スタンドアロン 第一話 始まり天為。 6
カシャが走り去った後を見つめながら、失言だったなぁ……と天為は後悔していた。店内は相変わらずのやかましさだったが、それが却って天為の孤独感を煽った。ついで、天為の心はあの頃に、結婚か、旅立ちか、村守かを選択する18の春に遡り始めたが、セオがそれを許さなかった。
「天為、それで、鬼谷ジーサンはどう言っているんだ?最近の出来事について。」
天為は大好きなミント酒を飲み干してから、答えた。今日のはとてもミントが強く、天為はカシャに意地悪されてる気分になった。
「今日の靄魚、その前はトロールだったよな。あと、山ゴブリン、ヒュージゲッコーに、巨大猪。どいつも、ツブラガイケ、西の森かその向こうの二神山に住んでる奴ばっかりだ。二神山で何かが起こってるんじゃないかって、心配してるよ、あのツルッパゲは・・・って、禿げって言ってもオマエの事じゃないぞ、セオ。ツルッが付いたときは鬼谷和尚のことだからな。」
上辺を滑る会話を、一言余計に言い終えると、天為はタバコの煙を深々と吸い込み吐き出した。セオが天為の話の最後の方は無視して、答えた。
「つまり、奴らが山や森に住んでいられなくなるような、何かが、起こっていると?」
「そゆこと。で、俺達、駄目人間ズにお仕事だそうだ。二神山に行って、異常は無いか確認してこいってさ。」
天為がそう言うとゴーフィのさらに奥から、非難の声が挙がった。
「駄目人間って、言い方はイヤです。私たちはとっても重要な役割を果たしてるんだから・・・。」
感情的になって言葉がつっかえてるのか、自信が無くて口ごもっているのか、よく判らない細い声だった。少しキーの高い、かわいい声だった。
「ごめん、そんなつもりじゃ無かったんだよ、リン。・・・ってゆうか、ゴーフィの後ろにいたんじゃ、居ないのと一緒だぞ。山向こうじゃ俺の声も届きにくいだろ?こっちこいよ。」
ゴーフィの影から、いつも通りの緊張気味の表情を顔に張り付かせて、リンが出てきた。
「私は駄目人間なんかじゃ無いです。確かにまだ、家庭を持っていないけど、そもそも、結婚しないと一人前として認められないなんて、変です。その、みんな一人一人、違う価値観を持って、違う人生を送る権利が……。」
この村、ビゲイトのシキタリだ。18歳を迎える年の春に子供たちは選択する。結婚し、家庭を持つのか、村を出て自活するのか、村守となるのか。この3つ以外の選択肢は与えられない。多くの村人は18までに恋をして愛を育み、家庭を持つ事を選択していく。村守を選ぶのはごく一部の異端だけだ。今、ここに集うたった4人の村守達は、それぞれの理由で、村守を選択していた。かわいらしい声で異を唱えたリンという女性もそうだった。
天為の胸程の身長しかないリンはふっくらとした頬を赤くしながら、彼女なりに必死に訴えていた。背が低いため、必然的に上目使いになる瞳が愛くるしかった。天為は時々しみじみと思うときがある。
(これで、極度の人見知りじゃなかったら、結構もてるんだろなぁ……何で誰とも仲良くしないんだろ。)
リンは昔っから、超が付く人見知りで、十何年も前から知り合いである天為にさえ、まだうち解けた様子を見せたことがない。軽くあがった目尻は知的に見えるし、体のラインも女性らしい曲線だった。天為がそんな……好意的ではあるが、大きなお世話な……事を考えながら、リンのことを見ていると、
「何ですか?天為さん。」
とリンに聞かれ、天為は少しばつが悪かった。それをごまかすかのように天為はリンのために椅子を引いてやり、リンが席に着くのを待って、話し始めた。
「で、話の続きなんだけど、全員が村を開けるのはどうかと思う。で、二人は村に残り、残りの二人が二神山へ行くってのは、どう?」
