学園の中心で「邪魔しないでよ!」と叫ばれた少女
「私の邪魔しないでよ、モブのくせに!」
下校時間、校門へ向かう途中にそんな言葉をぶつけられる。
私の前に立ちはだかり、敵意をこめた視線をこちらに向けているのは一人の女子生徒だ。
可愛い容姿の子だと思うが、見覚えはない。たしか最近転校生がきたとか噂になっていたと思うが、その子だろうか。
そこまで考えても、敵意を向けられるような覚えはない。邪魔した記憶なんてないし、そもそもモブって何のことだろう。
「あんたさえいなければ、高志君も洋介君も裕也君も――」
彼女が叫んだ男の名前には覚えがあった。3人とも、私が最近友達になった人達だ。
あくまで推測にすぎないが、彼女はその3人と仲良くなりたかったが、私にそれを邪魔されたと感じている、ということだろうか。
……まったく邪魔した記憶はない。そもそも彼女とは初対面だ。
私と3人の男友達との関わり合いの中に何かあったのかと考え、思い出してみることにする。
○
高志君との出会いは、たしか転校生が来るという噂が流れ出した頃だったはずだ。
昼休みに中庭を散歩していたところ、何やら呆然とした様子で佇んでいる彼を見つけて、心配になり声をかけたのだ。
「あの、どうかされましたか? ……ええと、生徒会長さん」
その頃はまだ知り合いではないため、彼の役職名しか覚えていなかった。まあ生徒会長の名前くらい覚えておけと言われそうだが、そのときは知らなかったのだから仕方ない。
「あ、いえ、何でもないのです。心配していただき、ありがとうございます」
そう言って微笑む彼。しかし、すぐにまた悩んでいる様子が表情に浮かぶ。
「……僕のこういう笑顔って、嘘くさいのでしょうか?」
独り言か質問か判断しかねる小さな声だったが、周りが静かだったためはっきりと私の耳に届いた。
彼自身、声に出すつもりはなかったのか、ハッとした様子で慌てて「い、今のは忘れてください」と言ってきた。
聞いていないふりしてほっておくのが良かったかもしれないが、私は思ったままの感想を述べていた。
「別に嘘くさい笑顔でもいいんじゃないですか? 人付き合いには作り笑いも大切ですし」
彼は予想外なものを見るような目で、こちらを見ていた。
「会長の笑顔、別に見ていて不快になるようなとこないですし、問題ないと思いますよ」
「でもそれでは、相手に嘘をついているということになるのでは……」
どうやらそれが彼の悩みらしい。忘れてくれといったわりに話にくいついてきた。
「嘘も方便と言いますよ。第一、作り笑いくらい誰でもするでしょう。逆にできなければ社会に出てから苦労するそうですよ」
父親がよく鏡の前で笑顔の練習をしているので理由を聞いたら「笑顔は苦手なんだが、作り笑いのひとつもできなきゃ社会人は勤まらんのだよ」と言っていた。
私自身作り笑いは苦手だが、時々相手の会話に合わせて微笑むだけでもクラスメートとの会話は大分スムーズになるものだ。
「……僕はずっと、微笑んでいるように心がけて生きてきました。ですがそのせいか、本当の笑顔というものが分からないのです」
本当の笑顔が分からない、それが彼の悩みの大元らしい。
「先ほど、あなたの笑顔が嘘くさいと言われて、僕は反論できませんでした。本当の笑顔というものを意識しても、どんな顔をすればいいのか分からないのです」
「こんな顔?」
私は弟を泣き止ませるために良くやる、思いっきり変な顔を披露してみた。
それを見た生徒会長は一瞬の間のあと、むせ返るほど笑い出した。
「あっ、はっはっは! な、なんですかその顔!」
「女の子の顔を見て笑い転げるなんて失礼ですよー」
そう言いながら私は、変な顔のままで彼ににじり寄ってみる。
「ちょ、こっち見ないで、近づかないでくださ、くっ、あっはっは!」
よほどツボにはまったのか、彼の笑いはしばらく止まらなかった。
