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第93話 こんにちは、秋

 季節は移り行く。

 ソニアとデイジーが帰還した喜ばしい日から、早十日。

 宴会の翌日、召喚された家妖精たちに、デイジーが抱きついて離れなくなり、


《その子たち、私の分身みたいなものなんだけど……》

《!! 酷いこと言うなっ!》

《どういう意味?!》


 と、まあそんな会話をしたあの朝も、夏と共に風に吹かれて既に過去。


 あれから自分の牧場に戻ったデイジーは、作物を育てつつ、スキルを試しつつと、この世界に着々と慣れてきている。

 むしろ、風のため牧場外に出ることは難しく、慣らし以外にやることがあまりないのだと、つまらなそうにしていた。

 朝の害虫駆除も、中身がおっさんなだけあって、リコリスなど足元にも及ばないほど手際よくこなしているらしい。

 例の、ライカリスとの関係については、何故かあれから特に言及されることはなく、リコリスは安堵しつつも不気味な沈黙に首を捻っている。


 リコリスの方も、牧場の作業が少なく半引きこもり生活なのをいいことに、今までに使っていないスキルや、遠距離での妖精の維持の実験を進めていた。

 おかげで維持できる距離は伸びたし、いくつか分かったこともある。

 どうやら妖精を維持するのには、この世界の中においては距離が基準となるが、世界の内に存在しない、含まれない場所については、その限りではないらしい。つまり、転送装置で飛んだ先にあるプレイヤーの牧場や、特殊なダンジョンなどは、距離が影響しないのだ。

 試しに妖精だけでデイジーの牧場や、リコリスのスキルで行けるダンジョンに行かせてみたら、特に問題なくその存在を維持できたのである。

 これで友人へのお使いも楽になったし、他にも何かしら利用できそうな、有意義な時間と結果だった。


 そして始まる、帰還後初めての秋。

 この世界では畑で育てられる作物の種類が多く、収穫までの日数は短い。同時に、山野でも瑞々しい実りに溢れる、一層恵み豊かな季節。

 青々としていた木々は赤や黄色に色づき、抜けるような空の青との対比が際立って美しく。陽が昇っても、少し前までの焼けつくような暑さは、もうどこにも残ってはいない。




 秋初日となる今日、リコリスは午前中をほぼ畑のために費やした。

 なかなかの労働量だったが、収穫のことを思えば、それも楽しいと思える。手伝った弟子たちの表情も明るい。

 午後も午後で、やることはたくさんある。

 四節の風の期間はほぼ引きこもりを余儀なくされるため、それが明けた今、あれもこれもとやりたいことは尽きないのだ。

 季節が変わった後は特に忙しい。忙しいが、充実した1日。

 そんな、相棒や弟子たちと共に、忙しなく動き回るリコリスにとっての目下最大の心配事。


 それは、あれから一度連絡が来たきり、音沙汰のないソニアのことである。


 帰還から4日ほど経って、ようやく届いた一報は短いものだった。

 生きていること。そして、しばらくは双子の相手で手一杯であること。落ち着くまで待ってほしいこと。

 ソニアからのシークレットチャットは、それだけを伝えて途切れた。その時の、懐かしく……疲れた声といったら。


(ごめん、ソニア……ホントごめん……)


 何度思い返してもあれしか選択肢は浮かばない。同様のことがあったとして、やはり同じことをするだろう。

 だが、それでソニアが何やら酷い目にあっているのも事実。

 諸悪の根元たるリコリスは、罪悪感に苛まれながら謝罪を繰り返すしかできないわけだ。




 肥料を撒き終わっての休憩中、牧場の片隅に敷物をリコリスは飲み物を片手に、相棒と弟子たちと、束の間寛いでいる。

 といっても、同席しているのは女たちだけで、男弟子たちは例によって大工修行だ。

 そしてリコリスたちの見つめる先、いつもは無情な鍛練に利用される空き地では今、ウィードが家妖精たちと1人の少年を追いかけ回していた。

 何のことはない、ヒース少年と家妖精、ウィードによる、鬼ごっこである。


 強風で修行を中断され、再開を待ち望んでいたヒースは、秋になって早速牧場へやってきた。

 一番の目当てはもちろん修行だが、リコリスの手伝いと、その合間に妖精やウィードに構うのも楽しみであるらしい。親友兼幼馴染みのコメリアと連れだってやってくることも珍しくないが、今日は1人。

 朝食を片付けてから早々に弟子たちに合流し、大人の見様見真似で作業を手伝い、休憩中の今は楽しい楽しい子どもの時間だ。


「きゃあーっ」

「こっちに逃げるですっ」

「背中楽しいですっ」

「ふわふわです〜っ」


 大型犬のウィードはその背に確保済みの妖精を数人乗せ、なおも逃げ続けるヒースや残りの妖精を追いかけている。

 家妖精に重さはほとんどないので、特に動きが鈍ることはないはずだが、それでも捕獲が捗らないのは、背中の妖精が落ちないように気遣っているのと、どうやら加減をしているからだ。

