魔法の砂時計
私とジューダは、この店舗兼住宅に住み込んで雑貨を売って生活している。
ジューダの作る魔法雑貨は便利で可愛くて人気があるのだ。
何を隠そう私も元々はジューダの作る魔法雑貨のファンだった。
ジューダと出会った頃はまだ私が筋金入りのお嬢様だったころだし、私は彼女が新商品を出せば片っ端から買っていくという……まぁ若干度の過ぎるファンであった。日本風に言えば軽いストーカーのようなものである。
この店に通って通って通いつめて、いつだったかジューダから声を掛けてくれたのが仲良くなるきっかけだった。
前世の記憶を取り戻してからお嬢様生活に嫌気が差した時、私は一番にジューダに弟子入りさせて欲しいと頼んだ。
そして彼女はあっさりとそれを受け入れてくれた。
それが二人の共同生活の始まりだ。
ジューダに前世の記憶の話を聞いてもらった時、こっちには無くて前世にはあった物の話になったことがある。
私が思い出して教えたのは携帯電話や電車、ジェットコースター等だった。恐らく夢で見ていた彼と行った遊園地が強く印象に残っていたのだろう。
しかし悲しいかな私の知識と語彙力では、電車が走る原理もジェットコースターの楽しさも彼女には半分も伝えられなかった。
その後、説明が簡単で素敵な物を考えた時に浮かんだのは砂時計だった。というか、彼に初めて貰ったプレゼントが綺麗な砂時計だったから覚えていただけなのだけど。
この世界で一般的に出回っている時計は日本のように精巧ではなく、結構大雑把だ。アナログ時計しかない上に秒針が付いているものなどほとんどない。何と言うか、大昔の日時計に近いものを感じる程度には大雑把なのだ。
それに気が付いた私は、すぐさまジューダに砂時計の素晴らしさを伝えた。説明出来ない部分は絵を描いてでも説明した。
説明が限界に来たとき、ジューダは試しに作ってみることを進言した。
ジューダの魔法の得意分野の一つにガラス細工があったし、私の微量な魔力でも色つきの砂くらいなら作れたので、作ろうと思えばすぐにでも作れたのだ。
実家に戻ればどこかの有能な魔法使いが作ったという割と精巧で秒針の付いた時計があったので、私はそれを見ながら試行錯誤して砂時計を作った。
「これが時計?」
出来上がった砂時計を見せると、ジューダはそれを凝視しながら不思議そうに首を傾げた。
「砂が入ってないほうを下にして……そうすると砂が流れていくでしょう? この砂が全て落ちてしまうまでに掛かる時間が丁度3分なのよ」
実演して見せれば、ジューダは興味深そうに砂時計を見詰めている。
「ふぅん、それで3分を計るのね」
3分なんて、そんなに細かく計る必要はあるかしら? なんて事も言っていたが、ジューダはそれを作って店に置こうと言ってくれた。
どうやら彼女は3分が計れるという部分ではなく、砂時計自体のフォルムと砂の流れる様が綺麗だったことに興味を引かれたらしい。
3分計れたらカップ麺食べる時とか便利なのに。……まぁ、この世界にカップ麺なんてものは無いのだけれど。
店に砂時計を置き始めてから約一月程経った頃、それが徐々に売れ始めた。
単色では面白くないから色を混ぜてみてはどうかしら? というジューダのアドバイスを聞いて実行し始めた頃だ。
たった一言のアドバイスで売れ行きがよくなるのだから、やはりジューダのセンスは素晴らしい。
砂の色にタイトルやイメージを乗せたらどうかしら? というアドバイスを聞いて早速実行すると、砂時計の評判は瞬く間に広がっていった。
二言目のアドバイスで評判までもよくなるのだから、やはりジューダのセンスこそ最上級の素晴らしさなのだ。
しかしそのあたりで私は気付いた。完全に時間を計る事よりデザインを重視されていることに。
これはもう時間を計るものではない。綺麗なガラス細工の中を滑り落ちていく綺麗な砂を見るためだけの置物だ。
別に、ジューダが気に入ってくれているようだし、売れ行きも悪くないので文句は言わないけれど。
いくつか作ってみた中でも売れ行きが良かったのは、快晴、夕焼け、月夜などの空をモチーフにした物だった。
空を瓶詰めにしたようで綺麗だと女性に大人気となったのだ。もちろん彼女達の中に時間を計ろうとして砂時計を買った者は居なかった。ガラス細工と、その中を流れる色つきの砂さえ綺麗ならそれでいい。この世界には3分を計る機会など皆無なのだから仕方ない。
お店にやってきた男性に、これを女性にプレゼントしたら喜ばれますよとアドバイスをしたところ、男性の中でも秘かなブームとなっていた。もちろん彼等も……言わずもがなである。
そんな砂時計の評判がいつの間にやら王家の方々の耳にも入るようになっていたとは、思ってもみなかった。高位貴族でもなく、高位魔導師でもない私達が王家の方々に仕事を依頼されるなんて、とんでもない快挙なのだ。
しかし依頼を受けたはずのジューダはと言うと、飄々とした雰囲気を醸し出しながらこんもりと砂糖を入れたホットミルクを飲んでいる。ミルクの味を想像しただけで喉の奥が甘くなってきた。
「なんでも来月10歳になるお姫様が砂時計を欲しがっているそうなの。彼女は"虹雨"をご所望のようだけど、砂のほうはどのくらいで作れるかしら?」
ジューダは何を思ったのか、ホットミルクにもジャムを溶かしながら私に微笑みかけている。
もうやめてジューダ、飲んでいないはずの私が胃もたれを感じているの。ついでに歯も痛いの。
「"虹雨"ならすぐに出来るわ」
お姫様がご所望だという"虹雨"は、空模様シリーズの中の一つで、少し凝ったものだった。
最初は雨空のようなどんよりとした色なのだけど、下に落ちた砂は虹色に変わるという物。色が変わる仕組みはもちろん魔法を使っているので中で色が混ざってしまうことはない。
しかし10歳のお姫様が"虹雨"を欲しがるとは、中々渋いチョイスである。
「すぐに出来るというのなら、この依頼は受けましょうね」
ふふ、と妖しく微笑むジューダは、本物の御伽噺に出てくる魔女のようだった。お姫様に毒林檎を盛ろうとするあの恐ろしい魔女……
「あら、クレセ? あなた今良からぬ事を考えなかった?」
「いえ、全然何も」
ぶんぶんと首を横に振りながら、私は残っていたパンを口の中に放り投げた。ちなみに私の食べていたパンは、ただこんがり焼いただけのものだ。何故ならジューダの食事風景を見ていただけで胃痛を催したし、そもそもあれほどジャムを塗りたくるものだから、部屋中ジャムの香りが充満しているのだ。その中でジャムを塗るなんて、私にはちょっとハードルが高すぎる。
「良からぬ事を考えた罰として、今夜私と一緒に夜会に出席しなさいな」
ジューダはやけに楽しそうに笑いながら言った。
それを聞いた私は、あからさまに顔が歪んでしまう。苦手なのだ、夜会というものが。
華やかな雰囲気の中、美味しい食事を口にするのは好きだが、夜会とはそれだけではない。
若い男女が夜会で行うものの一つに、将来の伴侶探しというものがある。私はそれに、ほとほとうんざりしていた。