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ヘンゼルと悪い魔女  作者: 銀ねも
第一章「留まってはいられない」
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おかしな訪問者2

 へっ? と間の抜けた声を出したのは兄だろう。やがて、指の長い白い手が、おそるおそる巾着を掴んで死角に消えた。しばらく、巾着の中身をじゃらじゃらさせている兄に、妹が不思議そうに語尾を跳ね上げて尋ねる。


「お兄ちゃん、こわいお顔。どうしたの、お金、減ってた? とられた?」

「いや。ホボノノは通貨をつかわない。物々交換が精々。その程度の文明だ。……そうだった。心配して損した」


 親切にしてあげたのに、おかしい。失敬なことを言われている気がする。妹との会話の端々からにおっていたけれど、どうも線がつんけんした男性らしい。

 ルシカンテが咎める声を上げると、兄はわざとらしく狼狽してみせて、妹を叱った。


「こら! お前って子は! 命の恩人に、なんて失礼なことを言うんだ! このお方に謝りなさい」


「あんたも十分、失礼だよ」と教えてあげたら、良いのだろうか。それとも、兄の威厳とかそういう問題が絡んでくるだろうから、そっとしておいた方が良いのだろうか。そんなことで悩んでいると、妹が、心外そうに声を上げた。


「『ひとを見たら泥棒と思え』って、お兄ちゃんいっつも言ってるじゃない。あっ、蛮族さん、ひとじゃないの? 獣と一緒だから?」


 謝られている筈なのに、さらに失礼なことを言われてしまった。兄は、妹を何らかの方法で黙らせると、目を三角にするルシカンテの機嫌をとろうとした。


「すみませんね、この子は物の道理を知りません。私の不徳の致すところです、お恥ずかしい限りだ。はっはっは……」


 笑って誤魔化し、話題をかえる。


「それにしても、いやいや、助かりました。ご親切なホボノノ族のお方。ありがとうございます。このご恩は寝ても醒めても、決して忘れません」

「そうよ。お兄ちゃんの座右の銘は『恩は水に流して、恨みは石に刻む』だもん。ありがとう、お金もつかえない未開の地のバンゾクさん!」

「はっはっは。べらべらべらべら、余計なことばっかり喋りやがってよぉ、このクソガキめ。馬車に戻っていなさい。それとも、お口を縫い付けられたいのかい? 荷車から針と糸を持っておいで、ほら、はやく!」

「お兄ちゃん、怖い! いやー!」


 きゃっきゃっとはしゃぐ妹の声を、おいかけた兄の言葉が不自然に詰まる。呼気が細り震えたかと思うと


「へっくしゅん!」


 大きなくしゃみをした。妹が呆れ声を出す。


「もう、お兄ちゃんったら。泥んこ遊びなんかするから、風邪をひくのよ。外套がびしょびしょじゃないの」

「お前にやらせればよかった。お前なら風邪なんかひかねぇよ。バカは風邪引かないって言うものな」


 兄が鼻を啜って唸っている。ルシカンテは、ぽつぽつと合羽をうつ雨音に気がついた。

 いつの間にか、本格的に雨がふりだしていた。春とはいえ、夜には霜がはしる。びしょびしょになるような、撥水しない外套を着ているなんて、大変危ないことだ。油を塗り忘れたのだろうか、それとも剥がれてしまったのだろうか。いずれにせよ、このまま野宿なんかしたら、翌日には、体が霜で張びっしりと覆われている。

 ルシカンテは、羽織っていた丸合羽を脱いだ。油をよく含んだ頭髪は、ある程度なら雨水を弾く。手早くに丸合羽を畳むと、柵の隙間にねじ込んだ。


「これ、水ば弾きます。使ってくだせぇ」


 兄は、ルシカンテが突拍子もないことを言いだしたと、思ったらしかった。一拍送れて、兄はひっくりかえった声で言った。


「そんな、そんな! お気遣いなく。もう十分によくして頂きましたから、これ以上はもう」

「でも、行商さん、あんたの外套、水ば弾かねぇんだべ? そのままでいたら、霜まみれさなっちまう。これ、つかってけれ」


 ルシカンテは、恐縮している兄を説き伏せて、丸合羽を持たせようとする。おかしな程に遠慮する兄と押し問答をしていると、兄の語勢が強まった。


「受け取れません。そんな、油まみれの外套なんか……おっと、失敬。ただより高いものは無いと言うのが、文明社会の常識でしてね。合羽一枚でも、受け取ってしまったら、見返りに何を要求されるか、わかったもんじゃ……おっとっと、これまた失敬」

