スタンドアロン 第一話 始まり天為。 2
「違うんだ!チムが早く村に知らせに行けって言ったんだ。自分の事はいいから早く皆に知らせてくれって!」
白く丸々と太った青年は、汗に溺れそうになりながらも、必死に訴えた……自分は悪く無いのだと。
「だよね。」
天為は一切の感情がこもらない相槌をうった。切れ長の瞳は、悲しみに沈む。いつものことだ。いつも、バールは……村人は必ず“ふとっちょ”を枕詞に名を呼ぶ……弟を虐待し、占有している。
寺で靄魚を仕留め、村外れで上がった悲鳴を聞きつけ走り出そうとした天為にバールが話しかけている。バールは自身の説明が事態の収拾に役に立たないどころか、逆に作用している事を理解していながら、天為に話しかけずには居られなかった。言い訳せずには居られなかった。つまり、そういう人間だった。どこにでもいる、ある種の人間だ。
「ぼっ、僕は、ちちちち、ちっ、チムの事を……
当然、天為は何時までもバールの相手をしている訳にはいかず、既に走り去っていた。バールは、自分がチムを見捨てて逃げ出した事を理解していながら、天為を恨んだ。黒い感情を膨らませていく。
……もし、チムがクリーチャーに殺されたら、それは、天為のせいだ。助けることができなかった天為のせいだ。無能な「村守」のせいだ……
村守。
それは、北方大陸の小国トマの辺境に位置するこの小さな……300人程の人間で構成されている……村、ビゲイトの自衛組織だった。組織員は、ルールにより選出される。と言えばまともに聞こえるが、実質は綺麗なものではない。田舎の村に残る暗い風習により、命の危険のある仕事を若者達に押し付けているのだ。そして村人達はいつ死ぬか解らない村守達と一線を引き、遠ざけていた。村守に命を守って貰っているのにも関わらず、下に見て、蔑んでいる。そこに感謝は無く、仮に彼らが死んでも涙も無い。天為達は、彼らはこの現実を飲み込めないにしろ、受け入れて、対峙していた。日々を精一杯、生きていた。
「天為ちゃん!また、コッセツなんて持ち出しちゃってるじゃないの!」
「クリーチャーが出たって?どんなの?どこに出たのよ?」
「最近多いじゃない?あたし達心配で心配でさぁ!」
村はずれで上がった悲鳴を頼りにクリーチャーに向かい走っている天為にべちゃべちゃと話しかけるのは、中年3姉妹のソフィ、ローリェ、サラだった。一年中井戸端で終わらない会議を開いている。
「コッセツじゃなくて呼雪!てか、建物中へ!危ないよ!」
村守達の事を自分達の為に犠牲となるべき存在として認識している彼女達は、天為がクリーチャーと命がけで戦う為に走って行くのを見ても、当然と感じる。自身の心配はするが、天為の心配はしない。村の為に命をかけて戦う事、それが村守達がこのビゲイトに住むための交換条件なのだから。3姉妹はそれぞれの家に引っ込んだ。天為は駆けながら、村人を家の中に入るよう指示をする。同時に仲間の村守を探したが見あたらなかった。セオとゴーフィはツブラガイケからまだ、戻らないようだ。
……リンはどこだ?くそ。でも探してる時間は無い。
天為は助けを求めることは諦めて、一人で村はずれに急いだ。痩せっぽっちのチムでは、靄魚から逃げる事など出来ない。可哀想なチムを助けたい。天為は、そう思っていた。それだけを思っていた。