 一生懸命逃げるのちびっこたちに合わせてスピードを緩めたり、今一歩で間に合わないフリをしているのが、外から見ているとよく分かる。


 変われば変わるものだ。

 唸るか吠えるか叫ぶしかしていなかった犬が、今ではこんな風に子守りをしている。

 ほぼ一日中一緒にいる家妖精はもちろん、ヒースともこうして遊ぶようになり、随分仲良くなった。

 鍛練のため走っているヒースに、ウィードが並んでいる姿も見かけたし、散歩に連れ出されたこともある。

 傍目から見ても微笑ましい、いい関係だ。


 ……そう。

 いい関係を、築いてしまった(・・・・)


 ペオニアなどはとても微笑ましく彼らを眺めているが、リコリスとしては何とも複雑極まりない。

 嫌だとかそういうことではなく、ただただ複雑だ。

 ウィードはかつて、スィエルの子どもを殺そうとした男の仲間であり、殺されそうになった子どもが他でもないヒース少年なのだから。

 ヒースはその事実を知らず、ウィードは何を考えているのか分からない。

 ウィードかつての襲撃者の成れの果てだと周知していないため、無理に引き離すのも不自然で、結局この関係に行き着いてしまった。


(ウィード、気づいてないのかも……)


 人間だった頃のウィードは、田舎の町の子どもの顔など、覚える性格にはとても見えなかった。あの時の子どもがヒースであると、気づかず親しくなった可能性が高い。

 では、それを知ったらどう思うのだろう。どうするだろう。子どもたちと仲良くなれるまでになった、今の彼は。


 リコリスでも、さすがに心配になってしまう。

 だって、ウィードの今の姿が、そのまま心境を表しているのなら。

 もしかしたら、人間としての尊厳を奪われるより、人間に戻れてからの方が過酷かもしれないのだ。親しくなれた者から、顔を背けられる可能性があるということなのだから。

 元襲撃者であることを周囲に伏せておくことも考えたが、どこから話が漏れるか分からないし、リコリスもそれはやはり何か違うだろうと思う。


 というかこの、文句なしに平和な光景を前に、ため息を噛み殺さなくてはいけない切なさ。

 そもそも、どうしてリコリスがウィードのために、こんなに頭を悩ませないといけないのだ。元々ウィードの自業自得なのに。ちょっとだけ、本当にちょっとだけ、思わないでもない。

 まあ、これも責任なのだと、分かってはいるのだが。


(やっぱ、話しないとだなぁ)


 できるだけ早く。もう少し後で、とやっていたら、傷が深くなりそうだ。

 デイジーと話した通り、本格的に人間に戻すのは後回しにするとしても、話し合いだけはしておくべきだろう。


(……よし)


