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 王都ロームの城下町。そこに、一軒の屋敷があった。


 あまり大きくはないが、手狭と言う程でもない。新婚家庭にはそれなりに悪くないのではないかと思える屋敷だろう。

庭先には馬小屋と納屋、使用人であるネイトとリナ夫婦が使っている小さな家もついているし、母屋とて二階建てで、十部屋はある。

今日は休日、朝食後は特に用事もない。

その屋敷の主人は、そうなると愛馬に人参を与えてブラッシングでもしてやるかと、馬小屋に来ていたのだが、それも終わってしまい、さて、今日の退屈な日をどう過ごすべきだろうかと、のんびりと庭先から自分の屋敷を見渡していた。


「だが、問題は、この新婚家庭に花嫁がいないということだろうか」


 今更のように呟いた屋敷の主人に、ネイトとリナは呆れたように大きな溜め息をついた。


「坊ちゃん、いや、ロメス様。あのですな、そりゃ王様お声がかりの結婚式をお挙げになったのはよろしゅうございますが、肝心の奥様にはどういったアプローチをなさったんで? ロメス様には何を言ってもしょうがないとは思ってましたから、あえて(わし)もリナも何も申しませんでしたが、奥様にもそんな諦めを押し付けるもんではございませんぞ」

「そうですわ、坊ちゃま。ちゃんとお迎えになる奥方様には丁寧に親切に猫をかぶって求婚なさったんでしょうね? ああ、私の育て方が悪かったばかりに・・・。亡くなった旦那様と奥様にはどう申し開きをすればいいのか・・・。ああっ、奥様、このリナをお許しくださいまし・・・ううっ」


 年老いたせいなのか涙もろくもなり、そこで手巾を取り出し、そっと目頭を拭うリナである。リナはロメスの乳母でもあった女で、今では夫婦二人でロメスの世話をしてくれていた。

 ロメスは軍人としてかなりの出世頭で、家を空けることも多い。だが、そんな留守がちな家も全てネイトとリナが守ってくれており、そしてロメスが赤ん坊の時から知っているせいだろう、ほとんど家族のような絆があった。


「そう言われてもな・・・。今更、俺に真っ当な道を要求されてもどうしようもないだろう」


 ぼりぼりと、ロメスはアーモンドの実を思わせる鮮やかな黄赤(きあか)色の髪を掻いた。

リナがこうやって泣き始めると鬱陶しいのだ。何かというと、泣けばロメスが言うことをきくと思っている。これが自分の部下なら足蹴にして池に放り込むところだが、さすがに自分が小さい頃から可愛がってくれた乳母には、逆らいにくい。


「まあ、花嫁が暮らしているのはカンロ伯爵邸だ。そりゃ、あっちの方が豪華だし、召し使いも多い。過ごしやすさではあちらの方がはるかに上だろうさ。・・・リナもそう気にするな。かえってそんなプライドの高い花嫁なんぞに来られても、お前達も気が張るだけだろう」


 しれっと自分の問題点は棚上げにしてリナの肩を叩き、ロメスが話を終了しようとすると、ネイトが鶏に餌を撒いてやりながら、二人に聞こえるような感想を呟く。


「そんなプライドの高い花嫁を手に入れる為に坊ちゃんが動くとも思えんのですがねぇ。・・・どちらかというと、かなり強引な手を使って怒らせたと言う方が納得できるというもんですな。坊ちゃんに弄ばれたと泣き崩れるお嬢さん方を振り切って結婚したのはいいのですが、その奥様を手に入れる為にどんな汚い手を使ったやら」

「んまぁっ、・・・それは本当のことですのっ、坊ちゃまっ!?」

「ネイトッ、余計なことを言うなっ」


 主人の叱責もどこ吹く風と流しつつ、ネイトは、「おお、よく食べろよ」と、鶏達に声をかけてやっていた。


 ローム王国の王都ローム。その中心にはローム城があり、周囲を貴族達の邸が取り囲んでいる。その更に周囲をそこそこの財力のある者達が構えた邸が囲む形となっていた。一般庶民は更にその外側だ。

 つまり、城に近ければ近い程、有力な家であることを示している。

 だが、自らが戦陣にも立つ武闘派な王としても名高いローム王である。その城下はかなり道幅も広くとられていた。馬や馬車が通りやすいように、である。従って、屋敷が遠くても馬を使えばさほどの距離でもない。

 ロメス・フォンゲルドともなると、それなりに城に近い位置に屋敷を構えていてもおかしくないのだが、彼はわざと城から少し離れた場所に暮らしていた。どうせ忙しい時は城に泊まり込むだけのことだ。


「やはり、奥様のお気持ちを考えれば、もっとお城に近い場所がよろしゅうございましたでしょう。伯爵家にご縁のある方なら、それこそお城に近いお屋敷でなくては恥ずかしいとお思いになる筈でございますわ。・・・坊ちゃま、今からでも遅くはございません。もっと奥様が満足するようなお屋敷をご用意なさいまし」

「そうかねぇ・・・。そんなことを気にするタイプにも見えなかったがな。それに花嫁殿は今でこそロームに居るが、どうせそれも王に遠慮してのことで、ほとぼりがさめたら自分の城に帰りそうなもんだ。滅多にロームに来ない花嫁殿に配慮して家を決めても仕方ないだろう」


 リナの目線を外す為に紺色の瞳を明後日の方向に向けながら、ロメスはコキコキと肩を鳴らして大きな欠伸をした。

あまり王城に近い場所だと警備も厳しいのだ。自分がアレコレやらかして地方から戻ってくる時はそれこそ夜盗のような格好をしていることも多い。この辺りならば門番も自分を知っているから見逃してくれるが、貴族や有力商人などの邸宅が並ぶ地域になるとそうもいかない。何より、上司であるエイド将軍に自分の報告がされてしまう可能性も出てくる。

それに、ネイトやリナにとっても、あんな貴族達が住むようなエリアなど、気後れしてしまうことだろう。


「何の為に結婚なさったんですか、坊ちゃん」

「気に入ったから手に入れただけだ。そういうもんだろう?」


どうも結婚というものを理解していないのではないかと思えるロメスのセリフに、ネイトがどこまでも救いがたいといった様子で首を横に振る。


「手に入れるも何も、結婚式を終えたらそのまま別居。・・・恋人同士ですら時間を作っては会うものだというのに、これではただの他人ではございませんかっ。ああっ、奥様、・・・私はどこで坊ちゃまの育て方を間違えてしまったのでしょうっ」


 リナがまたもや、ぐすぐすと泣き始める。

よくぞそんなどうでもいいことで泣けるもんだと呆れながら、それでもロメスはこのまま家に居たら今日はずっとこのリナの恨み言を聞かされるのだろうかと、さすがにげんなりした。

 くるりと踵を返して屋敷に入って行こうとするロメスに、ネイトが声を掛ける。


「おや、どこに行かれるんで、坊ちゃん?」

「着替えて、花嫁殿のご機嫌伺いに行ってくる。まあ、連れ帰ることはできんと思うが、さすがに花婿を門前払いはしないだろう」






カンロ領を治めるカンロ伯爵家。

その王都ロームにある別邸には、現在、カンロ伯爵夫妻と、三番目の子供である長男のフォル、そしてカンロ伯爵の姪であるカレン・ロイスナーが滞在していた。

カンロ伯爵夫妻には、長女のエイリと次女のロレアもいるが、その二人は現在、カンロ領で伯爵の代行をしている。


「ところであなた、カレン様は本当にこちらに滞在したままで大丈夫ですの?」

「こればかりはなぁ・・・。だが、無理にカレンをフォンゲルド殿の所にやろうとしたら、カレンはそのままロイスナーに帰りかねないし、自分で宿をとってしまうだけだろう。それぐらいならここで暮らさせた方がマシだ。少なくとも警備の面からいっても、宿では何があるか分からん」


 妻のリネスにそう答えながら、カンロ伯爵も困っていた。ご機嫌なのは長男のフォルと姪のカレン本人だけである。

 カレンが結婚するというので、結婚式というのを見たいとせがむフォルを、その幼い体に負担が掛からぬよう通常の何倍もの時間をかけてロームに来させたのだが、その代わりにエイリとロレアはカンロに帰らせた。おかげで二人の娘からは大いに恨まれたものだ。


(仕方がないだろう。優秀な人間が揃っているといっても、カンロ伯爵家の人間が皆無な状態にするわけにはいかないのだから)


 管理する人間がいないと思ったらどこまでも人はいいかげんになっていくものだ。あれで長女のエイリはかなりしっかりしている。きちんと留守を守ってくれることだろう。ロレアもそんなエイリを支えてくれる筈だ。


「カレン姉様。今日はお散歩に行くお約束です」

「ええ、そうね。ちょっと用意するから待っててね、フォル。伯父上と伯母上はどうなさいます?」

「私達は留守番をしていよう。ちゃんと供の者を連れて行くんだよ、カレン」

「ええ、分かりましたわ、伯父上。じゃあ、ドルカンにお願いしてもいい?」

「そうですな、城下なら危ないこともないでしょうし、私で十分でしょう」


 幼く、体も弱いフォルだったが、カンロ領よりも暖かい王都ロームは過ごしやすかったらしく、カンロでは自分の城から出たこともなかったのに、ここでは邸の外まで散歩に出られるようにもなっていた。

 カレンがロイスナー家から連れてきた三人の従者の一人、ドルカンを指名すると、ドルカンは笑って答えた。ドルカンは護衛としてはあまり腕が立つ方ではないのだが、この辺りの散歩ならば供の者が必要という程ではない。ゆえに自分だけでも大丈夫だろうと判断したのだ。

