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 こう言っては何だが、三人ともかなり口うるさいと思う。勿論、自分のことを思って言ってくれてるのは分かる。分かるけど、口うるさい。心配性が過ぎると思うのだ。

 もう少し、私を信じてくれてもいいのではないか。これでもかなり自分はしっかりしている人間なのだから。


「ロメスもそう思うでしょ?」


 ロメスの寝台に寝転がりながら、そうカレンが同意を求める。これは否という答えを最初から言わせない質問だなと、ロメスも思った。

 尚、ロメスとしてはカレンに同意したくはない。


「そうだな・・・。まあ、三人ともカレンを心配していることはよく分かるが」


 キイロに渡された剣の手入れ用のセットはなかなか具合がいい。今までの物と違い、それで研ぐだけでかなり切れ味が違ってくるのだ。更に仕上げに使う獣皮も質がよい。気に入って、ロメスは手入れをしながらカレンの話を聞いていた。

 現在、カレンの従者であるドルカン、キイロ、サリトはロイスナーに向かっている。やはりキイロ一人を行ったり来たりさせているだけではどうしようもないことがあるらしく、三人とも行かなくてはならないとなったのだ。




「え? ドルカン、ロイスナーに帰るの? じゃあ、私も帰った方がいいわよね。すぐ用意するわ」

「まあ、たしかにお嬢にもいずれは帰ってもらわねばならんでしょうが・・・。ですが今すぐという必要もないでしょう。それに今回はロームまで伯爵家の馬車で来ておりましたので危ないこともありませんでしたが、お嬢を連れて私達だけとなると、さすがに力不足です。お嬢を戻らせる時はきちんと馬車も用意させましょう」

「別に私、ちゃんと馬にも乗れるわよ。知ってるでしょ、ドルカン?」


 そこでサリトがおいおいといった感じで口を挟む。


「そりゃカンロならお嬢の護衛は俺らで構わんさ。カンロでロイスナーの紋章をつけたお嬢に何かやらかしてくる奴はいないからな。・・・けどお嬢、王都を離れたら全くカンロとは違う領内も移動してかにゃならんし、そんな所でお嬢に何かあったら一大事だろうが。ここは大人しく安全な場所で待っててくれよ」

「サリトの言う通りですよ、お嬢。俺達だけなら別に何もなくても、お嬢を見たらよくない考えを起こす奴らも出てくる。世の中には悪い奴らも多い。無茶はせず、大人しく黙って待っててください」

「・・・私だけ仲間外れなんて(ずる)い」


 唇を尖がらせて不服を申し立てたカレンだったが、そのまま三人に置いて行かれてしまったのだった。




 そしてカレンはロメスにブツブツと文句を言っているのである。


「心配してるって言えば聞こえはいいけど、信用してないと思うの」




 出かける前、三人はくどくどとカレンに言い聞かせて行ったのだ。普通、見送る側が心配してアレコレ言うものだと思うのに、あの三人はどうも何か勘違いしているとしか思えない。

 その辺りもカレンにとっては不満たっぷりだ。自分を何だと思っているのだろう。


「いいですか、お嬢。何か夜中に外で物音がしても、絶対に出て行っちゃ駄目ですよ。たとえ何かあっても、あなたに渡してある部屋の扉を抑える金具を使えば、簡単には入ってこれませんからね。危ないと思ったら、まずは扉にあの金具を取り付けて、朝になるまで決して出ないこと」

「キイロ、・・・普通、そういう時は人を呼びにいくものだと思うんだけど」

「駄目です。人を呼びに行く際に、変な人間とかち合ってしまったら危険ですからね。いいですか、物音がしても決して出て行かない、はい、復唱」

「はぁい。・・・夜、物音がしても出て行かないで、扉に金具を取り付けます」

「はい、いいですよ。それから変な練習をする時には、ちゃんと誰かに見守ってもらっている所でするんですよ。決して何かを試す時は一人でやってはいけません。はい、復唱」

「何かを試したり練習をしたりする時には誰かのいる所でやります」

「はい、いいですよ。よく言えましたね」


 そこで頭を撫でてくる時点で、どうもキイロは自分をまだ子供だと思っているのではないかと、かなり不満を抱かずにはいられないカレンである。これでも人妻なのだ。女主人なのだ。

しかし、子供の頃、キイロがしてくれるお話を聞いて怖くて泣いたりしたこともあった為、あまり強くは出られない。サリトよりはカレンに丁寧に接してくれるキイロだが、冗談が通じないというのか、カレンが悪いことをして怒らせるときっちりお仕置きされてしまうのだ。

 だから何かやる時は、まだ見逃してくれるサリトの方が気楽でいい。だというのに。


「それからお嬢、出かける時は、カンロ伯爵邸と城に行く道は大通りだからいいが、少しでも入り込む道には入るなよ。寄り道は絶対禁止」

「絶対って横暴よ、サリト。・・・大体、私、寄り道なんてそんなにしたことないじゃない」

「そんなに、だろ。あのな、お嬢。あんたに何かあっても、すぐに誰もが気づかないし、そうなると誰もがすぐに動けるわけじゃない。そうしたら手遅れになることもあるんだ」

「心配しすぎよ、サリト。大体、ここは城壁に囲まれた王都の中心区域よ。一番安全な街じゃないの」

「いいですかー? 先日その王都で人攫いをしようとした人達がいましたねー? 覚えてますかー?」

「うっ。そりゃそうだけど・・・」

「はい、分かったところで、これも復唱しとけや、お嬢」

「・・・カンロ伯爵邸とお城に行く時は、大通りしか通りません。寄り道もしません」

「はい、よくできました。ちゃんと約束は守れよ、お嬢」


 いつもならキイロもサリトも、何事も経験だからと色々な小路どころか様々な所に連れて行って色々な体験をさせてくれるのに、いなくなるとなったら一気に締め付けが厳しいのだ。

 キイロと違い、ガシガシと撫でてくるサリトのおかげで髪もぐしゃぐしゃだ。むーっと、カレンも頬を膨らませずにはいられない。


「さすがに誰もがカレン嬢ちゃんの周りにいなくなるというのは初めてのことですからな、それこそ私達にとってはお嬢を一人で置いていくというだけでかなり心配せずにはおられませんよ」

「心配しすぎよ、ドルカン。私、かなりしっかりしてるんだから」

「お嬢、約束してくれますな? 何かあったらカンロ伯爵を頼り、決して一人で何かしようとはしないことを」

「あの、・・・ドルカン、別に今生(こんじょう)の別れじゃないわよね? そこまで心配することなんて何もないと思うの」

「お嬢、私達にとってあなたは決して失えない宝です。きちんとそれを自覚し、無茶などしてはなりませんぞ」

「はーい」

「じゃあ、復唱してくださいますな?」

「何かあったら伯父上を頼り、決して無茶はしません」


 ドルカンはカレンの爺やみたいなものだ。心配そうにカレンを見下ろして、その顔を確かめるように頭を撫でてこられた日には、なんだかまるで二度と会えないのではないかと不安にもなってしまう。


「ねえ、みんな。そんなに心配なら、私も別に一緒にロイスナーに帰ってもいいんだけど・・・」

「そうしたいのは山々ですが、お嬢が間違いなく安心だと言えない状況で連れて行けませんからな。いいですか、お嬢。ちゃんと大人しく、ここかカンロ伯爵邸で私達を待ってるんですぞ?」

「はーい」


 そうして最後まで三人は、買い食いはするなとか、ふらふらと店に入っていくなとか、知らない人に声を掛けられても返事するなとか、知ってる人でもついて行くなとか、そういったことを細々と馬に乗ってもカレンに言い続け、そうしてやっと出て行ったのである。