「そうよ! 『下心のない親切』はないもの。ねっ、お兄ちゃん!」


 猜疑心の塊のような兄妹である。これが、内地で生きる心構えと言う奴なのか。ルシカンテは及び腰になりつつ、丸合羽が受け取れないのなら、外套に塗る油をもってきてやろうと、腰をあげた。


「んだか。したっけ、ちょっとお待ちなせぇよ」

「えっ、どちらへ? 待て待て待て、あんたが待ってくれ、ちょっと! 俺たち、もういくから。誰も呼ばないでよ、おい!」


 やけに狼狽した兄に呼び止められる。兄の行動に、ルシカンテは妙に納得して、歩みをとめた。誰それを呼びに行くのではないと説明しようとしていると、柵の隙間に挟まった丸合羽が、するすると向こう側に引きずり込まれて行った。

 妙に畏まった口ぶりで、兄が言う。


「せっかくの御厚意、ありがたく頂戴いたしましょうね。お礼に、こちらの品をお受け取り下さい」


 その素直さは「このおかしな奴がおかしな気を起こす前に、適当に調子を合わせて退散しよう」と言うことだろう。そんな風に勘ぐってしまうルシカンテには、彼の猜疑心が伝染していたのかもしれない。

 兄は、柵の隙間から小袋を滑り込ませてきた。お礼の品だ。受け取り、紐を解いて口を開いてみる。中には、砂の粒より一回り大きいくらいの、小さな種がたくさん入っていた。


「氷苺です。この辺りでは珍しいでしょう。うまく育てれば、美味しく実ります。おい……アーサーじゃなくて、お前だよ、グレーテル。とろいお前より利口なアーサーの方が、話がすんなり通じるだろうが、蹄じゃ足りない用事だ。御者台の横んところにかけてある小袋、あるだろ。とってくれ。そう、それ。こっちに放って寄越せ」


 彼は厭味を挟まないと会話が出来ない、厄介な病気を患っているらしい。ややしばらくかかって、目的が果たされたらしい。男の手が、隙間から伸びる。空をむいた掌に、綺麗な紅い結晶がちょこんとのっていた。


「おひとつ、どうぞ。お味見を」


 まじまじと見つめていると、兄に促される。ルシカンテは恐る恐る、紅い結晶を摘んだ。ひんやりと冷たい。透かして見ると、紅い結晶の中に、丸くて赤い身が入っている。蟲が入り込んだ琥珀のようだ。

 これは、食べものだろうか。思いきれずにいると、指でつまんでいるところが、べたべたしてきた。とけている。匂いを嗅ぐと、甘い蜜の香りがする。食べれそうな香りだ。

 ルシカンテは意を決して、紅い結晶を口に放り込んだ。ひんやりとしていて、甘酸っぱい。口の中でころころと転がし、軽く歯をたててみる。蜜の殻が割れて、柔らかくて瑞々しい実が、程良い弾力と共に噛みきれる。ルシカンテは、思わず、両頬に手を添えた。こんな美味しいものは、食べた事が無い。

 感動したルシカンテは、氷苺の味をほめそやした。種の入った小袋を今一度のぞきこむ。


「これ、土さ埋めれば、この実がなるんだべか?」

「んだんだ。土さ埋めればいいんだべ」


 妹が、ルシカンテの口調を面白がって真似る。隙間にとりついて、可愛らしい大きな目を輝かせる妹を引きもどして、兄が語る。


「まぁ、埋めるだけじゃ枯れるでしょうが。寒冷地原産の作物ですから、ここでも問題なく育つとは思いますよ。強い作物です。外部からの刺激に強い。蜜が硝子のように植物体を覆っているでしょう。この蜜の鎧のおかげで、厳しい環境にも耐えられるのです。私どもは、使徒座国から海岸線をずっと北上して参りましたが、氷苺は、広い範囲で栽培されておりましたな。ただ、うまく育てるには、ちょっとしたコツが要りましてね。なに、なんてことはない。要点さえ押さえていれば、簡単なものですぞ。ホボノノ族には、耕作の文化がないと伺いましたが、大丈夫、大丈夫。私が申し上げる通りにすれば、なにもかもうまくいきますとも、ええ」


 ルシカンテがえ、え、え、と戸惑っているうちに、兄は「栽培」のコツを枚挙していった。ルシカンテは、一言も聞きもらすまいと聞いて、忘れまいと頭に叩き込んだ。しかし、どうしてだろう。兄が流暢に喋れば喋る程、騙されているような気がしてくるのは。

 ルシカンテの内心を覗き見たような、絶妙の瞬間に、妹が囃したてた。


「美味しくて、手間いらずで、実入りが多い! でも、こんな貴重なもの、きっとお高いんでしょう?」

「ところがどっこい。この度、手前どもが独自の流通で仕入れ、お安くご提供させて頂くことが可能となりました。この人気沸騰、話題の氷苺が、今だけの大特価! さらにもう一袋おつけして、なんと、たったの……ばか、乗せるな」