自分でやったこととはいえ、さすがにむかついたので軽く小突いてやりました。
その後お互いに自己紹介を終えて、私達は友達となった。
そのことを知った生徒会長親衛隊とやらに「どうやって高志様とあんなに仲良くなったの!?」と聞かれたので素直に「変顔したら友達になれたよ」と伝えた。
後日「たくさんの女の子達が変な顔で追いかけてきたんですけどあなたの仕業と聞きました」と高志君に怒られました。
これは転校生(仮)と関係ないと思う。
○
洋介君との出会いは、生徒会長と会った後の教室。昼休み後がもうすぐ終わるくらいの時間だったはずだ。
数日前の席替えで隣の席になったのだが、あまり会話することはなかった。
いつも教室の隅で一人で携帯ゲーム機で遊んでいたり、机にうつ伏せて寝ていたりするので接点がない。
私はあまりゲームはしないため、話しかけたところで話題が続かないだろうなーと思っていたのだが、その日彼がプレイしていたゲームの音楽には覚えがあった。
「そのゲームってもしかして、ポケットロボット?」
突然声を掛けられて驚いたのか、洋介君はぎょっとした目でこちらを見ていた。
普段は前髪で顔が隠れがちな上に俯いていることがほとんどのため表情が分からないのだが、隣に座っている距離で視線を向けられればさすがに顔は見える。
「あ……な……知って……?」
声がすごく小さくて聞き取りづらいが、会話の流れから「なんで知ってるの?」と言っているらしいと推測した。
「弟が遊んでて、よく見せてくるの。大人でも熱中できるくらい奥が深いんだっけ?」
彼は声を出すのが苦手なのか、首を縦に振って肯定の意を伝えてきた。
どうやら人見知りするタイプで、一人で遊んだりして過ごすのが好きな様子だ。
「……だめじゃ……な……?」
「駄目って、何が?」
聞き取りづらいが注意深く聞きながら話を続けると、どうやら「高校生にもなってゲームや漫画などの空想に閉じこもるのは駄目ではないか」と尋ねたいらしい。
「んー、別に人それぞれじゃない? 社会人でもゲーム大好きな人とかいるし、そもそもゲームや物語を作る人達は大人になってからでも空想の世界が好きな人達だろうし」
社会人になった姉も、ゲームはよく遊んでいる。「大人がゲームなんて、って言う人もいるけどさ。そんなの気にしても仕方ないわよ。自分の好きなものくらい自分で決めればいいのよ」と前に話していた。
婚期逃すよ? と言ってみたが、どうやらゲーム好きな男性と結婚を前提に付き合っているそうな。
だから、ゲームや漫画が好きなのはだめ、なんてことはないのだろう。
まあ閉じこもりすぎているのもどうかと思うが、他人が無理やりどうこうすることでもないだろう。
「あ、そういえばそのゲームなんだけど、弟に質問されてさ。伝説のパーツがとかなんとか……何か知らない?」
ちなみにゲーム好きの姉は彼氏と同棲中のため、弟のゲームに関する質問は全部こっちに回ってきて、詳しくない私は地味に苦労していたりする。
「それ……たぶ……こうすれば……」
言葉で質問するのが難しかったのか、洋介君はメモに情報を書いてくれた。
すごく子供に分かりやすい説明文で、このまま渡せば問題なさそうだった。
「ありがとう、助かるよ。また何かあったらお願いできるかな?」
「う……ん」
その後も、席が隣ということもあり少しずつ会話するようになった。
ある日身だしなみを整えてきた彼はすごい美形だと騒がれていたが、これも転校生(仮)とは関係ないだろう。彼女とは別のクラスだし。
○
裕也君はその日の放課後、体育館裏で喧嘩しているのを見つけたのが出会いだった。
「あ? んだてめえ、見せもんじゃねえぞ……」
いきなり喧嘩腰で睨まれたが、私はひとまず鞄から絆創膏を取り出していた。
「手のところ怪我してるでしょ。これ張っておいたほうがいいよ」
