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第81話 彼は悪役、彼女はラスボス

「すっごく派手なお出迎えだったねぇ。そんなに僕らに会えるのが嬉しかった?」

「そりゃもう~。ルークで抱き潰してあげたいくらいにね」


 ニコニコと、表情だけ見れば和やかに、実際にはブリザードが吹き荒れる。

 取っ捕まってクイーンに両腕を抑えられている双子兄――リビダが、そんな状態でも柔らかく微笑む。緑の瞳は悪戯っぽく瞬き、小首を傾げると羨ましいくらいキューティクル輝く黒髪が、さらさらと揺れた。

 老若男女問わずコロッと騙される者が後を絶たないのも納得の貴公子然とした美貌だが、対するリコリスの笑顔には、1ミリの揺らぎもない。


 動揺した方が負け。互いに理解しているからこそ、過剰な反応はしない。

 むしろ、釣れたのはリビダの後ろの弟の方だった。


「あぁっ、それイイです! 是非俺に!」


 兄と同じくクイーンに両脇を固められているビフィダが、うっとりと頬を染めている。

 拘束プレイもイイけど、抱き潰されてもみたい。そんなことをほざきながら。

 外見は兄と同じだが、こちらは表情のせいか、顔色のせいか、直接的な色気があった。真っ最中でした、と言っても信じてしまいそうな、そんな色気だ。全くもって無駄過ぎる。


「いっそ潰されて飛んでいけばいのに……」


 げんなりと呟いたライカリスが、実はこの場で一番まともかもしれない。




「まぁ、いつまでもこのままってのもアレだし、お茶でも淹れるよ。座って座って」


 不毛なやり取りを断ち切って、リコリスが軽く手を振る。と、双子を拘束していたクイーンがするりと一歩を下がった。


「リコさん?!」

「ふぅん? いいの?」


 ライカリスが非難の声を上げ、リコリスを庇うように前に出る。

 その反応を面白がっているのか、嘲笑っているのか、リビダが愉快そうに唇を歪めた。いかにも何か企んでいます、というように。まあ、企んでいないことの方が珍しいわけだけれども。

 リコリスはギスギスした空気にため息をついて、緩く肩を竦めた。このままでは話が進まない。


「いいよ。だってそのままじゃ、お茶しにくいでしょ?」


 本当は、いつでも、即座にクイーンが召喚できる状態で構えているのだが、それはしれっと胸の内にしまっておく。


「あ、僕はお茶よりジュースがいいなぁ」

「オレンジでいい?」

「いいよ」


 まるで気心の知れた友人同士のような軽い会話に、リコリスに寄り添うライカリスの方が顔を顰めた。

 隠そうともしていない苛立ちが既に殺気に変わりかけている。


「……チッ、図々しい」

「ふふ、ライカってば、そんなに構ってほしい? ホント可愛い」


 艶っぽく微笑んだリビダはそんなことを言いながら、爆発寸前のライカリスの頬を撫でた。

 一瞬とはいえ、らしくもなくされるがままになってしまったのは、ライカリスも必死で自分を抑え込んでいたからだろう。殺意害意のない挙動にまで即反応はできなかったのだ。

 しかし、それも今の精神攻撃で限界を迎えたようだった。


「………………殺す」


 低い声と共に、短剣が抜かれる。

 そうなると、今度はまた別の変態が動き出すのがこの双子。

 ビフィダがぱっと顔を輝かせたと思った時にはもう、ライカリスの前に身を投げ出していた。両腕を広げ、いつでもどうぞ、と全身で主張する。

 放たれる殺気が膨れ上がった。


「やめやめ。もー、おとなしく座ってよ」

「っ、でも!」


 リコリスが宥めるように背を叩くと、ライカリスが不満げに彼女を見つめた。その瞳は、自分よりこの変態を重んじるのかと、切々と訴える。


(……バカ)