 話をするなら、一時的に人にする必要がある。人払いと、邪魔の入らない場所も。

 そうなれば、とリコリスは頭の中で本日の予定を組み立てる。


「ジェンシャン」

「はーい。何でしょうかぁ?」


 共に寛いでいた弟子の1人に声をかければ、間延びしているわりに即返事がある。


「今日の夕飯後、ちょっと話があるから」


 それだけを告げる。

 といっても、新しい季節を迎えて、ジェンシャンを名指しでする話といえば、以前から約束していた職業(クラス)選択について以外にない。

 ジェンシャンにも何のことか予想がついたのか、彼女の背がすっと伸びた。


「……分かりました」


 僅かに緊張して頷くジェンシャンの目が、「意地でも意見は変えないぞ」と語る。普段は口調も纏う空気も伸び伸びなのに、結構気が強いのがこの弟子だ。

 リコリスはそれが妙に面白くて、口元に微かな笑みを浮かべた。




■□■□■□■□




 その日の夕食は、茄子やパプリカ、トマトなどの夏野菜をふんだんに使ったカレーだった。

 これがもう暫くすれば、秋の作物が料理のメインに変わっていくのだろうなと思う。

 夏野菜のストックがなくなるわけではないが、旬のものはやはり楽しみだから。


 当然のごとく綺麗に空になった寸胴も片付け終わり、リコリスは手を拭って振り返る。

 テーブルにはまだ弟子たちがのんびりと居着いているが、もう少しするとライカリスの無言の圧力に追われるように家を出て、泥にまみれての鍛練が始まる。

 四節の風が吹く前は、大体毎日がその流れだった。

 秋になり、風もやんで、本来なら今日これから再開のはずなのだが。


「ライカ」

「はい」


 昼のジェンシャンとの会話を聞いていた相棒は、短い呼びかけにただ頷く。

 それを確認し、リコリスは弟子たちに向き直った。


「今日ちょっとこれから用があるから、悪いんだけど修行先に始めててくれる?」

「チェスナットさんたちは、いつも通り基礎訓練から始めていてください。今日はアイリスさんとジニアさんも一緒に。……私が見ていないからといって、サボらないように」


 ライカリスが、指示を出すついでにと一睨み。

 一瞬びくっと身を竦ませた弟子たちは、すぐに揃って何度か首を縦に振ってみせる。


「あと、ペオニア。今日は私たちの用が終わるまで家に入れないのね。休憩に必要なものは出しておくから、飲み物とか、外で用意してあげてくれる?」

「分かりましたわ。お任せください」


 ペオニアが微笑む。

 これで、下準備はいいだろう。

 リコリスは、じっと声がかかるのを待っているジェンシャンを見て、


「……で、ジェンシャン。それからウィードも。あんたたちは残って」


 いつものようにペオニアの足元にいたウィードを見下ろした。

 唐突にお呼びがかかり、ウィードがばっと大袈裟に顔を上げる。リコリスを見、隣のライカリスを見、共に呼び出されたジェンシャンを見てから、救いを求めるように、ペオニアを見上げた。その怯えようといったら。

 尻尾は早々に丸まって、目は見開かれ、体は震え出し。試しに大声でも出したら、心臓が止まってしまいそうなくらいだ。やらないが。

 あまりにもあからさまな怯え方に、ペオニアが慌ててウィードの横に膝をつき、逆立ってしまった毛を撫でる。


「あの、リコリス様……」

「ペオニア」

「は、はい」

「今回は、ウィードにも用があるの。別に酷いことはしないから、ちょっとだけ貸しといて?」

「はい……」


 しょんぼりと肩を落とすペオニアと、希望が断たれて項垂れるウィードに、リコリスは苦笑する。

 本当に、仲良くなったものだ。

 既にペオニアの所有物のような言い方になったが、間違いでもない気がする。

 それはさて置き、このまま怯えられていても話が進まない。


「ってことで、ほらほら、出た出た」


 リコリスが一度軽く手を打ち鳴らし、弟子たちを些か強引に扉の方へと促すと、彼らはぞろぞろと外へと向かっていった。

 ジェンシャンと、名残惜しげなウィードを残して。




「――さて、と」


 伝えた通りに、荷物も預けた。

 弟子たちが牧場の外周を走り始めたのも確認した。

 リコリスは家に戻り、続けて入ってきたライカリスがきっちりと扉を閉ざす。


「ジェンシャン、ウィードも同席させてもいいかな? ジェンシャンの後に少し……用があって」


 無理ならば、個別に対応をする、と一応のお伺いを立てる。

 嫌がられることも考えたが、ありがたいことにジェンシャンはリコリスの頼みに、やんわりと微笑んでみせた。


「構いませんわぁ」

「ありがと。……じゃあ、場所を移すね」

「えっ?」


 不思議そうな声は、「ここから更にどこかへ?」と疑問を浮かべる。

 リコリスはそれに笑顔だけで応え、室内の空いているスペースへと移動した。



開門(フェアリーゲート)



 それは四節の風の期間、実験で使用したスキルだった。

 本来、仲間(プレイヤー)のいなかったこの世界ではほぼ用のないスキルだったが、意外な使い道が見つかっている。実験の時もそうだったが、今も。


 初めの変化は、床に。

 ひょこっと、小さな芽が2本生えた。ちょうど間に人間が立てそうな距離を空けて。

 植物の芽だった。若々しい緑と、瑞々しい艶をたたえた双葉が、まるで生きていると主張するかのように、元気よく揺れる。

 それは見ている者が驚く間もなく、するすると背を伸ばして2本の蔓になり、茎を太くして葉を増やしていく。

 やがてライカリスの背を越えた頃、隣の蔓へと茎を曲げ、互いの蔓の先端を巻き取って結びつくと、頂点に大きな蕾がついた。

 この成長速度だ。蕾がいつまでも蕾のままでいることはもちろんなく、すぐにまろい体を綻ばせて、そうして大輪の花が開く。

 外側の薄桃から内側の白へとグラデーションの美しい花が開ききる。と、蔓に囲まれた空間が白く光った。


『…………』


 ジェンシャンとウィードが、ぽかんと口を開ける中、完成したそれは、植物のアーチだった。

 ただのアーチなら、向こう側はリコリスの家の壁が見えているはずだ。

 しかし、光が消えたそこには、たくさんの植物に囲まれているのに何故か明るい小道が、奥へ奥へと続いていた。

 そそそ、と動いたウィードが、蔓の道の裏側へと移動し、そこに何もないことを確かめて首を捻る。

 リコリスにも、その気持ちはよく分かった。これは驚きもするし、確認をしたくもなるだろう。


「さ、行こうか」


 だが、彼らの驚嘆や困惑はひとまず置いておいて、とリコリスはゲートへと一歩を踏み出す。

 気持ちは分かるが、恐れる必要はない。

 リコリスがいる限り、彼らを傷つけるモノはいない。


 ――ここから先は、リコリスの領域だ。

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