2.砂の果実。 ハル。 2
……砂の果実だってよ。
ハルの独り言を聞いた男達が下品な笑みを浮かべる。
……てことは、世間知らずのよそ者だ。
……いぃ身体してんなぁ。
砂の果実は有名な伝説で、多くの流れ者がクレイフを訪れ、それを探す。だが、果実は存在しないとの考えを持つ者も多い。これまで誰も見つける事が出来なかったのは、存在しないからだ、と考えている。典型的なだめ人間のロジックだが、多くのはみ出しものにとっては、真実だった。でも、ハルにとっては違った。高坂にとっても。天為にとっても。
彼らは知っていた。これまでの百万回と次の一回は何もかもが違うことを。誰か知らないその他大勢の探索と自分の探索は違う事を。ただ、果実の発見には、新しい何かが必要であると考えていた。
……でも、どこから取りかかろうかしら?街人?衛兵?やっぱり、ギルド連中かな?うー……
バリバリと骨をかじるハルに影がかかる。柄の悪い男達が彼女を取り囲んだのだ。ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべている。先程のギルド連中とは異なるが、やはりお揃いのブブーサを着込んでいる。
「なぁ、お嬢さん。今、砂の果実って言わなかったか?実は、俺達も探しているんだ。どうだ?一枚かまないか?」
おー。典型的なヒトサライの顔だ。自分の利益だけを考えて他人の気持ちを考える事をしないから、交渉事が下手くそなのもヒトサライの特徴だ。うーん。どうすべ。
「まぁ、ここじゃなんだ、場所を変えようぜ。」
モロバレの目配せをして、男達はニタニタする。既にトラヌタヌキノカワザンヨー真っ盛りだ。しかも、かなりイヤらしい感じの奴。
「あ、コットスさん。」
ハルは男達の背後を指差した。男達は信じられない速度で青ざめて、振り返った。そうしながらも、もごもごと言い訳を始める。当然だ。ギルドに内緒で楽しい仕事をしたら、シメラレる。街には居られ無くなるのが普通だ。楽しさ度合いによっては、この世に居られなくなるパターンさえある。コソコソしてる分には、見逃して貰えるが、目の前の好き勝手を許すことはない。
が、彼らが振り返った先には当然、コットスはいない。何のつもりだと、ハルに怒鳴りつけようと向き直ったが、そこにはかじりかけの骨が落ちているだけだった。はい、ご馳走さま。
「あっ、あ、あの女あぁぁ……。」
今度は顔色を赤黒くさせる。目ざとく、広場から逃げ出すハルの後ろ姿を見つける。怒声を上げながら、ハルを追いかける。馬鹿丸出しだが、この街の住人である彼等は、さすがに2組に別れ、追跡と回り込みを分担する。まるっきりの馬鹿だが、残酷で他人の命など、まるで興味の無い男達だ。これまでに何人も弱者を殺害している。衛兵やギルドに目をつけられないようにお金を収めているし、狙うのも、ハルのような流れ者だけだ。これまでずっとそうやって生きてきたし、今後も変わることはないだろう。彼等は、何一つ他人の役に立たず、故に感謝される事もなく、その喜びを知らない。物心ついた時には今の生活をしていた。ドジを踏み、命を落とした仲間も多い。その度に何かを憎み、誰かを恨んだ。何時もヘラヘラニヤニヤしているが内心は怯えて震えている。自分の現状やこれがもたらす結末について。彼等は知らない。人生の終わりにああ良い人生だった私は良く生きた、と呟いて目を閉じるそんな人がいることを。病気で体中を腐らせるとか、路上で内臓を引きずり出されるとか、ロープでぶら下がって死ぬ以外に人生を終える方法が在るなどと、想像する事さえできずに、怯えているのだ。ただひたすらに自分の順番が来ることを怯えているのだ。そして、決して安心する事無く、今日も躁鬱の沼で叫び続けているのだ。ハルが怒らせたのは、そういう人間だった。
……小者だが、存分に邪悪な人間。