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魔力無し公爵のカラー

 

 

 

 

 

 グローイン公爵は、その夜会の間ずっと私の側から離れなかった。

 彼は公爵といえど魔力無し公爵なので、きっと私の魔力が欲しいのだろう。魔力こそが全てのこの世界だから。

 そう思っていたのだが、現在目の前に留まっている理由はそれだけではなさそうだった。


「浮気者と結婚したいというのは、ご自分も浮気がしたいから……なのでしょうか?」


 どうやら、私の他のご令嬢と違う考え方が興味深かったらしいのだ。

 目の前に居るグローイン公爵は、身を乗り出すようにして私に問い掛けてきた。


「まさか。浮気がしたいわけではありません。ただ、一途だと、君だけだと言っていた方に浮気をされたら辛いので、最初から浮気者を選びたいだけですの」


 信じさせて、その気にさせて、他に好きな人が出来たからと振られた時のあの痛みほど辛いものはなかったから。

 初めから信じる余地のない人間であれば、もうその痛みを感じることはない。私はずっとそう思っている。

 信じるのは、とても怖いことだ。信じれば、いずれ裏切られるのだから。

 傷付く事も、とても怖い。だって私は、臆病者だから。


「クレセったら、最初から愛人の居る男でも良いと言うのよ。不思議な子でしょう?」


 前世の記憶を思い出してしまい、そっと眉根を寄せていたら、ジューダの至極残念そうな声が耳に飛び込んできた。

 ついさっきまで食べていたデザートは既に彼女の胃の中に納められたようで、彼女は今両手で頬杖を付きながらグローイン公爵へと語りかけようとしている。


「絶世の美女とまでは言わないけれど、可愛い顔立ちをしているし、スタイル抜群とは言わないけれど、均等は取れているし、聖人君子ほどとは言わないけれど、心優しい性格をしているし、もちろん魔力だってあるのに、本当に残念な事を言う子なの、クレセは」


 貶されたような、褒められたような、何とも言えない気分に陥る。恐らく貶されたのだろうが。

 ふとグローイン公爵の表情を伺ってみれば、彼もまた何とも言えないような顔をしていた。

 返す言葉もなく、唖然としている様子のグローイン公爵に、ふとジューダは問い掛けた。


「クレセの心の中には、まだ昔の男が居るのよ。あなたはどう思う? グローイン公爵。あなたなら、クレセの心の中から昔の男を追い出す事が出来るかしら?」


 ジューダのその言葉に、グローイン公爵の目はみるみる見開かれていく。その内目玉が零れ落ちてしまうのではないかと思う程に。


「あなたならきっと百戦錬磨でしょう? きっとこの子を落とす技術くらい持っていると思うのだけど」


 うふふ、と微笑むジューダの横顔は、完全に悪い魔女のものだった。彼女の手元に毒林檎が見える気がする。それを食べさせられるのは私か、はたまたグローイン公爵か……もしかしたら両者かもしれない。

 しかしジューダが何を考えているのかは解らないが、きっと私にとってあまり良くないことを考えているのは明らかだ。

 ジューダの奇行を止めなければと口を開きかけていたら、私よりも先にグローイン公爵が口を開いた。


「そうですね、僕の手練手管でクレセ嬢の中から昔の男を追い出してみせましょう」


 ふ、とグローイン公爵の口角が上がった。彼も彼で、ジューダに負けないほどのあくどい顔をしている。

 これでは毒林檎を口にするのは確実に私ではないか。


「あの、グローイン公爵、無理はなさらなくても……」


「いえクレセ嬢、無理などしていません。僕は貴女に心底興味が湧きました」


 グローイン公爵は、その美しい瞳を細めながらとても美しく微笑んだ。

 どうやらあんなにも単純なジューダの挑発に、見事に乗せられてしまったようだ。

 私は零れ落ちそうになる深い溜め息を、必死の思いで飲み込んだのだった。


 それからは、他愛のない会話を交わしたりダンスを踊ったりと、ずっと彼と一緒に居た。というより、彼に離してもらえなかった。



 その夜会の翌日の事。

 私とジューダはいつものように開店準備を進めていた。

 ジューダの食事風景も当然いつも通りだったので、室内に充満する甘い香りを外に逃がそうと窓に近付いた時、私は不思議なものを窓の外に見た。

 開店前だと言うのに、店の前に可憐なお嬢様方がわらわらと集まってきているではないか。

 元々ジューダの作る魔法雑貨は可愛い物が多いので、この店の客層は若いお嬢様方が中心だ。だから、お嬢様方が集まるのはいつもの事と言ってもいいのだけど、集まり方がいつもの比ではない。

