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act4 天狗・高尾佳澄

 待ち合わせ場所に行くと、佳澄は雀を掌にのせて撫でていた。雀が小百合に気が付いたのか飛び立つと、こちらを振り返る。佳澄はパーカーにジャージの姿で、さゆりの横に立つと当然のように手をつないだ。まるで小さな子どものように。

「…嫌だったら言ってな」

「うん」

 寮の裏の山に向かって歩きながら、佳澄と他愛もない話をした。寮にゴキブリがいるらしいということ、千代が解決してくれたこと。

「佳澄は荷物の整理終わった?」

「オレはみんなより早くこっちに来てたから」

「春休み中?」

「そう。父さんが学園長の知り合いで、オレも小さい頃からよくしてもらってて」

「へぇ…じゃあわからないことがあったら佳澄に聞くね」

「あんまりアテにならないかもだけど」

 佳澄がへへっと笑って見せた。そしてすぐに真面目な表情になる。柔かそうな髪が風になびいた。

「オレが…半妖なの、誰からか聞いた?」

「うん、黒鉄先生から」

「そっか。なら話は早いかな」

「え?」

 言うやいなや、佳澄はさゆりを横抱きにするとふわりと宙に浮いた。驚いて見上げると、佳澄の背中から白く大きな羽根が生えている。それはまるで大きな白鳥の翼のように広く美しかった。羽根は静かにはばたいて佳澄とさゆりの身体を上へ上へと運んでくれる。少し怖くなって佳澄の首に回した腕に力を入れると、佳澄はさゆりを抱く腕に力をこめた。

「オレ、こんなに人に触れたのはじめてだ…」

「どうしてか聞いてもいい?」

「うん」

 そう頷くと佳澄は裏山の中腹あたりに見える桜の木の群生地にさゆりを下した。桜がひらひらと一枚一枚二人の元に舞い降る。

「オレの父さんは天狗、母さんは人間。天狗との半妖は珍しいらしくて、あまりよくわからないって言われたことがある。父さんはオレに人間の教育を受けさせたくて、山の麓の小学校や中学校に通わせたんだ。でもオレは(ちから)が強くて…その…触った人を怪我させてしまうから、絶対に人に触るなって。だから学校では人と関わらないように頑張って…」

 この人懐こく優しい佳澄がどれだけの我慢をしてきたのだろう。それはさゆりの心を痛めた。さゆりの表情を読み取ったのか、佳澄は慌てて首を横に振る。

「で、でもこの学校なら大丈夫だって、黒鉄さんから言われてたから、高校に入るまでって期限付きだったし、そんなに辛くなかったよ!?」

「それならよかった」

「太郎くん達もオレがいつでも触れるように自分に術をかけてくれてるから、さっきみたいなじゃれあいもできるし!千代みたいな強い妖なら平気だしね!…だからさゆりの時は驚いたんだ。オレに触る前に術をかけないでいい人間がいるなんて」

