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ヘンゼルと悪い魔女  作者: 銀ねも
第二章「まっさらな新しい日」
28/65

おでかけ3

 ***




 ヘンゼルに連れられて、ルシカンテたちは商人の街、第九席を訪れた。第十席と第九席の境には石作りの迫持ちがあるだけで、出入りは自由である。それぞれ自治を行っている字席を自由に行き来できることが、ここ使徒座十二席が「自由都市群」と称される由来らしい。

 十席にはふとした一瞬の静けささえなかった。ずっと、のべつまくなし賑わっている。

 大通りの中央には、着飾った極彩色の鳥のような華やかな露天が背中合わせで二列、ずらりと並んでいる。威勢の良い売り子たちの呼び込みの声は、得体の知れない鳥の鳴き声のようで、ここが密林であるかのように錯覚しそうになる。

 大通りを挟む、硝子の箱に飾られたような数々の輝かしい店は、露天とは対照的に近寄りがたい程に格調高く、悠然と構えている。此方には密林の潜む虎のような風格があった。

 露天には壁の外から運ばれてきた品々が並び、立派な構えの店には十席や十一席の工房でつくられた工芸品が並ぶ。ヘンゼル曰く


「露天では俺が威張れるが、店では俺がへいこらしなくちゃならない」


 とのことだった。

 ヘンゼルは露天を廻った。商人たちは皆、陽気で人当たりがよい。通り過ぎるだけでも、満面の笑みで挨拶をする。グレーテルはにこにこして愛想を振りまいたが、ヘンゼルは知らん顔をしとおした。

 ヘンゼルが足をとめたのは、布や織物を扱っている露天だった。店主は恰幅のよい中年の男で、ヘンゼルを見ると腹の肉を揺らして立ち上がった。脂っこい丸顔が、庇の下から飛び出しててらてらと光った。


「これはこれは、お珍しい! バイスシタインさんじゃありませんか。ようこそいらっしゃいました。どのようなお品物をお探しで?」


 流石は商売人だ。ヘンゼルの、必要以上のことは話したくないと言う気配を正確に察し、必要最低限の礼を述べただけで、単刀直入に切り出した。ヘンゼルは積み重ねられた布や織物の巻物をざっと見て言った。


「とにかく、丈夫で安い生地が欲しい。肌触りや見た目は二の次三の次で構わん。後ろの使用人たちに二着ずつ、お仕着せを誂えたい」


 店主の目が、勝手に売り物に手を伸ばして兄に叱られるグレーテルの後で、ぼうっと立っているルシカンテとギャラッシカに向けられる。ヘンゼルの注意が逸れている間、商人の目が値踏みするようにルシカンテとギャラッシカを凝視した。


「おやまぁ、これはこれは。可憐な乙女に、体力気力が充実した若者ですか。良い者を雇われましたね。これでしたら、どのように使われてもよろしいでしょうな。流石はあのセルバンテス様の後継者と目されるお方です。確かな審美眼をお持ちで……」


 商人の笑みに湿ったものが宿る。ルシカンテは身動ぎした。圧力を伴うような熱視線だ。あまり、良い種類のものではない。

 グレーテルを後に押し戻したヘンゼルは、鞭を振るうように商人を睥睨した。


「アロンソ様は高尚なる銀蝋と輝石の商人だ。誰のお陰で、お前らが淵を越えて国を渡れると思っている。移民だからと、侮るのは許さんぞ」

「おお……滅相もない、当方、讒言するつもりは毛頭も御座いません……!」


 店主は贅肉を震わせて、ぶるぶると震え上がる。殊勝な態度で頭を下げる店主を見て、ヘンゼルは苦々しく長息をついた。

 店主はてきぱきと布地を見繕った。ヘンゼルはルシカンテとギャラッシカを呼びつけて、投げやりに放言した。


「好きなのをひとつ選べ。さっさとしろ。迷うような品揃えじゃない」


 ヘンゼルの刺々しい憎まれ口に、商人は動じずに、にこにこしている。笑顔の仮面を不気味に思いながら、ルシカンテは前に出た。

 商人が上に出してきたのは、紺や黒の無地の布だった。ルシカンテは商人のお化けヒトデのような手に触れないように注意しながら、布地に触れた。その中で、肌触りが気にいった、紺色の柔らかい織物を選ぶ。ギャラッシカはろくに見もせずに、ルシカンテと同じものが良いと言った。