ゴーフィはまだ、焼き豚焼き飯を食べている。大皿に顔を突っ込み、顔全体で飯を食ってる、食いしん坊にしか見えないが、四人の中では一番人の話をよく聞いており、自分で喋ってたはずの天為よりも話をしっかりと覚えてたりする。だから、ゴーフィのこの態度には誰も文句を言わなかった。いつも通りにセオが答える。
「そうだな。それがいいかもしれん。それで?誰が残るんだ?」
間髪入れずに天為が返す。
「セオ、オマエとゴーフィーが残れ。二神山に行くチームにも癒し手が必要だ。村にはジーサンが居るから問題はないだろ?俺が行くんなら、一緒に行くのは、剣士よりも、術者の方が、バランスがいい。なら、セオかリンだ。でも、村には生きのいいリーダーが必要だ。今度は何が村にやってくるかわかんないし。だから、セオは村に残り、リンは俺と一緒に行こう。どう?これで。ゴーフィ、異論は?」
ゴーフィは両手持ちの大剣を振るう、力の剣士だったが、動物並に「カン」が利いた。何度も天為達はゴーフィの勘に助けられていた。彼らは何か決めるとき、必ず最後にゴーフィに意見を聞く。ゴーフィの返事は二種類しかなかった。
「悪くない」と、「気が向かない」だった。
天為に聞かれたゴーフィは、最後の一口の焼き豚焼き飯を飲み込み、膨れあがり始めた腹をさすりながら、焼き豚焼き飯を注文して以来、初めて喋った。
「悪くない。」
一瞬、焼き豚焼き飯の感想かとも思ったが、違う事に気付き、ゴーフィのその言葉を合図に天為が言うところの駄目人間ズの集いはお開きとなった。セオは立ち上がり、チープの出口へとむかい、リンは何をするでもなく、カウンターの木目を眺めた。ゴーフィは焼き鳥焼き飯を頼み、天為はトイレに向かおうとした。決まる事が決まれば、挨拶もなしにそれそれの時間へと戻る。これが、ビックゲイト唯一の……たったの4人で構成される……自衛組織の日常だった。天為は立ち上がりながら、カシャの「飲み代は?」と言う聞き慣れた声がかかり「払いたいのは山々なんだけど、心を鬼にしてツケにしとく。」「ツケはきかないって、何度言えば判るのよ!っていうか、心を鬼にしての使い方が……」なんて言ういつも通りのやりとりを想像した。だが、、今日はカシャは厨房に籠もったままだった。カシャはあれでも、繊細でナイーブなんだよな。そう天為は考え、何も知らないくせに、
(ごめん。)
と、つぶやいた。その瞬間、チープの店内はにわかにざわついた。天為は一瞬自分の独り言をみんなに聞かれたのかと思い、言い訳を口ごもった、が、すぐに店内の異様な空気と雨にヒヤされた夜風を感じ取り、店の入り口へと視線を走らせた。そこには、フード付きのレインコートを羽織った男が立っていた。矢を装填したヘビークロスボウを軽く天井に向けて構えている。店にいた全員が、息を吸い込み、あるものは悲鳴を上げ、あるものは勝手口へと走ろうとした瞬間、その男は叫んだ。それは、鬼気迫る、腹の底からの叫びだった。
「騒ぐなっ!!」
その怒号と共に一気に店内の空気は凍り付いた。村人達が怯え、金縛りに合っていたその時、セオ達がまだ、行動を決めかねているその時、天為は呼雪に手を掛け、既にクロスボウの男に向かって走り出していた。
外はいまだ、土砂降りの雨が地面を叩き付けていた。すでに風もなく、ただ、激しい雨音だけが夜のビックゲイトに響いていた。
……天為はまだ知らない。
彼の旅が始まろうとしていることに。うざったく、しかし、とても大切な人や場所と決別する時が、眼前まで迫っていることに。その時、外では狂ったような雨が降りしきっていた。天為は何も知らず、ただ、自分の勤めを果たそうとしていた。
……自分が流す涙のことも知らずに。