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世界が生まれ変わる物語。  作者: ゆうわ
第三章 幕間。夢喰い花。
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スタンドアロン 第一話 始まり天為。 3



 梅雨時の雲が低く低く流れていた。村はずれの水田は、温い風にそよいでいる。風はもうしばらくで熱を持ち、夏を連れてくる。今はその直前。天為の眼前には平地が開けていた。ビゲイトがあるのは小国トマのイスイ地方の外れ。ただ水田だけが広がる田舎だ。ビゲイトの集落は水田に囲まれていた。天為は今、村の大通りを走り抜け、南の水田の端に到着した。軽く息が上がっている。汗が背中を伝い、呪われた体触の痣に染みる。開けた風景の中に靄魚も痩せっぽっちのチムも居なかった。ただ、水田の上を風が渡り、その先にある森へと流れて行くだけだった。天為は再び走り出す。森との境界に下生えの乱れを確認したのだ。恐らく、靄魚が森に押し分けて入って行ったのだろう……チムを追って。


 ……くそ。間に合え!


 天為は不安に駆られながらも走った。痩せて体力の無い体に鞭打って走った。森に入ってすぐ靄が立ち込め始める。ビンゴ。あたり。靄魚が靄を呼び寄せているのだ。視界が悪い。天為は立ち止まり、意識を解放していく。強く吸って大きく吐き出す。ゆっくりゆったりと息を吐く。彼の精神は徐々に研ぎ澄まされて、その境地に到達する。心頭滅却の境地に。


 ……心頭滅却を極める事は、時を操るに等しい。


 彼の育ての親、鬼谷の言葉だ。その言葉は正しかった。今、極限の集中状態に到達した天為の精神は世界の歯車が止まる音を聞き、静止した世界の中で動き流れるエネルギーを持った唯一の存在となった。彼の精神は世界に溶け込み同化した。周囲の何もかもを把握した。靄の粒子の一粒一粒でさえ。天為はぞっとなった。靄魚の、


 「……群の中か!」


 先程、テラの上で対峙した靄魚と同程度の靄魚が10匹いる。それもすぐそばに。何匹かの靄魚が天為の存在に気付き、体をくねらせ方向転換し、天為に飛びかかる。靄魚は靄を操り光を誤魔化す。完全ではないが、姿を消す事が出来る。天為は、視覚ではなく、マイトを頼りに靄魚の位置を把握した。


 ……意外と少ないけど……やりにくいな。


 天為は少し焦りながら、心頭滅却を維持して靄魚に挑む。一匹目を右に交わしながら呼雪を靄魚の側面に通した。すらり、と靄魚は切断された。二匹目が襲いかかるより早く天為は靄魚の背を借り、飛び上がる。魂を喰らい冷気を放つ呼雪は淀みなく流れて、また、靄魚を切断した。濃厚な靄の中で光を操り姿を隠す靄魚を相手に天為は挑む。マイトの強さではなく、繊細なコントロールで。黒一色の天為はしかし、真っ白な靄と同化して踊る。交わしようのない靄魚の顎をすり抜け、呼雪を振るう。一匹、また一匹。天為は仕留めて行く。靄の上を舞い、怪魚の腹下を潜る。このまま10匹の靄魚を全て仕留めてしまえるかと、思案する天為はしかし、汗塗れだった。息が上がり、腕が震えた。


 ……何とか、このまま……


 天為は祈るように呟いた。が、かくり、と膝が抜けた。膝をついた。心頭滅却は継続している。靄魚の動きは見えている。残り、2匹。天為はそのまま倒れ込みながら、呼雪を靄魚の腹に通す……が。最後の一匹に跳ね上げられた。髑髏にも見える靄魚の頭部が、天為を跳ね飛ばした。


 ……かは。かけけけけけけ。


 気味の悪い笑い声が天為の頭蓋に響いた。心頭滅却の中にいて徐々に骨が砕けて行く感覚に気が狂いそうになる天為に追い討ちをかけるかのような骨を削る笑い声だ。だが実際は違う。でも、お互いに理解していない。


 ……か、けけけ。やっと死ぬのか?あ?早く俺を解放してくれよ。


 その男は天為と彼の背中の痣を通して繋がっている。今、天為とその痣の男は背中合わせに存在した

。黒目が白く白目が黒い、喪服を着た男は歪んだ笑いを浮かべる。痣の男は笑う。その男の笑い声は天為のマイトを削る。その苦痛に天為は現実世界に戻る。


 あ。ああああああぁぁっ!!!!


 天為は叫んだ。苦痛を吹き飛ばすための叫びだ。彼に現実世界が戻る。天為を跳ね飛ばした靄魚は笑いながら、天為を飲み込もうと顎を広げていた。心頭滅却は完全に切れていた。先程までとは違い、考える暇など無い。視界に世界が入った瞬間に全ての行動を決する必要がある。天為は判断する。


 ぶった切る!!


 靄魚の頭突きで砕けた左肩は無視して、生きている右手だけで呼雪を振るう。荒く、甘い刀筋。鋭い牙。中空で制御の効かない体。巨大な靄魚。行き当たりばったりな戦い。混沌とする状況はしかし、決着する。


 どしん。靄魚の頭部は切断され落ちた。がちっ。天為は湿った大地に頭をぶつけて歯を鳴らした。意識が飛びそうになるのを必死にこらえながら、四つん這いになって立ち上がろうとする。最後の一匹が死んだ事により、靄魚に支配されていた靄は消えていく。でも、だがしかし。天為は硬直した。20匹は超える靄魚の鰭が、頭部が、消えていく靄の中から現れた。反射的に戦おうとする天為は、立ち上がろうとして転び、呼雪を落とした。靄魚に砕かれた左肩を大地に打ちつけて、激痛で、気を失いかける。霞む視界の中で……そして、靄魚の群の中心部には血まみれのチムが。


 でも、天為は意識を失った。


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