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第98話 戦端は美女の抱擁と共に

 翌日は、またしても厳戒態勢でのスタートとなった。

 といっても、前回の双子襲来の時ほどではない。

 今回は最初から来訪が分かっているし、デイジー親子もいる。何より飼い主同伴だ。

 前回ほど慌てる必要はなく、弟子たちの避難とある程度の妖精配置で警戒は十分。それよりは、とリコリスは客をもてなす準備に力を入れた。


 ソニアたちよりも早くにやって来たデイジー親子の手も借りて、リコリスはたくさんの料理を作り上げた。

 詫びの意味も込めて、ソニアの好きそうな菓子類は特に豊富に。

 ようやく親友がシャバに出られるのだ。精一杯歓迎しなければ。




■□■□■□■□




「ライラックさん、すごい料理上手だったね」

「はい。お義父さまは以前からお料理がお好きでしたから。デイジーも大好きなのです。ですけど、お姉さまのお料理もとても美味しいですよ」

「ありがと、デイジー。でも、あのラズベリーとチョコのケーキ、すっごく綺麗だったなぁ」


 スィエルの広場に向かいながら、並んで歩くリコリスとデイジーの、のんびりとした会話。時折脳内会話が差し挟まれるが、大半は訓練も兼ねて直接交わされていた。

 酒場でしたように半々で会話しようとすると、気をつけていないとどうしても脳内の方に意識がいってしまう。

 酒盛りの最中はそれでもなんとかなったが、普段の人の目を考えると、合間合間の沈黙はやはり不自然。

 それくらいなら、もう最初から本当に隠したい内容以外はできるだけ表に出そうと、デイジーと相談して決めたのだ。

 そうなると、ソニアや問題児たちについては料理中に散々話し合ったし、後の重要な話はソニアが合流してからがいいだろうということで、ライラックの料理が自然と話題に上る。


 あの、言っては悪いが繊細さとは無縁そうなガタイに相応しい、太くてゴツい指が、華々しい料理を次々生み出す光景はリコリスを大層感動させた。

 味では、デイジーも言った通り、リコリスもさほど劣りはしないが、盛りつけ飾りつけのセンスでは足元にも及ばない。特に各種果物をふんだんに使用したケーキ類は、食べるのがもったいないほどに可愛らしかった。