 新しい雑貨の発売も控えていないのに、そう思いながら私はジューダに声をかけた。


「ねぇジューダ、これは……何が起きているのだと思う?」


 私のその言葉を聞いたジューダは、私の視線を追うように窓の外を見る。

 そして、私と同じように目を丸くした後、こてんと首を傾げた。

 その仕草を見る限り、彼女も私のように不思議がっている事は明らかだ。これは彼女が仕組んだ事ではないのだろう。


「私も解らないわ。けれど、穏やかそうな表情とはお世辞にも言えないようだから……覚悟してドアを開けたほうが良さそうね」


 ジューダは肩を竦めながら苦笑を漏らした。そして、そそくさと店の奥へと引っ込んでいく。私は関係無いとでも言わんばかりに、窓の外から目を逸らして。

 そうなると、ドアを開けるという役目は私に回ってくる。ジューダ、丸投げしたわね、私に。

 暫しジューダの背を恨みがましい目で見ていたが、そんな事をしていても時間は止まってなどくれない。開店時間はきちんとやってくるのだ。

 穏やかに、穏やかに、どんなに店の外のご令嬢方が不穏な顔をしていたとしても、私だけは穏やかに微笑んでいよう。そうすれば、もしかしたら彼女達も落ち着いてくれるかもしれない。

 私はごくりと喉を鳴らし、いつの間にか滲んでいた掌の汗をスカートの目立たないところでそっと拭う。そして精一杯の気合いを入れてドアノブに手を掛けた。


「皆様おはようござ、」


 挨拶をする隙を与えない勢いで、ご令嬢方が店内へと雪崩れ込んできた。その勢いは凄まじく、一番に入ってきたご令嬢が転びでもしたら将棋倒しが起きるだろうと思う程だ。

 ご令嬢方のそんな雰囲気に軽く引きながらも、穏やかな微笑みを顔面に貼り付けていたところ、一番に飛び込んできたご令嬢にぎゅっと強い力で両肩を掴まれた。


「ど、どうなさったの、」


「クレセ様! あの男はダメです! あの男だけは!」


 私の肩を掴んだご令嬢は、とてつもない剣幕で叫ぶようにそう言った。

 私は目の前にいるのだから、何もそんな大声を出さなくても聞こえるのだけど。


「あの男……とは? 何のことでしょう? 皆様どうなさったの?」


 咄嗟の事に、目の前に居たご令嬢だけを見ていた私だったが、恐る恐る他のご令嬢方の様子を伺った。

 彼女達は皆、縋るような、どこか切なげな瞳で私を注視している。どうやら皆同じ目的でここに来たようだ。しかしあの男とは?


「グローイン公爵です! 私も昨日の夜会に参加したのですが、その時に見たのです! クレセ様があのグローイン公爵とずっと一緒に居たところを!」


「確かに昨日の夜会ではグローイン公爵とずっと一緒に居たけれど……、」


「あの男は女の敵なのですクレセ様!」


 私の両肩を掴んで離さないご令嬢が、この世の終りのような表情で私に言い募る。

 女の敵という言葉で、ふと思い出した。そういえば彼は浮気者のようだったな、と。

 要するに、ここに集まったご令嬢達は皆グローイン公爵のあまりよろしくない噂を知っているのだろう。だから、そんな男に引っ掛かってはいけないと忠告しに来てくれたのだろう。


 グローイン公爵とはどれほど評判が悪いのだろうかという疑問が湧くと共に、彼のあまりの言われように、私は軽い同情すら覚えたのだった。





 

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