 それを見ていたネイトとリナも、苦笑するばかりで、頭ごなしに言われ続けているカレンに助け船を入れてはくれなかった。見送りとはもっとしみじみしたものだと思うのだけど、最後まで注意と小言しか聞かされていない。


「ね、ひどいでしょ? 普通、人間関係ってもっと信頼が必要だと思うの」


 気温が高い為、袖のない夜着に着替えたカレンをあまり目に入れたくなくて、ロメスも剣の手入れに励んでいたりするのだが、さっさと寝ついてほしいカレンはよほど三人に文句があるのか、ますます目が冴えているようである。


「信頼とかどうとかじゃなく、それだけ愛されてるってことだろう」

「そりゃそうかもしれないけど」


 三人が旅立った後、カレンは一日中リナにくっついて離れなかったと聞いているロメスにしてみれば、結局置いて行かれたのが寂しいだけなんだなと、見当がついていた。

 本人は自覚していないらしいが、今日はロメスが帰ってきてからも、何かとひっついている。

 ロメスを見慣れていたこともあり、従者達がいなくなっただけで不安そうな顔でリナにくっついてまわるカレンに、ネイトとリナも不憫な気持ちになったらしい。

ちゃんと優しくしてやるように、そして話をきいてやるように、何よりも苛めないようにと、ロメスは帰宅した途端、カレンのいない場所でしつこく念入りに注意された。

 今もこうしてカレンが文句を言い続けているのは、恋しさの裏返しなのだとロメスにも分かっている。


(・・・そりゃ俺にはそんなのはなかったからな)


リナに言わせれば、「私共も、ああやってちょっと離れるだけで寂しがってくれるような可愛げのある坊ちゃまであってくれたらどんなに嬉しかったことか。・・・出て行ったと思ったら、よそで何をやらかしてきたやら分からない坊ちゃまでしたからね、ええ、本当に」である。

かなり恨み節が入っていたが、そんなことを言われても知ったことか、である。今更、そんなことを言っても仕方ないだろうに。


「ちょっと手を洗ってくる」


 手入れを終え、そう言って部屋を出て行きながら、さてどうするかと、ロメスは考えた。

 自分の服の裾を握ってひっついてくるカレンはちょっと気弱にもなっていて可愛いのだが、それもこれもあの三人が恋しいからというのが、かなり不愉快だったりもする。


(だが、あんな閉ざされた場所で育ち、常に自分を見守ってくれていた人間が傍にいる状況しか知らないんじゃ、それも仕方ないことか)


 おそらくカレンが一番恋しがっているのはドルカンなのだろう。あんな爺さんに自分が負けていると思うと、かなりムカつく。しかも、確実にカレンの中ではロメスよりドルカンの方が大きいのだ。


(まさか、あのジジイがライバルとは・・・)


 あまりの情けなさにやってられなくもなるが、ここで焦っても仕方ない。ここで焦ろうものなら、それこそカレンはカンロ伯爵邸に逃げ帰ってしまうだろう。

 少なくとも、昨日からロメスと一緒に寝るのをカレンは受け入れてくれている。自分にとってはかなり忍耐力を要求されていることにはなるが、それも必要なことなのだろう。


(おそらく、これでいい筈だ・・・)


 ロメスは色々と四角四面に考えるのが好きではない。どちらかというと、その時の直感で判断し、物事を選び取る。それで今までうまくやってきた。

 カレンは既にロメスの妻だ。別に手を出そうが何しようが、特に誰に責められるものでもないと分かってはいる。


(だが、・・・今、すべきではないと思う。そしてそれでいい筈だ)


 今は少し遠回りをしてもいいだろう。人生はまだ続くのだから。

 

(とは言うものの・・・)


 今夜はずーっとあの話を聞かされるのかと思うと、かなり精神力が消耗しそうだ。それくらいなら、盗賊の一味を殲滅する仕事の方がはるかに気楽だと思いつつ、ロメスも項垂(うなだ)れずにはいられなかった。





 

元が荘園領主から始まったかつての自治区ロイスナーは、その技能を持つ者達こそ、鉄壁の守りを誇る城砦(じょうさい)といった中で保護しているが、同時に周辺の村にも住む人間はいる。

ただ、城ではなく村で普通に農業などをして生計を立てている者達は、半分ロイスナーといった形になるのだが。

昔はともかく、今は領主でもあるカンロ伯爵と良い関係を築けていることもあり、カンロ領内にある各地のロイスナーの鉄壁(てっぺき)城砦(じょうさい)に常駐して暮らしているのは、あくまで自分達の技術を追求したい人間がほとんどである。そしてそれらがまさにロイスナーに属し、ロイスナーを支える者達でもあった。


「やっぱりロイスナーに戻ってくるとホッとするよ。そう思わないかい、ドルカンさん」


カンロ領内にロイスナーの城が点在しているとはいえ、それはあくまで非常時のことを考えたものであり、生活地盤としての城ではない。敵がやってきたらいち早く連絡する手段を有し、更にそこに駐在している彼らを完全に守るという為のものだ。もちろん、行き来するロイスナーの人間の為に、ある程度の設備や備蓄などは有しているが。

あくまでロイスナー城とは、かつてロメスが忍び込もうとした、山の上にそびえる難攻不落の城、それを指す。


「そうだな。やはり此処(ここ)こそがロイスナーだ」


サリトの軽口にドルカンも同意する。

ロイスナー城は既にその山の上に姿を見せている。このまま馬を進ませれば、あと半刻ほどで到着するだろう。

飛ぶ鳥しか入り込めないであろう高くそびえ立つ城壁、それは見る者全てを拒絶しているかのような、冷たく恐ろしい印象を与える。だが、ドルカン、キイロ、サリトにとっては違う。

自分達をどこまでも保護する力強い姿だ。

鉄壁を誇る城砦だが、一応小さな出入り口はあり、そこできちんと確認できたなら入れてもらえるようにはなっている。別にロームのフォンゲルドの屋敷も、カンロ伯爵邸も住みにくいわけではないが、やはり自分達が落ち着いて安らげるのはこのロイスナーだ。


「お嬢も、戻って来たかっただろうな」


キイロが、自分達を寂しそうに見送っていたカレンの姿を思い出しながらそう呟く。


「しょうがねえよ、キイロ。ロメスの旦那を今、刺激するわけにはいかねえや。まあ、旦那なりに納得したら、戻してくれるとは思うけどな」


ロメスの気持ちも分からないわけじゃないが、この城で生まれ育ち、この城に住む全ての人間の愛情を一身に受けていたカレンにとって、ロイスナーはカレンそのものだ。普通の娘を娶るのと同じように考えられても困る。

カレンを望むのであれば、それを理解してもらわねばならない。


「お前はそう言うが、あの男が本当にカレン嬢ちゃんを戻すのかどうか、私には分からんよ」

「ドルカンさんにしてみりゃそうかもしれないけどさ、俺は大丈夫だと思うんだよな。・・・多分、だけど」

「俺達がロイスナーに戻るってんで、わざわざお嬢は連れて行かせないと脅しをかけてきた男がか?」

「ああ、すげえ釘の刺しっぷりだったよな。ドルカンさんとキイロには災難だったけど、後で俺、笑っちまったよ」

「笑えるのはお前くらいだ、サリト。大体、どうしてお前には何も言わなかったんだ、あの男は」

「お嬢をロイスナーに連れ帰るとしたら、そりゃドルカンさんとキイロだと踏んだからだろ。俺はまずやらねえ。俺は、・・・なんていうのかな、あの二人がうまくいってほしいと思ってるからなんだろうな」