 商人というのは口がうまくて調子が良い、信頼に足らない人種だと、猟師たちが口を揃えていたのを思い出す。なるほど、この調子でまくしたてられたら、あれよあれよと言う間に煙にまかれてしまいそうだ。

 ぽかんとしているルシカンテに、妹が悪戯っぽく笑いかけてくる。


「お兄ちゃん、胡散臭いでしょ。口上商人さんの真似事なんて、慣れないことをするからね。うふふ、面白かった?」


 今のやりとりは、ルシカンテを笑わせようとしていたのか。どうやら、内地とホボノノの文化には、大きな隔たりがあるらしい。ルシカンテが漏らしたのは、失笑である。

 妹を押さえこんだ兄が、取り繕うように乾いた笑声をあげた。


「はっはっは、此方はやはり冷え込みますな……。ちょっと、失礼。……憎たらしいな、この、この!」

「いやー! いたーい、お兄ちゃん、いやー!」

「……お聞き苦しいものをお耳に入れまして、面目次第も御座いません。おっと、いけない。長居しすぎました。それでは、手前どもはこれにて失敬。ぐずぐずするな、グレーテル。行くぞ」


 兄は唐突に暇乞いをして、踵をかえした。えっ、と面喰うルシカンテから、どんどん遠ざかる二人分の足音。ルシカンテは隙間に顔を近づけて、向こう側を覗いた。二人の姿は死角に入ってしまっているので、ルシカンテがどう頑張って体制を変えても、見えない。話し声だけが聞こえる。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん! それ、かしてかして!」

「だめだよ。油まみれで危ない」

「近くに火の気はないから、大丈夫っ! えいっ、もーらった!」

「あっ! こら、グレーテル!」

「わぁ、お水をよく弾くのね! それに、とってもあったかいわ! お兄ちゃん、これ、すごいよ。お兄ちゃん、被ってみて。すごいから」

「御免だね。臭いがすごそうだ。見るからに臭い。絶対に臭う。あんまりこっちに近づけるなよ……わぶっ! コラ、なにすんだ、クソガキ! 俺の繊細な鼻が曲がったら、どうしてくれる」

「お兄ちゃんみたいな高慢ちきの、高い高いお鼻は、ちょっと曲がったくらいがちょうどいいんだって。プリムラさんが言ってた」

「お兄ちゃんの言う事をちっとも聞かない癖に、タマ無しのカマ野郎どもの言う事は、よくきくんだねぇ。どんどん憎たらしくなっていくな……この、この!」

「いたーい! もう! お兄ちゃん、いやー!」


 声がどんどん遠のいて、聞こえづらくなっていく。何の前触れもなく、星のように振って来た、内地からきた兄妹。ここで別れたら、もう二度と会う事はないだろう。ルシカンテは咄嗟に、引きとめていた。


「あの、旅のお方!」


 口喧嘩が、ぴたりとやむ。一応、ルシカンテが続ける言葉を待っているのだ。彼らの気が変わらないうちに、ルシカンテは素早く息を整えて、隙間に顔をくっつけて言った。


「あんたがたのこと、皆には黙ってます。あんたがたのお尻さ矢が刺さることがねぇように。色々、お話ば聞かせて貰えて、楽しかったです。ありがとうごぜぇました。お達者で!」


 ルシカンテは、ぐいっと頭を提げた。額を柵にうちつけて、しゃがみこんで痛みに耐える。兄と妹は顔を見合わせたのかもしれない、沈黙があった。やがて、兄が


「そうして頂けると、助かります」


 と言った。尻に矢が刺さっては、彼もたまらないだろう。妹は、ルシカンテと同じことを考えていて


「お尻に矢がささったら大変だもんね」


 と、湧き立つように笑った。ルシカンテは、つられて笑った。おかしいことを言ったつもりはなかったのだが。やはり、そこのところの感覚が、内地とホボノノでは違うらしい。

 兄はくくっと、喉を鳴らした。


「あなたも、お元気で。上で居眠りしているお間抜けさんには、くれぐれもご内密に」

「お元気でね、ホボノノのひと!」


 妹が元気よく言う。きっと、手をふっていただろう。二人分の駆け足の足音、ごそごそと物音がする。軽く嘶いたのは、荷車をひく馬だろう。車輪が土を噛み、苦労して回り出す。ルシカンテは、馬車の車輪が回る音が聞こえなくなるまで、降りしきる雨にうたれて佇んでいた。



ホボノノ族は、アイヌ民族とイヌイットを足して二で割ったようなイメージです

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