 あれはもう、女子力を通り越して、乙女力と称すべきだ。


 そんな素晴らしい乙女力の持ち主は今、渋い顔をした弟に延々娘自慢をしながら、リコリスたちの後ろをついてきていた。

 温度差兄弟をちらりと肩越しに振り返り、デイジーがリコリスに身を寄せてくる。


「……お義父さまと叔父さま、似てらっしゃいますよね?」

「……うん」


 あれから髪も髭も整えられたらしいライラックは、ライカリスと並ぶと一目で兄弟と認識できる程度にはさっぱりしている。

 ここが兄弟の故郷でなく、今が平和な世の中なら、さぞ人目を惹いただろう。


「でも、ライカには内緒ね?」

「ふふ……はい、お姉さま」


 顔を寄せ合って、2人でクスクスと笑う。


《……何やってんだろうなぁ、俺》

《が、頑張れ!》


 切ない嘆きが人知れず呟かれていても、周囲にはほのぼのと可愛らし~く見えているはずだ。多分。




《そういえば、言い忘れてたんだけど》

《ん?》


 リコリスがふと脳内会話を再開させたのは、広場に着いて転送装置を前にし、ソニアの到着も目前となった時だった。

 今か今かと親友を待っているこの状況なら、口数が減ってもおかしくはないから。


《あのね、私多分、リビダに対してちょっと攻撃的になると思うんだ》

《攻撃的って……客を出迎えるホストのセリフじゃなくね……》

《あ、客なのはソニアだから。双子は付属品だから》


 呆れた様子のデイジーに、リコリスはばっさりと言い切った。

 リコリスは既に双子と会っている。実際にアレと顔を合わせた経験が、客と認識することを拒否させた。


《お、おぉ……。なぁ、リコリスお前、双子嫌いなん?》

《え、あいつら好きな奴なんてこの世にいるの?》

《おい待て。親友の存在なかったことにすんなや》

《あぁ、それ世界七不思議の一つだから》

《怪談話か!》


 デイジーのツッコミはある意味正しい。

 現実にあるとも思えないようで、曖昧なのにしっかりと耳に入ってくる、怖くて不気味な話。

 リコリスにとって、親友の恋愛事情は怪談に近い。まだ実際に目にしていないから、なおのこと。


《まぁ、予想の斜め下だと思っといた方がいいよ。双子に関してはね》

《うへぇ、面倒臭ぇな》


 そんなこと話してから、本当に間もなく。

 転送装置の輪の中が、白く光り始めた。


「あ、来た?」

「リコさん、一応もう少し下がってください」


 いつの間にか短剣を手にしたライカリスが、リコリスの腕を掴んで後ろに誘導しようとする。

 確かに、いきなり双子の兄の方が飛び出してこないとも限らない。クイーンはいつでも召喚できるように意識はしているが、警戒は重ねておいて損はないだろう。

 リコリスが頷き、デイジーを伴って数歩を下がろうとした、その時。



「――リコリスッ!!」



 縋るような、悲鳴じみた声がリコリスの名を呼び、装置が紫の影を吐き出した。

 ライカリスが咄嗟に上げかけた腕を、ライラックが横から抑える。そんなやり取りが真横で行われている間にも、影は一直線にリコリスに走り寄ってきた。


 緩くウェーブした薄紫の髪が、日の光を反射して複雑に彩を変える。

 ジェンシャンにも負けないような見事なプロポーションを包むのは黒のボンデージ。

 ボンデージとしては控えめなロングドレスタイプで、足は黒レースを重ねたスカートに隠され、袖もレースになっている。ハイネックラインで首元まで隠れているから、露出は意外と高くなく、開いているのは胸元くらいのものだった。

 衣装に似合いの顔立ちは、気の強そうな吊り目、白い肌に真っ赤な口紅が映える。だというのに、今にも泣きそうな追い詰められた表情は不釣り合い。

 リコリスの記憶のままの姿でヒールの高い音を響かせながら、紫の美女――ソニアは勢いよくリコリスに飛びついてきた。


「リコリス~ッ」

「ソ、ソニア……」


 ぎゅうぎゅうと抱きついてくる親友の背をどうにか擦ると、それでますます強くしがみつかれて、紫の髪がリコリスの顔を擽る。

 てっきり双子に挟まれてのご登場と思っていただけに、この展開は少々予想外だった。


(っていうか、双子は?)


 ソニアだけを送ってくることなどないと思っていたのに。まさか、またどこかで悪巧みでもしているのか。ソニアを放って?

 不安の種の所在が明らかにならないことには、落ち着いて話もできないと、リコリスはソニアの肩を軽く叩く。


「ちょ、落ち着いて、ソニア。あのさ」

「リコさん」


 双子は、と問おうとしたリコリスを、ライカリスが呼ぶ。

 そこに警告の響きを認めて、リコリスが目線を上げると、転送装置が再び白い光を放っている。その意味は……考えるまでもなかった。


「も~、ソニアってば。置いていくなんてひどくない?」


 そんなことを言いながら現れたのは、やはりリビダだった。そのすぐ後ろにビフィダの姿もある。

 相変わらずの人を食った笑み。笑いを含んだ声。

 ソニアと再会する前と、何一つ変わるところのない男の視線が、リコリスに抱きつくソニアを捉え、しかし何も言わずに視線はリコリスへと移動する。

 アルカイックスマイルを維持するリコリスと、やたらと楽しそうなリビダの視線が、ばちっと音がしそうなくらいしっかりとかち合った。


「やあ、リコリス。この間は、随分面白い見送りしてくれたよねぇ。僕のこと色々言うくせに、君だって結構乱暴じゃない?」


 人差し指で唇を指しながらリビダが言い、その目は仕返しを、と語る。

 面白い見送り、というのは、リコリスが指輪を双子の顔に叩きつけた件だろう。

 狼藉への苦情。正当なようにも思えるが、付随する嘲笑が、リコリスの中から謝罪の選択肢を消した。

 元より謝罪する気などほとんどなかったとはいえ、その僅かにあった可能性すら消させたのは、歩み寄りの言葉を持たないリビダの方だ。


 やはり、和平はない。


 そう判断したと同時に、リコリスは動いた。

 まず、抱きついているソニアの背と腰に手を回し、完全に抱き合う形になり。それから、リビダから一時も目を離すことなく声をかけることすらなく、ただ満面の笑みを浮かべてみせた。

 楽しそうで、華があって、勝ち気だが邪気のない笑顔を意図して作る。


 リコリスは気づいていた。

 先ほど広場に着いた直後のリビダの顔に、微かに焦りと不安があったこと。

 リコリスに抱きつくソニアを見た時、ほんの一瞬、本当に少しだけ、目を細めたこと。

 瞬きひとつの間に隠されたリビダの本音を、リコリスは見逃さなかった。あれは、間違いなく嫉妬だった。

 それは相手が平穏を望むなら、決して触れるつもりのなかった隙だったけれど、喧嘩を売ってきたのはあちら。大人しくやられてやる義理もないリコリスは、躊躇いなくそこを攻める。

 罪悪感? そんなものは持つだけ無駄だ。

 できることなら親友には累が及ばないようにしてやりたかったが、そもそもの原因がソニアの行動に起因するリビダの嫉妬である以上、それも難しい。

 ならば逆に、叩けるだけ叩いてしまった方がいい。


 リコリスは何も言わず、ただ黙ってソニアを抱きしめ、にっこりと笑った。

 この意味に、リビダなら気づくはず。

 勝ち誇る(・・・・)笑みを向けられたリビダは、一瞬表情を消し、それからリコリスの予想通り、すぐに笑い返してきた。



 ――戦闘開始である。



 その光景を端から見ていたデイジーは、後にこう語る。

 あの瞬間、確かに戦いのゴングを聞いた、と。

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