キイロがフンと鼻を鳴らす。


「うまくいってほしいとロームにお嬢を置き去りにする立場をとりながら、どうしてお嬢をあの男がロイスナーに戻すと思ってるんだ、サリト?」

「ドルカンさんは生粋のロイスナーの人間だし、キイロは途中からロイスナーに加わった人間だから、俺とは違う視点なんだろうな。俺はロイスナーで育ったが、一時はよそにも出て出戻った人間だけに、何となく感じるんだよ。何ていうのか、お嬢はロイスナーと切り離せないってな。あの旦那が気に入ったのがそんなお嬢だってんなら、そりゃあ、もう諦めるしかないってもんさ」


どうもサリトは楽観的すぎるのではないか。

そう思いながらも、ドルカンとキイロは口を閉ざした。既に山の中へと入ったからだ。後はこの坂道を登って行けば城に到着する。

逸る思いに急かされるように、三人は馬を早足にさせた。






フォルは寒さにも弱いが暑さにも弱い。出かけられるのは涼しくなった夕方か早朝ぐらいなのだが、そんな時間帯は危ないし、邸からまず出させてもらえない。

フォルは暑いと体がだるくなり、頭もぼーっとしてしまうのだ。

カレンが訪ねていっても、すぐに寝てしまう。そんなわけでカレンはフォルが楽しめるようなカラフルな積み木をプレゼントしてみた。かなり気に入ったらしく、起きるといつもそれで遊んでいるのだとか。


「だけどね、そうしたら暇なのよ。分かるでしょ」

「それと、お前の水遊びしたいという話の繋がりが分からん」

「だって、私だって暑いし、水浴びして遊びたい。楽しそうなんだもの。ロメスだけって(ずる)くない?」

「何が狡いだ。俺達は男だし、別に男が裸になって川で水浴びしていようとも問題ないが、お前は女だろう」

「だから人気のない川とか湖ならいいでしょ?」

「却下」

「どうしてよっ」


たしかにこのロームでも、女性が水遊びをしたりしないわけではない。あまり人目のない湖のほとりや流れのゆるい川べりで、女性は何人かで集まって暑い時期のそれを楽しむ。

だから、カレンもそれを聞いて自分も行きたいと言い出したのだ。


「どうしてもだ。何があっても許さん」

「はぁっ? なんでロメスに許してもらわなきゃならないのよっ。そんなの横暴よっ。自分ばっかり楽しんでっ」

「俺達の水浴びは単なる汗を落とす程度の意味だ、別に楽しんでるわけじゃない。どっちにしても、カレン、それだけは駄目だ」

「それだけなんかじゃないじゃないっ。みんなしてアレは駄目、コレは駄目、ソレも駄目、どれも駄目って口うるさい頑固なおじいさんみたいっ。駄目駄目尽くしじゃないのっ。ロメスの馬鹿っ、頑固おじいちゃんっ」

「カレンッ」


取りつく島もないロメスの様子に、カレンは怒り心頭に入ったらしい。そのままバタバタと作業部屋を駆け出して出て行ってしまった。


「あー、ロメス様。どうするんですか、カレン様、どっかに行っちゃいましたよ」

「ほっとけ、カイエス。いずれ頭も冷えるだろう。それにここなら滅多なこともないだろうしな」

「そうは言いますけど、ロメス様も言葉が足りないですよ。ああいう女性の水遊びは、それがよく見える場所で男が覗いているんだって、ちゃんと説明してあげれば良かっただけのことじゃないですか」

「うるさい、ロムセル」


カレンの捨て台詞にそれなりにムッときていたロメスは、そのままカレンを追い掛けることもなく、今度やってくる献上品についての予定を見直していく。


「そんなことよりも、国境近くまでこちらからも兵士を出しておいた方がいいだろう。前回同様に手配するより、まずはあの辺りの治安を見直してそれに合わせろ、カイエス」

「はい、分かりました。・・・ですが、追いかけておいた方がいいですよ、ロメス様」

「カイエスの言う通りです。ここで追いかけておかなかったばかりに、面倒なことになっても知りませんよ、ロメス様」

「あの我が儘娘の機嫌ばかりそうそうとっていられるか。大体、お前らもカレンを甘やかしすぎなんだ」

「・・・・・・」「・・・・・・」


一番甘やかしているのは誰だろう。

身勝手な上司の言葉に、部下達は黙り込んだ。

しかし、上司にそこまで言われたら、もうどうしようもない。ロメスもそのムカムカした怒りを仕事に当てていくものだから、雰囲気は悪いが仕事は片付いていく。

カイエスとロムセルにしても、仕事が片付くこと自体に文句はないが、一般常識的にこういうケースで女性を放置して碌な結果にならないことぐらいは知っていた。


(なあ、ロムセル。あれ程女性の扱いがうまいのに、どうしてカレン様にはああなんだろうな、ロメス様も)

(さあな。だけどまあ、犬も食わない何とやら、だろ)


こっそり話していても聞こえるものだ。ロメスが部下達に何か言ってやらねばと口を開きかけた時、客人がやってきた。


「失礼、ロメス殿はおいでか」

「なんだ、カロン殿か・・・って、あの馬鹿娘、そっちに行ったのかっ!?」

「ああ、・・・まあ、な」


すかさずカイエスがロメスの前に椅子を置き、「どうぞ、カロン様」と、勧める。「すまないな、カイエス殿」と、カロンが座ると、ロメスがその黄赤色の髪をぐしゃぐしゃに掻き、大きな溜め息をついた。


「あの馬鹿は、そのまま放っておいてくれ。甘やかすとどこまでも図に乗るからな」

「いや、別にうちはかまわないしな。どうせうちの人間も好きに使ってるし」

「は?」


そこで困ったように苦笑すると、カロンはいささか苦言を呈するといった感じの顔つきになった。


「俺は、カレン殿を城から連れ出すが心配しないでくれと言いに来ただけだ。だがなあ、ロメス殿。ちゃんと奥方に言葉を惜しむなと忠告しただろう。だからうちの将軍に奥方がうっとりクラクラするのだ、と。うちの裏庭には泉が湧いているしな、人目も全くない。話を聞いた将軍が奥方に、うちの泉なら魚もいるし、水も綺麗だし、どこまでも好きに遊んでかまわないからどうかと誘ったら、奥方は二つ返事だったぞ」

「・・・・・・」


 ロメスは机に突っ伏した。


「だから追いかけておいた方がいいと言ったじゃないですか、ロメス様。だけどこれで、カレン様も念願の水遊びが出来るわけですし、良かったですよね」

「カイエスの言う通りです。けれどもケリスエ将軍のところでしたら確実に安全でしょう。全く問題ないですね」

「それに関しては安心してくれ。うちの裏庭は小さな泉があって小川を作ってるんだが、泉周辺にも位置と角度を変えて大きな岩を幾つか置いてあるので、よほど近づかない限り、たとえ敷地内からでも見えないようになっている。誰かが使う時には手前の枝に布を結ぶことにしてあるし、奥方が使う時はその前にきちんと周辺も見回っておくから」

「そういう問題じゃない」

「そういう問題だろう。将軍が、普通の川遊びでは不埒な男共が覗くのだと説明したら、ロメス殿はその程度も教えてくれずにただ駄目というばかりで自分に対して全く向き合ってくれないと、奥方は憤慨なさっておられたぞ。ま、どうせお二人とも既に行かれてしまったから、あくまで俺は報告に来ただけなんだが」


