絶身のブラドパイア 終篇
★終篇★
ブラドパイア皇。それは人の形をした人ならざる怪物。
「これは……」
エリトは瞬間の出来事が目に見えなかった。目に見えたのは過程ではなく結果のみ。ブラドパイア皇に殴られた虹の髪を持つ少女。彼女は殴られた衝撃で吹き飛ばされ、城内の壁を突き破って外まで飛ばされていた。
「あれがブラドパイアの力って訳ね」
話すのは青い猫、シクレ。彼女はこの戦況を一匹、冷静に把握していた。
「力? あの怪力の事か?」
「いいえ。あの瞬間移動の事よ。彼はあの位置からここまで、一瞬で移動してきた。そして今もここには居ない。きっと、あの子を追って行ったんでしょうね」
シクレは淡々と話す。
だがエリトにはその態度が理解できなかった様だ。
「お前なっ! あいつはお前が挑発したせいで殴られたんだぞ? 大体、何でお前の所に行かなかったんだ?」
「それは、ブラドパイアには見えていたからよ。あの子の方が私より遥かに危険で、そして厄介な事を」
「見えていた? 危険?」
「そう。ブラドパイアは恐らく、私達の様な存在を前に倒した事が有るはず。……それほどまでに長く、この世界に居座り続けるだけの影響力。そして力。創造物の力は人々に対する信仰度で決まる。あれほどの力を持っているという事は、かなり有名な創造物のはずよ」
「かなり有名?」
「そう……彼の正体は」
シクレは大きく、そして勢いよく息を吸い込み、自らが至った結果を述べる。
「彼の正体は吸血鬼よ」
★☆★
「フハハハハハハハハッ!! どうした少女よ! その程度なのか!」
「……」
彼らは空中で激しい攻防を繰り広げていた。
ブラドパイア皇の放つ拳や蹴り。それらは手刀、足刀にも匹敵するほどの切れ味で、直撃すれば彼女の身体が両断される事くらい、万人が見ても明らかだった。
対する彼女は、宙に聳え立つ電信柱から武器を召喚。その名は神剣・アロンダイト。
銀に輝く聖なる剣は、彼女に襲い来るブラドパイア皇の猛襲に幾度となく耐え続けていた。もっとも、攻撃に移れてはいないが。
彼らの激しい攻防は火花を散らし、激音を響かせた。
まさに力対力のぶつかり合い。小細工などなく、またする暇も無かった。
「……」
「そのままでは! 私を斬り捨てる事は夢に消えるだろう!」
声高らかに言い放つ吸血鬼、ブラドパイア皇。彼が言い放つ言葉は決して狂言などではなく、この状況から判断するに一番相応しい結果を言っているだけだった。
彼女の銀の剣。ブラドパイア皇の手刀足刀。それらが響き合う度に煌めく火花達。
その光景だけでも十分に目を奪われる物に値した。
――やがて、万人が思う結果に傾き出す。
少女の剣は猛襲を受け止め切れなくなり、身体には赤い筋が入り始めた。その数はブラドパイア皇の猛襲の数だけ増加し、少女の額、手の甲、脛、脇腹に至る全ての箇所を切り刻む。
「そろそろ――潮時と言えよう」
ブラドパイアはそう言うと、踵を振り上げ、こう言い放つ。
「……終えろ!」
――瞬間。少女の剣は粉々に砕け、少女の身体も光速を超えた速度で地面に叩き付けられた。
大地に広がる亀裂、そして崩壊。
巻き上がる噴煙の中、彼女は呻きながら立とうとしていた。
「もう、止めておけ」
いつの間にか、少女の前に立つブラドパイア皇。彼は空中で印を結ぶと、虚空より一対の刀を取り出した。
「貴様の様な小娘に、終えられる程の伝説ではないわ」
「……、……」
彼女は動く。いや、動こうとする。その姿は瀕死に陥った虫の様であった。
「醜いな。貴様らは」
――そして少女の首は落とされた。
★☆★
「おいおい……」
エリトはその光景を浮遊する城の内部から見ていた。身を乗り出して見ていた戦いの結果は、彼の思う通りにはいかなかった様だ。
「あいつ……死んじゃったぞ! どうするんだよ! おい、シクレ!」
エリトは怒鳴りながら青い猫を見つめる。
対する猫は、依然として余裕の表情と口調を崩さない。
「大丈夫よ。今から始まるから」
「今から始まる?」
エリトが呟いた瞬間、辺りに響き渡る怪音。その大きさは脈を打ち、次第に大きく鳴っていく。
「何だ? この音は」
「あれが彼女の力。『クリエイト・ウェポン』の全力よ」
「全力?」
そう言って、エリトは後ろを振り返る。
そこに有った光景は信じられない物だった。
落とされた筈の少女の首がいつの間にか元に戻っている。さらに、傷口という傷口から、それぞれ別の色の焔が溢れ出ていた。
