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 とても爽やかな風の吹く、気持ちのいい朝だった。

 自分の寝室で目を覚ましたカレンは、いつものように、寝台の枕元に腰掛けて自分の寝顔を見ているロメスに気づく。


「おはよう、カレン。いい朝だな」

「ちょっとロメス、勝手に入ってこないでって言ったでしょっ。どうしていつもいつも人の寝顔ばかり見てるのよっ」

「カレンの寝顔は毎朝毎晩見ていようとも全く飽きないな。目覚めた途端に、そうやって照れて恥じらう顔もだが。・・・なあ、夢の中でも俺はお前に愛してるって言ってたか?」


 そう言うと、ロメスがカレンの唇に朝のキスをしてくる。

 いつもの鳥がついばむようなキスだ。それでも今朝は少し長く、何度も角度を変えてくる。やがて二人の顔が離れると、カレンは真っ赤になって言った。


「って、ロメスがいると着替えられないでしょっ。さっさと出てってっ」

「分かった分かった。じゃあ、先に行くよ」


 そのまま楽しそうに出て行くロメスを見送り、カレンは耳まで赤くなったまま、上掛けに顔を埋めた。


(って、昨日のって、ただの夢? だって私、普通に部屋で寝てたわけだし・・・。ってどこから夢っ?)


 ロメスの様子から見ると、自分達はいつものように別々に寝たらしい。だけどちらりと部屋の隅に目をやると、ロメスに渡しに行ったことは夢ではなかったのだろう、そこに置いてあった筈の剣は姿を消している。

 カレンは真っ赤になって(もだ)えたまま、ぐるぐると考え込んだ。




 そんなカレンが朝食に起きていくと、疲れ切った顔のドルカン、キイロ、サリトがいた。ロメスは平然としているが、ネイトとリナは苦笑している。


「おはよう、みんな。・・・なんか疲れてない?」

「おはよう、お嬢。お嬢はよく眠れたみたいだな」

「え? まあ、普通に寝たと思うけど?」


 サリトの言葉の意味が分からず、戸惑っていると、そのままリナがパンパンと手を叩く。


「さあさ、まずは朝ごはんですよ。坊ちゃまも今日からしばらくはお留守になさるんですから」

「俺は別にいつものことさ。それよりリナも気をつけておいてやってくれ」

「分かっておりますとも」


 何があったのかと思いつつ、カレンも席に着くと、今朝は半熟に茹でた卵がパンに添えられていた。トロリとした黄身を(すく)って少し塩を振り、パンと食べるのはとても美味しい。

 機嫌よく食べ始めるカレンを、ロメスも楽しそうに見ている。


「そう言えばカレン、お前の所の剣だがな」

「うん?」

「昨夜のうちにドルカン達には言っておいたから、ロイスナーに注文しておいてくれ。支払いはちゃんとするから」

「別に支払いなんていらないわよ。・・・注文って、あれじゃ気に入らなかったの?」


 そこで不安そうな顔になってカレンがドルカンに助けを求めるような視線を向ける。ロイスナーの剣はかなり良いと自負していたのだが、あれでもロメスには不満だったのだろうか。

 そんなカレンの様子に、ドルカンもまたどう話すべきかといささか悩みつつ、口を開いた。


「いえ、お嬢。どうやらロメス様も気に入ってはくださったようなんですが、数が足りんと言い出されましてな」

「数?」


 剣なんて一本あれば十分だろうに。しかも様々な剣を渡してあるのだから、数も十分ではないのか。

 カレンが余計に首を傾げる。

 そこでキイロが言葉を添える。


「昨夜、お嬢が旦那に渡した剣について訊きたいと言われて、ドルカンさんが説明したんですよ。ついでに俺が予備で持ってきていたのも使ってみて、そしたらそっちが気に入ったから、と。ただ、あれは切れ味がすぐに落ちるんで、一本じゃ足りないだろうって話になりましてね」

「昨夜って、そんなこと皆でお話してたの? もしかしてそれが疲れてる理由? どうして男の人ってああいうのが好きなのかしら」

「それを言われてしまうと・・・。お嬢には分からないかもしれませんが、こういうものを語り出したら夜が明けるのは仕方ないんですよ」

「そりゃ分からないけど・・・、まあ、いいわ。ドルカンとキイロが分かってるなら大丈夫だもの。じゃあ、お願いね」


 切れ味なんて砥げばいいだけじゃないのかと、カレンは思ったが、自分の不案内な分野に嘴を突っ込んでも仕方ないことだ。あくまで自分はロイスナーの持つ技術の販売と保護が仕事だ。どちらにしても、ドルカン達が話を聞いているのであれば、きちんとしてくれるだろう。

 そんなカレンの思いは長い付き合いの三人にも読み取れる。ドルカン達三人はそれぞれ違う方向へと視線を逸らした。

彼女はかなり熟睡していたらしい。あの騒音に全く気づいていなかった様子である。


(適当に言葉を濁したが、嘘は言っていない、嘘は)


そう、キイロは自分に言い聞かせた。

明け方、諦めの境地で、というより意味を深く考えないようにして、ロメスがどれくらい連続で人を剣で()ち切っていくのか、その使い方により、切れ味が続くのはどこまでかなどといった話をしていたら、効率的にどう考えても最初から数本を腰に差しておく必要があるという話になった。

これはその為の追加注文だったのだ。しかしそんなこと、カレンには言えない。それでも発注と納品が絡む以上、カレンに話を通しておかねばならない。

そんなドルカンとキイロにしてみれば、わけが分からなくても自分達を全面的に信頼していると告げてくるカレンの瞳は、寝不足の自分達の目にも眩しかった。

 自分達が仕えているのは紛れもなくロイスナーのカレンなのに、どうして自分達はこの主を騙していかねばならないことになっているのだろう・・・。






 それは夜更けのことだった。

 何やらバキバキという音がひっきりなしにすることに気づき、ドルカン、キイロ、サリトが互いの部屋を訪ねて様子を見に行くことにしたのだ。


「それこそ夜盗というのであればまずいからな、私が見てこよう。キイロとサリトはいざという時にはカレン嬢ちゃんを守れるよう、階段と玄関にいてくれ」

「いや、ドルカンさん。それなら俺が行くよ。それこそドルカンさんは外に出ない方がいい」


 そうサリトが制し、裏庭へと見に行った所、そこには次々に折れていく枝とそれらが落ちてくる光景が広がっていた。満月とはいえ、月明かりだけでは何がどうなっているのか分からない。だが、音からして、何者かが刃物で枝を落としているのは分かった。

 ドルカン達がネイト達にも告げにいったのだろう。

 何が何やらと思っているサリトの後ろに、いつの間にか灯りを持ったネイトとリナ、そしてドルカンとキイロが立っていた。ネイト達も休んでいたらしく、夜着のままだ。リナはショールを上から羽織っていた。


「あー、・・・これはもう、放っておいてよろしいかと思いますんで、ドルカンさん達もどうぞお休みになってください」

「本当に困りますわね。まあ、相手が枝ならマシと思うしかないんでしょうね、本当に」


 ネイトとリナが疲れた声になる。二人にはすぐ事情が呑み込めたらしい。となると、これをやらかしているのは一人ということになる。

 ざざざざっと音がして、かなり大きな葉の茂った枝が落ちてくる。

 その枝の後ろから現れたのは、ロメスだった。


「坊ちゃん。こんな夜中に何をなさっとるんですかな」

「ああ、カレンが剣をくれたんでな。試し切りをしてたんだ。なかなかよく切れる」

「まあ、坊ちゃま。そりゃ枝で試すのはよろしいんですけど、それでしたらきちんと灯りを持っておいきになりませんと。それこそどこの猿かと思って驚くじゃありませんの」

「誰が猿だ。それに剣を振り回す時に灯りなんぞ持って行く馬鹿がいるものか。・・・ネイトもリナもさっさと寝ろ」

「ええ、ええ。もう休ませていただきますとも。坊ちゃまも程々になさっておいてくださいましよ。カレン様なんて何にもご存じないから、こんな坊ちゃまのことまでご心配なさっていらしてたじゃありませんか。本当になんていじらしい奥方様なのかしら。それなのに坊ちゃまときたら、こんな夜中にごそごそと試し切りなどなさってるだなんて。そのうち本当のことをお知りになられて、思いっきり嫌われても私は知りませんからね」


