夜会のお誘い
「今夜開かれるのは私の友人である魔女が開く夜会だから出来れば断ってほしくないのだけど、どうする?」
ジューダは口角をきゅっと上げて微笑み、小首を傾げながら私を見詰める。それはそれは綺麗な微笑みなのだが、この顔をしている時は私に拒否権などない時だ。行かなければならないのだろう、その夜会に。
この世界の夜会には、いくつかの種類がある。
王族が開く夜会、魔法使いや魔女が開く夜会、魔力持ち貴族が開く夜会、魔力無し貴族が開く夜会、ザッと大雑把に分けてこのくらい。まだ他にも細かくあるらしいが、私はあまり把握していない。
王族が開く夜会は参加したことがないので知らないが、魔法使い達が開く夜会はとても賑やかで人が多く集まるものが多い。人が多く集まれば、自ずと伴侶探しも白熱する。
さらにこの世界は、日本とは違い身分がはっきりと分かれている。
王族の次に身分が高いのは魔法使いや魔女、そして魔力持ち貴族、魔力無し貴族、平民と続く。王族以外はとにかく魔力が全てなのだ。
魔力持ち貴族はその魔力が潰えないように、魔力無し貴族は魔力を得るために、そんな野望を背負い、皆魔法使い達が開く夜会にこぞって参加したがる。
そしてそれは私に対して舞い込む縁談が多い事にも繋がっている。
私に魔力が無ければそれほど多くはなかっただろうに、微量ながら魔力を持って生まれてきてしまったから魔力を残したい貴族やどうしても魔力が欲しい貴族から目を付けられているわけだ。うっかりにもほどがある。
魔力の遺伝メカニズムなんてものは立証されていないのだが、やはり魔力のあるもの同士が子を成せばその子は魔力を受け継ぎやすいし、片親だけでも魔力を持っていれば次代に魔力を持った子が生まれやすい。私のように両親共に魔力を持っていないはずなのに突発的に魔力を持って生まれてくる存在も居るには居るが、極稀なことだという。
要するに私の見た目や性格なんか関係無く、ただただ私の持った微量な魔力が縁談を引き寄せているということだ。腹立たしいことに。
伯爵家というそこそこの爵位とちょっとした魔力が恨めしい。
「……はぁ、行かなければならないのよね?」
小さく溜め息を零しながら、ちらりとジューダの表情を伺えば、彼女はやはり先程のように口角を上げて私をじっと見据えている。
解ったわよ、行けば良いんでしょ行けば! と、私は早々にギブアップした。
「それでは決まりね。大丈夫よ、私がずっと側に居てあげるから」
うふふ、なんて楽しそうに笑うジューダの様子を見ていると、嫌な予感しか感じない。何がどう大丈夫なのか具体的に説明が欲しいくらいだ。
頭を抱える私をよそに、ジューダはとても楽しそうに鼻歌を歌いながら食器を片付け始める。そんなジューダを観察していたところ、彼女は手近にあったキャンディーをなんとも素早い動きで口に放り込んでいた。
あぁ、今日の夜会、胃痛が酷くなったため病欠ということにはならないかしら……。
その日は夜会に出席するため、お店を早く閉めた。
夜会用のドレスなんてあったかしら、そう呟いた私に、ジューダは可愛らしいドレスを差し出してくれた。
「ジューダ、このドレスはどうしたの?」
「あなたのお母様からよ。今夜クレセを夜会に連れて行くとお手紙を送ったらお返事と一緒にそれが付いて来たの」
この世界で言う手紙というのは、もちろん紙に直筆で文字を書くのだが、届くスピードは日本で言うところのメールのようなもの。理屈や原理は解らないが、魔法とはそういうものなのである。
送ろうと思えば今すぐ送れるし、物だって簡単に送れるのだ。ちなみに私の微量な魔力でもそれは出来る。
しかし母よ、いつのまにドレスなんか準備していたのですか? 私は空に向かって問い掛けた。もちろん母にその問いは届かない。
「……ありがとう、ジューダ」
「どういたしまして。ドレスは私が着せてあげるから少し待っていてね」
「ええ、重ね重ねありがとう」
身分だけで言えば、微量な魔力を持っているとは言え魔力無し伯爵の娘である私よりも、魔女であるジューダの方が高いのだが、彼女はいつもこうして私の世話を焼いてくれる。
一度それで良いのかと尋ねた事があるのだが、彼女は元々妹が欲しかったからこれで良いのよと優しくにこやかに言った。だから、私は完全にジューダに甘えきってしまっている。
結婚なんてせずに、このままずっとジューダと一緒に過せたら良いのにと何度も思った。しかしそれではジューダに迷惑を掛けてしまう。
それに、両親は私の嫁ぎ先に異様な期待を寄せている。ほんの少しだとしても魔力を持っているわけだから、良い相手と結婚するのだろう、と。
例のトラウマのせいで、裏切られる事に対して酷く怯えてしまう私だから親の期待を裏切ることは出来ないのだ。その結果、結婚しないという選択肢を選ぶ事は出来ない。
「……ジューダが魔女ではなく魔法使いだったら良かったのに」
ぼんやりしていた私がそう零すと、出かける準備をしていたジューダが手を止めて目を丸くした。しかしそれはほんの一瞬のことで、彼女はすぐに笑顔を作って言う。
「あら、私が男だったら、その"前世の彼"を忘れて私と結婚してくれるのかしら?」
私はジューダの言葉をすぐに理解する事が出来なかった。
「……忘れるも何も、夢で見てしまうのだから、」
「忘れられないから夢に見てしまうのではないの? あなたは辛い過去として覚えていると言ったけれど、それは本当?」
ジューダの金色の瞳がキラリと光った。その瞳にじっと見詰められると、私は身じろぎも出来なくなってしまう。
「どういう……意味……?」
彼との記憶はトラウマであり、出来る事なら忘れたい過去だ。しかしどうしても夢に見てしまう、ただそれだけ。それだけであってほしい。
「そうね、違うわね。あなたは彼のことを忘れたくないから記憶に縋りつくように夢で見ているのではないのかしら。あなたは、今も彼のことが、」
「やめて!」
前世で振られたことなんて、いつまでも覚えていたくない、出来れば忘れてしまいたい過去だ。そしてそれは私の胸を深く抉るもので、そんな思い出など、いつまでも持っていたくない。
……そう思っていないと、私の心は耐えられないのだ。
だって、どんなに懐かしんだところで、彼と出会ったのは前世であり、もう二度と会うことは出来ないのだから。一目見る事だって叶わないのだから。
「忘れてしまいたいのは本当よ……。でも、忘れてしまったらと思うと怖い。きっとジューダの思っている通りで間違いないわ。」
私は、きっと今も陽志のことが好きだ。