虹髪のアスリクルツ 終篇
★終編★
「何だ......これは」
俺は目の前の状況を信じられない。いや、信じていい状況じゃない。
溢れんばかりの亡者達。身体の所々が腐敗し、骨が剥き出している。眼は全員が白く、服装はボロボロ。この世の者とは思えない呻き声を上げて一人で戦う少女に向かって襲いかかっている
対する少女は二丁拳銃の銃声を轟かし、迫り来る亡者達を撃ち倒していく。どうやら弾丸は亡者の身体を貫通するらしく、銃声を轟かせるたびに亡者達がドミノの様に倒れていく。
「スゲェ......」
俺はその光景を信じないまでも、見惚れていた。彼女が発砲するたびに倒れていく亡者達。そして貫通した弾丸が、遊具や公園に生える木々に当たって弾け飛ぶ。爆炎が上がる。その光景はまるでSF映画の中に居る様だった。
俺はしばらく彼女が戦う姿をじっと見ていた。その姿は流麗で美しく、かつ勇ましい姿だった。全身を覆っている深い青色のコートにも目が行くが、それよりも断然、目を引くのがやはりあの虹色の長髪だろう。
彼女は、背筋に伸びる程の長さを持つその長髪を一斉に振り乱し、亡者達を狙い撃つ。その色は絶えず流動し、色が流れている様で、順番に赤、橙、黄、緑、青、藍、紫、の色達が白い長髪をベースに動き回っている様だった。
俺は何よりその虹色の髪を見つめていた。まるで白いキャンパスの中に七色の水晶がそれぞれ動いている様な……。
「なっ!!」
俺はその時ようやく気が付いた。いつの間にか俺の存在に気が付いた亡者達が何人かこっちに向かって走り出していたのだ。
多種多様な呻き声を上げながら亡者達は俺に手を伸ばしてきた――。
「『神剣・天叢雲剣』」
「うわぁっ!」
俺の窮地を救ったのは虹の髪の少女だった。彼女の手にいつの間にか握られていた金色の剣。それによって亡者達の頭は一斉に宙を舞っていた。
俺はその場に座り込み、目の前に立つ謎の少女を見つめる。
「あの……君は一体」
「……」
言い終わる前に彼女は跳躍し、その場から離れた。その跳躍の衝撃により俺は後方へと吹っ飛ばされる。
「うおぉおおお!!」
何て跳躍力。オリンピックで金メダル級だ。とか何とか思いながら俺は起き上がろうとする。しかし、頭を上げる瞬間に何か柔らかい物にぶつかった。
「何だ?」
「猫よ」
「うわっぁああああ!!」
驚いて飛び上がった。目の前には本当に青色の猫が居た。
「何だお前! 何で猫が喋れんだよ」
「猫が喋るなんて話聞いた事ない?」
「それは猫又だろうが。お前には尾が一本しかないじゃないか」
「でも喋れるからいいのよ。それにレディに向かって『お前』は無いんじゃない?」
「はぁ?」
俺は不思議と普通に喋っていた。この目の前に居る喋る青猫は、俺の傍まで歩いて来ると座って自己紹介をし出した。
「私の名前はシクレ。いい? 女だからね。それと目の前のウジャウジャ居るのが“ゾンビ”。聞いた事有るでしょ? 発祥の地は確かアメリカだったかしら」
「“ゾンビ”? なんでそんな物がここに居るんだよ? 第一あいつは何だ? なんで皆が急に居なくなったんだよ?」
「一度に質問しちゃ駄目よ、返答に困るわ」
何故か猫に注意された。俺は少しの怒りを感じながらも言われた通りにする。
「じゃあ何で“ゾンビ”何かがここに居るんですか」
「それはこの世界線に“ゾンビ”っていう創造物が侵入してきたから。私たちは世界に創造が無くなるよう戦っているのよ」
「はぁ? 世界に創造を無くす?」
「そうよ。それで私達は終わりなき平和を創る」
言っている事の意味が解らない。この猫は喋るだけじゃなくて頭もイカレてるのだろうか。だから喋れるのだろうか。
「あなた。感じなかったの? 今までこの世界にこんな事件が起こった事ってあったかしら」
「ねぇよ。無いから俺はこの世界がオカシイと思ってたんだ。何も起こらない、ただ同じ事だけを繰り返すだけの毎日なんて絶対間違ってる」
「あら。“ゾンビ”化してないし、もしやと思ったけど……あなた、この世界に気付いていたのね」
「気付くも何も、気付かない方がオカシイだろ。何で身体が自由に動かないんだ? 何で同じ行動をただ延々と繰り返してかなきゃならないんだ? そんなのオカシイだろ」
俺は今まで溜まった疑問と不満を全てこの猫にぶつけた。
「普通は気付かないのよ。あなたは何故かこの世界をオカシイと認識しているみたいだけどね。私達の仕事は、この世界から創造物を無くし、終わりのない、ただ延々と続く平和を創る事。この世界に創造の自由はいらない」
何を言ってるんだこの猫は? 創造がいらない? そんなの……そんなの。
「そんなの、ただの機械じゃないか」
「そうならないと、平和っていうものは訪れないのよ」
猫はそう言うと、俺から視線を外して戦っている彼女の方を見る。彼女は依然として剣を振るい続け、“ゾンビ”達の数を徐々に減らしていた。