 そう言うと、ネイトとリナはそこに灯りを置いてさっさと立ち去った。どうやらロメスにだけは何を言ってもしょうがないと思っているらしい。

 リナの捨て台詞にカチンときたらしいロメスだったが、どうやら乳母でもあったリナには逆らえないらしく、そのまま黙殺する。


「なるほど。てっきり盗賊か何かと思いましたが、ロメス様だったのですな。・・・剣はお気に召しましたかな?」

「ああ、かなり気に入ったな。剣なんぞ現地調達するものだと思っていたが、なかなか悪くない」


 ドルカンの質問に、ロメスがかなり機嫌の良い笑みを浮かべていると分かる声で答える。

 サリトが「現地調達って何だよ」とこっそりキイロに言うと、キイロも「つまり相手から奪った剣を使って殺して、血糊で使えなくなったらまた相手の剣を奪って殺して・・・ってことだろ」と、げんなりした声で話している。一本の剣で何人も殺し続けられるものではないのだ。すぐに血糊で斬れなくなる。だから剣を交換していかねばならない。ゆえに相手から剣を奪う。それが現地調達だ。

 しかしそれは軍を率いる男のセリフではない。真っ先に先頭をきって突っ込んでいく人間のセリフだ。

 ドルカンもどう話を続けていいやらである。


「それはよろしゅうございました。・・・まあ、お使いになるかどうかはともかく、うちのお嬢がロメス様を心配なさっておいでですので、一本くらいは持って行ってくださると助かります」

「まあ、待て。ついでだから説明していってくれ。まさかカレンに、骨に突き刺さった時の折れ具合だの、肉をどこまで斬り続けられるかだのを訊くわけにもいかないんでな」 


 そのまま立ち去ろうとしたドルカンに、ロメスが声をかけた。その内容に、三人がかなり嫌そうな表情になる。夜中なので表情が見えないであろうことが救いだが、これから尋ねられるであろう内容はあまりにもえげつないものだった。


「そりゃうちのお嬢に答えられる筈もありませんがね・・・」


 ドルカンは大きな溜め息をついた。地面に転がっている剣を見れば、見本としてカレンに渡してあった全てを並べてあるらしい。長い夜になりそうだと、キイロとサリトも思った。




「骨に当たってもそうそう刃毀(はこぼ)れしないなら、そのまま斬り続けてもかまわないのか?」

「いえ、そうじゃありません。これらは形や重さや種類で違いを見分けてもらわんと困ります」


 ドルカンが、並べていた剣を種類で分けていく。


「こちらが力任せに使う剣で、こちらが効率的に人を倒していく剣になります」

「どう違うんだ?」

「力任せに使う剣は、通常の戦い方と考えてよろしいでしょう。効率的というのは、人体の急所を狙い、あくまで数を多く仕留めていくことを優先しとります。その為、骨などに当たろうものならすぐに折れて欠けてしまいますが、その代わりに数多くの人間を殺し続けることができるでしょう」

「ほう。どうやって?」

「つまり、人体の急所がここやここなどにございますな」


 灯りの置いてある所の地面に簡単な人間の体を描いて、ドルカンが説明していく。


「こういった場所はそのまま突き刺すだけ、もしくは表面を切るだけで相手が死んでしまうのですよ。だから最初からそういった場所を狙える人間が使うということになります。その為、骨や相手の剣に当たらない限り、切れ味がかなり続きます。そして数をこなすことを考え、軽く薄く、そして短めにしてあります」

「なるほどな」

「ですが、相手が静かに殺されるのを待っていてくれるものでもない。そうなると打ち合いに適したのはこちらになります」


 そう言いつつ、ドルカンは一つの剣を取り上げて、その重心を示す。


「打ち方にも人のクセはありますからな。そして相手に打ちつける場所も、その腕の振り方によって色々と変わってくる。これらは打ち込み用にわざと切れ味を鈍くしてありますが、そしてこちらはどちらもできるよう厚みをつけたものになります」

「へえ」

「その為、欠けることは少ないでしょう。また、打ち合った際にしても、相手の肉体を損なわせることができます」

「色々とあるもんだな」


 どうやらかなりロメスも武器は好きらしく、楽しそうに見ていく。幾つかの組み合わせも考えているのか、手にとってはその長さとの違いも見て楽しんでいるらしい。

 そこでドルカンは、かねてから気になっていた話を持ち出した。


「ロメス様」

「何だ?」

「うちのお嬢をどうなさる気で?」

「どう、とは?」


 そこでロメスの紺色の瞳が楽しそうに瞬き、ドルカンの茶色の瞳を射抜いた。

ドルカンは目を伏せた。自分達にとって失えないカレンは既にロメスの手の中だ。この男を怒らせずに、どう話を持っていくべきか。


「あれでもうちのお嬢はロイスナーの主です」

「らしいな。・・・まさか既に親も亡くなってるとは思わなかったが、別にどうでもいいさ」

「ロメス様はロイスナーなどどうでもいいと?」

「どうでもいいだろ。俺はあくまでカレンを気に入ったんだ。まさかこんなオマケがついてくるとは思わなかったが、それはそれだ」


 ロメスが剣を目で示す。たしかに、ロイスナーのそれを知っていたなら、もっと早く自分から持ち掛けてきていただろう。

 ここでロイスナーが目的だと言われるよりもマシなのかもしれないが、それでもロイスナーにとってカレンは大切な存在なのだ。


「ロメス様はカレン様をロイスナーに戻す気はおありでしょうか?」

「・・・そりゃまた答えにくい質問だな」


 楽しそうなロメスに、ドルカンもどう言えばいいやら、である。弱り果てたドルカンに、ロメスも真顔になる。


「あのな、ドルカン。お前らだって分かってるだろ? 俺はあのままのカレンが気に入ってる。ロイスナーに戻りたきゃ戻らせてやるし、ここで暮らしたきゃ暮らせばいい。だが、それはあいつが俺のものであればこそで、ロイスナーにくれてやるつもりはない」

「と言いますと?」


 くれてやるも何も、最初からロイスナーはカレンのものだし、カレンはロイスナーのものだ。それをいきなり奪い取ったのがロメスであって、自分が後からやってきたことをロメスは分かっていないらしい。

 ドルカンにしてみれば、ロメスにこそくれてやりたくなかった、が本音である。


「カレンにとって俺以上の存在なんて許せないだろ? 勿論、あいつがロイスナーを大事にするなら俺も大事にしてやるし、カンロ伯爵家を大事にするなら俺も大事にしてやるさ。だが、俺以上に大事に思うなら、どれもなくなってしまえばいいと思うね」


 キイロが息を呑む。やはりカレンがロイスナーに戻ろうものなら、この男はロイスナーを全滅させる気なのか。いくらロイスナーが鉄壁の守りを誇るとはいえ、それでも自分達はあくまで善良な一般人だ。本気になったこの男に太刀打ちできるのだろうか。