 ちゃんと自分の副官もつけて行かせたから不自由はさせないと思うと、きちんと説明してくるロメスである。ケリスエ将軍の傍には常にカロンが付き従っているのだが、思うにロメスへの説明に自分の副官を行かせるよりは自分が来た方がいいだろうと判断したのだろう。

 そんなカロンの配慮に、しみじみとカイエスとロムセルも感じ入るものがある。


「・・・遊ばせてないで仕事させろよ、上司に」

「生憎、うちの上司は必要以上に仕事を片付けるタイプだ。滞っている仕事もなければ、時間も余ってる」

「見習ってください、ロメス様」

「全くです」

「・・・・・・」






カレンに同行していた三人が共に戻ったということで、ロイスナー城における様々な人間が集合していた。

そして、彼らはドルカン達が持ち帰った自分達の剣を見て、さすがに息を呑むことになった。


「これら全てを一人で使ったってのか」

「どれだけの数をやったんだ」

「だが、一介の兵士でもなく軍を率いる人間が、どうしてここまで使う必要があるというんだ」


ロメスが討伐に持って行った剣はそのまま返してもらっていた。なぜなら、その使い方によってどういうタイプの物が合うかも分かるだろうと思ったからである。

だが、その剣はどれも凄まじい刃毀れを全体的におこしていた。


「つまり、・・・刃毀れしたら、そうじゃない部分を使って斬り、更にその部分が刃毀れしたら他の部分を使って斬り、ってことか」

「なんて男だ」

「出世頭の一人で、若いのに既に将軍にもなろうとしている男と聞いていたが・・・」

「噂だが山賊の仲間として入り込み、そこを全滅させたこともあるとか・・・」

「たしかうちに忍び込んだロームの男だろう。あの時は先々代の噂を信じて忍び込んだという間抜けな理由だったが、・・・まさか本当はうちを潰すつもりで入り込むつもりだったのか?」

「いや、それならどうしてカレン嬢ちゃんと結婚する必要がある。そもそも今、ロイスナーを王都の軍が潰さなきゃならない理由はない」

「ロイスナー自身が目的なだけだろう」

「まさかお嬢を結婚という形で人質にとったってことか?」


 そんな彼らを、ドルカン、キイロ、サリトは複雑な思いで見ていた。

 ここで何をどう言えばいいのだろう。何を言っても信じてもらえないような気がしてならない。


「ドルカンさん、結局、どういうことなんだ。元々、こっちにしてみりゃ、カンロ伯爵邸に出かけたと思ったら、付き合いでロームの舞踏会に出席すると言われてそのまま直行。そこまではいいが、そうしたらなぜか王のお声がかりで結婚したときたもんだ。しかもそのままロームで新婚生活だなんて、こちらとしては受け入れられる筈もないだろう。カレン嬢ちゃんはまさかロイスナーを捨てるつもりなのか? いや、うちのお嬢に限ってそれはあり得ない。・・・・・・なのに帰ってこないってのはどういうことだ、お嬢は無事なんだろうな」

「とりあえず落ち着け。少なくともその凶悪な剣の使い方をする男が傍にいる以上、お嬢は無事に守られている筈だ。・・・問題は、お嬢の今後だ」


 ドルカンも納得してもらえるとは思わなかったが、それでも説明するしかないのだろうと覚悟を決めるしかなかった。

 何とも長い時間になりそうな予感がしていた。






夕食を取りながら、カレンの話をにこにことネイトとリナが聞いていた。


「それは楽しゅうございましたわね、カレン様」

「そうなの。小さな泉っておっしゃってたけど、小さなお魚も泳いでいてね、大きな岩がその周辺に置かれていたんだけど、その位置と形が、目隠しと休憩にぴったりだったの」

「まあ。じゃあ、わざとそう置いていらしたんでしょうか」

「そうみたい。何でもね、ケリスエ様の部下のカロン様が、泉の周辺に岩とか木とかを配置したんですって。カロン様って、最初は大きくて怖そうだったんだけど、実はとても誠実で穏やかな、本当に紳士的な人なのよ」


 ケリスエ将軍に誘われ、その屋敷にお邪魔したカレンはとても機嫌が良かった。

ちょうど仕事もひと段落してサボりたかった所なのでと茶目っ気を見せて誘ってきたケリスエ将軍は、

「実は昨夜は持ち帰った仕事を片付けていてあまり寝ていないのです。しかしそれがバレると部下が口うるさい。ですからカレン殿の相手をしていたということにしておいてくださいませんか?」

と、裏庭のちょうど木陰になっていた草の上に寝転がって寝てしまったのだ。

 いつもの威風堂々としたケリスエ将軍もいいけど、すやすやと寝息を立てている将軍の寝顔もどこかあどけなくていい。

 そんなものを拝めてしまったのだ。これがどうして機嫌よくならずにいられようか、である。


「ほう。カロン様というと、敵国の出身でありながらケリスエ将軍の養子になり、出世したお人ですな。色々とご苦労もおありだったでしょうが・・・」

「え。・・・そうだったの? ほんと、ロメス?」

「ああ。あのカロン殿は、戦場で一緒にいた父親をケリスエ将軍に殺されている。少年だったカロン殿をなぜか殺さずにケリスエ将軍が引き取り、養子にしたんだ。・・・誰もが知ってることだが、デリケートな内容だけに触れる者はいない。だからカレンも言うなよ」


 触れられたところであの将軍とカロンが別に気にするとも思えないのだが、一応ロメスもそこは注意をしておく。


「言わないけど・・・だけど、同じお屋敷に住んでるって話だったし、それにいつもカロン様ってケリスエ様と一緒なのよ。本当のことなのかしら」

「別にそんなことで嘘はないだろ」


 疑いようもなく本当のことだ。

周囲の反対を押し切って少年を引き取ったケリスエ将軍の気まぐれに呆れ返った者達は、当時はかなり愚行だの何だのと言っていた。しかし年月が過ぎてカロンが頭角を現すと、王ですらケリスエ将軍の先見(せんけん)(めい)に感嘆したという。

 だが、更に見込みのある子供を育てるよう王に言われたケリスエ将軍は、「素質があると思えばこそ、そこで引きとって確保しただけのこと。有象無象(うぞうむぞう)を育てても同じ出来になる筈もありません。時間の無駄です」と、きっぱり撥ねつけたという。

 ケリスエ将軍がカロンを引き取っても面倒などみていなかったのは誰もが知っている。

ゆえにカロンは本人の資質だけでのし上がった男だ。それなのに、なぜ仇である将軍に一太刀すら浴びせることなく部下として忠実に仕えているのか、しみじみと変な男だとはロメスも思っていた。


「だけど、・・・だってあの泉の周辺に植えられていた木の枝ぶりにしても、岩にしても、植えられていた草花にしても、泉の中にあった小石に至るまで、ケリスエ様がそのままそこで水浴びして寝入ってもいいようにって、カロン様が全て指示したってことだったわ。普通、そんなお父様の仇にそこまで出来るものなのかしら」

「・・・誰がそんなことを言ったんだ?」

「カロン様の副官の方よ。ケリスエ様がね、ここは一人で心ゆくまで楽しめる空間だから、魚と戯れつつ水遊びを楽しみ、その後は香りのいい草の清涼感を風と共に感じて岩の上で休み、木陰でのんびりと小鳥の声を楽しむといいっておっしゃってくださったの。その際、周囲を先に見回ってくださった副官の方に、まるで人のいない森の中のようで素敵だと褒めたら、そう教えてくださったのよ」

「・・・へー」


 ロメスとしてはそう言うしかない。

どこまで自分の上司しか見ていない男なのか。そりゃそれなりに弟子への情は持っていたようだが、あの薄情な将軍に対してよくぞそこまで尽くせるものである。カロンに関しては以前から変な奴だと思っていたが、やはりどこまでもおかしかったのだろう。


