抜けてくるその男の剣先は真っ直ぐこちらに向いている。高坂は待て、と言えなかった。その細身の黒いパンツと黒い胸元の開いたTシャツを身にまとった男が、放つ気が高坂に待てと、言わせる気を奪ったのだ。高坂が今までに感じたことのないマイトだった。その痩せたサムライのマイトは、淀みが無く、透き通っていた。
まるで、大地や空の魂の形のようだった。
マイト。
それは、魂の持つ力。基本的に目で見ることは出来ないが、確かに存在する神秘の力。世界がコナゴナになる前の人間達が理解しようとして、オオヤケドを負った、生命の根元。生物と物質を隔てるもの。それがマイトだった。それぞれの生命個体は一人一人に固有の顔を持っているように、色や形の違うマイトを持っている。顔にそれが表れるように、マイトにもまた、その人となりが現れる。高坂の経験では、剣や武術の達人のマイトは一様に巨大で揺るぎなく圧倒的な存在感があった。が、このサムライのマイトは違った。誰よりも早く高坂の動きに反応した所を見ると、それなりの技術と経験をもった剣士と判断できた。
(なんだこの男のマイトは?)
高坂は怯えた。まるで、この男のマイトを感じ取ろうとすることは、ザルで海の水の量を調べようとするに等しかった。マイトを感じ取ろうとした瞬間だけ高坂の精神のザルにその男のマイトが掛かる。が、それはすぐに高坂のマイトの隙間をすり抜けて流れていく。まるで、水や空気のように……高坂は空気と例えたところで、このサムライのマイトが、捕らえどころのない霧が山を包むように、自分の事を包んでいる事に気が付いた。それは、高坂が味わったことのない恐怖だった。圧倒され、威圧された。高坂はその男と自分との間にある圧倒的な差を見せつけられた。何についての差なのかはこの時の高坂にはまだ理解できなかった。ただ、威圧され恐怖を感じてしまった。その痩せた男がとても巨大に見えた。自分がどうあがいても敵わぬ相手として感じられた。だから高坂は待て、と声をかけることが出来ず、恐怖に負けてヘビークロスボウのトリガーを引いた。矢はシッ、と微かな音だけを残し、サムライの眉間へと突き進んでいった。サムライとの距離は僅か3m。この距離でヘビークロスボウをかわせる人間などいない。ボウガンの矢は一直線にサムライの脳味噌へと向かった。
きん。
と短い音がして、矢は弾かれた。サムライのカタナで。矢は僅かに軌道が変わりサムライの頬を掠めることもなく飛び去っていった。その黒いサムライはその間も高坂に詰めより、それた矢が壁に突き刺さると同時にカタナの刃を高坂の喉に突きつけた。
高坂は信じられなかった。10mの距離で矢を避けられたことはあった。だが、まさか!たった、3mの間合いで矢を弾かれるとは!高坂の丸い大きな目がさらに見開かれた。
「そんな。」
高坂は、バカみたいだと想いながらも、呟かずにはいられなかった。