サリトは、この旦那は本当にどこまでお嬢を気に入ってるのだろう、やってらんねぇよと、天を仰いだ。

ドルカンは何度目かも分からない溜め息をついた。今時の若い者は分からん、そう思わずにはいられない。


「ロメス様。うちのお嬢にとって何が一番大事かなど、誰にどうこうできるものでもありますまい」

「そうか?」

「それに、・・・あなた様は軍でもかなりの出世頭だ。その名前を聞けば、誰もが知っていることもあるものです。いずれうちのお嬢もあなたの軍功の内容をお知りになる日がくるでしょう」


 ロメスの血に飢えたとしか言いようのない凶行の数々をやがてカレンも知るだろうと、ドルカンが暗に示すとロメスは笑った。


「それはどうかな。今だって知らないのに」

「それはこちらもお伝えしていないからであって、しかしいつまでもそれが続くものでもないでしょう」

「続ければいいだけだ」


 簡単にロメスが結論づける。それができないなどと思っていないのだろう。「明日は晴れそうだな、空気が乾燥している」と言わんばかりの、自然な調子だった。

 眉をひそめたドルカンに、ロメスはまるで面白がっているかのような声になる。


「ネイトとリナは言わんだろうよ、カレンの為に。そして城の人間もそうだ。カレンが何も知らないと見て、今や誰もあいつには何も言わない。・・・なあ、そうなると後は誰の、そしてどこの問題だ?」

「・・・・・・」


 そこでサリトが一歩踏み出た。


「ロメスの旦那。・・・あんたが言いたいのは、ロイスナーがお嬢に何も知らせず、旦那とお嬢との間を邪魔しない限り、お嬢には全てを許すということか? 何も知らないお嬢があんたを夫として信頼して受け入れ続ける限り、お嬢自身がロイスナーと共にあろうと気にしない、と?」

「そうだ、サリト。・・・これでも俺はかなりカレンには優しいつもりだぜ?」

「ああ、そりゃもう、見てても見てなくても分かるけどさ、うん、そっちはいいかげんにしてほしいくらいだけどね。・・・・・・あのさぁ、ドルカンさん。もう、それでいいんじゃないか? 少なくとも、別にロメスの旦那がどこで何をやらかそうが、そんなの、お嬢の目の前でやらないでくれるならどうでもいいよ。そりゃロイスナーとて様々な情報は入ってくるが、あらかじめお嬢の目に触れる前に、ロメスの旦那が関わるものだけは抜き取るか、全員に口止めしておけば済む話だ」

「そりゃそうかもしれんが・・・。それはうちのお嬢に対する裏切りだ」


 主であるカレンを騙すということをどうして自分達がしていいだろう。サリトの言い分は分かるが、ドルカンとしてはそんなことが許されるかと思わずにもいられないのだ。


「そうかねぇ。・・・俺にしてみりゃ、そりゃロメスの旦那も困ったお人かもしれねぇけどさ、大事なのはお嬢の幸せだと思うぜ? 少なくとも先代のクソみたいな話よりはるかにマシさ」

「サリト、言葉を慎め。先代を侮辱する気か」

「そうじゃねえ、俺達だって心はあるって話だ、ドルカンさん。そりゃロイスナーの主は必要さ。だけど、だからって俺達の為に先代が本意じゃねえ決断をしたことを当然だなんて思えねえよ。俺達の為に主を犠牲にして、どうして喜べる。俺はただ、せめてお嬢には幸せになってもらいてえってだけだ」

「サリト・・・」

「少なくともロメスの旦那はお嬢を大事にしてくれてる。そしてお嬢を幸せにしてくれるってんなら、・・・・・・俺にとってはそれ以上のことなんてないんだ」


 そこを突かれると、ドルカンも何も言えなくなる。ロイスナーの誰もが、カレンには幸せになってもらいたいのだ。くるくると春風のように動き回っては好奇心に満ちた感情を隠さない、大切に皆で慈しんで育てた娘。


「旦那。俺は男だから思うんだが、普通はありのままの自分を愛してもらいたいって思うもんじゃないのか? 少なくとも、自分の妻であるお嬢に隠し事をしていて、そんな自分に向けられるものを本当の愛だと思えるものか?」

「あのな、キイロ。それはただの甘えだ」


 得体のしれぬ笑みを浮かべてドルカンとサリトのやり取りを見ていたロメスが、一気に蔑むかのような表情となってキイロを見据えた。

 怒っているのではなく、分かりきったことを説明するかのような口調に、まるでこの男が自分達よりも高い位置にいるかのような気持ちすら抱く。

キイロは、改めて目の前の男の複雑さに気づいた。


「ありのままの自分を愛してほしい? そりゃ子供のセリフだ。誰だって愛してもらう為には努力するもんだ。そうでなくて、どうして男は女に花を贈る? どうして甘い言葉を贈る? 着飾るものを贈り、食事に誘い、気を惹こうとするんだ? 何もしない自分を愛してほしいなんぞとぬかせるのは、何もしなくても許される魅力の持ち主ってことになるだろうが。・・・そんな人間、存在するわけないだろ」

「・・・そりゃおっしゃる通りで」

「大体、お前は、じゃあ惚れた女の所に行く時にまともに着替えもしないのか? 自分を良く見せる努力もしないのか? そんな自分を愛してほしいと言うなら、それは相手の女を愛してるんじゃない、だらけた自分を愛しているというだけの話だ。そんな奴に女を口説く権利などない」

「・・・・・・」


 さすがはかなりの浮名を流したと言われるロメス・フォンゲルドである。幼女から老婆まで惚れさせると言わしめたのは伊達ではなかったらしい。心構えそのものが違うのだ。

 男としてそこは純粋に、三人は感心した。

だが、そこでサリトがぼそりと呟く。


「それでもお嬢はありのままで置いておきたいんだな、ロメスの旦那?」

「それが男のロマンだろ」

「・・・・・・」「・・・・・・」「・・・・・・」


 この話はここまでにしようと、三人の間に暗黙の了解が広がった。

 理解できないものを理解しようとしても無駄なのだ。考えてみればネイトとリナのスルーできるスキルが、この男と長く付き合える全てだ。自分達もあれに倣うべきだろう。


「あー。そういえば、たしか俺、試作品も預かってきてたか。ちょっと持ってくる。旦那も色々と好きみたいだし、参考になるかもしれないしな」

「ついでにキイロ、手入れ用の予備も持ってこい。ロメス様に渡しておいた方がいいだろう。持っていけば役立つ筈だ」

「分かった」


そうしてキイロが予備に持ってきていた試作の剣なども持ち出してくることになり、バランスがどうの、形がどうの、滑りやすさと握りやすさがどうのと、あれこれ話し続けている内に、いつしか夜は明けていたのだった。






 ケリスエ将軍は、執務室で一人、頬杖をついていた。目の前には退軍用の書類がある。


(問題は、どいつもこいつもそれを阻止しようとしてくれることだ)


 軍を退いて何をする気なのかと言われても、別に生きていくだけのことだ。人とは最後の呼吸を終える時まで生き続けるものなのだから。

 ケリスエ将軍にとって、それはその程度のことだった。

 ぱたぱたとその書類で自分を(あお)いでみる


(今日も暑い一日だった)


 立場上、あまり粗野な格好もできないケリスエ将軍である。今日は袖無しのシャツにズボン、そして左肩から吊り下げるタイプの胸腹部を保護する装束を身に着けていた。別に戦いに行くわけじゃなし、わざわざ心臓を保護しておく必要もないのだが、見た目からも将軍だと分かる格好をしていてくれと、周囲がうるさいのだ。心臓を保護する為のものとはいえ、彫刻や飾り紐もあしらわれた金属製のそれは、やはり一介の兵士の持ち物ではないと分かるものだった。