「人が近づいたら小鳥の声も止まるし、羽ばたいて逃げるだろうからって、わざと木々にも小鳥の巣を作らせたんですって。だから小鳥の囀りも楽しめたのよ」

「まあ。だけどそういうことでしたら、本当に安心して水遊びができましたわね、カレン様」

「ええ。しかも間違っても肌を傷つけないようにって、泉の底には小さな丸い石ばかり敷いてあったの」

「なるほど。苦労人だけあって、カロン様はそういうことまで気遣っておられるのですな。いやはや、うちの坊ちゃんにもぜひ爪の垢でも煎じて飲ませたいものです」

「うるさいぞ、ネイト」


 あんなおかしい男のどこに感心する要素があるというのか。

そりゃ話してても悪くはないし、信頼もできる男だが、・・・いかんせん、人間としての根本がおかしいだろう。大体、いくら引き取ってもらった恩があっても、自分なら父親を殺した将軍なんぞ、隙を見て殺してから逃げる。

 あの将軍相手となると難しいが、同じ屋敷に暮らしていたなら隙の一つや二つはあった筈だ。

 それ以前に、たとえ泉の底に敷いてあるのが鋭利な石ばっかりだったとして、あの将軍がその程度で怪我などするものか、である。


「そうよね。カロン様って、かなり優しくて素敵な方だもの。しかもとても控えめなの。だってそこまでケリスエ様の為にしておきながら、それをケリスエ様が知らないのよ。・・・単にカロン様のことをこだわりの強い人間なんだなとしか思ってないみたいなんだもの。本当にびっくりしちゃった。だけどきっと、カロン様は別にケリスエ様に感謝されたいからしてるってわけじゃないんでしょうね」

「まあ、なんて殊勝な心がけの方なんでしょう。本当に坊ちゃまにも見習ってもらいたいものですわ」

「・・・ただの根暗な奴ってだけだろ」


 カロン・ケイスもおかしいが、うちの人間達もまた見る目がおかしいとしか思えない。

あそこまでカロンに尽くさせておいて、ケリスエ将軍がそれを全く自覚していないのも有名な話だ。やはり突き抜けた人間というのは、どこか一本おかしくなっているのだろう。

 カレンもカレンだ、暴れ狼の異名をカロンが持つのも、ケリスエ将軍の為ならブチ切れるという行動の数々が原因だ。そんな異名を持つ人間のどこが優しくて素敵で控えめだというのか。

 やってられんと思いつつ、ロメスは最後のパンを口に放り込んだ。






 その場には疲れたような空気が蔓延していた。

 何度も同じ話や質問を繰り返しても、納得できないことがあったからだ。

 しかし、それでも延々と同じことを話し続けていれば人は段々受け入れてしまうしかないもので、更には疲労がそれを後押ししていたことも影響していただろう。

 諦めの境地といったものに、辿りついていたのかもしれない。


「つまりは、だ。そのロメス・フォンゲルドはうちのカレン嬢ちゃん自身が気に入って、王様を丸め込んでまで結婚に持ち込んだってことか。ドルカンさん」

「まあ、そういうことなんだろうな」


 既に酒も入っている。中には潰れている者もいた。ドルカンも、そういう確認をされてしまっては頷くしかない。


「それにサリトもかなりそのロメスって奴を気に入ってるみたいじゃねぇか」

「そりゃさ、人間としてはかなり問題あるかもしれねぇけど、ある意味、ロメスの旦那も見る目はあるってもんだろ? ロイスナーじゃなく、お嬢そのものが気に入ったなんて、そんな理由で求婚してきた男は初めてじゃないか? そりゃうちのお嬢はどこに出しても恥ずかしくない別嬪さんだが、今までお嬢に粉かけようとしてきた奴らはロイスナーにも(よだれ)垂らして見てた奴ばっかりだったしな」

「違いねぇや」


 そうなるとゲラゲラと笑う男も出てくる。


「そりゃここで美女といえばカンロの姫君達だが、うちのカレン嬢ちゃんだって決して負けてねぇからな。まあ、ロイスナーを全く知らなかったってのが間抜けで笑えるじゃねえか」

「全くだ。とっ捕まって鉄格子の中からお嬢に求婚したってのも間抜けだったが、・・・そこまでうちのお嬢に惚れたってんなら、まあ、悪くはないってもんだろう」

「当たり前だろ。うちのカレン嬢ちゃんを前に惚れん男はおらん」


 そこまでいくと、親ばかも過ぎるのではないかと思わなくはなかったキイロだが、自分達にとってカレン以上に魅力的な姫など存在しないのも事実だった。

 ロメスの異常性よりも、どちらかというとカレン自身にそこまで惚れ込んで王まで動かしたという事実を前に、彼らは個人的に好意を抱いてしまったらしい。

 

(嵌められたと怒り狂っていたお嬢が聞いたら、それこそ裏切り者と怒りそうなもんだが。まあ、今となっては相思相愛っぽいから良しとすべきなんだろうな)


 キイロにしても、同じ話を延々とさせられて、いいかげんに疲れていた。それにもう、ここまでくると、どうでもいいと思うようにもなってくる。

 サリトの言う通りだ。

 結局、自分達は自分達を統べるロイスナーの主を必要としてもいるが、同時にカレンの幸せを願わずにはいられないのだ。

 自分達から愛され、自分達全てを愛しているカレン・ロイスナー。彼女の笑顔こそが自分達に光をもたらす。

 あの男が傍にいるのであれば誰からであっても守りきるだろうが、一人で寂しい思いもしているだろう。カレンが夫として、男として愛したのはあの男かもしれないが、生きていくのにそれだけが全てだなんてことはあり得ない。


(お嬢・・・。泣いていなければいいんだが)


 常にロイスナーの誰かの気配があったカンロと違い、今のカレンはロームに一人ぼっちだ。ロメスもいるし、ネイトとリナも優しくしてくれるだろうし、カンロ伯爵達も近くにいる。

 何も心配することはないのだろう。

 それでも。

自分が語る北国の話を聞きながら、怖さのあまりに涙を浮かべて「一緒に寝て」としがみついてきた頃のことを思い出す。あれから月日も流れ、野宿する時の手際も良くなり、ロイスナーの技術を安く買いたたこうとする人間に対しても冷笑を浮かべて「一昨日いらっしゃいな」と放り出すようにまでカレンは成長した。今や一人でも顔を誇り高く上げて、誰とでも対等に話す自慢の主だ。

 人目を惹く美人だけに、言い寄ってきた男も数多かった。それらの口説き文句すらにっこりと微笑んで聞きながらも、後で「どうしてどいつもこいつも独創性のない言葉しか言わないのかしら。どう見てもアレ、うちを乗っ取る気よね。どこまで私を馬鹿にしてるのよ」と、鼻で笑っていたものだ。

 そんなカレンが、ロイスナーとは無関係の場所で無関係の愛を手に入れたのであればそれでいいのだろう。相手があの男というのはかなり物申したいものがあったが、ああやって普通の娘さんのようにその日の出来事や、ケリスエ将軍がいかに素敵かだなんて話をしている様子は、このロイスナーでは手に入れられない無邪気な日々でもあった。

 それでも。

 彼女の心が泣いているのではないかと、案じられて仕方がない。

 キイロは目を閉じて、カレンを思った。しかし同時に、これだから妻には「あなたは結局カレン様が一番な人ですからね。ええ、もう諦めてるからいいのよ」と言われるのだろうとも、ちょっと思った。