そして俺は気付く。
「おい……あれって父さんじゃないのか」
見ると、“ゾンビ”群の中に見慣れた服を着た男性が居た。もちろん身体は腐敗しているものの、まだ顔の輪郭が少し残っていて、それが父だと認識出来ていた。
「母さんも居るじゃないか。それにカイも居る」
俺の母。弟。よく探すと高校の友人達も“ゾンビ”に成っていた。彼らに昔の面影はなく、只々呻き声を上げる惨めな存在に成り下がっていた。
「ほらね。創造物はこうして大切な物を奪っていく。……彼女も、奪われた内の一人なのよ」
「奪われた? ……あいつも?」
「そうよ。あなたの家族同様にね。もう完全に創造物に取り込まれている。私達にはあれを駆除する事しか出来ない」
「駆除って……昨日まで普通の人間だったんだぞ? それを駆除って……そんな事」
「でもそうしないと、また次の世界線に侵入して、新たな“ゾンビ”を生み出してしまう。あれは感染型の創造物だから、一人残らず消し去らないと」
「そんな……そんな事って」
「もし嫌なら、私達と来なさい」
「はぁ?」
「あなたにも何か力が有るのかもしれない。彼女の様に。だからあなただけ“ゾンビ”にならずにすんだのかも」
力? 力なんて無い。この非力な俺に、世界の縛りからも抜け出せなかった俺に。
「……力なんて」
「無くとも、あなたはもうこの世界には居られない。どの道私達と来るしかないのよ」
「……どうしてさ」
「あなたの家族は死んだも同然。あなたの生きる世界はここには無い。無くなったの。創造物のせいで」
死んだも同然。無くなった。俺は自然とその言葉を繰り返す。胸が熱い。熱くて痛い。今まで家族や友人と過ごした自由だった毎日が一気に頭をよぎる。
「彼女も同じよ。だから戦って、戦って本当に平和な世界を掴みとるのよ」
「本当の平和な世界って何だよ……」
その痛みは自然と涙に変わり、俺の頬を伝う。縛られる前は楽しかった。皆自由に生きていた。皆明日を生きていた。
「本当の平和な世界。それはどんな邪魔も入らない、どんな不幸も訪れない平和な日常。当たり前が一番正しい」
「でも、そこに……自由は無いんだろ、」
「失う事もね」
失う事も無い。失わない。目の前に居る家族。友人。それらはもう失われた、失われてしまった。この群がる創造物のせいで。創造から生み出された“ゾンビ”のせいで。
「私達と来なさい。そして戦うのよ。創造と」
「……」
俺は声が出せなかった。今にも泣き崩れそうだった。何かを喋ろうとすると頭に浮かぶ思い出。その素晴らしい日々を必死に思いだし、そして思い出の数と大きさだけ涙は流れていった。
「………………あ」
――そして最後の“ゾンビ”は切り伏せられた。
目の前に転がる頭。
それは弟の首だった。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
叫び、泣き、思い出し、痛み、俺は全ての感情が声になって溢れ出ていた。
『友人達と海に行った。あの時は確か……』『家族と北海道へ旅行した。お土産は……』『弟が小学校の野球部に入るから、アルバイトしてグローブを買ってやった。その時の弟の顔といったら……』『中学の時、初めて家出した。理由は確か……』『小学校の頃、家族でスキーに行った。意外とうまく滑れたけど……』
「ねぇ」
「――え?」
いつの間にか、目の前に虹の髪を持つ少女の顔が有った。その瞳はとても暗く、でもその中に蒼い輝きが見える。そんな瞳だった。
「……ゴメンね」
そう言うと、彼女は立ち上がり、俺から離れていった。
「さぁ、行くわよ。これ以上、あなたの様な人を出さないためにも」
俺は泣きながらも手を付いて勢いよく立ち上がった。湧き上がる思い出達を抱きしめながら。
★エンド★
Secondに続く
ここまで読んでくれた皆々様。本当に深く感謝いたします。
初めての投稿で緊張しております。どうも、深藍 靑 と申します。
ここはあとがきの箇所だという事で書かせて頂いておりますが、実はここまで読んでくれた皆々様にお願いがあってここを使わせて貰っているのです。
そのお願いという物は大変失礼な物なのですが、何方かお暇の有る方、この小説のイメージイラストを描いては頂けないでしょうか。
まだ話自体は完結していないものの、第一部が終了致しましたので、皆々様がこの小説に対してどのようなイメージをお持ちなのか、それが知りたいという恥知らずな好奇心によるものなのです。
このサイトにはレビューなる機能が有るようですが、何分文字だけでは皆々様の思い描くこの小説の世界観。そんな物までよく解らないのです。
自分の読解能力が非力なだけかもしれません。その時は存分に笑ってやってください。
もし「暇つぶしに書いてやるか」とでも思われた方は御連絡下さい。
それでは長くなりました。
御連絡、お待ちしております。