 戦いに行く時は首を保護する為にもおろしておく焦げ茶色の髪は、今日は頭の上部で括って垂らしている。おろしておくと首筋にも熱がこもるからだ。焦げ茶色とも黒色ともつかぬ髪は、太陽の熱を吸収して、こんな日には更に熱くなる。・・・今日は外に出なくて良かった。


(何にしてもカロンが全て悪い)


 扇ぐのを止め、机に戻した書類をトントンと指で叩きつつ、そう思う。ケリスエ将軍の懐刀とも呼ばれるカロン・ケイス。彼はケリスエ将軍が引き取って育てた息子でもあった。

ここまで育てたのだ、このまま将軍職をカロンに譲ってそのまま引退したい。そんなケリスエ将軍の思いを知っているくせに邪魔し続ける弟子でもある。


(どこで育て方を間違えたのだろう・・・)


 別に自分に従順な子供が欲しかったわけじゃない。だから好きにさせていたのだが、それが悪かったのだろうか。

 たとえ今のカロンが既にケリスエ将軍を凌ぐと噂される剣技の持ち主であれ、ケリスエ将軍とて様々な戦いを生き抜いてきた剣士である。その気になればさっさと根回ししてさっと姿をくらますぐらいは出来ないわけではない。

同時にカロンはケリスエ将軍が自ら教え込んだ弟子でもある。姿をくらましたケリスエ将軍をカロンが捕まえようと思ったらどういうことをやるのか、立場を反対にして考えれば教え込んだ師匠にもそれが見通せる。・・・さすがにその結果を思うと、実行できないケリスエ将軍だった。


「ただいま戻りました、将軍」

「ああ」


 そこへカロンが戻ってくる。今日はロメス・フォンゲルド率いる討伐隊が戻ってきた為、その報告にカロンも立ち会いに行っていたのだ。ロメスが属するのは王都騎士団であり、その報告にこちらが関わる必要性はないのだが、今回はこちらの仕事をあちらにまわした為に、形だけでもその報告を受ける必要があった。

 他の二将軍と違い、ケリスエ将軍の執務室は各部隊長も気軽に訪れることができる雰囲気がある。それは情報の共有を密にしておく目的も兼ねていた。

 カロンにしても戻ってきたものの、そのまま勝手に水をカップに入れて飲み、適当な椅子に座っている。以前はケリスエ将軍の背後に立ち続けることが多かったカロンだが、最近はそれなりの心境の変化があったのだろう、こうやって室内にいる時には斜め前の位置に陣取ることが多くなっていた。

 それには気づいていた将軍も、どうでもいいことなので気にせず放置している。


「全滅させたはいいですが、今回のロメス殿は更にすごい暴れっぷりだったようですよ」

「いつものことだろう」

「今回はどうやら自分の得物だけでやっていたらしく、しかも更にスピードが上がっていたとの話です」

「・・・なるほど、ロイスナーか」

「でしょうね。同行していた兵士が真っ青になってましたから」


 そこでカロンがクッと思い出し笑いをしたものだから、ケリスエ将軍がどうしたのかと、目で尋ねる。


「ああ、いや、エイド将軍がですね、そこでロメス殿の虐殺を、まるで愛の証だと言わんばかりに褒めちぎっていたものだから、かなり頓珍漢(とんちんかん)というか、笑いをこらえるのに苦労したというか・・・」

「ああ。相も変わらずエイド将軍はロメス殿のことを誤解し続けているのか」

「どうやったら、あんな解釈ができるんでしょうねぇ」

「あまりに身近なものは見えにくいのかもしれんな」


 そこへ廊下を歩く足音がしたかと思うと、開け放たれた扉の外から声が掛けられた。


「失礼します。こちらにケリスエ将軍はおいででしょうか」

「なんだ、ロメス殿。今さっきぶりだな」

「ああ、カロン殿。一緒においでだったか」


 入ってきたのはロメスだった。


「ケリスエ将軍にお礼を申し上げに伺いました」

「特に礼を言われる覚えもないが」

「いえ。先ほど、こちらの第五部隊長ソチエト殿にお会いしまして、その際、私が留守の間、屋敷の周辺に兵士をまわしてくださっていたと」

「・・・ちょうど兵士が余っていただけだ。お気になさる必要はない。それに、うちのカロンがロメス殿から大剣を譲っていただいたと聞いた。その礼もあってのことだ」


 ロメスの礼など期待していなかったのだろう、そうケリスエ将軍は話を終わらせた。




 ロメスが奴隷商人達を一網打尽にした報告を終えると、討伐担当だった人間はそのまま解散となった。

部下達にも今日は帰宅して休むようにと(ねぎら)い、ロメスもまた暴れ足りない体の火照りを冷ます為に城を出ようとした時のことである。


(どうせ極秘の討伐隊だ。帰るのは明日でもいいだろう)


 いつもの娼館なら、日中からでも入り浸れる。ロメスは自分のこういった衝動の矛先をカレンに向ける気はなかった為、そちらに向かうことにした。カレンを傷つけるくらいなら代用を考える。それは当然のことだ。

自分の攻撃性が異常なのは分かっている。それでもそういったものを理解できない相手とうまくやろうと思ったら、それを完全に隠し通すしかない。ロメスはそう割り切っていた。


「おや、ロメス殿。お帰りだったか」

「これはソチエト殿。おかげさまで」

「いや、ご無事であれば重畳(ちょうじょう)重畳。このまま帰宅なさるか?」

「はあ、まあ・・・」


 まさかこのまま娼館に行くとは言いにくい。

 温和そうでもローム国騎士団の第五大隊を率いる猛者、第五部隊長ソチエトである。ロメスも丁寧な対応を心がける相手だった。


「ふむ。・・・ならば今日はそのままにしておくが、明日からは不要であろうな」

「は?」

「いや、今回の元はと言えば、このロームを襲おうとしていた盗賊が原因でしたからな。逆恨みした輩に襲われてもいかんと、ロメス殿の屋敷周辺に兵士達をまわしておったのですよ。だが奴隷商人も全滅したのであればさすがに心配ないでしょうからな、明日からは引き揚げさせますぞ」


 そう言って立ち去ろうとするソチエトを、ロメスが呼び止める。


「お待ちください、ソチエト殿。その兵士というのは、どなたがまわしてくださったのでしょう」

「うちの将軍ですな?」


 そもそも私に命令できるのは将軍しかおりませんぞと、笑って答えるソチエトに、ロメスががっくりと肩の力を落とす。

言われてみれば、自分があの盗賊達を殺したのは噂にもなっている。自分が奴隷商人を討伐に行ったことはさすがに秘密裏に動いた為に限られた人間しか知らないが、そのロメスが不在の屋敷に逆恨み襲撃というのはあり得る話だった。

ロメスがいるならばさすがに手出しはしないだろう。しかし屋敷を見張り、ロメスが不在であることを知ったら、・・・それこそ代わりにカレンに復讐することを考えついてもおかしくない。

だが、これがカロン・ケイスなら、「悪いな、ありがとよ」ですむが、よりによってケリスエ将軍。

別にケリスエ将軍と何があったわけでも何でもないが、苦手な人物だ。

しかしそうなると礼の一つも言っておかねばなるまいと、まずは引き返してローム国騎士団の棟を目指したロメスだった。




そんなロメスだったが、ケリスエ将軍はさほど気のない様子で、そのまま終わらせるつもりのようだった。


「こちらが勝手に気をまわしただけだし、どの屋敷であれ、兵士が見回りを行うのは当然のこと。お気になさる必要はない。それより早くお帰りになった方がよい。きっと奥方も、ロメス殿の無事な姿を見ずには安心できないと、心配なさっておいでだろう」