 先程から、んふっんふっと、思い出し笑いをしてはご機嫌なカレンを前に、ロメスももう何も言う気にはなれなくなっていた。相槌すら、今のカレンは聞いていないような気がする。


「でねっ。そのまま一緒に髪を編ませてもらったの。まっすぐな髪っていいわよね。サラサラとしてるのよ。流れ落ちる時も滝のようでうっとりしちゃった」

「・・・俺はお前の巻き毛が気に入ってるんだが」

「そしたらね、お返しにって私の髪も梳いてくださったんだけど、その時にね、くるくると広がっていくさまがまるであなたを包むベールのようですねって褒めてくださったの」


 きゃー、いやーんと、そこで頬を押さえて(もだ)えるカレンは、同じ寝台にいるロメスを全く意識していないようである。というより、既にロメスは空気だ。どうでもいい存在になっている。


「でねっでねっ、ちょっと疲れたかなぁって小さく欠伸したらね、『大丈夫ですよ。何があっても私がお守りしますから、少しお休みになればいい。少ししたら起こして差し上げますから』って、私をマントの上に横たえてくださったの。お腹も冷やさないようにしなくちゃいけませんよって、薄手の上掛けも掛けてくださったのよ」

「・・・そうか」

「あの方に守ってもらえるだなんて、もうそれだけで夢のようよねっ。ロメスも羨ましいでしょっ?」

「・・・・・・」


 あの将軍の前で眠ろうなどと、自分なら思えない。それこそ目を瞑った隙に首を()ねられるのがオチだ。大体、あの将軍が守る前に、あの狼がどうせ近くで待機していたことだろう。何があるというのか。

 何より、あの屋敷に侵入しようと思う命知らずな人間がいる筈もない。


「あんな優しい瞳で見つめられたら、もうそれだけで好きにしてって感じよねっ。・・・ああっ、どうして時間って止められないのかしら」

「・・・あのな、カレン」

「あのまま時間が止まれば良かったのに・・・」

「いや、カレン。ちょっと、いいかげんに落ち着け」


 しかし、ぼーっと顔を上気させて潤んだ瞳になっているカレンは、ロメスの言葉など聞いていなかった。

 ロメスは耐えた。

 ここで怒鳴りつけたい気持ちは山々だ。しかしそれをしようものなら、カレンはそれこそケリスエ将軍の所に家出しかねない。何より、かなりこじらせる事態になるだろう。

 そう、自分は間違えたのだ。


(あそこで追いかけておけば・・・)


 あの時、部下の意見を退けるべきではなかったのだ。そしてカロンの忠告も(よみがえ)る。


―――ロメス殿が変な意地を張って言葉を惜しんだのが全ての原因だろう。ケリスエ将軍のアレは治らん。諦めて将軍にうっとりクラクラしている奥方を受け入れるか、ケリスエ将軍を凌ぐ褒め言葉を奥方に捧げ続けるしかないんじゃないか?


 だが、しかし。


(こんなにもうっとりクラクラするだなんて聞いてねえっ)


 どうしてこんなにもカレンはあんな危ない将軍なんぞに入れあげているのか。そこがおかしいだろう。大体、その程度の褒め言葉なんぞ、自分だってもっと言っている。なのに時々ふらっと関わっては、カレンの心を鷲掴みにしていくあの将軍は何なのか。

 自分がどんなにカレンを褒めても、赤くなるのはその時限りだ。

 こんなにも何度も何度も思い返してはうっとりなどしてくれないというのに。


「どうしたの、ロメス? 変な顔になってるわよ?」


 やっと意識を現実に戻したのか、カレンがロメスの顔を覗き込んでいた。


「いや・・・。カレンはどうもケリスエ将軍のことばっかりで俺のことは忘れ去ってるみたいだったからな」

「え? そーお? やっぱり素敵だものね、ケリスエ様、・・・うふっ」


 どうしてそこで否定しないのか。しかもどうしてそう嬉しそうなのか。これは、ケリスエ将軍のことばかりでなく、もう少し自分のことも気にしてくれ、の意味だったのだが。


「どうしてそこまで将軍に入れあげられるのか分からんが、まあ、楽しかったならいいさ」

「えっ!? ロメス、分からないのっ? ・・・あなた、どこか、おかしいんじゃない?」


 後半はかなり投げやりになったロメスに、カレンが目を瞠る。どこかおかしいんじゃないかって、おかしいのはカレンの方だ。

 ロメスはそれでもカレンとの間に亀裂が入らぬよう、あまり不快感を強く出さないように心がけながら、言葉を継いだ。


「悪いが、俺達はあくまで見た目や言葉など重視しない、強さが全てだ。・・・そりゃ将軍は強いが、だからといってそんなにのぼせ上がることはない」

「・・・え? ケリスエ様ってお強いの? そりゃ将軍だからお強いわよね。だけどいつもカロン様がついていらっしゃるから、ケリスエ様が戦うことはないかと思ってたわ。・・・だけど、ケリスエ様もお強かっただなんて。いやん、なんてますます素敵なの」


 そこできゃっと余計に身悶えるのだからやっていられない。何が素敵なのか。強い男が素敵だとでもいうのか。なら、今までのは何だったのか。

 ロメスとしてはどこまでも不愉快だ。


「だけどカロン様もお強そうだからきっとケリスエ様が戦うことはないのよね。・・・それも素敵。ねえ、ロメス。カロン様もお強いのよね?」

「そうだな。かなり強い。・・・何でそこで嬉しそうなんだ?」

「え? だって素敵じゃない。そりゃ見ればお強いのは分かるけど、やっぱりカロン様も強くていらしただなんて、やっぱりケリスエ様とカロン様って本当に素敵よね」

「・・・・・・」


 カレンの言う素敵の意味が全くもって分からない。何がどう素敵なのか。最初はケリスエ将軍を素敵だと連呼しておきながら、次はカロンまで含めて何が素敵だというのか。

 もっと分かりやすい表現を使ってくれないものか。・・・・・・全くもって聞きたくもないが。

 ロメスは、そこでふと思いついて尋ねた。


「なあ、カレン?」

「なぁに?」

「お前、カロン殿も素敵だと思ってるのか?」

「そりゃ素敵じゃない。だって、あんなにも立派で堂々としているのに、それでもケリスエ様の為にいつでも陰に徹していらっしゃるのよ?」

「その根暗な行動のどこが素敵なんだ?」

「何よ、その根暗って表現は。ロメスっておかしいわよ。あんな無償の忠誠を捧げ続けることができるだなんて、男性の中の男性じゃないの」


 男として女の趣味も何もかもがおかしいとみなされているカロンに対し、どうもこの妻は感覚が狂っているとしか思えない。

 ロメスは何と言うべきか、かなり悩んだ。

 あれが男の中の男? あの腰ぎんちゃくが? あり得ないだろう。

 

「きっと、・・・このロームで一番男らしい方を挙げろって言われたら、私、カロン様を挙げると思うわ」


 しかし、その言葉は聞き流せない。


「なあ、カレン?」

「なあに?」

「お前、・・・俺とカロン殿と、どっちが男として上だと思ってるんだ?」

「カロン様」


 即答だった。

 同じ寝台の上で、夫を前にして他の男を褒める妻。・・・こんなことがあっていいのか、いい筈がない。人生での初体験に、さすがのロメスも固まった。

 本来、こういう場合、夫であれば妻にしっかり躾をすべき場面だ。少なくとも、夫に対していかに従順であるべきかを教え込むのが普通の対応だろう。

 だが、ロメスは耐えた。


「あのな、カレン。・・・少なくとも夫を前にそれはないんじゃないか?」

「え? だって・・・・・・。・・・ロメスなんて何も言ってくれないじゃない」

「は?」


 なぜ、ここでそうなるのか。

何も言わないというのと、男としてどっちが上かと、どう繋がるのか。

全く別物だろう。

しかし、カレンは何かを思い出したかのように、上唇を噛んで瞳を潤ませた。泣くのをこらえているかのように、ロメスを(なじ)るかのような目で睨みつけてくる。


「ロメスは何も言ってくれないわ。どうして川に水遊びをしに行っちゃいけないのかも。・・・ちゃんとケリスエ様もカロン様も教えてくれるもの。私をまっすぐ見て、きちんと分かるようにお話してくれる。・・・だけど、ロメスは何も言ってくれないじゃないっ」