喧嘩相手の方も手当てしたほうが良さそうだったが、悲鳴を上げながら逃げていったためできなかった。まあ放っておいていいだろう。
「こんなもん、放っとけば治る」
「絆創膏で隠しとけば、先生に何か言われても料理してて怪我したとでも言い逃れできるでしょ?」
大して怪我をしているわけでもないのに絆創膏を勧めたのは、傷口を隠しておけば喧嘩してできたものであることを誤魔化せそうだったからだ。
顔などを怪我していたらさすがに誤魔化せないが、どうやら殴ってできた傷以外は無傷の様子だった。
「……普通の女は、喧嘩しちゃだめとか言いそうなもんだがな」
「リンチとか弱いものいじめなら咎めるけど、今のタイマンだったし。喧嘩の理由も知らないのに駄目も何もないでしょう」
母親は学生時代に喧嘩をよくしていたそうだが、大抵の場合はいじめられている側を助けたり、筋の通らない輩を倒して回っていたらしい。
母曰く「喧嘩の理由なんて人それぞれ。だからただ喧嘩を止めるんじゃなくて、できればお互いの理由を聞いてあげないとね」とのことだ。
今回は聞き出そうにも相手が逃げ出してしまったし、無理に深入りする程の関係もないから別にいいだろう。
「はっ。変わった女だな、おまえ」
「女じゃなくて、杉野宮子よ」
「変わった、のとこは否定しないんだな」
「私が変わっているとあなたが感じても、私は私ってことに変わりはないしね」
その後裕也君の名前を聞いて、軽く話してから別れて下校した。
裕也君とはあまり話す機会はないが、すれ違う時に挨拶するくらいはする。
これも転校生(仮)とは関係ない……よね?
○
「主人公は私なのよ! モブは引っ込んでなさいよ!」
転校生(仮)はヒステリックな感じで訳がわからないことを叫んでいる。
「主人公? 何のさ。あとモブっていうのが何のことか分かんないんだけど」
「……モブというのは、映画のエキストラとか、名前のない脇役のこと」
いつの間にか隣にいた洋介君が説明してくれる。
下校時間ということもあり、校門への道中は人がたくさんいる。その人ごみに紛れて近づいてきたらしい。
そんな人の多い場所で騒いでいる人物がいれば嫌でも目立つ。周囲には野次馬な生徒達が集まっていた。
「よ、洋介君……」
「……あんたに、名前、呼ばれたくない」
転校生(仮)の声に、不快感を露にして洋介君が冷たく突き放すような返答をする。
「洋介君! なんでそんなこと言うのよ!」
「てめえが裏でこそこそしてやがったこと、全部知ったからだよ」
今度は裕也君が傍に立っていた。いつも以上に険しい顔で、転校生(仮)を睨みつけている。
「宮子はものともしねえ……てか気づいていねえみたいだがよ、ずいぶんヤンチャしてくれたじゃねえか、ああ?」
「な、何を言ってるのよ裕也君! 私が何をしたって――」
「証拠は全て揃っているのですよ、主人公さん?」
狼狽した様子の転校生(仮)に、高志君が生徒の輪の中から進み出てくる。
まるでモーゼの十戒で海を割るように生徒達が道を開ける中、彼は微笑みながら、怒っていた。
ちなみに「主人公さん?」と言う時は主人公(笑)さんと聞こえそうな、嘲笑するような発音だった。
「ネットの裏掲示板での誹謗中傷に留まらず、不良を焚きつけて宮子さんを襲わせたり、他にも色々と……よくもまあここまで犯罪に手馴れているものですね。これが初犯ではなさそうですね?」
「不良に襲わせて……? ああ、もしかしてこの前の町でのあれのこと?」
買い物に出かけていたら突然強引なナンパをされて、断ったら暴力を振るってきたので返り討ちにしたことがあった。
その後も何度か襲われたが、母仕込の喧嘩術で撃退していたら、いつの間にか来なくなったのだが。
「あの屑共は俺が潰しといた。まあ宮子なら手助けなんていらなかっただろうがな」
「……ネットの方は、僕が片付けた。ざまあ」