「ありがとうございます。将軍にも妻を引き立ててくださっていると聞いております。お礼申し上げます」

「いや、カレン殿の扱っていらっしゃるものは質が良いからな。こちらこそ助かっている。だが、そんなカレン殿も、いつもロメス殿がどうしたこうしたと、嬉しそうに話していかれる。結婚なさっていらしても、あんなにも恋する乙女のように慕われていらっしゃるのだ、ロメス殿も早くそんな奥方の顔をご覧になりたいことだろう」

「・・・恐れ入ります」


 基本的にロメスはローム国騎士団の棟には来ない上、ケリスエ将軍と会うのは、それなりの場での時が多い。だから常に堂々として覇気溢れる姿しか印象にないのだが、今日のケリスエ将軍は軽装なのもあるのだろうが、いつもの覇気がなかった。

と言っても病気らしいというのではなく、単に自然にそこに存在しているというだけのことだが。

まさかケリスエ将軍からカレンのことをそう話されるとは思わなかったが、他団の将軍にそう面と向かって言われると面映ゆいものでもある。しかしからかう調子はなく、事実を淡々と並べているだけというのがケリスエ将軍らしかった。


「せっかくですから、何か飲み物を取って参りましょう。どうぞロメス殿もお座りください」

「ああ、すまない」


 上司の前だからだろう、カロンもロメスに丁寧に話す。カロンに椅子を勧められ、礼を言ったらすぐに去るつもりだったロメスだが、つい座ってしまった。

 それは、今日はいつものケリスエ将軍じゃなかったことも影響していただろう。普段は同じ場所にいるだけで気圧される空気を発散しているのに、それがなかった為、ロメスの苦手意識も出なかったのだ。

ぶっきらぼうな口調はいつもと同じだが、何となく話しやすさがある。


「今回はかなりの成果を挙げられたとか。エイド将軍もお喜びだろう」

「恐れ入ります。・・・ケリスエ将軍には何かあったのでしょうか?」

「何がだ?」

「いえ・・・。いつもとは印象が違っていらっしゃるようにお見受けしましたので・・・」

「ああ、ここで気を張る必要もないからな」


 覇気とはそんな理由で出したりひっこめたりできるものなのだろうか。ロメスは考え込んだ。考え込んだついでに、そのケリスエ将軍の前にあるものに目を留める。


「まさか、引退なさるおつもりですか?」

「それがなかなか、な。エイド将軍もロメス殿に譲って引退なさりたがっていらっしゃるのだそうだが、どうもうまくいかないそうだ。・・・どう思われる?」

「・・・まだまだ私どもも未熟者でございますので、エイド将軍には今しばらく頑張っていただきたいとお願いするばかりでございます」


 からかうように質問してきたケリスエ将軍にロメスがそう答えると、ケリスエ将軍も、こいつもどうしようもないなといった感じの表情を浮かべる。


「本当にどこもこんな部下ばかりで困ったものだ。未熟者だと言えば逃げられると思っている。ロメス殿にしてもカロンにしても、いいかげんに覚悟を決めてもらいたいものだな」

「そうはおっしゃいますが、カロン殿にしてもまだまだケリスエ将軍に及ばぬとあれば、それでは将軍を押しのけようとも思われないでしょう。仕方ないことではないかと存じます」


 この将軍がここまで長く話すのは珍しい。しかもほとんど無表情の将軍が今日はささやかながら表情も浮かべている。そうなるとロメスもつられて話してしまうものなのだが、内容が内容だ。

自分のことはさておき、カロンを話題にすることで逃げようとするロメスだった。

ケリスエ将軍が目を丸くする。


「既にカロンは私を追い抜いているぞ? そう噂にもなっているのをご存じないか?」

「それはあり得ません」


 相手は自分より立場も上の将軍である。普段ならそこで反論などしなかったであろうロメスだが、今日はケリスエ将軍とは珍しく普通に話せた。だからつい、本音のままに否定してしまった。


「なぜ言い切れる?」

「・・・今のあなたであればそうかもしれませんが。たしかにカロン殿の体力も敏捷さも将軍を凌いでいるのかもしれませんが、強さとはそれらが全てではない。私ですら、いつもの将軍であれば身がすくむ。気で呑まれている相手に勝てる筈もない。だから私はあなたに近づきたくない。カロン殿も強いが、あなたはもっと強い。・・・もし、カロン殿が将軍よりも強いというのであれば、それは最初から将軍がカロン殿と本気でやり合わなかっただけだ。・・・違いますか?」


 ケリスエ将軍がフッと笑った。

いつもはその顔を直視するのも避けているロメスだが、こうしてまっすぐ見てみると、案外と整った顔立ちをしているのだと思った。あの気迫だけで誰か分かるから、顔など見る必要はなかったのだ。


「本気、ね。・・・一応、本気だったのだが。なあ、ロメス殿。では、ロメス殿がもしもカレン殿と剣を持って打ち合おうとした場合、ロメス殿はどこまでカレン殿を傷つけられる?」

「・・・生憎、たとえ俺が血まみれに切り刻まれようとも、妻を傷つけることなどできません」

「その場合、カレン殿とは本気でやり合ったのではないと言うか?」

「それもまた本気でしょう。妻相手には手も足も出ないというだけのことです」

「ならばそれが全てだ。カロンは私より強い」


 そう言うと、大きくケリスエ将軍は息を吐いた。


「しかしまあ、本当にどこの部下も弁が立つばかりで、上を目指す気概がないのだから困ったものだ」


 さすがにそれにはコメントしがたいものがある。どう見ても、ロメスへの皮肉か嫌味だろう。

 同時にそれが全てとはそういうことか。やはり自分の弟子でもあり、息子であるカロンには将軍も敵と相対するかのようにはいかないということなのか。


(そりゃまた意外、・・・だな)


 カロンはたしかにケリスエ将軍の腰ぎんちゃくだが、ケリスエ将軍自身はカロンこそ育てても情がある様子は全くなかった。養子にして引き取っても一切面倒をみていなかったと、誰もが知っている。

 そんな薄情な将軍にどこまでもカロンが尽くし付き従う様子は、ある意味で理解しがたいとされてもいた。それを皆が声高に言い立てないのは、カロン自身が無視できない実力の持ち主だからだ。

そこでカロンが盆に酒とつまみを乗せてソチエトと一緒に帰ってきた。


「ロメス殿が潰した奴隷商人達の戦利品がかなり良かったそうで、いい酒くれましたよ。ついでに第五部隊長がいらしたのでお誘いしました」

「はは、ロメス殿はこちらにいらしてたんですな。まあ、こちらは王都騎士団と違い、気軽な雰囲気でしてな、そういうものと思ってくだされ」

「恐れ入ります。我が屋敷への将軍とソチエト殿の配慮に対しまして、お礼を申し上げに参っておりました」

「では功労者のロメス殿からどうぞ」


 そう言ってロメスにカロンが酒を注いでくる。ソチエトもロメスの向かいに座り、何やら機嫌がよさそうである。そこへ、更に第一部隊長の副官であるキヤンが入ってくる。


「すみません。うちの第一部隊長、見ませんでしたか?」

「俺が酒をもらいに行った時、出口の木陰で女官といるのを見かけたぞ?」

「ありがとうございます・・・って、それってそーゆーことですか。じゃあ、行けないじゃないですか。もうどうしろってんでしょうね、あの隊長。・・・いいや、明日の仕事を倍にしておきましょう」