 カンロ伯爵家にも人はいるが、やはりカレンにとって信頼できるのは自分が連れてきた従者だった。


「ドルカンは、カレン姉様が小さい時から知ってるんでしょ? カレン姉様はどんな子供だったの?」

「はは、フォル坊ちゃんは本当にカレン嬢ちゃんがお好きでいらっしゃいますな。・・・そうですな、何かと動き回るので目が離せないお嬢さんでしたよ。まあ、それは今も変わりませんが」


 フォルは既に散歩していても目立たない格好に着替えていたが、カレンはそうではなかった。その為、出かけやすい格好に着替えに行ったカレンを見送り、フォルがドルカンに近寄って行って尋ねると、ドルカンはその小さな体を抱き上げて答える。

 ドルカンにとって、カレンは仕えている主ながら娘のようなものだ。そのカレンの従弟となっているフォルがカレンに懐いており、ここまで慕っている様子を見せられたら無下(むげ)にはできなかった。


 そこへ、ノックの音が響き、家令が入ってくる。


「旦那様。ロメス・フォンゲルド様がおいででございます。いかがいたしましょうか?」

「・・・一番良い応接室へお通ししなさい。丁重にな」


 だが、そこへ低く艶を帯びた、それでいて明るい声が響く。


「その必要はございませんよ、カンロ伯爵。・・・申し訳ございません、楽しそうなお子様の声に誘われて参ってしまいました。どうぞ失礼をお許しください」


 扉の所に立っていたのは、明るい黄赤色の髪に紺色の瞳を持つ、見た目だけは好青年のロメスだった。


「まあ、ロメス様。お恥ずかしいですわ、お客様をお迎えできる格好もしておりませんのに」

「朝早くからの訪問をお詫び申し上げます、カンロ伯爵夫人。相変わらずお美しくていらっしゃる。この部屋に咲く一輪の薔薇のようでございますね。・・・ご存じでしたか、カンロ伯爵が夫人をなかなか見せたがらないおかげで、憧れの夫人のお姿をぜひ一目と願うかつての信奉者がうるさいことを。私にも、義理の伯母上にあたるのだし、せめて城まで誘って連れてきてくれないかと、本当にしつこく言われているのですよ」

「まあ、ほほほ。本当にお上手ですこと」


 カンロ伯爵夫人・リネスの前で(ひざまず)いてその手の甲にキスするかのような挨拶をしながら、ロメスが悪戯っぽく見上げてウィンクすると、リネスはころころと笑った。

 こういう時に本当にキスしてくる不埒(ふらち)な者も多いが、ロメスは決してそういうことはしない。あくまで甲に口づけるフリだけだ。リネスとしては、そんなロメスをとても良い青年だとみなしていた。


「おや、信じていらっしゃらない? ならば証明してさしあげましょう。今度、是非、私と城にーーー」

「そこまでにしてもらおうか、ロメス殿。リネスは体が弱いのでな、なかなか外には出歩けないのだ」


 カンロ伯爵がそのままロメスの言葉を打ち切るように割り込むと、ロメスは立ち上がって肩を竦めてみせた。


「本当にカンロ伯爵は奥様を大事になさっておいででいらっしゃる。では、代わりに姪御殿を散歩にお誘いしてもよろしゅうございますか? 何と言っても妻ですので、たまには散歩に連れ出させてもらっても良いかと思って、誘いに参ったのです」

「む、まあ、それは・・・」


 あなたの姪を散歩に誘っていいかと了解を得るまでもなく、カレンは既にロメスの妻である。カンロ伯爵も止めようがない上、この別居状態はどうかとも悩んでいるところだった。


「待ってください。カレン姉様は今から僕とお散歩に行くのですっ。きっ、昨日からっ、約束っ、してたのにっ」


 そこでフォルがロメスの前に立ちふさがる。ロメスは自分よりも大きく、更に見知らぬ人なので怖かったが、フォルにしてみれば大好きなカレンである。横取りなどされたくなかった。


「おや、フォル殿。じゃあ、みんなで一緒にお散歩するのはどうでしょう? 実はとっておきの場所があるんです。何なら馬にもお乗せしますよ」

「馬っ? 乗っていいのっ!?」


 そこでフォルが目を輝かせる。家の外へはやっとロームに来てから外出が許された程度だ。馬車ならともかく、危ないからと言って、誰もフォルを馬には乗せてくれなかった。


「ええ。興味がおありなら城も案内しますよ。と言っても、私が日頃いるのは軍部の方なので、馬と剣と筋肉自慢の男しかいませんがね」

「行くっ」


フォルを抱き上げると、ロメスはその小ささと羽のような軽さに驚いた。フォルはフォルで、黄赤色のような髪が珍しかったのか、まじまじと見て恐る恐る触ってきている。


(カレン姉様と結婚したって言うけど・・・。カレン姉様はどうしてこの人を嫌いなんだろう)


 自分を馬に乗せてくれるというし、悪い人じゃなさそうだ。母であるリネスもこの人はいい人だと言っていた。そうフォルは首を傾げた。そんなロメスはカンロ伯爵ににこやかに尋ねている。


「フォル殿は私が抱えて乗るようにしましょう。そうすれば馬に乗せてもかまいませんか?」

「ロメス殿なら心配はなかろうが・・・。さて、カレンが何と言うかな」

「私ならかまいませんわ。どうせフォルがそこまで興味津々なんですもの、供の人間が一人増えたと思えばいいことでしょう」


 いつの間にか、扉の所に髪を結い上げて男装をしたカレンが立っていた。女性が男装をするのは眉を顰められることも多いが、ある程度以上の身分の高い格好をしていれば別枠となる。

 カレンが身に着けているのは、その生地だけでもかなり値が張ると分かるものだった。シャツとズボンの上からマントを羽織っただけだが、そのシャツすら二重の生地となっており、手がこんでいる。マントにしても目立たぬよう同色の刺繍がほどこされているが、その緻密さを見ただけで貴族レベルの格好と判断できるだろう。

最初は商家のお嬢さんのような格好をしようかと思ったカレンだったが、フォルを連れて出かけるとなると身動きしやすい格好の方が良いと判断したのだ。

 そんなカレンが来ていたことにいち早く気づいていたロメスは、にこにこと笑って言った。


「勿論、従者扱いで構わないよ、我が妻殿。そんな凛々しい格好もできるんだね。さて、湖のある場所か、見晴らしのいい丘か、城の軍部か、それとも街の買い物か、・・・フォル殿は馬がお好きなようだ。フォル殿は俺の馬に乗せるが、君はどうする?」

「別に馬くらい一人で乗れるわ。・・・フォル、湖と丘とお城とお買い物、どこに行きたい?」

「お城っ」

「なら、儂よりもキイロの方が供についた方が良いでしょうな」

「そうだな。俺がついて行こう」


 ドルカンがキイロを見やる。カレンが連れてきた従者三人の中で、キイロは一番剣の腕が立つ。相手がカレンの夫とはいえ、カレンの意思を優先する三人にしてみれば、そんな敵のテリトリーに行かせる以上、一番の手練れをつけておきたいところだ。

 そんなキイロに目をやり、ロメスはいい体だなと思った。薄い金髪に明るい青色の瞳、・・・北方の出身らしい顔だちだが、剣ダコもしっかり出来ている。フォルを抱えていてはカレンに何かあっても手遅れになりかねないが、この男ならカレンを守りきるだろう。

 そんなロメスの視線に、キイロもやりにくい相手だと、ロメスを評価していた。伯爵夫人の前では笑顔を大安売りしている優男のようだが、自分を品定めしてくる視線はどこまでも冷徹だ。さすがは軍部でも出世頭として名高い男だけはある。


「いらっしゃい、フォル。馬の所まで一緒に行きましょうね」

「はい、カレン姉様」


 カレンがロメスからフォルを受け取ると、フォルは嬉しそうにカレンに抱きついた。背が高いロメスやドルカンも良いが、やはりカレンに抱っこしてもらうのが一番嬉しい。


「行って参ります、伯父上、伯母上。昼前には戻りますから」

「では、フォル殿をお借りします。夕方には送り届けますからご安心ください」


 行く前から気が合っていない夫婦である。散歩の予定すら食い違っている。カンロ伯爵夫妻もどうしたものかと返事に困る。昼には戻ってくるのか、それとも戻ってこないのか・・・。

 しかしロメスはにこやかにカレンの背を軽く押して玄関へと促す。嫌そうに、カレンがそれを肩で振り払っている。気にせず、そのままカレンの肩に腕をまわして、ロメスはカレンの腕の中にいるフォルに話しかけた。

 そうなるとカレンもフォルのことを思って振りほどけない。


「じゃあ、行こうか。フォル殿、実はお城にはとても珍しいお菓子と食べ物があるんですよ。食べてみたくはないですか?」

「どんなのっ?」

「それは着いてからのお楽しみです。それにフォル殿の顔を見たら喜ぶ大人が沢山いるんですよ」

「・・・どうして?」

「フォル殿のお母様は、かつてお城でも話題をさらったお姫様でしてね、今でもあの当時を覚えている方々は多いのです。フォル殿はお母様そっくりのお顔ですから、フォル殿のお母様に今でも憧れている方々は、喜んで可愛がってくださるでしょう」

「そうなの? お母様はすごいんだ?」

「ええ、そうですよ。かつてあなたのお父様と結婚なさった時は、数多くの殿方が悔し涙を流したそうですからね」


 そんなことを言いながら去っていくロメス達四人に、リネスはぽっと顔を赤らめた。姪の結婚相手ながら、紳士的で洗練されたロメスはリネスへの配慮も怠らない。しかも口先だけではないところがどこまでも心憎い。

