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act.7 保健医・百目鬼

 

 

「太郎くん!?しっかりして!」

 さゆりは慌てて倒れ込む太郎の身体を抱きしめるように支えた。太郎は意識もはっきりしてないのか、苦しげに呻くだけでさゆりの言葉に応答はしない。どうしたらいいのだろう。さゆりがあたりを見回したとき、頭上に影が落ちた。

「さゆり!!」

「…佳澄!」

 佳澄はほっとした表情でさゆりの元へと降り立った。そしてすぐに太郎の様子に気づき、真剣な顔になる。さゆりが泣きそうになりながら、佳澄に訴えた。

「森で助けてくれたの、でも、出てきたら、太郎、くんが」

「さゆり、落ち着いて。オレが太郎くんを担ぐ。第二保健室へ急ごう」

「第…二?」

「オレたち特別科のための保健室。特別科の校舎のはじっこにあるんだ。裏山から校庭へつっきろう」

「う、うん」

「大丈夫。あそこにいけばすぐに元気になるから」

 佳澄の笑顔に励まされて、さゆりは深呼吸を2、3度繰り返す。やるべきことは、急いで保健室に連れて行くこと。そのためにはまず自分がしっかり走らなければ。さゆりは佳澄が太郎を担いだのを確認して走り始めた。裏山を直線距離で走っているものだから、草や木がピシピシとさゆりの足に当たる。しかし立ち止まってなどいられない。太郎の苦しそうな顔を思い出す度に、さゆりは両足に力を込めた。

 少ししたあたりで、さゆりは異変に気づいた。すぐ後ろを走っていたはずの佳澄との距離が若干空いている。やはり太郎を担いでいるからと一瞬思ったが、そんなはずはないとすぐにその可能性を打ち消した。怪力で悩んでいた佳澄が太郎を重く感じるはずなどない。さゆりが慌てて振り返ると、まず目に入ったのは太郎のつむじだった。担ぐ太郎の身体で、佳澄が見えない。

 まるで、佳澄の身体が縮んでいるかのように見える。


【…右側の牙に毒があり、全身にまわると小鬼と同じ姿になってしまう】


「まさか佳澄…小鬼に噛まれた…の?」

「…あー…やっぱそうなのかなぁ…なんかさっきから…制服が…ダボダボになってきて…」

「嘘…だめ!これ以上走ったらさらに毒がまわっちゃうじゃない!」

 さゆりが佳澄を無理やり止めさせると、佳澄は肩で息をしながらゆっくり太郎を下した。まだ特別科校舎まではしばらく距離がある。太郎と佳澄を担ぐなどさゆりには無理だし、誰か助けを呼ぼうにも携帯は教室に置いてきてしまった。どうしようと思案を巡らせていたとき、山の草むらがガサリと揺れる。先程の狼のことを思い出し、さゆりは太郎の身体をぎゅっと抱き寄せた。何が出てくるかと身構える一同の前に現れたのは大きな狐であった。

 金色に近い白の体毛、大きさは軽自動車ぐらいだろうか、細い目が興味深そうにこちらを見ている。ゆらゆら動く尾は九本あった。

「清雅さん!!」

 佳澄が嬉しそうな声を出した。さゆりがえ?と頓狂な声をあげるのを狐が可笑しそうに見ている。

『佳澄じゃないか、随分小さくなっちゃって』

「清雅先輩…?」

『さゆりはこの姿を見るのは初めてだったね。これが僕のもう一つの姿。金毛白面、九尾の狐だ』

「清雅さん、太郎くんが倒れちゃって…オレたちを保健室まで運んでくんない?」

『太郎?…おや本当だ。これじゃさゆりには運べないね。仕方ない、A定食の食券で手を打つよ』

 おかしそうに言う狐の声はまぎれもなく清雅だ。まだ信じられないという顔をしているさゆりの顔を、清雅の尻尾のうちの一本がふさふさと撫でる。この香りはいつも清雅からするお香の匂い。