「ついでだから一緒にどうだ? そこのロメス殿の戦利品の酒だそうだ」

「ありがとうございます、第六部隊長。ああ、ロメス殿。この度は大層な成果を挙げられたとのこと、お喜び申し上げます」

「恐れ入ります。全てはこちらが確実な情報を入手してくださったおかげだと思っております」

「ところでぜひお伺いしたいのですが、何かと女性としけ込む上司をどうにかする良い方法、ご存じないですか?」

「・・・・・・」


 本当に困ってるんですよねぇと、ぐしゃぐしゃと頭を掻くキヤンは、暑いからか、上半身は裸でズボンだけと、かなりラフな格好だった。元々貴族出身だけに正装すれば気品もあるのだが、かなり今日は印象も違っている。第一部隊長に惚れこんで異動したというので、口さがない人間には色々と言われていたようだが、こうして実際に見てみると、よく馴染んでいるものだった。


「そういえば将軍。まだそれ、諦めてなかったんですか」

「諦めるのはお前だろう、カロン。そこのロメス殿といい、二人とももう少し上司の気持ちを汲むことを学べ」


 そこで第二部隊長が執務室に入ってくる。


「おや、珍しいお客人ですな、ロメス殿。この度はなかなかの暴れっぷりだったとか。どこもかしこも噂でもちきりですぞ」

「いえ。それもこれも、全てこちらが情報を得てくださったおかげと感謝しております」

「いやいや、ご謙遜なさるな。さすがはエイド将軍の秘蔵っ子、迅速さと苛烈さにおいてロメス殿の右に出る者はおりますまい。何でもわざとご自分から潜入なさったとか。いやはや、その勇気も命知らずなところも、どこまでもスカッとするものがございますな」

「恐れ入ります」


 それしかロメスも言いようがない。アウェイとは言葉にも遠慮が必要になるのだ。しかし、執務室の扉が開けっ放しなのは暑いからだとしても、こう遠慮なく誰も彼もが入ってくるというのは何なのだろう。

 しかもケリスエ将軍に何も断らず、誰もが勝手に座っている。

 ロメスは今まで自分が知らなかった世界を覗いているような気分になった。少なくとも上下関係を厳しく保たねばならない軍部で、こういうことがあっていいのだろうか。いや、まずいだろう。

 これが王都騎士団内であれば、「将軍の前で貴様らはどういうつもりだ」と一喝(いっかつ)もするし殴り倒しもするが、さすがによそでは何も言えない。しかもそこの最高責任者がその場にいてそれを許しているとなると余計にだ。


他人事(ひとごと)ながら、こんなのでローム国騎士団は大丈夫なのか)


 どちらかというと、事に際して他の二将軍よりも規律正しい傾向があるとされているケリスエ将軍配下の軍だが、既に崩壊しきっているのではないか。

ロメスは聞いていた話と目の前の現実との大きな食い違いに頭を悩ませた。


「せっかくですからお話を聞かせてもらいたいものですな、ロメス殿」

「おう、全くだ。なんでも売りとばされる側にご自分から志願なさったと聞き申しましたぞ。やはり顔が良いとそういうこともできるんですな。さすがに俺達では出来ん作戦だ」

「まあ、第二部隊長もお飲みになるといいですぞ。ロメス殿の戦利品とか」

「これは恐れ入る。ではロメス殿に感謝して頂こう」


 第五部隊長ソチエトが話を振ると、第二部隊長もガハハと笑いながら、それに乗ってくる。


「大体、あなたが軍をやめてどうするって言うんですか」

「やはり隠居生活じゃないのか? だが、盗賊稼業も面白そうだよな」

「アハハハ。大丈夫ですよ、第六部隊長。将軍が盗賊稼業をやろうと思ったところで、そのまま盗賊達にさらわれた子供を助けて、その子供達の世話を前に途方に暮れるだけじゃないですか。子供の面倒もみきれず、第六部隊長に助けを求めてきますよ」

「言ってくれるじゃないか、キヤン。これでもカロンを育てたのは私だぞ」

「そうかもしれませんが、将軍より第六部隊長の方が子守りはお上手だと思いますよ」

「それは言えますね。育てたって言いますけど、・・・そもそも俺が挨拶しても『ああ』で、何か言っても『うむ』か『いや』しか言わなかったじゃないですか。普通の子供ならそのまま逃げ出しますよ」

「・・・・・・」

「ああ、それ、分かります。将軍ってどうも言葉が足りないんですよね」


 さすがに自分を相手にしている時は気を遣って将軍らしい話し方をしていたケリスエ将軍だが、皆が集まってきたら、好きに言わせているようである。

ロメスは自分の認識を修正する必要があると感じた。この様子からすると、いつもこんな感じなのだろう。


(こいつら、かなりの猫かぶりばっかりじゃないのか・・・?)


 軍の人間が集まる際などでも一歩下がって行動するケリスエ将軍は、謙虚な人柄でも知られている。更に付き従う部下達にしても、まさに歴戦の勇士といった風情ながら、口数も少ない。

 ただでさえケリスエ将軍が控えめなのに、その部下達も将軍の背後に徹しているものだから、どこまでも侮られるし、面白味もないとされている。

 それなのに、普段は厳しい目つきとたくましい体格を誇り、寡黙でありながら実直とされるそれぞれの部隊長が、なぜこうも将軍の執務室で気安く会話しているのだろう。

 しかも執務室の主である将軍を放っておいて好き勝手にやってる時点で、いつもの彼らとあまりにも違い過ぎる。しかもキヤンのような、部隊長ではなくその副官ですら、かなり言いたい放題だ。

会話の内容はどこまでもざっくばらんだ。第二部隊長など、普段はそれこそ誰に何を言われてもせいぜい数ミリほど口角を上げる程度だったではないか。大口を開けて笑い飛ばすなど、誰が想像しただろう。

これが本性だったのか、そうだったのか。


「どうなさいましたかな、ロメス殿?」

「いえ・・・。ケリスエ将軍の所はあくまで物静かで知られておいでですから、さすがに思いもしない雰囲気に驚いておりました」

「ああ、それはそうかもしれませんな。ですがそれはお互い様というものですぞ」


 ソチエトの含みを持たせた言葉とニヤリという表情にロメスが首を傾げる。


「全くだ。大体、エイド将軍の前におけるロメス殿ほどの猫には、我ら全てを足しても及ぶまいよ」

「・・・!」


 豪快に笑う第二部隊長のセリフは室内にも響いていたのだろう。そこで皆が爆笑する。さすがのロメスも撃沈するしかなかった。






 花を一つ摘んで、それにリボンを巻きつける。それは子供の頃に教わったおまじないだ。


(だけど、どうして裏庭の枝、あんなに()られてしまっていたのかしら)


 屋敷から出てはいけないと言われたから、裏庭に花を摘みにいったら、なぜか様々な枝が無残に伐られていた。木の形を整える為に枝打ちしたわけじゃないのは見れば分かる。正直、何があったのか、意味が分からなかった。

 しかも誰もその理由を知らないし、自分がやったわけでもないという。


「だけど、こんなの、人がやったとしか思えないわ。だってすっぱり切られているのよ。獣じゃないわ。ドルカンは心配にならないの?」

「・・・お嬢。どちらにしても、その犯人が今ここにいるわけでもありますまい。目的は分かりませんが、そんな危ない人間がうろつくような裏庭にはあまり行かない方が良いでしょう」

「そうだよ、お嬢。俺達がいる日中しか、裏庭には近づかないほうがいい」


 ドルカンもサリトもそう言っていたが、別にその理由を気にしている様子はなかった。ただ、危ないから近づくな、それだけである。


「二人とも信じられないわ。ねえ、キイロ。こういう時、それこそ何があったのか気になるものよね?」

「・・・あー、まあ、お嬢、そりゃそうなんですが、それこそ普通では分からないことをやらかしてくれる人間のことなんて、考えても分からないもんですよ。大体、お嬢だって、どんな理由があったら、こんなことをやらかせると思います?」

