注文過多飯店
この通りの2つめの交差点を曲がった先にあるレストランを知っていますか。一見普通のレストランで、また実際そうなんですが、じつは、ここでは持っていったものを調理してもらえるんです。海の近くのお店だったり、親切な市場だったりで時々あるでしょう、あんな感じで。野菜や魚に限らず、何でもいいそうなんです。例えそれが、無機物であっても。
ルールは簡単。持ち込んだ人が必ず口にする。それだけです。友達なんかを連れてくるのは構いません。
最初そのサービスを知った人たちは、ごく普通に、これの調理が分からないからやってよ、とか、この材料で美味しいもの作って、とかいう依頼をしたそうです。
ところが、やっぱり調子に乗り出す人も出てくるんですよね。
カエル、カタツムリ、鳩。この辺りは外国では食べられていますからまだ分かります。どれも良い薫りのソテーになって戻ってきます。
紙や木切れを持ってくる人。さらには石や鉄片も現れたそうです。これは先週スクラップになっちゃった愛車のなんだよ。そんな悪趣味というか愚痴というような話を小さくこぼした鉄片の持ち主の皿には、チャーハンで車が形作られていました。
もちろんそのチャーハンには、ごくごく細かくなった鉄が入れられていたそうですが。
自殺志願者が毒キノコを持ってきたこともありました。けれども、キノコスープになる頃にはすっかり毒が抜かれ、美味しくなっていたとのこと。確かフグのときもそうでした。毒の処理まで心得ているのでしょう。
シェフは何の人種とも言い難い顔だちをしています。肌は浅黒く、瞳には暗い影が宿ります。でもお客の依頼を受けるとき、その目が真摯に輝くのです。
そのうち、既存のメニューの注文よりも特別な依頼のほうが増えてきました。死んだペットを食べさせてくれは当たり前。恋人にもらったペンダント、お気に入りの服、一万円札。何でもかんでも自分で消化しないと気がすまないのでしょうか。
何を頼んでも一応は食べられるレベルに調理してくれるので、グループの罰ゲームのノリで来る人は次第に減っていきました。むしろ自分が食べられればそれでいいので、一人で来る人が多いのです。
「自分が食べたいんです」
あるとき一人がこう言いました。シェフはすぐに聞き返しました。
「自分が食べたい?」
「はい。自分を、食べたいんです」
「髪や爪ならどうとでも調理してさしあげますが」
「それじゃあ嫌です」
「目玉や舌でも…」
「なんか違うと思います」
その人はワガママでした。
「じゃあ何ですかね、人肉の味を知りたければ他の方でもお連れになっては?」
「自分がいいんです。今こうして生きて動いている自分の身体を食べてみたいんです。そうだ指がいい。指にしましょう」
「切ってよろしいんですか」
「それは構いません」
シェフは仕方なく、その人の指に麻酔を打ち、包丁ではなくメスでもってその人の指を切り落としました。切られた手のほうは素早く縫い合わせました。シェフには外科手術も出来たのです。
その人は渡された包帯を自分で巻きながら、シェフの手つきをじっと眺めていました。
シェフは切りとったその人の、左手の人差し指に、竹串を刺しました。ちょうどソーセージを焼くかのように、ガスコンロの火で軽くあぶり、「醤油いります?」とその人に尋ねました。
「いりません」
「ではどうぞ」
普段に比べて、全く手のかかっていない調理でした。それでもその人は串を右手で持ち少しかじり、「美味しい」と言いました。
「それは良かったです」
「また来てもいいですか」
「あまりお勧めはしませんが」
シェフはいつでもお客さんを満足させて帰らせます。本分は中華料理だそうですが、ジャンクフードだろうと地中海料理だろうと、また純粋な和食だろうと、美味しく食べられるレベルで仕上げて出してくれますよ。
そして今日もまた、何か依頼を受けてはそれに応えているんです。
<おわり>