『…乗って?急ぐんだろう?』

 清雅の身体が乗りやすいように低く伏せられた。佳澄が飛び乗り、尻尾の一本が器用に太郎の身体を乗せる。どうやって乗ればいいのだろう、毛を掴んだら痛いだろうか。そんなことを考えて躊躇うさゆりの身体も尻尾がふわりと持ち上げて乗せてくれた。

『しっかり掴まってね~?』

 そう言って走り始めた大きな狐に、さゆりと佳澄は悲鳴を上げた。なにせ清雅の身体は弾んで走っている。乗馬のようなそれとは訳が違い、上下の揺さぶられがものすごかった。しかも本当に裏山を突っ切るつもりらしく、木々の間を縫うように走っているので左右にも揺さぶられる。おまけに鞍のようなものがあるわけでもないので足をかけるところがなく、今にもずり落ちそうになることが何度かあった。


 5分ほどで特別科校舎に到着したが、その頃にはさゆりの両足はがくがくになっていた。

『はい、僕はここまでね。百目鬼先生には嫌われてるし、退散するよ』

 そう言って狐は背を向けた。さゆりと佳澄がお礼を述べると、尻尾の何本かが返答がわりにゆらゆら揺れていた。妖だというのは聞いていたが、本当だったんだとようやく得心した。佳澄は太郎を担ぐとゆっくりと中に入る。見たところ普通の保健室となんら変わりがないようだが、どこが違うというのだろう。

「すいませーん…」

 さゆりが声をかけたその時、0.1秒の速さでさゆりの手を握ったものがいた。清潔な白衣を羽織り、長い青みがかった髪、縁のない薄いレンズの眼鏡が、さゆりの視界に入り込んでくる。

「いらっしゃい、可愛いお嬢さん。どこか怪我ですか?それとも具合が!?」

「あ、あの」

「おや足に怪我をしてるじゃありませんか。さあ、手当いたしましょう」

 彼に言われて慌てて自分の足を見ると、草木で切ったのか小さな傷がいくつか見える。さゆりを椅子に素早く座らせて治療を始めようとしている。そんな場合ではないとさゆりが慌てて立ち上がった。

「あの、私はいいですから、佳澄と太郎くんの具合を診てあげてほしいんです!」

「佳澄…と太郎?」

 彼はさゆりの言葉にぴくりと反応して立ち上がった。さきほどまでさゆりに向けられていた笑顔とは真逆の冷たい表情で。すると彼のサラリとした前髪の奥、額のあたりに三本筋が入ってパクリと裂けた。そこにぎょろりと目玉が現れてせわしなく動き出す。その美しい顔立ちには不似合の目玉の出現にさゆりは声にならない悲鳴をあげた。

「!?」

「ああ、失礼。自己紹介がまだですたね。私は百目鬼(どうめき)と申します。百の目の鬼というその名の通り、百目という妖です。この目で特別科の生徒を診察するんですよ」

「…あ、ああ…なるほど」

 百目鬼は小学生ぐらいの身長にまで縮んだ佳澄を手招きした。佳澄がおっかなびっくり近づくと、その赤みがかったつむじあたりの髪をむんずと掴みあげる。

「いててっ!!」

「見てください、ここにもう角が生えている」

百目鬼がさゆりに見えやすいように佳澄のつむじを寄せてくれた。当然佳澄は痛みでジタバタともがく。よく見てみると本当に小さな2センチぐらいの角が見えていた。

「どうせ小鬼に噛まれた箇所の止血もせずに闇雲に動き回ったのでしょう。角程度ですんでラッキーとさえ言える。佳澄、このお嬢さんに感謝するんですね」

「あ、ありがと…さゆり」

つられるようにしてお礼をいう佳澄にさゆりは頬を緩めた。手遅れでないことにもホッとする。百目鬼は柔かな笑みをさゆりに向けた。

「さて、もしも小鬼に噛まれたのが貴女であったなら私が一晩中看護しながら身体に負担がないように解毒をするところだったんですが…野郎なら別です」

そこまで言ったところで佳澄が『オニ!』『男女差別!』『セクハラ!』などわいわいと喚き散らした。しかし当の百目鬼はそんなことどこ吹く風で、傍らのワゴンに載せてあった銀色のトレイからメスを手に取った。佳澄とさゆりが同時に息を呑む。