 最初は震える声だったが、最後には叩きつけるかのように下を向いて一気にカレンは叫んだ。

 そのまま脱兎のように寝台から下りて駆け出そうとしたカレンの腕を、ロメスは掴む。


「離してよっ。私っ、今日は自分のお部屋で寝るっ」

「待てっ、カレン」


 暴れるカレンだが、元々ロメスはそんな人間を抑えつけることにも慣れている。そのまま自分の体で押さえつけるように抱きしめていると、やがてカレンも諦めたように体の力を抜いた。

 けれどもそれは了解したわけではないのだろう。やはり頬の内側を噛んで泣くのを耐えているのがわかる。


「カレン・・・」

「嫌い・・・ロメスなんて」


 ぽろぽろと泣き始める。だが、嫌いと言われるとロメスの心にもグサリと突き刺さるものがあった。

 さすがのロメスもこんな風に泣く女は初めてだけにどうしていいか、かなり困惑せずにはいられなかった。


「あのなぁ、カレン。お前に嫌いだなんて言われると、俺も傷つくんだが」

「嫌い。大っ嫌い」

「・・・・・・」


 更に大嫌いにまで進化させてきた。力で敵わないとみて、口での攻撃に切り替えたのか。

 そうしてぐすぐすと泣き始めたカレンに、ロメスも困り果てた。

 いつもならはにかんで喜ぶのに、今はロメスがカレンの髪を撫でても嫌そうに首を横に背けてくる。


「嫌よ、キスなんてしないで。触らないで」


 宥めるようにその顔にキスしても、カレンは更に、ひっくひっくと泣き出すときたものだ。


「カレン、・・・泣くな。お前に泣かれるのは辛い」


 何が理由で泣き出したかも分からないロメスにしてみれば、どこまでも困る事態を迎えていた。まさに部下達の言葉は正しかった。

 ・・・何がどうしてこうなるのだろう。

 しゃくりあげながら泣かなきゃいけない流れが、今の話のどこにあったというのか。


「なあ、カレン。・・・俺には分からないんだ。お前がどうしてそんなに泣かなきゃいけない程に傷ついているのかも、俺の何が不満なのかも」


 川遊びをしに行かせたくない理由なら、既にケリスエ将軍から聞いた筈だ。なら、それは解決済みだろう。どうしてそれを今になって蒸し返す必要があるのか。

 今のカレンはどこまでもロメスを拒絶している。こうしている今も、全身からロメスに触るなと言っている気配を感じずにはいられない。

 だが、どんなに嫌だと言われようとも、今、カレンをこの腕から離したらいけないことだけはロメスにも分かる。

 むずがるように嫌がるカレンを、それでもロメスは泣き止むまでその腕の中から解放することはなかった。






「落ち着いたか? ほら、水飲むか?」

「ん」


 さすがにどうやってもロメスの腕から逃げられないことは理解したらしく、カレンもロメスの体にもたれかかったままで大人しく口元に運ばれる水を飲んだ。

 さすがに泣き続けていたらのども渇いたらしい。飲み終えたその唇についた水を自分の指で拭ってやりながら、ロメスはその額にキスした。

 さすがにもう嫌がらなくなってはいる。嫌いと言われ、触るなとも言われ、キスされたくもないと言われたのは、ロメスにもかなりのダメージを与えていただけに、その事実にほっとする。


「なあ、カレン」


 返事はない。しかし、そこでめげてはいけないのである。ロメスはかなりの忍耐力を動員して、ゆっくりと怖がらせないように語りかけた。


「頼むから俺にきちんと教えてくれ。お前に泣かれるのはかなりきつい。・・・ちゃんと泣く前に俺に話してくれないか?」

「・・・私、ちゃんと言ってるわ。ロメスが私の話を聞いてないだけじゃない」


 ぶわっと、再びカレンの瞳に涙が盛り上がる。


「うわっ。カレン、そこで泣くなっ。・・・ああ、もう、お前に泣かれるのだけはごめんなんだよ、俺は」


 弱りきったロメスの声に、カレンもついクスリと笑ってしまう。小さなものだったが、ロメスはそれを見つけてほっとした気になる。知らず、ロメスもつられて笑った。


「ああ、やっと笑ったな。・・・やっぱりお前は笑ってるのが一番いい」


 そうして小さく軽いキスをその唇に贈ったが、今回はカレンも嫌がらなかった。


(助かった・・・。このまま放置していたら明日には家出されてたに違いない)


 そう内心では冷や汗ダラダラだったのだが、ロメスのその焦りがカレンに伝わっていなかったのだが救いだろう。

 自分でも笑ってしまったのがあったせいか、カレンも少しは譲歩する気になったようだった。


「あのね、ロメス」

「ああ、何だ?」

「ちゃんと私にお話して」

「・・・してなかったか?」

「してないわよ」


 そうは言うが、かなりロメスはカレンの話を聞いている。普通の男はそこまで女の話に耳を傾けたりもしないし、独善が過ぎるといった傾向が強い。それに比べて、ロメスはカレンの話をきちんと聞いて覚えているし、更には他の人間からもカレンの動向については報告させている為、どちらかというとかなり把握している方だろう。

 そしてちゃんとカレンに伝えるべきこともロメスは細かく伝えているつもりだ。束縛しようと思ったら、指示も細かくなるのは当たり前なのだから。

 だが、そんなロメスの不思議そうな顔に、カレンも本当にロメスが理解していないのだと察したらしい。


「今日だって、川遊びは駄目だって言うだけだったじゃない」

「駄目なものは駄目に決まっているだろう」

「だからっ。どうしてその理由を教えてくれないのっ。そこが話してないって言うのよっ」

「・・・理由が必要なのか?」

「当たり前じゃないっ」


 しかし、その理由なんて言いたくなかったのだから仕方ないだろう。それに理由ならもう説明されているのだからどうでもいいことじゃないか。

 ロメスの視線が横に流れるのを見て、カレンが焦れたように言い募る。


「ちゃんとケリスエ様は理由を話してくれたわ。だけど、ロメスだってちゃんと言ってくれれば良かっただけじゃないの」


 そこまで言われると、ロメスも答えざるを得ない状況だ。しかし言いたくなくて、ロメスはそのまま口を右の掌で覆って、更に目を泳がせる。


「ロメス」


 声に力を入れてカレンが促してくる。どうしてそこで口を押さえるのか、この男は。何を隠そうとしているのか。どこまで自分に向き合わずに逃げるつもりなのだろう。


「言いたくなかったんだ・・・」

「は?」


 どうしてこんな気恥ずかしい思いをさせられなくてはならないのだろう。ロメスはこんなことならと、日中の自分を悔やまずにはいられない。

 一言で終わらせたのだが、意味が分からなかったらしい。カレンが、その表情で、続きを言いなさいよと促してくる。


「だから言いたくなかったんだ」

「どうしてよ?」


 本気でカレンには分からないらしい。そこでストップしてくれればいいのに、更に訊いてきた。


「分からなければいい。もう寝ろ」

「ロメスッ」


 そのまま寝てしまおうとしたロメスだったが、その襟首を掴んでカレンが揺さぶってくる。絶対寝かせないと言わんばかりに上下に揺さぶられ、ロメスも降参して答えた。それでも気恥ずかしくて、そっぽを向きながらではあったが。