「…そういえば…」

「だからすげー嬉しかった。どんな時でもさゆりは触れていいんだって、安心した」

 本来なら男が女に触るのはあまりいいとは言えないのだが、さゆりは佳澄にそう伝えることは出来なかった。こんなにも喜んでいるのだから。

「さゆりの笑顔はいいな。すごくホッとする」

 急に胸がドキドキした。幼いように見えていた佳澄が男性の顔立ちをしていたからだ。さゆりを見つめていた佳澄はすぐに視線を桜に戻す。

「さゆりはなんで平気なんだろうな」

「そういえば…そうだね、なんでなんだろう」

「あとで誰かに聞いてみるかな…」

 珍しく考え込むような顔をしていた佳澄がパッとこちらを向いた。

「今度はさゆりの話を聞かせてくれよ。子どものころとか、中学の頃の話とか」

「うん」

 それから二人はとりとめのない話をずっとした。さゆりの話に佳澄は興味深く耳を傾ける。時々相槌を打ってはさゆりが話しやすいように促してくれるのだ。


「神社は…巫女頭のおばあちゃんがいて…神職のお父さん、社務をしきるお母さんと…あと巫女さんが10人くらいいて…」

「え!?多くない!?」

「私にとっては普通だったんだけど、修学旅行で同じくらいの神社に行ったときに違うって知って…」

「だろうな…さゆりの家に行ったことはないけど、普通の神社ってそこまで巫女は多くないからな」

「今思えば、その巫女さんってみんなおばあちゃんがどこかから連れて来て、住み込みで働いて…視える人が多かった気がする…」

 さゆりはふと、実家でのことを思い出してみた。目を瞑ればいつでも浮かぶ風景に、胸が温かくなる。今頃みんなどうしているだろう。家を出たのは今朝のことなのに。


『さゆりちゃん、何してるの?』

『あのね、あそこに何かいるの。灰色でひらひらってしてるの』

『…ああ…鳥居の外?』

『そう。桔梗ちゃん、見える?』

『ぼんやりと。でも外にいるから大丈夫。今夜はずっとあそこにいるかもしれないけど、朝になったら消えてるわ』

『…うん』

『さぁ、お風呂の支度ができましたよ。今日は誰と入るの?』

『菖蒲ちゃん』

『そう、よかったわね』


「巫女さんは…花の名前の人ばかりだった」

「花?」

「桔梗とか菖蒲とか夕顔とか…」

「それは仮の名前だね」

声は横の茂みから。ガサガサと茂みが揺れ、出てきたのは刑部清雅だった。髪には桜の花弁をつけて、煙管片手にこちらに歩み寄ってくる。さゆりの視線が煙管にあるのに気づいて、清雅は空いてる右手をヒラヒラ振って見せた。

「僕はもう千年以上生きてる妖だからね、酒も煙草も法律には触れてないよ?」

「清雅先輩も…妖なんですか?」

「うん、見えないでしょ。僕は化けるの上手いからね」

「仮の名前って?」

 佳澄が聞くと清雅はああ、と嘆息の声を上げてから一度煙管を口につけた。

「古今東西、名前はその人を縛る鎖。本当の名前は呼ぶだけで威力を発し、その人を呪いにかけるんだよ。西洋では憑りつかれた悪魔の名前を聞き出し、呼ぶことで悪魔祓いをするんだ。『お前の正体はわかっている!その身体から出て行け!』ってね」

「それぐらい名前は大事ってこと?」

「そうだね」

「仮の名前を名乗るってことは…」

「僕の推測だけど、その巫女さんたちは何かの被害者たちなんじゃないかな。妖であったり、人の呪いであったり、人の念に憑かれやすい人っているだろう?君のおばあちゃんはそういう人を助けてあげてたのかもしれない。そういう人には仮の新しい名前を名乗らせるといいんだよ」

「…そう、なんだ…」

「ほら、藁人形ってあるだでしょ?あれは名前を書いた紙を貼りつけたりもする。多くの呪いは遠隔で行うから名前めがけて呪いが飛んでくるんだね。仮名を名乗ってる相手には届きにくかったりもするのさ。そのうち仮名を名乗ってる本人が、仮名を自分の名前だと思い込むようになればこっちのもの。呪いを返すチャンスが生まれる」

「そんな…ことが…」

「いずれその人が結婚して名字が変わってしまえば呪いはさらに薄れる。寿退社が多かったんじゃないかな?」

 確かに。大好きな巫女さんたちが結婚して辞めていってしまうのは、仕方ないけれどお祝い事だからと泣いて見送っていた。辞める時の彼女たちは本当に幸せそうで、さゆりはそんなこと疑いもしなかったが、確かに結婚して辞める人がほとんどだった。でも…。

「でもどっちにしろ、全てから解き放たれて幸せになるんだったら、良い事ですよね」

「そうだね。君のおばあちゃんは偉い人だ」

 清雅は目を細めてそう言うと、さゆりの頭を優しく撫でた。そして片目を薄く開けて、さゆりを見やる。その視線は鋭く、さゆりの全てを視るかのようであった。面談の時の黒鉄のように。

「君は…護られた世界で生きてきたんだね。だからこれ程の霊力を持っていても何色にも染まっていない。…えーと、確か名前は…」

「山上さゆりです」

「そうだ、そうだ。…よし、僕が予言してあげよう」

「予言?」

「君は今年の一年生の要となる。波乱の一年になるだろう。どうか気をつけて」

 そこまで言うと清雅は笑って、その場を立ち去った。茫然とするさゆりと佳澄はお互いで顔を見合わせて思い切り首をひねった。抽象的すぎてわからない。そもそも強烈な個性の集まりの一年生の中で、ただ視えるだけの自分がどうして要になるというのか。

 佳澄も佳澄なりに意味を考えていたようだが、さっぱりわからないらしい。


「でもさ、さゆりが困ってたらオレが絶対助けるからな!」


 今はこの言葉を信じよう。

 さゆりの怒涛の一日目はこうして幕を閉じた。






 







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