「昔から一般的に小鬼の毒を解毒する処理に最適なのは『角切り』です。ここに毒が溜まっていますから」

「待って待って!!痛いのやだ!!優しくして!!」

「シャラップ小僧!!動くと身を切りますよ!」

そう言って横一文字に振られたメス。同時にスパァン!とまるでスリッパで叩かれたような乾いた音が響き渡った。百目鬼は佳澄の髪を離して、コロコロと転がった角を拾いあげる。

佳澄はつむじのあたりを押さえながらさゆりの方に逃げてきた。

「さゆりっ…身、切れてない?血出てる?」

「えーと…うん、大丈夫みたい」

「明日の夜までこの薬を食後に飲みなさい。身体のサイズは明日の朝には戻ってるでしょう」

百目鬼はカプセル錠を渡すと、儀礼的にお大事にと言って、今度はさゆりを横抱きにした。抵抗する間もなくソファに座らされ、足の傷の治療を開始される。

「あの、太郎くんは…」

「太郎はいつもの発作ですから心配なく。点滴を打って一晩ここに泊まれば良くなりますよ」

「いつもの…」

「大きな術を使ったり、連続して術を使うと時々こうなります。要はパワー不足ですね。大したことはありません」

百目鬼が言うならそうなのだろうと自分を無理矢理納得させると、さゆりは治療されている自分の足を見た。洗浄綿で丁寧に汚れを拭き取られたあと、簡単に消毒をされると、冷たさでさゆりが僅かに身をよじった。そんなさゆりを百目鬼が満足そうに見上げる。百目鬼の薄い唇が何か聞き取れない言葉を発したかと思えば、その唇を傷口に優しく寄せてきた。

「!?」

「はい、これでいいですよ」

「い、い、今の…」

「あと30分もすれば綺麗になっているでしょう」

言われて傷口を見ると、もう血は止まっていてうっすらと新しい皮が張ってきている。治療だったのかと思い安心する反面、さゆりの心臓は高鳴ったままだった。

「…あなたが山上さゆりさんでしたか」

「…は、はい」

「ようこそ五陵学園へ。我々はあなたを歓迎します」

「…ありがとうございます」

百目鬼の低く優しい声に、さゆりは何故こんなにも大事に扱われるのだろうと不思議に思いながら佳澄と保健室を後にした。



太郎の腕に点滴を打ち、百目鬼はふうとため息をついた。太郎の制服をはだけさせ、その白い胸に浮かび上がった赤黒い文様に目を見張る。

「…どんな術を使ったんですか」

「……転移術だよ。森で迷ったさゆりを外に出すために…」

「封印が半分以上解けている…すぐにでも白雪様に封印をし直していただかなければ…」

百目鬼は慌ててスマホを手にした。どこかに連絡をしているらしい。太郎は脂汗をかきながら腹を上下させて息をする。

「…説教…しねーのか」

「しませんよ、今回はね。さゆりさんを助けるためなら仕方がない」

「…そんなにさゆりが大事か」

「……」

「…黙秘かよ…」

 百目鬼は黙ったまま太郎の身体に筆で文字を書き始めた。途端に赤黒い文様が脈打つように光り始める。太郎は少しだけ楽になったのか、呼吸を整え始めた。

「…このまま大きな術を使えば確実に寿命を縮めますよ」

「…今回はさゆりの霊力を借りたからこの程度で済んだってことか」

「ええ。人間二人を別の空間に転移させるなんて自殺行為もいいとこです」

「………あと何年だ」

「さあ…術を使わなければ10年。しかしそれだと根本の解決になりませんから…この調子で妖退治しながらとなると…3年が限度かと」

「……クソッタレ」




続く









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