「だからっ、言いたくないに決まってるだろ」

「何が」

「そんなの・・・。仮の話であっても、川でお前の裸を見る男がいるかもしれないだなんて、言いたくなかったに決まってるだろうがっ」

「・・・・・・・・・何それ」

「だからもういいだろ。ほら、カレンももう寝ろ」


 そのままロメスは寝ることにした。そうだ、寝てしまえばいいのだ。

 だが、カレンはそこでロメスを解放する気などなかったらしい。目を閉じたロメスの頬をペチペチと叩いてくる。

 カレンのペチペチなど大した威力ではないが、さすがにそれではロメスも眠れなかった。


「カレン。・・・お前なぁ」

「って何よ、それ。そんなくだらない理由だったの?」


 呆れたようなカレンの声に、ロメスも自分がかなり愚かだったことを自覚せずにはいられない。

 どうせ俺は馬鹿だ、それでいい。だからさっさと寝てくれ。

 こんな気恥ずかしい夜のことなど、さっさと終わらせてしまいたい。

 そんなロメスに、カレンは更に身を寄せて尋ねてくる。正直、男として嬉しいが、できればやめてほしかった。


「ねえ、ロメス。別に仮の話なら何てことないじゃない。どうしてそんなことが気になるの?」


 男なら誰でも分かることが、どうしてこの妻には分からないのだろう。これだから女は無神経だというのだ。言葉だからこそダメージを受ける男心を理解しない。

ロメスは目を瞑って寝たふりをすることにした。


「ロメスったら、どうしてそこで寝ようとするの」


 ロメスの頬をつまんでくるカレンは本気で逃げさせる気はないのだろう。さすがのロメスも、忍耐の針を振り切ってしまわずにはいられなかった。


「きゃっ」


 そのままカレンの腕を掴んで互いの位置を入れ替える。自分の下で仰向けになり、見上げてくるカレンは一瞬で自分の体勢が変わったことに驚いたらしい。びっくりして目を丸くしたカレンを組み敷いた形となり、まさにロメスにとっては苦行の状態だ。


「あのな、カレン」


 さすがに優しい声は出せない。それでも低い声ながら怒っているわけじゃないのはカレンにも伝わったらしい。驚きはしても怖がってはいないようだ。

 そのことに安心する。ここで怯えられたら、自分は何をするか分からない。


「言っただろう? お前の髪をほどくのも、お前の飾りを外すのも、更にはお前の服を脱がせるのすら、全てにおいてやっていい男は俺以外認めたくないのだと。仮の話であろうとも、そんなことを口にしたくなどないんだ。・・・・・・分かれよ」

「んっ」


 そうしていつもよりも荒々しく口づける。少し唇が緩んだ隙に、それを深いものに変えて長くそのカレンの呼吸すら奪おうとするようにしていると、やがてカレンの目尻に涙が浮かぶ。


(これ以上は俺の理性が持たないか。・・・あまりやり過ぎてもな)


 ロメスも、今、その先に進ませる気がなかったので、そこで名残惜しかったが止めることにする。

 荒い息を吐き出しているカレンの唇を指で拭ってやりながら、ロメスが自分の忍耐についてしみじみと思いを馳せていると、やがて少しぼんやりとしていたカレンが正気に戻り、顔を赤くさせて目を泳がせる。

 どう言えばいいのかと迷っているらしい。


「あの・・・ロメス。だからっていきなりこんなキスすることないでしょ」

「あのな、カレン」

「何よ」


 しかし、先ほどまでと違って、カレンのその声に力はない。さすがにキスされて意識を少し飛ばしてしまっていただけに、今、ロメスに反発できる気力がないのだろう。そして恥じらう気持ちも生まれてきてしまったらしかった。


「寝台で二人きり。なのに夫である俺じゃない男を褒める妻に、俺が何も感じないと思うか?」


 一気に、カレンの耳まで真っ赤になる。どうやら、ロメスが嫉妬するなどと思いもしなかったらしい。


「え・・・だって、そんなの・・・。憧れとそういうのって別でしょ・・・?」

「生憎、俺にとっては別じゃない」


 乱れた黒髪に手をやり、カレンの耳を露わにさせると、ロメスはそこに自分の唇を近づけた。ロメスの吐息を感じさせられ、カレンの体に緊張が走る。


「・・・・・・やっ」


そこでロメスはその耳についばむようなキスをした。何度か繰り返されるそれに、カレンの体がぴくぴくっと跳ねる。

完全に自分に逆らう気もなくしただろうと見たところで、ロメスはその耳元で低く囁いた。


「なあ、カレン。・・・言えよ、俺だけだと。他の男などお前にとっては意味がないのだと」


 その紛れもない本気の声音にカレンも気づいたらしい。

顔を横に向けてロメスの紺色の瞳を見返す。そしておずおずと、ロメスの頬に自分の手を伸ばしてきた。黙ってその小さな手に、ロメスも自分の手を重ねる。


「あの・・・ロメス? 言っておくけど、私がカロン様をそういう意味で好きになることはないわよ?」

御託(ごたく)はいい。俺が欲しい言葉はそれじゃない」


 そのロメスの射抜くような視線に、カレンがびくりと震える。

 ロメスの紺色の瞳は、それ以外の言葉など許さないと明確に告げていた。

 どんな言葉よりも雄弁に語るそれに、カレンも応えずにはいられない。


「ロメス・・・。好きよ、愛してるわ。あなた以上に好きな人なんていない」


 そう言って、顔を寄せてカレンは自分からロメスの唇に小さく口づける。

満足そうにロメスが笑うと、カレンもふふっと笑った。


「本当にしょうがないわね、ロメスって。どうしてそんなに馬鹿なの?」


 見当違いの嫉妬をして、そして自分にこんなことを言わせようとするだなんて、どこまで馬鹿なのだろう。だけど、それがロメスなのだから仕方ないのだろうか。

 自分の言葉一つでこんなにもロメスが満足そうに笑うのなら、それはそれでいいのかもしれない。


「・・・男ってのは、どいつもこいつも馬鹿が身上(しんじょう)なんだよ」

 

 どうしてそこで馬鹿呼ばわりされなくてはならないのかと思うが、一般的に男は馬鹿だ。そうでなければ男じゃないだろう。

 ロメスがそう(うそぶ)くと、カレンは呆れた顔になった。


「何を開き直ってるのかしら、・・・信じられない」

「いいんだよ、別に」


 どちらにしても、カロンに対してそういう意味での好意を抱くことはないと言い切ったのだから、それはそれでいいとしよう。ロメスはそう思った。

 何よりもカレンから愛の言葉を言わせてしまった今、ロメスとしてもそれなりに機嫌は良い。

 カレンにしてもロメスは本当に馬鹿だと思うものの、そこまで愛されていると思うと、ここは優しくなれる気がした。


「あのね、ロメス」

「何だ?」

「とっておきの秘密を教えてあげる」

「そりゃ聞きたいね」


 ロメスがその髪を撫でながら額にキスすると、カレンはくすぐったそうに笑う。


「あのね、私が旦那様として愛してるのはあなただけなのよ?」

「・・・そりゃ最高に素晴らしい秘密だ」


 そうして二人は目を開けたままコツンと額を合わせると、やがて目を閉じて静かに深くキスをした。

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