 フォルに話しかけながら、その内容はどこまでもリネスへの賛辞だった。リネスにしてみれば、それが義理の甥なのだ。立ち居振る舞いもすっきりとしていて、カレンに相応しい好青年にしか見えない。


「あんなに素敵な方なのに、・・・どうしてカレン様は嫌ってらっしゃるのかしら」

「リネス・・・。頼むからお城に君だけは行かないでくれよ?」


 こちらの夫婦もまた、いささか気になっている内容が食い違っていた。

カンロ伯爵にしても、リネスがデビューの時からエスコートしていたものの、他の男から手を出される前に自分でリネスを確保した人間だ。あの当時、周囲の男共に恨まれたことなど十分に自覚している。

既婚者だからお互いに後腐れがないと、今更リネスに手を出されてはたまらない。やはりリネスは外には出せないと、改めて決意した。


「何にしても、夕方まではお戻りにならないようですな」

「だな。フォル坊ちゃんを盾に取られたらカレン嬢ちゃんもどうしようもない。まあ、フォル坊ちゃんを抱いて三人でいる様子は仲の良い親子にも見えましたがね、髪の色を別にすれば」


 ドルカンが小さく呟くと、同じくロイスナー家の従者であるサリトも同意する。

ドルカン達は、ロメスとカレンの出会いを知っている。どれ程に紳士的に振る舞おうとも、あれは狐のように知恵を働かせて獲物に食いつくタイプの男だと思っていた。

 同時に抜け目ない男だとは思っているが、カレンの子供の父親としては悪くないとも思っている。軍部でもかなり出世しているとのことだし、優秀な男なら優秀な子供をカレンにもたらしてくれるだろう。

大切なのは、ロイスナー家の次期当主を作れるかどうかだ。その父親なぞ、子供が出来た時点で捨ててもかまわない。

 しかし、結婚当初から別居という目に遭いながら怒ることもせず、そればかりか(へりくだ)りながらも愛想よく振る舞うロメスの真意はどこにあるのだろう。






 フォルはきょろきょろと辺りを見渡していた。

 初めて乗った馬も背が高くて怖かったが、自分を抱っこしてくれているロメスはしっかりとした腕で、フォルが怖くないように、マントでしっかり包んでくれていた。背が高い馬でも、ゆっくりと歩いてくれたので、フォルは偉くなった気分で周りを見渡すことができたのだ。


(やっぱりカレン姉様と結婚しただけはある。馬にも乗せてくれるなんてすごいや)


 しかも、お城に着いてみたら、このロメスという人は偉い人だったらしい。馬を預けると、「フォル、いらっしゃい」というカレンを制して、ロメスはフォルを抱き上げた。


「いや、俺が抱いていた方が誰も変な手出しはしないだろう。キイロと言ったか、軍部は荒っぽい奴らが多い。カレンから目を離さないよう気をつけておいてくれ。何かあったら俺の名前を遠慮なく使えばいい。それでも引かなければ王の名を使え。少なくともカレンは王が後見した上で俺に嫁いだ身だ。そこで引かないクズは殺しても構わん。俺がどうにでもする」

「はい」


 あくまでキイロが仕えているのはロイスナー家だ。ロメスに指示される覚えはない。

だが王都には詳しくない上、カレンを守る為にはロメスの名を遠慮なく使ってもいいと許可されたのだ。さすがに殺せとまで言うのはどうかと思ったが、そこまでの覚悟があるのであれば、ここは従ってもいいだろう、そう判断した。

何よりその気概があるのであれば自分達のカレンを任せても悪くはないと、キイロは考えた。


「別に自分の身ぐらい自分で守れるわ」

「かもしれないな。だが、使えるものは遠慮なく使ってもいいんじゃないのか? 少なくとも、この城でカンロ伯爵に迷惑がかかるようなことになるより、俺の名前で済ませた方がいいだろう?」

「・・・それもそうね」


 さすがのカレンも伯父に迷惑がかかることは避けたかった。何かあったら遠慮なく、このムカつく男の名前を使ったところで良心はいたまない。

 まさかロメスの名前自体が血に飢えた狂犬として知れ渡っており、その名を聞いた時点で誰もが引くのだと、カレンもキイロも思いつきなどしなかった。

 そんな四人の姿は、あまりにも目立ち過ぎたのだ。軍部のある建物に入った時点で、驚いたように一人の男が声をかけてきた。


「ロメス様? 今日は非番だったのでは・・・?」

「ああ、妻と妻の従弟殿が城を見たいというので連れてきただけだ。目を離すつもりはないが、子供だけに迷子になっても困る。一人で迷子になっていたらすぐに助けてやってくれ」

「分かりました。金髪に緑の瞳のお子様にはくれぐれも気をつけるよう、周知徹底を図っておきます。坊ちゃんも、何か困ったことがあったら俺達に声をかけてくれるかい?」

「はいっ」

「いい返事だね。大丈夫、ここの人はみんな怖くないからね」

 

 傷一つないフォルの白い肌と着ているものを見れば、どんな兵士も乱暴に扱ってはならない貴族の子供と判断するだろう。滅多なことにはなるまいとも思いつつ、その男はフォルに笑いかけた。


「よろしく頼む。なんと言っても妻が実の弟のように可愛がっている子なんでね」

「お手数をおかけいたします。この子はずっとお城の騎士様方に憧れておりましたの。なるべくご迷惑にならぬよう見学させていただきますわね」

「迷惑など、全くもってそんなことはございません、奥方様。それこそ誇らしく思います」


 そんなやり取りを見ながら、フォルはますますロメスを尊敬した。なんてカッコイイんだろう。それに自分のお城にいる女の人達と違って、ここはがっしりした男の人ばかりだけど全然怖くないし、優しい人達みたいだ。

 反対にカレンはうんざりしていた。どうしてこの男に妻、妻と連呼されねばならないのか。しかしカンロ伯爵に恥をかかせるわけにもいかない。にっこりと控えめに微笑んでみせた。

 そんなカレンは男装姿だが、所詮は女性である。自分達よりもはるかに華奢な女性が自分達を頼りにしているというのだ。気の毒にも狂犬と結婚した悲劇の女性ではあるが、せめて自分達がこの女性とその従弟という子供をここでだけでも守ってやらなくてはなるまい。

 そう思い、男は四人を見送ると、すぐにそれぞれの将軍以下、全てに連絡事項をまわしたのだった。






 ロメス・フォンゲルドの副官であるカイエスとロムセルは、まわってきた連絡書に目を通すと、はあぁっと大きな溜め息をついた。


「あのサボリ上司が、奥方と子供連れで遊びに来た、と」

「要注意人物用の連絡用紙でまわされてるって、何だよ、これ」


 そこには「あの ロメス様の奥様(黒髪・黒い目で巻き毛の美女)と、奥様の従弟(金髪・緑の目で可愛い坊や)が、騎士団見学中。迷子になっていたらすかさず親切にすること。特に奥様の従弟は奥様がとても可愛がっているということで、大感謝間違いなし」と書かれていた。

 別に騎士団の家族が見学に来ようが何しようが、そんな程度でいちいちこんな文書はまわらない。そんなことで連絡書などをまわしていたら、重大事とそうでないことの区別もつかないのかと、上司から叱責を喰らって殴られるだろう。


「だが今回は、まわしてきたこいつ、絶対に怒られないだろうな」

「ああ。誰だって見に行きたい・・・じゃなくて、もう見に行ってるんじゃないのか? どうする? 俺達も見に行くか、カイエス?」

「結婚式の時の遠目だけだったからなぁ。見に行ってもいいが、・・・なあ、ロムセル、あのロメス様が俺達に厄介事をまわさずにいるとはとても思えんのだが?」

「言える。・・・しかし、綺麗な奥方だったが、本当にロメス様には勿体なかった。きっと、今頃押しかけてる奴らも、同情の涙で視界が見えなくなってるんじゃねえの?」

「だよなぁ。俺も直接会ったらそのまま泣いちゃうかも」


 上司が休みの気安さからか、二人がゲラゲラと笑っていると、そこへエイド将軍が入ってきた。エイド将軍はたたき上げの武人である。ロメスの父親ほどの年であり、夫婦ともどもロメスを気に入っているという、奇特な人であった。

 

「これはエイド将軍。何かありましたでしょうか?」

「いらっしゃいませ、エイド将軍。本日、ロメス様は非番となっております」

「それは知っておる。それよりお前達、聞いたか? ロメスがあの乙女を連れてきているそうだぞ」


 ロメスの上司であるエイド将軍は、ロメスと結婚したカレンのことを、黒髪の乙女と呼んでいる。何でも傷ついて倒れていたロメスを助けたという、心美しく優しい愛の乙女だからだそうだ。

 カイエスとロムセルにしてみれば、結婚した時点で乙女じゃなくなるのではないかと思ったが、エイド将軍がそう言うのであればそうなのである。上司と長いものには巻かれるのが処世術というものだ。


「はい。先ほど、連絡書がまわってまいりました。私どもも奥様にはご挨拶に参ろうかと話していたところですが、せっかくロメス様が奥様とお従弟様連れで見学されているひとときを邪魔してもと思い、どうしたものかと・・・」