エリトは、その焔がどこから湧いているのかまでは解らなかったが、彼女が虹色の焔に包まれている事だけは解った。
「あれって……」
「傷を受ければ受けるほど、死に近づけば近づくほど、そして死んだ時、彼女の力は全力の形へと変わる」
「全力の形?」
「そう。あれが、ネブトリスの力」
「ネブトリスって――」
エリトが疑問をぶつけようとした時、辺りに響く怪音はその音色を止めた。
下の方を見ると、全身虹の焔に包まれた彼女が、ブラドパイア皇に歩み寄っている最中だった。
★☆★
「何なんだお前は」
ブラドパイアは動揺を隠せない。恐怖さえ感じていた。
「…………七星の使者達よ」
「何!?」
ブラドパイア皇は、歩み寄ってくる彼女のその恐ろしい姿に、完全に気圧されていた。
全身が虹の焔で燃え上がり、先程、自分が落とした筈の首が繋がった。それだけで十分脅威に値する光景だった。
「今、汝らの星君子が英命を下す。我に集いし星と虹の聖者達よ。その身に刻んだ七星色を用いて我に答えよ!」
「さっきから……」
ブラドパイア皇の目が充血する。それは万象においての怒り。虹の焔を纏う彼女にも、それに恐怖する自分自身にも。
「何を延々とぉぉぉぉっ!!」
彼は、その両手に掴む一対の刀を振りかざし、彼女を両断しようと迫る。その速さはまさに雷鳴の如く、常人には目に止まる事などないほどの、いわゆる電光石火のそれに等しかった。
しかし――。
「一聖星。スカレ」
彼女が呟いた瞬間、身体を覆う虹の焔がより一層激しさを増し、ブラドパイア皇の進行を阻んだ。
「くっ! 何だこの焔は――」
「二聖星。オレン」
そして焔はさらに激しく、より美しく。
「三聖星。イエラ」
「いい加減……黙れぇえええええええ!!」
彼は捨て身の覚悟でその焔に飛び込む。しかし、その決死の行動でさえ、彼女の詠唱は阻む。
「四聖星。グリオ」
「っぐぅ!」
「五聖星。コバル」
彼女の詠唱は止まらない。そして詠唱を繰り返す度に、身体を包む焔は大きく、激しく、美しくなっていった。
「六聖――」
「何故だっ!!」
詠唱の声量よりも大きな声で、ブラドパイア皇は叫ぶ。そこには以前の面影などまるで無く。
「何故貴様らは我々の伝説を終えようとするのだ! 我々が何をした? 我々が何を望んだ?」
ブラドパイア皇の叫びは、浮遊する城内まで響いていた。
「我々にも意思が有る! 意識が有る! 我々という存在を生み出した人間達。それに報いようという気さえ有る! だからこそ! 我々はここまで深く、人々の文化に根付いたのではなかったか? だからこそ我々は、こうして身体まで得る事が出来たのではないか?」
「――星。インディ」
「何故解らない!!」
ブラドパイア皇は、それでも延々と紡がれる詠唱に対し、さらなる声量をもって制そうとする。いや、その叫び声は本音だったのかもしれない。
「貴様ら人類に、創造無き世界など有り得ないのだ! 前にもここへ来た奴がいた、そして俺はそいつを喰った。何故なら、そいつは俺の存在を全否定したからだ! 貴様らは、俺の存在を否定する事が、自らの創造力を否定する事にまだ気が付かないのか! 貴様らは!」
「七聖星。バイオ」
彼女はそこで言葉を切った。ブラドパイア皇に向けて、憐れむ様な視線を送った後、彼女はこう言い放つ。
「七の星に奉られし聖なる武具達よ。今、我が英命をもってここに限界せよ」
彼女の手から溢れ出す光の束。そしてその光から現れる一筋の焔。彼女はその焔に手を伸ばし、掴んだ。
「黄金の真剣。『エクス・カリバー』」
現れたのは、周囲を照らす日輪の如く光り輝く聖剣。
その聖剣こそ、かの伝説の勇者。ブリテンの覇者にして不敗だった英雄。アーサー王の持つ伝説の聖剣に間違いは無かった。
さらに、彼女が今まで出現させてきたどの神具とも違うその輝き。そして覇気。彼女が限界させたその聖剣こそ、見間違えようも無い『本物』だった。
「くぬぅぅ! 貴様らには解るまい!」
ブラドパイア皇が最後の雄叫びを上げる中、彼女は悠然と彼の前に立つ。
「創造がどれほど素晴らしい事か! 想像がどれほど夢のある行為か!」
そして彼女は、手に持つ聖なる真剣を振りかざす。
「それらを否定する貴様達は! 既に人間では無い!!」
「……創造は――」
「創造に幸有れ! 人類に幸有れ! わが目の前に立つ怨敵には――」
「――敵だ」
そして、浮遊する古城の主。人類の創造から生まれた代名詞でもあり、吸血鬼であったブラドパイア皇は、静かに崩れ落ちた。
★エンド★
Thirdに続く