「え・・・? 分からないわよ、そんなの」

「俺達だって分かりませんよ。・・・まともじゃない人間ってのはどこにでもいますしね。いつ侵入してこんなことをしたか分かりませんが、そんな人間とかち合わないよう、お嬢は絶対に一人でここに来ちゃ駄目ですよ」

「ええ」


 そこでリナが困ったもんだと言わんばかりの顔になる。


「カレン様。王都は人も多うございますし、変な人間がうろついていることもございますのよ。屋敷であっても、夜とかは母屋からお出にならないようになさってくださいましね。きっと(ろく)でもない大きな猿が出ますのよ」

「そりゃ出ないけど・・・、だけどリナさん、これは猿じゃないと思うわ。人間の仕業よ」

「ええ、ええ。猿よりもロクデナシな人間の仕業でございましょうね」


 そういうわけで、日中、誰かと一緒に裏庭に行って、綺麗に咲いている花を数本だけ摘むことにしている。そのほとんどはリナにあげるのだが、一輪だけ、自分の部屋に持って帰るのだ。

 ロメスが帰ってくるまで外出禁止の為、時にはフォルにも簡単な手紙を書いてやり、それにその花をつけてサリトに持って行ってもらったりもする。フォルにとってもそういった素朴な小さな花が珍しいのか、とても喜んでいるようだ。

 カレンの書いた手紙を伯爵夫妻に読んでもらいながら、一生懸命返事を考えて書いてもらっているらしい。簡単な単語は自分で書いてくるものだから、それすら微笑ましかった。


(さて、水を入れたカップに花を挿してリボンを結ぶ、と)


 気温が高いせいか、花は萎れやすい。だからどうしても毎日取り換える必要があった。

 それでも今晩も枕元の机にカレンはリボンを結んだ花を飾る。


「おやすみなさい」


 そう言って灯りを消して、カレンは眠りにつくのだ。






 ケリスエ将軍が暮らす家はその肩書きから見れば小さいとはいうものの、双翼タイプの母屋、馬小屋、納屋といった造りになっている。

母屋の片翼はケリスエ将軍が一人で使い、もう片翼はカロン、カロンの副官、そして従者が使っている。

 カロン達が使っている片翼だけでも九部屋はあるので、手狭ということはない。ケリスエ将軍にしても片翼全てを一人で使う必要はなかったのだろうが、元々自分一人だけで暮らしていた時の名残りでもあった。

 何より、自分一人で使うとなると、全ての扉も開けっ放しで済むのだ。人の気配を読むのであれば扉も全て開け放しておきたい。そうそう侵入者などいるものでもないが、そういった意味でも、将軍にとっては一人で使う方が気楽だった。


「何の用だ?」


 足音はしなかったものの、空気の揺れに気づき、ケリスエ将軍が誰何(すいか)して尋ねた。寝台に横になっていたが、上半身だけ起こした。それでも誰かの予想はついていたが。


「俺しかいないと思いますが? ・・・果物なら入るでしょう」

「別にそこまで気にすることじゃない。ちゃんと食事もとっている」


 廊下から室内へと入ってきたカロンが、皿に盛った葡萄を差し出してくる。それでもケリスエ将軍が受け取って傍の机の上に置くと、少しでもいいから食べてくれと、カロンが目で訴えた。

 ケリスエ将軍がしょうがないなと苦笑すると、カロンが口を開く。


「あのロメス殿の見分けは本能レベルですごいものですね」

「全くだな。おそらく常に相手を倒せるかどうかを無意識に測り続けているのだろう。見た目に騙されないという意味で、厄介な男だ」

「今日、あなたの前で長居できたのは、勝てると踏んだからでしょうか」

「そうだろうな。勝てない相手には近づかない、・・・まさに獣のような男じゃないか?」


 フッと笑ったケリスエ将軍だが、そこでカロンが真顔になる。


「こういう時のあなたはロメス殿に勝てないということですか?」

「どうだろうな。やってみないと分からん。だが、そうなるとどっちかが死ぬまでという話になるしな。・・・まあ、やり合う日も来ないだろう。どうせ明日には治る」

「そりゃそうですが・・・」


 ケリスエ将軍はこの時期に弱い。しかしそれは本格的な夏になる前の数日で、その数日は体力も気力も落ちるが、その後は夏に対応した体になるのか、暑さも平気になる。


「皆が適当に誤魔化してくれましたが、あれがいつもの様子だと思われたかもしれないですね」

「いいんじゃないか? うちのことはうちの人間だけが知っていればいい」


 葡萄を一粒食べて、ケリスエ将軍はまた寝台に横になって目を閉じた。

 その脇にカロンは腰掛けた。

 

(一年に五日程のことだからな)


 暑い夏に向けて体を作りかえるようなものなのだろう。夏バテというのではなく、この数日で夏バテしない体になるのだと考えたらいいのかもしれない。かと言って、それでも戦えば強いし、なかなか気づかれるものではないのだが。

 一緒に暮らしてきた自分でさえ、かなり長い間、気づかなかった。

 気づいた時、他の部隊長にも相談してしまったおかげで全員が知ることになってしまったが、結果として、今では一年に五日間程度の特別期間になっている。

 普段が気を張り過ぎているだけなのだろう、気力が落ちるこの五日間は通常よりも表情が分かりやすくなり、会話も増える。見据えるような視線も穏やかになるし、威圧する空気がなくなる。だから毎年、この五日間だけは皆も執務室に顔を出す頻度が増えるし、気軽なやり取りが多くなるのだ。


「って、折角持ってきたんですから、もっと食べてくださいよ」

「分かった分かった、あとで起きたら食べる」


 そう言うと、すぐに寝息を立ててしまった。本当にいつでもどこでも眠れる人だけはある。それでも人が傍にいて眠れるのは、それがカロンだからなのだろう。

 その寝顔を見ながら、カロンは思った。


(覇気、か・・・。だが、誰かと一緒だとか、どこかに出向いた時だとかならともかく、俺と二人きりの時にこの人がそれを発散していたことは一度もない)


 ロメスの言葉で初めて気づいた。ロメスに身がすくむとまで言わしめたそれを、自分は真正面から受け止めたことなど一度もないのだと。将軍の背後で感じていたことは多々あっても。


(俺は、まだ結局この人に追いついていなかったということなのか)


 どれ程努力したら、この人に追いつけるというのだろう。


「カロン・・・。変なことは考えるなよ?」

「は?」


 いつの間にか、ケリスエ将軍が目を開いていた。


「相手が怯むような気迫を普段から私が出しているのは、ただの揉め事を避ける為だ。本来、肉体の強さを追い求める我らに、あれは必要ない。あれで私に勝てないというのは、ロメス殿の精神の問題だ。大事なのは肉体の強さだ。・・・お前はちゃんと私を追い抜いているよ」


 そう言いたいことを言ったらすぐ寝てしまう。


(いや、あと少し起きててほしかったんだけど・・・)


 寝ていながら、近くにいるカロンの落ち込みに気づいて目覚めたのか。ロメスだけじゃなく、ケリスエ将軍も獣のような感覚の持ち主である。まあ、考えてみれば人の気配を知る為に全ての扉を開け放している時点で、獣としか言いようがないが。


(カレン殿を傷つけられるのかと尋ねたあの質問、それが答えだ。・・・そういう意味ではこの人も俺を大事に思ってはくれているんだろう。全くもって分かりにくいが)