「ふむ。言われてみればそうか。だが、あの黒髪の乙女にはまともに話もできておらんのだ。できればじっくりとロメスを助けてもらった礼も言っておきたくてな」


 要は、部下が妻を連れてきたからといって、ほいほいと出て行くのもどうかと思い、ロメスの部下である二人の所へ来たらしい。

 カイエスとロムセルは目で話し合い、ロムセルが負けた。


「では将軍。ちょうどロメス様に仕事上のことでお尋ねしたいことがあったのです。さすがに非番ですので行くのもためらわれておりましたが、エイド将軍と一緒であれば私もロメス様に叱責されずに済みます。どうか私と一緒に行ってもらえませんでしょうか」

「うむ。じゃあ、ロムセル、ついて来い」

「はい」


 ロメスの所へ出て行く理由が出来たことで上機嫌なエイド将軍とロムセルが出て行くのを見送りながら、カイエスはちょっと惜しかったかとも考えていた。

 エイド将軍も一緒なら自分もさほどの無茶を言われなかっただろうから、見に行っても良かったかもしれないと考えたからである。

 しかし、目の前には上司がサボった為にたまった書類があるのだ。まずはこれを処理しなくてはなるまい。

 

「なのに、どうしてアナタ、ここに来てるんですか?」

「ご挨拶だな。それが上司へのセリフか」


 エイド将軍とロムセルが立ち去ってしばらくすると、カイエスの所に現れたのは、その話題のロメスと妻のカレン、そしてカレンの従弟であるフォルと従者だった。

 

「まあ、ロメス様はともかくとして、奥方様、この度はご結婚おめでとうございます。私、ロメス様の部下でカイエスと申します。こんなむさ苦しい場所へようこそおいでくださいました。どうぞお座りください」

「お前、上司を何だと思ってるんだ? なんで俺がともかくなんだ?」

「サボリだと思っています。違うとおっしゃるなら、その書類、片付けていってください」


 冷たくロメスに返しながら、カイエスはどけてあった上司の椅子を運んできてカレンに勧める。

しかもロメスに抱っこされているフォルに向かって、「坊やもこんな男しかいない場所で怖くなかったかい?」「いいえ、怖くないです」「そうか。坊やは強い子だな」「えへっ」と、その頭を撫でてやっているのだから、どこまでもカレン達には愛想がいい。

カレンの横にもフォルの椅子を用意し、更に、壁際には従者であるキイロの席も作った。

 文句を言いながらも実は全く気にしていないロメスは、カレンの横にフォルを座らせる。


「お疲れでしょう。すぐにお飲み物をお持ちいたします」

「そんな・・・。そこまでお邪魔するつもりはなかったのです。どうぞお気遣いなさらないで」

「気遣いなど、とんでもない。ロメス様の奥方様に何のおもてなしせずに帰らせてしまっては、私がエイド将軍に袋叩きにされてしまいます。どうぞ私の為と思って、おくつろぎください」


 如才なく、立たせたままの上司の前に書類を置くと、カイエスはカレンとフォルに笑顔を振りまいて飲み物を取りに行ってしまった。嫌そうな顔をしてロメスがそれを更に横にどける。あの部下は、わざと上司にだけは椅子を用意しなかったのだ。


「ロメス兄様はすごいですね」

「そんなことはありませんよ。こうして部下にまでこき使われる哀れな上司ですから」


 最初はロメス様と呼んでいたフォルだったが、弟が欲しかったというロメスの頼みで、既に呼び方はロメス兄様になっていた。

 最初は鍛錬場へ行ったのだが、あまりにも大きな怒声や剣の打ち合いに、フォルが怯えてしまったのだ。それでも人がいない隅っこで剣を持たせてもらってドキドキしていたフォルだったが、試しに振り回そうとしたら、ひっくり返って転んでしまった。

 仕方がないのでロメスとキイロの軽い打ち合いを、カレンに抱っこしてもらいながら危なくないように離れた場所から見て満足していたら、そんなカレンとフォルの姿に注目が集まってしまい、・・・それに気づいたロメスに抱えられてここまでやってきたのだった。

 

「だけど、僕とカレン姉様がいたら、皆さんが、ロメス兄様の所に連れて行ってあげましょうって声をかけてくれました。ロメス兄様はみんなに大事にされてるんですね」

「はは、違いますよ。言ったでしょう、フォル殿のようなお母様そっくりの可愛い子は誰からも愛されるんです。迷子になってもみんなが助けてくれますからね、怖いことはないですよ」


 それらはカレンの感謝が欲しいという下心に溢れたものであって、全くもって意味が違うのだが、子供には分かるまい。ロメスはフォルの頭を優しく撫でる。こうして見上げてくる様子は、警戒心たっぷりのカレンと違ってなかなかにあどけない可愛らしさがある。


(カレンもこれくらい単純にすめば簡単なんだが・・・。馬に乗せたところで感激してくれそうにもないしな。・・・やはり花か? 喜ぶのかねぇ、そんなもんで)


 そんな三人を見ながら、キイロは考えていた。

ロメスはいざとなったら王の名を出していいと言っていたが、既にロメスの妻というだけでカレンは注目の的だった。それどころか、注目を浴びながらも誰もが一歩引いていた。・・・思ったよりも、このロメスという男は恐れられているのではないか。山賊あがりの兵士かと思いきや、立ち居振る舞いはかなり垢抜けているが、あそこまで周囲が一目置いているのは何故なのだろう。


「お待たせしました。果汁を割ったものです。奥方様とお坊ちゃまの口に合うとよろしいのですが」


 カイエスがカップを載せた盆を運んでくる。


「何だ、数が多いぞ?」

「ああ、いいんですよ。どうせ人数ならすぐ増えますから」


 ロメスの疑問をカイエスが流すと、そこへ二人が戻ってくる。


「ロメスがどこにも・・・ややっ、ロメス、ここにおったか」

「これは、・・・エイド将軍。どうなさいました? 妻は、・・・もうご存じでしたね。こちらが妻の従弟殿にあたりまして、カンロ伯爵のご長男になりますフォル殿です」


 椅子からフォルを抱き上げると、エイド将軍の目線にあわせてロメスはフォルを引き合わせた。目の前にででんと現れた強面(こわもて)のエイド将軍にちょっと怯えてロメスの服を掴みつつも、フォルは挨拶をする。


「こんにちは。フォルと、申します」

「いやいや、これはご丁寧に。私は、エイドと申しましてな、将軍をしておる(じじい)でございますよ。なんと可愛らしい。カンロ伯爵家のお嬢様方によく似ておられる。・・・どれ、この爺にも抱かせてもらえませんかな」

「・・・姉様達を知ってるの?」


 そのままエイド将軍がロメスからフォルを受け取ると、フォルも自分の姉達をこの人は知っているらしいのならと、途端にエイド将軍に興味が出た様子だった。普段なら、こんなにも知らない人に抱っこされるのは怖くて暴れてしまうのだが、フォルもロームに来てからはびっくりすることの連続で、なされるがままになっている傾向がある。

 がっしりとしたエイド将軍の体は、まるで石でできているかのようだった。


「知っておりますとも。ロメスとカレン殿の結婚が王の口利きで決まった時に、カレン殿と一緒にいらした美しいお嬢さん方でしょう。・・・カンロ伯爵夫人は、かつて金の薔薇とも(うた)われた美姫でしてな、さすがは金の薔薇の姫君達と、誰もが息を呑んでおりましたぞ」


 よく分からないが、母と姉を褒められたのだと知って、フォルも笑顔になる。(いか)つい顔をしているが、いい人みたいだと、フォルは思った。カレン姉様が結婚したロメス兄様の周りにも、いい人がいっぱいらしい。

 そして、エイド将軍が現れた時点で席を立って挨拶の姿勢に入っていたカレンに、エイド将軍はフォルを抱いたまま近寄っていくと、膝を折り曲げて目線を下げ、情愛のこもった瞳でカレンを見つめた。


「そしてカレン殿にもぜひ一度お礼を申し上げたいと思っていたのだ。なんと言っても、このロメスは本当に得難い若者でな、そのロメスが命を落としかけていた時に助けてくださったとのこと、感謝しても感謝しきれぬ」

「いえ、あの・・・・・・」


 ここは何と言えばいいのだろう。カレンは頭を下げながら、かなり考え込んだ。

壁際で大人しくその様子を見ているキイロも変な顔になった。何を言っているのだろう、この将軍は。そんな事実がいつあったというのか。


「それって何ですか?」


 フォルが、カレンが何かすごいことをしたらしいと思って、エイド将軍に尋ねる。

するとエイド将軍はにこにことして話し始めた。すかさず、ロメスが椅子をエイド将軍に勧める。本当に行き届いた部下だと思いつつ、エイド将軍は座り、皆にも手振りで座るように勧め、フォルを膝に乗せて語り始めた。


「おや、坊やは聞いてなかったのかな。実は、ロメスはここで騎士として働いているのだが、困った民を思う優しく勇敢な騎士でな、時々、休暇をとっては山へ修業をしに行ったり、人助けの為に出かけていってしまうのだ。ある時なんて、そのまま山賊を退治してきてしまったのだぞ」

「うわぁ、ロメス兄様、すごいです」

「そうだろう、そうだろう。・・・だがな、ある時、そんなロメスも、とある山の中で行き倒れてしまったのだそうだ。身動きもとれず、死を覚悟したロメスの前に現れたのが、黒い巻き毛に黒の瞳をした、月の女神のごときカレン殿だったのだ。カレン殿はロメスに着る物を与え、食べ物を持ってきてくれ、そしてここで死んでいくのだと思ったロメスの命を助けたという」

「うわぁ、物語みたい。すごいです、カレン姉様」

「そうだろう? そしてそんな黒髪の乙女に惚れてしまったロメスは、感謝の気持ちを捧げると共に、どうか自分と結婚してほしいと、求婚したのだそうだ。すると、乙女は恥じらって、いつか自分が名乗る日がきたら求婚を考えても良いと言い残し、そのままロメスの前から姿を消したそうなのだ」

「えっ、いなくなっちゃったのっ? ・・・そしてどうなったの? 次っ、次はっ?」


 ここでキイロが何とも言えない目でカレンを見る。カレンとてどんな羞恥状態なのか察してほしいと、恨めし気にキイロを見返した。

(お嬢。・・・その前にその男がうちの城に忍び込んで捕まって地下牢に閉じ込められてたって事実を、都合よく削除してませんかね、その話? てか、あの時、単に着替えを渡して、飢え死にしないよう食べ物を運んだだけですよね?)

