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ヘンゼルと悪い魔女  作者: 銀ねも
第四章「醜い争い」
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近づく足音

「ルシカンテ!」


 扉を乱暴に開いて、王様が駆けこんで来た。ルシカンテを抱き起こす。王様は、憤怒の形相でアイノネを睨みつけた。


「……何をした」

「姉妹の感動の再会を少々」


 アイノネは、綺麗な内地の言葉で、淡々とかえした。王様が勃然とする。


「戯言を弄すな! 言え、ルシカンテに何をしたのだ!」

「妹には、お優しくていらっしゃるのね。怒鳴らないでくださいまし。怖い、怖い」


 アイノネの声は、冷笑を含み、歪んでいた。ルシカンテは、当惑した。ルシカンテの知っているアイノネと、別人になってしまったみたいだ。アイノネは、氷の棘をつけた薔薇のように優雅で、殺気だっている。こんなアイノネは、見た事がない。しかし、既視感が拭えないのは、何故だろう。

 アイノネは、王様に背を向けた。拗ねた口調で言う。


「先に、私に仰ることは、御座いませんの? 私は、文字通り身を削り、陛下にお仕えしておりますのに、拝顔の栄に浴することすら、お許し頂けない。いったい、どのような深い訳があってのことなのかしら」

「くだらぬ問答に裂く時間が惜しい。答えよ」


 ルシカンテは、苦しい息の中で、目玉を動かした。振り返ったアイノネは、品よく、微笑んでいる。王様とルシカンテを見つめる双眸は、尖った氷を含んで、冷ややかだった。

 

「私は、何もしておりません。とんでもないことをなさったのは、陛下ですわ。とんでもないものを、招き入れて下さいました」


 王様は、ルシカンテの矮駆をしっかりと抱きしめた。強い意思をもつ眼差しが、アイノネを射抜く。


「この娘は、余の妹だ。今度こそ、守りぬいてみせる。人喰いどもにも……お前にも、指一本触れさせぬ」


 アイノネが肩を竦める。手に負えない駄々っ子を持て余すみたいに、苦笑いした。


「残念ですが、もう手遅れのようですわ。復讐鬼の牙が、我が妹の心の臓へ、深深と突き刺さっておりますもの」


 アイノネが謎かけのように言う。王様は、胡乱気に眉を顰めた。ちょうとその時、ドアが控えめにノックされた。ドアの外から、先ほどの紳士が王様に声をかける。


「失礼いたします。使徒座十二席より来た旅人が、陛下に謁見したいと申しております。ルシカンテ様のご病気を治せるのは、自分たちしかいない。そのようにお伝えすれば、おわかりになるだろう、とのことなのですが……如何いたします」


(病気? おらは、病気だったのけ?) 


 王様は、虚をつかれたように唇を薄く開いた。ややあって、摺り足で歩くように、そっと紳士に訊いた。


「その者の名は」

「ヘンゼル・バイスシタインと、その供のものたちです」


(ヘンゼルとグレーテル!)


 どうして来たのだ。王様は、ヘンゼルのことを、恨んでいる。来てはいけないのに。

きっと、ルシカンテの為に、来たのだ。ルシカンテの病気を知って、危険を冒して来てくれた。

 これも、アイノネの「死」への贖罪なのかもしれない。それでも、嬉しいし、憎らしい。

 ルシカンテは、王様の胸元をつかみ、上体を起こした。胸は、張り裂けんばかりに痛んだが、頓着していられない。喘ぐように息を吸い込んで、可能な限り声を張った。


「ヘンゼルは、悪くない! アイノネが襲われたのは、不幸なことですが、ヘンゼルのせいじゃない!」


王様が驚いて瞠目した。


「知っているのか、彼を」

「ヘンゼルは、おらば色々と助けてくれたんです! ヘンゼルから、血の惨劇のことも、聞きました! こどもだったヘンゼルが、父親ば見つけて、駆けよったのは、しょうがないことです! お願いですから、ヘンゼルさも、グレーテルさも、ひどいことしないで……っ!」


 呼吸がままならない。ルシカンテは、体を折り、咳き込んだ。咳き込むたびに、ルシカンテを支える杭が、抜けていくようだ。体ががたつく。王様は、ルシカンテの背を撫でた。


「逃げたのだ」


王様は、食いしばった歯の間から、怨嗟の呻きを漏らした。


「バイスシタイン兵士長は、まだ息のあったアイノネを見捨てて、逃げたのだ。こどもを庇っては戦えぬ。我が子を生かす為に、アイノネを見殺しにした。私情によって、使命を擲った」


ルシカンテは、悲しくなった。王様も、ヘンゼルの父親も、大事な家族を一番に守りたかっただけだ。それは、責められるべきではないだろう。それぞれの想いがうまく噛みあわなかったことが、悲劇だった。

だけど、アイノネはこうして生きている。王様がアイノネを受け入れてくれれば、王様は恨みの楔から解き放たれるだろうに。彼はもう十一年もの間、誰のことも許していないのだ。

王様は、ルシカンテの背を撫でさすり続けている。王様が、平手で頬を張るような一瞥を、超然としているアイノネに投げかけた。


「お前は『母なる海』の始末をしくじった。万死に値する大失態だ。どう挽回する」


 アイノネは、手首を捻り、手の甲で口元を隠して含み笑った。


「さしあたり、バイスシタイン兄妹に、お越し願っては如何でしょう? 子ウサギのようにか弱い坊やが、どのよう化けているか。楽しみでは御座いませんこと? それに……母なる海が、どのような変容を遂げているのか、も。『人智』を手に入れたようですが……ふふふ。あの母なる海も、今となっては、小さな銀蝋の水たまり。私にお任せ頂けましたら、今度こそ、平らげてご覧にいれます」


 アイノネは、腰を大きく左右に振る蠱惑的な歩き方で、王様に近づいた。海から上がった人魚のように、銀蝋を引きずっている。

白銀のドレスは、水のように、アイノネの体を構成する流麗な曲線を浮き立たせた。王様は、ルシカンテの汗ばんだ額を撫で、はき捨てるように言った。


「ルシカンテの助命が最優先だ。お前にどうとも出来ぬ場合は……彼らの要求次第で、お前に消えて貰わねばならぬやもしれぬ」


 アイノネの艶笑に、小さな亀裂がはしったようだった。笑みの形はそのままに、銀色の双眸が、祓い火のように燃え上がる。


「それが、一度は愛した女への仕打ちですの?」

「抜かせ、化け物め」


王様の言葉は、にべもなかった。ルシカンテは、首を巡らせて、アイノネを見やった。

王様は、アイノネが人間だった頃と同じように振舞うことすら、きっと許さないのだ。アイノネの真似をするなと、怒るのだろう。アイノネは、きっと傷ついている。こんなことが、ずっと続いてきたから、アイノネはこのように、別人のような態度で虚勢をはるのだ。

 慰めてあげたかった。しかし、言葉どころか、呼吸すらままない状態で、それは叶わない。ルシカンテは、瞼を閉じて呼吸に集中した。


(ヘンゼルとグレーテルが来る。どうしよう。どうやって、二人ば守ればいい?)


 ルシカンテは、震える息を吐いた。息が、少し楽になっている。ヘンゼルとグレーテルが、近づいて来ているのだろうと思った。


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