 ちゃんと追い抜いている、・・・その言葉を信じられたらどんなに良かっただろう。

 だけどそれは慰めだ。自分にとっては、そんな肉体だけの強さじゃ意味がない。

体だけではなく心も何もかも全てにおいてこの人に追いつき、そして守れる程に強くなりたかった。






 誰かが自分の髪を撫でている。慣れ親しんだ、懐かしい手だ。


「ん・・・」


 額や頬へのキスもいつものそれだ。ぼんやりとした頭で目を開けると、枕元に置かれた灯りが照らす顔が、そこにあった。


「ロ、メス・・・?」

「ああ、起こしたか? カレン、ただいま」


 そのまま手を伸ばしてカレンがロメスの頬に手を当てると、その上からロメスも手を重ねてくる。

 カレンのすぐ傍に身を横たえながら、カレンに重さが掛からぬよう枕に片腕をついて、そのままロメスは額にキスしてきた。

 ふふっとカレンは笑った。


「おまじないが効いたの?」

「おまじない?」

「そうよ。・・・あのね、お花を摘んでリボンをつけておくと、ちゃんとその人はそこに戻ってくるのよ。ロメスもしてみるといいわ。効くんだから」

「え。いや、俺は・・・。まあ、カレンがやるのはいいと思うが」


 せっかく特別なおまじないを教えてあげたのに、ロメスは全然ありがたく思っていないようである。しかも試す気など全くなさそうだ。

 自分のすぐ上にあるロメスの表情からその辺りを読み取り、ぷーっとカレンはふくれっ面になった。


「何よ、信じてないのね」

「いいや? すごい効力だな。たしかに戻ってこれた」


 そうロメスが言うと、カレンは満足そうな笑顔になる。

これでもちゃんと裏庭の隅々まで見て綺麗な花を選んでいたのだ。効き目はばっちりに違いない。本当にロメスは何も分かってないから困る。

だが、ちゃんと理解したなら良しとしよう。

そんなカレンの考えていることがロメスにも伝わり、案外と子供っぽいところがあるのだなと、改めて思った。おまじないなど生きるか死ぬかの時に何の役に立つというのか。だが、自分の帰りを祈ってそんなものにも頼っていただなんて聞かされると、なんて可愛い妻なのかと思わずにはいられない。

ただひたすらに愛されている、それが実感できる。


「そうでしょ」

「ああ」


 そのままロメスに抱きついてくる体を抱きしめると、カレンはロメスの耳元で囁いた。


「だからちゃんと無事に戻ってきてね、ロメス。・・・・・・好き」


 さすがの不意打ちにロメスもびっくりしたが、そのままカレンの体から力が抜けていく。どうやら寝ぼけていたらしく、夢だとでも思っていたのだろう。

 そのままくたりと寝てしまったカレンに、ロメスも声を出さずに笑わずにはいられなかった。






 今まで感じたことのない温もりがそこにあった。


「・・・?」


 眠くて目が開けられないが、何だろうと思って手を動かして触ってみる。・・・・・・どうやら人の体らしい。


「・・・!」


 驚きのあまり、一気に目が覚めて飛び起きたカレンは、自分がロメスの寝台で一緒に寝ていたことを知った。

 衝撃が大きすぎて何も言えなくなっているカレンの反応を見て楽しんでいたロメスは、いつもなら自分から朝の挨拶をするのだが、今朝はそのまま黙って様子を見ていた。


「ロ、メス・・・?」

「ん?」


 きょろきょろと周囲を見渡して、何があったんだろうと頭の中がこんがらがっている様子のカレンは、かなり面白い。

 自分が着ている夜着とロメスの夜着も確認して、やはり一緒に寝ていたのだなとようやく納得したらしく、そのまま膝足で擦り寄ってくる。擦り寄ってきたついでに、そのまま自分の着ていた夜着につんのめって、ぼてんっとロメスの上へとすっ転んだ。


「おいおい、大丈夫か、カレン?」

「・・・なんで私、ここで寝てるの? それにロメスって、今、出かけてた筈よね? いつ帰ってきたの? え、いつの間に?」


 ロメスに自分の鼻を打ちつけたのでちょっと痛そうな顔になりながら、鼻を押さえて尋ねてくる。そんなカレンは自分がロメスに運ばれたことすら思いつきもしていないようだった。


「まずは落ち着け。・・・カレン、ただいま。そしておはよう」


 そう言って、軽いキスをすると、カレンが目をパチクリとさせてくる。


「いつ、帰ったの?」

「昨日の夜かな」


 そこでカレンが力を抜く。ロメスがなぜ屋敷にいるのか理解したらしい。


「ねえ、ロメス」

「何だ?」

「どうして私、ロメスの部屋にいるの?」

「お前が俺に好きって言って抱きついてきて離さないから、こっちに連れてきた」

「・・・嘘っ」


 一気にカレンの顔が紅潮する。どうやらちょっと怒ってもいるようだ。


「嘘じゃないさ」

「嘘よっ」

「どこが?」

「そんなの言う筈ないものっ。それに私が抱きつくなんてあるわけないでしょっ」

「・・・・・・」

「なんでロメスってそういうつまらない嘘言うのっ」

 

 何とも可愛くないことを言う口である。昨夜のあれは何だったのか。

 それでもカレンの枕元に飾られていた花を思い出せば、その憎まれ口も可愛いと思えるのだから不思議なものだ。


「なあ、カレン」

「何よ」


 さあ、言い訳があるならおっしゃい、聞いてあげてよと、表情で語ってくるカレンは、かなりプンプンしている。ロメスが悪戯(いたずら)で運んできたと思ったのだろう。


「嫌か?」

「・・・何が?」


 思っていた言い訳とは違う言葉に、カレンが片眉を上げて考えている。意味が分からなかったのだろう。


「俺と同じ寝台で寝ているのは嫌だったか?」


 そのまま言葉を重ねて尋ねると、カレンは質問の意味が分かったらしい。


(嫌も何も、起きて一緒に寝てたのに気づいただけだったし、・・・別にそんなの・・・)


ちょうど目覚めたばかりとあって、カレンは普通に考えて、答えを返した。


「別に、嫌じゃないけど・・・。ここ、広いし」


 カレンにしても、朝の光の中なので特に警戒していなかったのもあるのだろう。


「あのな、カレン。やっぱり家を空けて、誰もいない所に行ったら結構寂しかったんだ。今夜も一緒に寝てくれないか?」

「何だ、そうだったの? それならそう言えばいいのに、・・・ロメスって馬鹿よね。それならいいわよ、一緒に寝てあげる」


 一人で寝られないだなんて寂しがり屋だなと思ったらしい。そういう理由なら自分がロメスの寝台に運ばれて寝ていたのも仕方ないと許す気になったのだろう。

 めっと叱るような顔になりながら、カレンは真面目にロメスに言ってきた。


「だけどね、ロメス。ちゃんとそういう時はそうだって言わなきゃ分からないのよ? 言葉はちゃんと使わなきゃ」

「そうだな、悪かった。反省するよ」


 少なくともカレンは今夜も自分の寝台で眠ることに同意したのだ。ロメスも穏やかな笑顔を向けて、幾らでも殊勝に反省した顔など出来るというものである。。そのまま明日も同じことを言えばいいだけで、毎日この部屋でカレンは眠ることになるだろう。

 ここは健全に振る舞っておくべきだ。

 珍しくロメスをやり込められたというのでご機嫌なカレンの髪を掻き上げてやり、ロメスはその額にキスした。くすぐったそうな顔になり、カレンが笑う。


「お帰りなさい、ロメス」

「ああ。ただいま、カレン。愛してるよ」

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