(ならあなたが言ってやってよ、その事実。この状況でどう話せって言うのっ)

 長いつきあいである。その程度は目で会話できる。

カレンの様子に、キイロはどうして結婚が決まってしまった状況を、カレンが詳しく話してくれなかったかを理解した。なるほど、ロメスは都合よく話を端折(はしょ)って周囲に説明していたらしい。


「うむ。そしてロメスはその黒髪の乙女を忘れられずにいたのだそうだ。そしてな、ある時、お城で大がかりな舞踏会が開かれたのだ。そこでロメスは忘れようにも忘れられない黒髪の乙女に再会した」

「えっ、それでっ?」

「ロメスはその乙女に近寄り、尋ねたそうなのだ。どうかお名前を教えてもらえませんか? と。すると、黒髪の乙女はカレン・ロイスナーと名乗ってくれたとか。喜びのあまり、ロメスはその乙女の手をとって踊り、その姿を見た王が二人を呼び寄せ、そうして結婚が決まったのだよ」

「うわぁ、すごぉい。王様まで出てきちゃったのっ? カレン姉様、物語みたいっ」


 フォルはもう大喜びである。物語じゃなくて、それが本当にあったばかりか、何と言っても大好きなカレンのお話なのだ。


「すごいっ。将軍もそこにいたのっ?」

「ああ。王が二人の結婚を決める時も、ロメスが乙女への愛を王に語る時も、そして乙女が恥じらいながら王の前でロメスの求婚を受け入れる時も立ち会ったのだよ」

「いいなぁっ。僕も見たかった」


 エイド将軍にしても、こんな二人のなれそめを、どうしてフォルが聞いていなかったのかが分からないが、初めて教えてあげた人間になれたのが嬉しく、喜ぶ様子を楽しそうに眺めている。しかも、その場に居合わせたというだけで、フォルは憧れの目で自分を見上げてくるのだ。エイド将軍はかなり満足していた。

 カレンはもう真っ赤になって顔も上げられない。こんな事実を歪曲した話がどこまで広がっていくのか。訂正したくても訂正できない。どうしてこんなことになっているのだろう。

 そんなカレンの後ろからロメスが近づいた。


「エイド将軍のおっしゃる通り、黒髪の乙女と再会し、結婚できたのは夢のようだったよ、本当に。フォル殿が知らなかったのなら、もう一度あの舞踏会を再演してもいいくらいだね」


 その言葉を聞きつけて、エイド将軍とフォルが笑顔になる。


「なんと。本当にロメスは黒髪の乙女に惚れこんでいるのだな」

「ブトウカイって男の人と女の人が踊るんでしょっ? どんな感じっ?」

「ロメスはダンスも得意なのだぞ。坊やも教えてもらうといい」

「クマのダンスは踊れますっ」

「ははっ」


 フォルは舞踏会がよく分からないが、大人のダンスをすることだけは分かる。

そんなエイド将軍とフォルが二人でにこにこと話している隙に、カレンが素早くロメスの腹に肘鉄を入れるのを、カレンの従者キイロと、ロメスの部下カイエスとロムセルは確かに見た。・・・その程度、ロメスには全くこたえていなかったが。


「ああ、やっぱりロメス様ですからね、汚い手を使ったんですね。てか、事実は違うんでしょうね」

「言うな、カイエス。分かりきっていたことだ・・・」


 小さくカイエスとロムセルが呟き、カレンに同情の視線を送る。エイド将軍が彼女を愛の乙女と呼ぶなら、自分達は犠牲の乙女と呼ぶだろう。

 そんな二人の様子に、キイロはこの二人も何かと苦労していそうだなと、思った。


「せっかくだからお菓子をあげたいのだが、もうそろそろ昼食の時間だな。坊や、ここの食堂は初めてだろう? この(じじい)と一緒に行ってくれんかね? ロメスもカレン殿もかまわないだろう?」

「勿論です、エイド将軍。そもそもフォル殿にはお城の軍部を探検させてあげようと連れてきましたので。きっといい体験になるでしょう」

「なるほど。いいかい、坊や。こういうお城の食堂は戦争なのだ。一気にみんなが押し寄せて食べるのだが、坊やも負けずに食べなくてはならんのだぞ?」


 ロメスとカレンの本当の関係を知らないフォルは、エイド将軍から聞かされた二人のおとぎ話のような出会いに感動したまま、お昼をご馳走になることとなった。


「食堂って何? みんなでご飯を食べるのっ? 家族じゃない人と?」

「そうだとも。色々な人と話しながら食べるのだ。今日はちょっと変わった食事が出るそうだから楽しみにしておくといい。日持ちのする食料や、腹にたまりやすいものなど、こうして自分達でも試しながら次への参考へとしていくのでな」

「フォルはそんなに食べられないと思うから、私と半分こにしましょうね」

「はい、カレン姉様」


 昼前にはフォルを連れて帰る予定だったカレンだが、エイド将軍にフォルが懐いている上、こんなにも楽しそうなら仕方あるまいと思うようになっていた。ロメスに対して思うことは多々あるが、その周囲は善人がほとんどである。


(というより、ロメス・フォンゲルドの部下っていう人達の哀れみの視線が切ないわ)


 ロメスの上司であるエイド将軍には紛れもない感謝を抱かれ、ロメスの部下達には紛れもない同情を抱かれていると、今なら断言できるカレンである。


「だが、坊やは大勢の男共と一緒では怖かろう。端っこに行こうか」


 わいわいと騒がしい食堂で、エイド将軍はカレンとフォルが男共に囲まれては怯えるだろうと、一番遠い席を選んで座ったのだが、それでも周囲の視線はその七人に集まっていた。

 何と言っても、あのエイド将軍が金髪の子供を抱いて好々爺然としていること自体があり得ない。自分達を踏みつけ、蹴り飛ばし、空気をも震わせる大音声を張り上げるエイド将軍なのだ。誰もが目を擦って、その姿を見直した。

しかもエイド将軍に付き従っているロメスとその部下二人はともかくとして、一緒にいる黒髪の女性とその従者はまさに存在からして異色だった。少なくとも、こんな掃き溜めにいていい鶴ではない。くるくると艶を帯びた巻き毛は闇のようにどこまでも黒く、白い肌と赤い唇を引き立てている。男装していてもその美しさが損なわれることはなかった。従者らしき男も、全体的な色が薄く、北方の出身であると分かる。少なくとも、この辺りでは珍しい容姿だった。

 

「ねえ、将軍はコレ食べられるの? 固くない?」

「よしよし、待っているがいい、坊や」

「まあ、申し訳ございません、そんなことまで・・・」

「いや、いいのだよ。カレン殿。こんな小さな子供の顎では噛み切るのも難しかろう」


 干した果物を噛み切れずに困っているフォルに、エイド将軍が小剣でスパスパとそれを小さく切ってやると、フォルが笑顔になる。


「小さいと美味しいね」

「そうだな。よく食べられたな、偉いぞ。だが、無理して多くは食べんでいいからな、坊や」


 体の弱いフォルはあまり多くを食べられない。

最初から賄いの人間に女性用と子供用で少量の食事を用意してくれるようにと頼んだロメスだったが、フォルの分を更に減らして自分の皿に移したカレンの様子から、エイド将軍もそれを察したようだった。


「カレン姉様、コレ、初めて食べました。何かなぁ?」

「これは、・・・多分、魚を最初に塩で、次にオイルで漬け込んだものじゃないかしら。この辺りでは海の魚は出ないと思っていたけど、こういう工夫をしているのね」

「お魚? お魚ってこんなにしょっぱくないよ?」

「カンロは海に面しているからそこまで塩漬けにしなくてもいいだけよ。こうやって海から遠くても食べられるように工夫しているのね。・・・ふふっ、フォルったらしょっぱくて食べられないんでしょう。いいわ、私が食べてあげる」

「食べられるもんっ」

「またまたーっ」


 鼻先をカレンの指でツンツンとつつかれ、フォルが意地になって食べる。カレンにしても、ここまで来たら不機嫌でいても仕方ない。フォルにあわせてこの状況を楽しむしかないと、気分を切り替えていた。


「カレン姉様、コレ、プルプルしてる。何でしょう?」

「何かしら。食べてみたら味が分かるわよ。あ、怖くて食べられないのね?」

「食べられるもんっ」

「大丈夫よ、フォル。私が先に食べてあげるから」

「僕が先っ」


 カンロでは温かい食べ物をフォルに出すよう心掛けられていたので、そういうゼラチン質が固まったものをフォルは食べたことがなかったのだ。

 若い娘ならではのくすくす笑う声と、子供が仲良く食べている様子に、今までとは違う視線が集まっていく。控えめにしていたら大人しいとしか印象に残らないカレンだが、本来はかなり表情も豊富で人の目を惹きつけるタイプなのだ。