 ヘンゼルは布地を一巻き買いあげると、巻物をギャラッシカに持たせて早々に立ち去った。ルシカンテはのんびり屋のギャラッシカの腕をつかみ、慌ててヘンゼルを追いかける。

 その後は、肉屋や青果屋に寄った。どの商人も笑顔で快く対応してくれたように見えるが、影に隠れて冷笑的だ。彼らは決まってアロンソ・セルバンテスの名前を出し、婉曲的にヘンゼルに不愉快な思いをさせる。きっと、わざとやっている。愉しんさえでいるようだ。

 必要な買いものを済ませると、ギャラッシカは荷物でろくに前が見えないような状態に陥り、ヘンゼルは完全に不機嫌に陥っていた。グレーテルがギャラッシカの後に回り、楽しそうに掛け声をかけて背中を押している。

 ルシカンテは野菜がつまった網の袋を、よいしょ、と持ち直した。ヘンゼルはこの野菜もギャラッシカに持たせようとしたのだが、塔のように高く積み重なった荷物の天辺に重いものを置かれて、つりあいがとれずにぐらついたので、ルシカンテが持つことにしたのだ。 軽い気持ちで引き受けたのだが、これが結構重い。

 ヘンゼルが遅れ気味のルシカンテを振り返る。すごく、面倒くさそうな顔をしていた。「だから、でしゃばらなければ良いんだ」なんて、厭味のひとつやふたつ言いだしそうである。ルシカンテはなんともないような顔をして、歩調を速めた。反対にヘンゼルが歩調を緩めて、ルシカンテの隣に並ぶ。なにかと思ったら、手を差し出して来た。


「ほら、どうぞ」


 ルシカンテは差し出された手をまじまじと見て、ヘンゼルの顔もまじまじと見た。ヘンゼルの眉間には、皺が着々と増えている。


「ぐずぐずするな。はぐれるぞ」


 ヘンゼルが気にしているのは、前が見えないギャラッシカと、その背を悪戯に押すグレーテルだ。目をはなした隙に、誰かにぶつかったり迷子になってしまったりしそうである。この上、ルシカンテにまで注意を払ってはいられないと、ヘンゼルは言いたいのだろう。

 ルシカンテはこっくりと頷いて、差し出された手に手を重ねた。

 ヘンゼルがぎょっと目を剥いた。ルシカンテは、重ねた手に目を落とす。何か変なものを触って汚れていたわけではない。


「どうしたの? はぐれないように、手ば引いてくれるんじゃねぇの?」


 ルシカンテは小首を傾げて、ヘンゼルを上目づかいに見た。ヘンゼルは唇をわなめかせている。耳がかっと赤く焼けていた。


「そうじゃなくて……荷物だよ、荷物! 荷物を寄越せって言ったんだ! 手なんて、どうするんだよ……小さいな、君の手!……ああ、もう!」


 ヘンゼルは空手でルシカンテから荷物を引っ手繰ると、手を繋いだまま、ずんずんと歩きだした。


「まぁいい。こうしていれば、勝手に何処かに行かれずに済むからな!」

「おらは、勝手に何処かさ行ったりしねぇよ」


 そう言ってから、ルシカンテは思い出した。ウメヲにも同じことを言ったのだ。あれは嘘になってしまった。


(今までずっと、アイノネは好きで外さ出て行ったと思い込んでた……けども、そうとは限らねぇんだよな。アイノネだって、爺さまさ、ホボノノから出て行ったりしねぇって、言っていたんだすけ……) 


 ヘンゼルの手は指が長く、すんなりとしている。ウメヲの大きな固い手とは違った。ギャラッシカと手を繋いだ時はなんとも思わなかったのに、ヘンゼルと手を繋ぐと、ウメヲとはもう会えないのだと思い知る。言いようも無く悲しい気持ちになった。


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