 そんなはずがないのに。

 いつものライカリスなら、リコリスが何かを企んで……いやいや、考えていることにも気づけたはずだ。

 この双子にかかると、普段冷たいくらい冷静な者ほど我を失う。逆にからかってやるくらいの余裕がなければ、あっという間に喰われてしまうというのに、困ったものだ。

 リコリスは何度目かのため息をつき、相棒の顔を覗きこんだ。


「……ライカさ、私がいない間、双子に結構お世話になったんでしょ?」

「なっ?!」


 見上げた先の顔が、否定もできずに強張った。

 即答できなかったのが答えだろう。何より、どうして、と目線が伝えてくる。

 というか、気づいていないとでも思われていたのが逆に不思議だ。今まで何も訊かなかったのは、それを嫌がると分かっていたからでしかない。


「手紙も律儀に返してるし、言葉はキツイけど、対応は温いし。何かあったなーとは思ってたよ」

「……っ」


 ライカリスが悔しげに唇を噛む。

 リコリスもこれ以上訊く気はない。問い詰めたとしても答えるかは分からないし、追い詰めたいわけでもないし。

 ただ、今は訊かなくても勝手に話そうとする者がいるわけで。


「なんだ、ライカってばリコリスに話してないのかい? 僕らとの間にあったコ・ト」

「あ、別に今は詳細いらないから」


 意気揚々とライカリスをイビろうとしたいじめっ子に、リコリスがすかさず割って入る。必要ないない、と顔の前で軽く手を振った。


「えぇ~、気にならない?」


 わざとらしく小首を傾げるリビダが、くすくすと笑い、リコリスの目を覗き込む。リコリスの隙……双子に対する嫉妬を探して。

 彼女の知らないライカリスを知っているのだと、ねっとりとした目線が語る。


 しかし、リコリスの答えは「何を馬鹿なことを」だ。

 声にこそ出さないが、代わりにリビダと同じように視線で返す。

 他の誰かならばともかく、この双子相手に何を妬けばいいのかと。自意識過剰というものだ。

 心底呆れたと目で伝えながら、リコリスはリビダの問いに首を横に振った。


「全然ならない。ライカがお世話になったって、それだけ分かれば十分」

「へぇ?」

「ライカを助けてくれたんだよね。ありがと。何かお礼ができたらいいんだけど」


 真っ直ぐに相手を見つめ、至極真面目に告げる。

 失礼なことに、リビダは胡散臭い笑みのまま、探るように見つめ返してきた。何を企んでいるのかと、真意を問う目。

 ……全く、本当に失礼なことだ。


 リビダからすれば、リコリスとの会話は腹の探り合い。

 そうでなくても、恩は返すべきものという、ごくごく普通の感覚など思いもよらないし、理解もできないだろう。

 けれど、リコリスは違う。恩に報いたいと、自然と考える。

 その相手が双子であっても、その親切が何を目的としたものでも、偽りなくそう思う。リコリスの一番大切な人を助けてもらったのだから。


 けれど、リコリスの考える双子の今の一番の望みは、彼女には叶えられない。

 ならば、せめて他の何かを見つけなくては。それも、痛めつけられたり、痛めつけたりしなくてもいい、できるだけ穏便なものを。

 お茶に誘ったからといって、直接的にそれが叶うとは思わないが、ただ刃を向け合っているよりはマシなはず。


 しかし、ライカリスはリコリスの考えに同意はできなかったらしい。

 焦りもあらわに、リコリスの腕を掴んで首を振った。


「そんな……っ、リコさんがそんなことする必要ないです!」


 自分のせいで、と必死な相棒は、今にも口を開こうとうずうずしている悪魔が見えていない。いつもの冷静さはなく、不安定で、つけ入ってくださいと言っているようなもの。

 それほど、リコリスに累が及ぶのを恐れている。

 リコリスは苦笑して、彼女の腕を掴んで震える大きな手を撫でた。


「歩み寄りって大事だよ? ほら、借りを返すにためにも、」


 少しでも、相手の望みに近づくために。知るために。

 優しく諭されて、ライカリスの表情が翳っていく。それを承知で、リコリスは言葉を続けた。



「――弱みを握るためにも、ね?」



 だって、借りを作るべきでない相手に借りたままは好ましくない。むしろ、貸すくらいのつもりでいなくては。

 何より、遠ざけても遠ざけても、遠ざけただけ近寄ってくるようなタチの悪い相手なら、いっそ近づいて手玉にとってしまおう。多少、悪辣な手を使っても。

 恩を返すなら、こちらの安全を確保してからだ。


 薄く笑って告げたリコリスに、更に同調するように彼女の腰の蝙蝠ポーチが蠢く。笑っているのか、威嚇しているのか、あるいは「まかせろ」とでも言っているのか。

 それを見て、ライカリスが今までとは違う意味で表情を凍りつかせ、すーっと顔色を悪くしていく。

 対する双子はといえば、ある種の宣戦布告にも嬉しそうに笑っていた。


「いいねぇ、リコリスはホント気が強くて、ソニアを思い出しちゃうよ。ま、ソニアより性格悪いけど。うーん、……泣かせてみたい……」

「俺は弱み握られたいです……」


 この、いつでもブレない双子が、慌てふためいたり、焦ったり、苦痛に顔を歪めたりすることがあるのだろうか。あるならちょっと見てみたい。

 リビダの気持ちが少しだけ、ほんの少しだけ理解できたリコリスは、しかし何食わぬ顔でテーブルを指差した。


「はいはい。じゃあ、さっさとお座り」


 ――さあ、戦いが始まる。

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