「学園の女子グループに関しては、私が手を回させていただきました。宮子さんを良く思われている方も大勢いらっしゃって、あまり手間はかかりませんでしたがね」
何やら私の知らないところで色々とあったらしいが、詳しく聞いてもお互い良い気分になれる内容ではなさそうだ。
転校生(仮)さんは何やらひどく取り乱した様子だったが、やがて私への敵意がもはや殺意になりそうな程に目をぎらぎらさせて睨んできた。
「なによ、なんなのよあなた! モブのくせに、道端の石のくせに……!」
「モブというのは、名前のない端役のことでしたっけ」
いい加減うっとおしくなってきたので、私は無理やり割り込むように話し始める。
「私の名前は杉野宮子。主役でも脇役でもなんでもないけど、名前はあるわ」
「うるさい! あんたの名前なんてどうでもいいわよ! これは、私が主役の恋愛ゲームなの! あなたは引っ込んでなさい!」
恋愛ゲーム。確かに彼女はそう言った。ゲームには相変わらず詳しくないが、洋介君からそれとなく聞いた話を思い出す。
主に主人公が、魅力的な異性達との交流や恋愛を楽しむ類のゲームだと。
彼女の発言、恋愛ゲームの構造、これらから彼女の思考を推測していく。
「要するにあなたは、高志君や洋介君、裕也君と、恋愛ゲームのような日々を過ごしたいということかしら」
「ような、じゃなくてそうなのよ! わたしが、わたしが主人公で――」
「ふっざけんじゃないわよ!」
まだ何か喚く彼女の言葉を大声で吹き飛ばす。
「みんな、あなたの思い通りになる人形なんかじゃない! 色々なこと悩みながら、自分の人生を生きてるの!
高志君、洋介君、裕也君も、私も、あなたに唆されたという不良や女の子達も、みんな自分の気持ちがある!
それを無視して、自分の思い通りにいかないからって泣き叫んで、あんたガキ以下よ!」
「うるっさあああい!」
激昂した様子で懐からナイフを取り出す女。
野次馬達は騒然となり、裕也君達が私を庇おうと走りよってくるが、それよりも女の動きの方が早かった。
「わたしが、わたしが主人公なのよおお!」
まっすぐに走りよってくる、狂気に染まった女。
ナイフは脅威だったが動きは素人そのものだった。まずは腕を掴みナイフの軌道を逸らせて、そのまま足払いして重心を崩させる。
背負い投げと呼ばれる、有名な型だった。
「いっぺん死んで、やり直して来い!」
思い切り地面に叩き付ける。ただし頭はぶつけないように支えたまま。
さすがに本気で殺すつもりはないが、そのまま絞め落として気絶させた。
○
目撃者多数ということもあり、彼女は銃刀法違反と殺人未遂の現行犯で逮捕された。
皆が集めたという犯罪の証拠と合わせて、彼女は罰を受けることになるだろう。未成年ということで、軽いかもしれないがどうでもいい。
また襲ってきたのなら、返り討ちにするだけだ。
「宮子さん、おはようございます」
「……おはよ、う」
「おう、調子どうだよ」
高志君、洋介君、裕也君との仲も続いている。
それと、学園の中で私自身が噂になっているようだ。
どうやら転校生(仮)は様々な所で被害を出していたらしく、被害者達から退治してくれたことを感謝された。
被害者でなくとも、校門前での騒動を見ていた人達の中には刃物を持った相手に物怖じせず立ち向かったことに関心を抱いたとかなんとか。
危ないことをするな、と忠告する人もいたが、あの場面ではああするしかなかったことも理解しているようで、特に処罰などはされていない。
ともあれ、色々な人から声を掛けられるようになった。今も校門を通りながら、皆からの挨拶に返事して回っている。
「みんな、おはよう」
桜も散り、夏の気配が近づいてきた今日この頃。
今日も私は、主役でも脇役でも端役でもない、私の人生を生きている。
思いつきで書いてみました。続かないです。
逆ハーヒロイン物を良く読んでて、なんとなく浮かんだ話を書いてたらこうなってました。