「何とも無邪気な・・・。あれが黒髪の乙女か」

「言うな、余計に不憫になる」

「あれが、狂犬の乙女・・・。噂以上に美人じゃないか」

「なんであんな綺麗なコが、あんなのを助けるんだよ。俺だって助けてもらいたかった」

「もう人妻だ。くそぉ、理不尽もいいところだよな」

「一緒にいる子供もかなり可愛くないか?」

「男だぞ」

「姉がいるかもしれないじゃないか」

「あんな子の姉なら美人だよな」


 そんな周囲の声は分かりきっていた為、平然と無視していたロメスだが、思ったよりもカレンが子供っぽく笑うことに気づいて意外な印象を持った。

 何と言っても初めて会ったのは、地下の鉄格子を挟んで自分を蔑むような目線で翻弄してくれた笑顔の持ち主としてだった。

 次に会ったのは、舞踏会で誇り高く顔を上げ、男を見定めるような視線と作りものの笑顔を持った、従姉の為なら男などどこまでも利用しようとする貴婦人としてだった。

 それからは仏頂面で結婚式に臨むまでの姿と、結婚式当日の能面のような顔しか知らない。


(まあ、ゆっくり料理していくさ。手に入れると決めた以上、俺は手に入れる人間なんでね)


 そんなロメスの様子は、まさに新妻を愛しそうに眺めているとしか言いようがないものだった、傍から見れば。

 エイド将軍は思った。やはりロメスは乙女を最愛の女性としているのだな、と。

 キイロは思った。それでもこの男、うちのカレン嬢ちゃんにベタ惚れなのか、と。

 カイエスは思った。逃げてください、カレン様、と。

ロムセルは思った。駄目だ、もうロックオンされてしまっている、と。


 カイエスとロムセルはロメスの副官だけあって、二人が別居状態なのも知っている。できることならばこのままカレンには逃げ延びてほしかったのだが、このロメスの様子に無理だと悟っていた。いや、王まで使って結婚に持ち込むような上司が、むざむざと彼女を逃がす筈もなかったのだ。

 そんな周囲の思惑も知らず、カレンはフォルとはしゃぎながら食事を楽しんでいた。






 満腹になって寝てしまったフォルを、エイド将軍が執務室で寝かせてくれた為、カレンとキイロもそのままぼーっと皆が仕事をする様子を眺めていた。

本来、非番だったロメスだが、来たなら来たで働いてくださいと、部下に書類を押しつけられている。


「お嬢」

「ええ。これ、ロームの仕様じゃないわね。だけど、技術はロームのようだわ」


 エイド将軍の執務室に飾られていたのを見た時から、二人が気になっていたものだ。既に周囲は二人に注意をはらわなくなっていると思ったからこそ、カレンもキイロもそこに飾られている鎧に近づき、それをじっくり見ていた。

だが、さすがは武人のエイド将軍だった。

 二人が気づくと、すぐ後ろにエイド将軍が立っていた。


「黒髪の乙女はそういった知識もあるのか。左様(さよう)、これはこの国の仕様ではない。だが、女人(にょにん)によくぞそれが見抜けたものだ」

「まあ。・・・恐れ入ります。こんな素人が浅はかな意見を申し上げました。ですが、・・・これはどうなさいましたの? こんなにも体を覆うものなど、初めて見ました」

「それは、ロメスが作らせたものなのだ。ロメスは本当に優しい若者でな、蛮族の使っていた鎧を持ち帰り、それを(もと)にしてこの鎧を作ってくれたのだよ。どんな戦でも傷つくことがないように、と」

「まあ。本当に将軍はみなに慕われていらっしゃいますのね。あの、・・・もしもご迷惑でなければですけど、これをもっと見せていただいてもよろしゅうございますか? できれば内部も拝見したいのですけれど」

「勿論だとも。ぜひ見ていってくれ。・・・おっと、ちょっと用事があるのでな、少し席を外させてもらおう。ゆっくりしていってくれ」


 エイド将軍が快く了承してくれた為、カレンとキイロはそれの内側まで見せてもらうことにした。今度は声を出さず、口の動きと手振りだけで会話していく。


「なるほど。重ねることで身動きしやすいようにしてある、と」

「糸を使うことで柔軟性を持たせるのね。だけど強度はどうなるかしら。そこは金属の方が頑丈になると思うんだけど」

「いや、戦の場合、音を立てすぎては敵に気づかれやすくなるだけでしょう。それならなめした革の方がいい筈」

「ああ、そうね。駄目ね、私だと音まで気づかなかったわ」

「お嬢に戦わせるようなことにはしませんよ。だが、これを身に着けることができるのは、屈強な体格の持ち主じゃないとかなり厳しい」

「じゃあ、汎用性はないのかしら」

「ああ。エイド将軍にと作らせたのは、これを身に着けても動けると判断したからでしょう。人が鎧を選ぶんじゃなく、この鎧が人を選ぶものと言っていい。しかし、・・・参考にはなりました」


 すると、その様子を眺めていたロメスが口を開く。


「キイロ、もしもそれよりも良い出来の鎧を作れる当てがあるなら、ぜひその時は俺の所に持ってきてくれ。ちゃんと買い取ろう」

「いえ、あくまで私も素人でございますから。こんな珍しい鎧を拝見し、つい見入ってしまいました」


 あくまで自分は従者ですからと、笑顔を浮かべるキイロに、ロメスはニヤリと笑って言った。


「・・・カレン、キイロ、もしもそれよりも良い出来の鎧や、他の物を作ることが出来る当てがあって実際に作って提供できるというのであれば、ここの武器庫を見せてやってもいいんだぞ?」

「ロメス様、何をっ!?」

「そうですっ、ロメス様、武器庫は限られた人間しか入れませんっ」

 

 カイエスとロムセルが驚いてロメスをたしなめるが、カレンとキイロはそこで硬直する。あまりにも目の前にぶら下げられた餌は美味だと分かっているものだった。

 技能集団であるロイスナー家。自分達の参考になる技術があるならばぜひ見たい。

 しかし、あくまで自分達はカンロ領の発展の為に寄与し、必要以上に自分達の技術を外に出すことは命取りだと知っている。派手なことをして目をつけられてはならないのだ。だが、ある程度であれば・・・。


「冗談だ。そうお前達も怒るな。妻にいい顔をしたいと思う男心も察しろよ」

「何を言ってるんですか、白々しい」

「そうです。いい顔をしたいも何も、最初に騙し討ちした時点でもう終わりじゃないですか」

「・・・おい、ロムセル。どうして騙し討ちしたって知ってるんだ? 俺、言ってないだろ?」

「やっぱりですかっ。ロメス様、あなたって人は・・・そういう人だって知ってましたともっ」


 冗談だとひっこめてしまったロメスだが、冗談じゃないことはカレンとキイロも分かっていた。あの城の地下に入り込んだ時点で、自分達の技術がかなりのものだとロメスにも察しがついているだろう。

(王城の武器庫・・・。大きく出ましたが、俺達にとっても両刃(もろは)の剣ですね)

(そうね。だけど二度とない機会かもしれないわ)

カレンとキイロは帰ってから残りの二人に相談することにし、鎧を元通りにして、後はのんびりとフォルが目を覚ますのを待つことにした。






 今日のフォルはご機嫌だった。

 馬に乗ってお城まで行き、剣を持ったり、食堂という場所でご飯を食べたり、将軍の筋肉も触らせてもらったのだ。しかも、大将軍というとても偉い人がやってきて、珍しいお菓子をくれた。

 こうしてカンロ伯爵邸に戻る今も馬の上だ。なんて今日は楽しかったことだろう。

 

「ロメス兄様はすごい人ですね」

「そんなことはありませんよ。フォル殿が可愛いからですよ。皆もそう言っていたでしょう?」


 たしかに、母リネスそっくりだと、何人かのおじさん達に言われた覚えもあるが、心に強く残っているのは、やはり初めて持たせてもらった本物の剣の感触と、大勢の男の人たちが集まって食べる食堂だ。

フォルはあんな強そうな男達からも尊敬されているらしいロメスに、ますます感動していた。


「僕もああいうカッコイイ男の人になりたいです」


 どの男の人達もごつごつした腕は地面のようだったけど、それでも鍛えればああなるのだと言われた。そうすれば剣を持ってもひっくり返らないのだと。


「なれますよ。だけどまずは大きくなることからです。慌てなくても、ちゃんといつかは大人になれるものですよ。おや、ほら、蝶が飛んできましたよ。なかなか大きくて綺麗ですね」

「本当だ。・・・あ、行っちゃった」


 カレンが結婚しただけあって、ロメスも優しくていい人だ。フォルは、そのロメスをカレンが嫌っている事実をすっかり忘れ去っていた。

 今もこうして穏やかに話しながら、馬の上から色々なものを指さして教えてくれる。すっかりフォルはロメスにもメロメロになっていた。


「ロメス兄様。また、どこか連れてってくれますか?」

「勿論ですとも。今度は、丘の上からお城を眺めてみますか? 小さな花が草の間に咲いていて、とても気持ちの良い風が吹いているのですよ」

「はいっ」


 やがてカンロ伯爵邸に着くと、門番が「お帰りなさいませ」と笑顔で迎えてくれる。

 そこでフォルを門番に抱っこさせて馬を下り、ロメスは門番に抱かれたフォルに尋ねた。


「ところでフォル殿。ちょっとカレン殿に会わせたい人がいるのです。夜までにはカレン殿はこちらに戻すからとお父上にお伝え願えますか?」

「はい、分かりました。ロメス兄様」

「ちょっと、私に訊くことでしょうっ、それは」

「ああ、すまない。カレン、ちょっと会ってほしい人がいるんだ。悪いが、会ったらすぐに帰っていいし、どんなに遅くても夜までにはこちらに送り届ける。約束する」


 そう言われてしまうと、今日一日、フォルに対してかなり親切にしてもらった覚えのあるカレンも断れない。


「分かったわ。ただし、会ったらすぐに帰りますからね」

「ああ。勿論、それでかまわない。・・・キイロ、君はフォル殿を連れて戻り、伯爵に今日一日のことを報告しておいてくれ。さぞやきもきなさっていることだろう」

「私はカレン様の従者です。勿論、カレン様についてまいります」

「・・・なるべく遅くならないようにカレンはこちらに戻したい。俺の馬にカレンを乗せていくし、かといってフォル殿をそのまま一人で邸に戻らせたら心配なさるだろう。伯爵にはよろしくお伝えしてほしい」

「いいわ、キイロ。すぐ戻してくれるそうだし、つまらない嘘はつかない、・・・いえ、嘘ばかりの男だけど、今回は特別にしておくから。伯父上にはフォルの補足説明をして差し上げてちょうだい」

「はい。ではなるべく早くお戻りください」


 そうして今度はカレンを自分の馬に乗せると、ロメスはフォルに手を振り、「ではまた」と約束して、今度は馬を早く走らせたのだった。


「で、どこに私を連れて行く気? 会わせたい人って?」

「舌を噛まないよう、口は閉じてろ」


 フォルといる時はあくまでフォルにあわせていただけだと、その馬を走らせるスピードと口調で分かる。カレンはどこまでも得体のしれない男だと、改めてロメスを判断した。

初めて会った時はアホでマヌケな泥棒だった。

二度目に見た時は女を切らしたことのなさそうな色男だった。しかもふざけた話を王の前でして自分と結婚する流れにしてみせたロクデナシである。

それからは結婚式の時まで、無駄に馬鹿丁寧なだけのどうでもいい男だと思っていた。だからそのまま結婚式を挙げたら無視してカンロ伯爵邸まで戻ったのだ。

それでも怒りを見せることもなければ、自分に対して何も言ってこない男だった。

何の為に、この男は自分と結婚したのだろう。

ロイスナーの技術が目的なのか、それとも・・・。


「着いたぞ」


 やがて、馬は小さな屋敷へと足を踏み入れた。






 馬の鳴き声に、屋敷の主人が戻ったことを、ネイトとリナは知った。


「お帰りなさいまし、坊ちゃん。・・・・・・人さらいは感心しませんぞ」

「まあ、お帰りなさいませ。・・・坊ちゃま、無理やりはいけませんってあれ程申し上げましたのに」


 玄関から出てくるや否や、信用のない主人をたしなめる夫婦である。

ロメスはカレンに手を差し伸べて馬から下ろそうとしていたのだが、カレンはひらりと飛び降りてみせた。なるほど、男装が板についているわけである。先ほどまではフォルに気を取られていたので見ていなかったが、助けがなくても馬には乗り降りできるらしい。そうロメスは判断した。


「誰が人さらいだ。お前達が会いたがっていたから連れてきただけだ。しかし夜には戻すと約束したんだ。あくまでお前達に会わせるだけだからな」

「まあまあ、本当でございましょうね。うちの坊ちゃまはどうしても強引なところがございますから、奥方様もさぞ驚かれたことでしょう? さあ、お入りになってくださいまし。今、お茶をご用意させていただきますから」

「さあ、馬をこちらへ。坊ちゃん、いやロメス様、奥方様にはきちんとお気遣いなさらなくては。さ、案内して差し上げてくださいよ」

「ちゃんと気遣いぐらいしてるっつーのに。どうしてどいつもこいつも、俺を悪者にするんだ」


 ぶつぶつと文句を言うロメスの様子に、カレンは意外なものを見た気がした。使用人の夫婦らしいが、坊ちゃん呼ばわりで、更にこの夫婦にロメスは逆らえないらしい。


「カレンですわ。どうぞよろしく」

「ロメス様に夫婦でお仕えしておりますネイトとリナでございます。奥方様にお会いできる日を楽しみにお待ち申し上げておりました。さ、お入りになってくださいまし。夜までにはお戻りになるのでしたら、・・・せめて夕食ぐらいはお召し上がりになっていっては・・・もらえないのでしょうね。・・・伯爵様のお宅でしたら、こんな私の手作りよりもはるかに美味しいものが出ますわよね」


 全ては自分が至らないばかりにと涙ぐむリナに、カレンが慌てて、いやいや、そんなことはないと、否定する。


「夕食だなんて図々しいこと、・・・勿論、出していただけるなら喜んで」

「・・・本当でございますかっ? まあまあ、なんてお優しい奥方様なのかしら。坊ちゃまには本当に勿体ない」


 途端に涙をひっこめると、リナはいそいそとカレンを案内する。貴族の邸と違って、こちらは台所でそのまま皆が食べる質素な作りだ。だが、カレンにはその手狭さが居心地よく感じた。


「カレン、うちではネイトとリナも一緒に食べるんだが、・・・気になるか?」

「私もいつもはみんなと一緒に食べてるわよ? あんな別の場所で食べるのなんて貴族だけでしょ? 私は違うもの」

「そりゃ良かった。じゃあ、リナ、今日の夕食は四人で頼む」

「もうほとんど出来ておりますよ。・・・私がお貴族様のことなど分からないばかりに、奥方様には色々と目につくこともあるかとは思うのですけど」

「あら、そんなことないわよ。だって私、これでもみんなと野宿だってしちゃうのよ。交代で火の当番とかね。パンと水さえあればどうにかなるわ」


 まさかロメスの自宅に連れてこられるとは思わなかったが、出迎えてくれたネイトとリナが見るからに純朴そうな夫婦だった為、カレンもリナには好意的だった。何よりも、最初からロメスよりもカレンの味方に立ってくれている所が泣かせる。


(あの部下二人といい、この夫婦といい、どこまで信用のない男なのかしら)


 信用はないようだが、それでも皆にここまで言わせておくのは、それでいいと思っているからなのだろう。そういう意味では懐が深いのか。ロメスという男は本当に分からない。

 だが、やはりカンロ伯爵邸では召し使いに色々としてもらう生活を送らざるを得ず、カレンもストレスが溜まっていたのだと、実感した。

 カレンがリナと二人できゃっきゃとはしゃぎながらお皿を出したり、鍋のスープをよそったり、パンを切ったりしていると、人にやってもらうという生活がいかに自分の心に疲れをもたらしていたかを感じずにはいられなかったからだ。

 

「まあ、カレン様ったら、そんな切り方をしますの?」

「そう思うでしょ? だけどね、ここを十字に切って、チーズを入れるの。そしてこうやって余熱で温めると、ほら、こんな感じにとろけるのよ」

「んまっ」

「これがスープに合うんだってば。お行儀が悪いからよそには内緒よ? だけど野宿の時にはこれがたまらないのよ」


 そんなカレン達に、ネイトは恨めし気に主人を見やる。


「あんなとても気立ても良く明るいお嬢様を無理やり結婚に持ち込んでまで怒らせるとは、・・・坊ちゃんは鬼ですか」

「否定はしないが、見る目はあるだろう?」

「ええ、見る目はありますがね」


 まさかカレンが野宿もできるとは思わなかった。本当に意外な姿を見せてくれる娘である。思った以上の掘り出し物だったことに、ロメスは満足していた。

 夕食の席でも、使用人と一緒だというのに、カレンは全く気にしなかった。

 

「まあ、本当にスープに合いますわね」

「そうでしょ? だけどおうちでやるとお行儀が悪いですよって怒られるから、野宿する時だけ、内緒でしてるのよ。ほら、男の人はそういうの、気にしないから」

「まあ、男の人と野宿しますの? カレン様、それは危険ですよ」

「そうですぞ、カレン様。ご自分が美しい娘さんであることはご自覚なさらなくては」


 若い娘さんが野宿とはあまりにも不用心すぎると、ネイトとリナが心配そうな顔になる。ころころと、カレンは笑って手を振った。


「大丈夫よ。だってドルカンは私が産まれた時から面倒をみてくれてるし、キイロとサリトも私の兄みたいなものだもの。それに、キイロもサリトもちゃんと相手がいるのよ。大抵、私がどこかに行く時はドルカンがついてきてくれるけど、後の人はその時その時でドルカンが選んでくれるの」

「まあ、そのドルカンさんを、カレン様は信頼なさってらっしゃるのですね」

「ええ、だってもう一人の父親みたいなものだもの。リナさん達だってそうでしょう?」

「こりゃ一本取られましたな。たしかに、ロメス様にとっての私達みたいなものであれば納得せざるを得ません」


 あえてロメスは何も言わず、カレンとリナ達の会話に任せていた。どうせ自分が口を開くと、皆に責められるだけなのだ。

 それに、カレンを迎えてネイトとリナも本当に楽しそうにしている。ならば水を差すこともないだろう。


「・・・そう言えば、ところでカレン様はうちのロメス様とどこでお知り合いになられたのですかな? きっとろくでもないことをしたのだろうと思っておったのですが・・・」

「そうですわ。大体、うちの坊ちゃまが王様のお声がかりでカレン様と結婚なさると聞いた時には、きっと純情な娘さんを騙して結婚に持ち込んだに違いないと、私も思っておりましたの」


 さすがのロメスも食べていたパンをのどに詰まらせそうになった。カレンも手が止まる。だが、考えてみればこの二人は身近な存在だったがゆえにロメスの言葉を信じていないのだ。それならば話してもいいだろうと、カレンは口を開いた。


「実はね、私の住んでいる村は人里離れた場所にあり、そして他の人達との交流をなるべく避けなくてはならない決まりがあったの。その為に、大きな塀があり、決まった人しか入れないようになっていたんだけど、実はそこに入り込める秘密の地下道があったのよ」


 そこで、ネイトとリナは冷たい目で自分達の主人を見た。ロメスがそこで何をやらかしたか、想像がついたからだ。


「ある時、その地下道から潜り込んだ男がいると、それに気づいた人がその男をそのまま閉じ込めたと連絡してきたわ。何が目的で入り込んだのか分からなかったから、身に着けていたものを全て外してもらって、それから代わりの着替えと食べ物を出したの。そしてその男から忍び込んだ目的を聞いたのよ」


 そこでリナが身を乗り出す。


「何と言ったんです?」

「そこに美女が住んでいるという噂があるから、その見たこともない美女を手に入れる目的で忍び込んだんですって。だけどその美女の噂って私のおばあ様の時から始まった噂で、勿論、おばあ様はもう亡くなってたのよ」


 どこまでも軽蔑するかのような三人の瞳が一人に向けられる。

 ではその噂の美女とやらが生きていたら、老婆に求婚するつもりだったのだろうか。馬鹿だ、馬鹿すぎる・・・。

 何よりも、そんな理由で地下道を探してまで忍び込むとは何事だろう。


「坊ちゃま。あなたって人はどこまで・・・なんて情けないことを」

「最低ですな、坊ちゃん」

「知らなかったんだからしょうがないだろっ。大体、ただの暇つぶしのつもりだったんだっ」

「余計に悪いですぞ、坊ちゃん」

「ああ、本当にどこで私はお育ての仕方を間違えてしまったのでしょう」


 リナがあまりの情けなさに手巾を取り出す。


「まさかそこで殺すのも可哀想だし、どこの人か訊いたら王都のロームって言うし、仕方ないから眠らせてちゃんと持ち物は返してあげてロームまで届けておいたんだけど、その眠りにつく前に、よりによって私に求婚してきたのよ。いくら何でも、泥棒として捕まった人間が捕まえた相手、しかも名前も知らない相手に求婚なんてナシでしょ? そうしたら私が名前を教えればいいだけじゃないかって堂々と要求してきたのよ。バカバカしくて、いつか私が名乗る日が来たら考えてあげるって言って、放り出したの」

「坊ちゃん。あなたって人は、もう一度人生をやり直して最初から学び直すことがありそうですな」

「もう亡くなった奥様に何と言ってお詫びすればいいのでしょう。本当に、ばあやは恥ずかしくてなりませんわ」


 ロメスはそっぽを向いて聞こえないフリだ。


「そのままそんなアホな男のことは忘れていたんだけど、王都で舞踏会があるからって、従姉達のつきそいで参加したの。従姉は綺麗な女性なんだけどね、慣れない舞踏会で変な男に絡まれやすいタイプで、私もはぐれてしまって探していたの。するとね、そこに近づいてきた男がいたの」


 ネイトとリナの軽蔑を含んだ冷たい視線が、更に呆れたものを含ませてきた。

 王都の舞踏会ならば、自分達の主人も警備の為に出席する。そうなると何が起こったか、聞くまでもなかった。


「その男は言ったわ。そういうことなら一緒にワルツを踊りながら探してくれるって。そうしたらワルツって誘う前に男の人が女の人に名前を名乗ってもらってから誘うものでしょ? だから私は名乗ったの」


 そこでロメスが立ち上がった。そんなロメスの両肩をがしっと掴んで、ネイトが座り直させる。


「そう言えば、馬に餌をやろうかと思っていたんだが」

「逃げるんじゃありませんぞ、坊ちゃん」

「そうですよ、ちゃんと最後まで自分がやらかしたことはお聞きにならなくては」


 どこまでも情けない主人である。夫婦は頭痛をこらえずにはいられない。


「そしてね、踊ったら目立ち過ぎたのか、王様が呼びに来たの。そこでその男は、よりにもよって王様の前で、私に求婚中だと言ってのけた上で、自分が最初に泥棒として忍び込んだことは伏せて、いかにも自分が飢え死にしそうな状況で私に命を救われて求婚し、更に私が名乗れば求婚を受け入れるといった約束をしたかのように王様に話したの」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」


 ネイトとリナは、どうして結婚式直後から別居をこのカレンが貫いたかを理解した。

 そりゃ怒るだろう。激怒して当然である。

 結婚式だけは挙げざるを得なかったとしても。それでも別居という手段に出たのは、何も言えなかった彼女なりの最後の抵抗だったのだろう。


「坊ちゃん、今までもあなたは非常に困った人だと思っておりましたが、まさかそんな自分の恩人にまで、恩を仇で返すような真似をなさっていたとは・・・」

「全くですわ、なんてひどいことを。カレン様は誰がどう見ても心優しいお嬢さんですのに、どうしてそんな坊ちゃまの毒牙に掛けるような真似をなすったんです」


 しかも王のお声がかりとなれば、カレンとて逆らえなかっただろう。ぽろぽろとリナが涙を流して、ロメスを(なじ)る。

 結婚とは女性にとって特別なものだ。カンロといえば北の方にある領地だと聞くが、少なくともそのカンロにある人里離れた村に暮らしていたならば、カレンにしても王都は華やかで気後れしていたことだろう。

 その田舎から出てきた若い娘が初めて出た王都の舞踏会で、いきなりかつて泥棒として出会った男に王様の権力を使ってまで結婚を決められたのだ。

 どんなに恐ろしかったことだろう。


「世間の悪党ならどんなひどいことをされても因果応報でしょうが、こんな罪もなければ、わざわざ助けてくれたお嬢さんに対して、坊ちゃんはやってはならんことをなさったんですぞっ」

「なんてお可哀想に・・・」


 やっと自分の気持ちに寄り添ってくれる二人を見つけたという安心感が生まれたのだろうか、カレンからもほろりと涙が零れた。


(だって、私が考えるべきはまずロイスナーを守ることだから・・・)


他の人の前では、自分も皆もあくまで目の前にある出来事に対応することが第一で、こうやって自分の感情に寄り添ってもらうとか、そういった余裕がなかったのだ。

 あくまでカレンはロイスナーを背負う身だから。

 こうやって、自分をただの娘として見てくれる人なんていなかった・・・。


「仕方ないだろっ。欲しいと思ったらどんな手を使ってでも・・・って、うわっ、カレン、お前まで泣くなよっ」

「当たり前でしょうがっ。坊ちゃん、あなたがしたことは、どんなひどいことだと思っとるんですっ。好きになったなら最初に知り合ってお付き合いして、それからでしょうっ。よりによって誰もが逆らえない王様を持ち出して、あなたはどんなひどいことをしたかも分かっとらんのですかっ」

「そうですよっ、坊ちゃま。カレン様がどんなお気持ちでそれを受け入れざるを得なかったかも分かってなかったんですかっ。・・・ああ、カレン様。もう無理はなさらなくていいんですよ。こんな坊ちゃまと結婚生活なんて送る必要はございませんからね」


 リナの胸に抱きしめられて泣くカレンを見て、(ようや)くロメスも、もしかしたら自分がしたことはかなりひどいことだったのだろうかと、思いついた。


(だって、誰も思わないだろう。あんなにも男をその笑顔一つで翻弄するような娘だったんだから)


 それでもリナに縋って泣く姿は年相応で、考えてみれば自分はカレンを知らなかったのかもしれないと、ロメスも思った。

泥棒を蔑むように鼻で笑う姿でもなく、美しく着飾った姿で男を顎で使う姿でもなく、リナと一緒にはしゃぎながら食事の用意をするような姿が彼女の本質だったのだとしたら・・・・・・。


「俺が悪かった。だが、そろそろカンロ伯爵邸に送り届けないと、伯爵も心配されているだろう。カレン、俺のしたことは謝るし、別にここに住めとも言わない。だから、・・・嫌かもしれないが、一緒に来てくれ。送っていく。・・・リナ、そのままでは伯爵も心配されるだろう。顔を洗わせてやってくれ」


 この家に泊めるのならばともかく、さすがに送り届けるにしてもあまり遅くなりすぎるのは外聞がよろしくない。まあ、外聞も何も彼女は自分の妻なのだが。

 だが、カレンはリナから離れなかった。


「カレン? そろそろ俺と一緒に・・・」

「いや。リナさんといる」

「はぁっ!?」

「ええ、大丈夫ですともっ。カレン様のお部屋は既にご用意させていただいてるのですから。大丈夫、カレン様のお部屋には絶対に坊ちゃまを近づけたりなんてしませんわっ。ご安心くださいましっ。・・・結婚式の時に拝見して、きっとカレン様ならお似合いになるだろうと思ったお召し物も色々と揃えさせていただいておりますのよ。さあ、いらしてくださいまし。・・・ああ、坊ちゃまは二階へは侵入禁止ですから」

「嘘だろっ。俺にどこに住めと言うんだっ」

「一階の客間をお使いになってくださいまし。嫌ならお城に泊まり込むなり、納屋でお休みになるなりなさればよろしゅうございます。・・・さ、参りましょうね、カレン様」


 こくりと頷いて、リナと一緒に消えていく後ろ姿を見送り、ロメスは呟いた。


「どう俺に言い訳しろと言うんだ・・・」

「自業自得ですな。あ、伯爵邸に行かれるのでしたら、カレン様のお荷物も取ってきてくださいよ、坊ちゃん」


 普段なら一緒についてきてくれたであろうネイトも、今日はかなりロメスに対して辛辣だった。

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