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第8話 宴に咲く華

 酒場の出入り口をくぐる一歩手前に立っていたのは、一目でこの町の人間ではないと分かる女性だった。

 ふわりと広がるロングドレスで生活する人間なんて、スィエルにはいない。

 きっと食糧難で引っ越してきた、本来なら遠く離れた王都や、大きな都市にいるはずの貴族NPCだろう。

 真っ白な肌を囲む、これまた色素の薄い髪をくるくると巻いて、長い睫に縁取られた目は吊り気味でとても気が強そうだ。翡翠の瞳に浮かぶ光も強く、それを裏付けているように思えた。

 左右、背後と武装した女3人に囲まれていて、目立つこと目立つこと。


(そういえば、こんな子が確か、王都の貴族街にいたなぁ)


 確か、ペオニア・バークマンだったか。簡易情報を表示させ記憶が正しいことを確認する。

 1度クエストで関わっただけだから、彼女の方は覚えていないようだ。

 もう少し若かった気がしたが、2年間で成長したのだろう。不思議な感じだった。


 護衛に扉を押さえさせたペオニアは、キッと視線もきつく無法者たちを睨みつける。

 男たちもそれに応えて彼女に向き合い、護衛の女たちも殺気立って、一触即発の気配が色濃くなった。


「見苦しいですわね。庶民の宴に乱入して暴力を振るい、挙句このような小娘にあの下品な発言。耳が穢れるかと思いましてよ」

「乱入してんのはてめぇも一緒だろうが! お高くとまりやがって、落ちぶれた貴族風情がよぉ」


 何だこれ。

 急に置いていかれた感の強いリコリスの耳元に、ライカリスが顔を寄せた。


「例の馬鹿同士です」

「あ、あー、これが……」


 馬鹿同士でぶつかり合って、ライカリスに放置されたという人々か。

 単体だと乱暴だったり我侭で偉そうだったりと迷惑だが、片方が住民に手を出そうとすると、何故かもう片方がそれに絡んでくるという。

 男たちのレベルは20くらい、護衛の女たちのレベルも20くらい。完全に拮抗している。

 普通護衛というともっとレベルが高そうだが、これで務まっているところを見ると、男たちが意外と強いということか?

 ヴェルデドラードの、プレイヤーのパートナー以外のNPCレベル事情を思い出しつつ、リコリスは彼らのやり取りを眺めていた。

 護衛は一言も発していないので、ペオニアが男3人を相手取っているが、そろそろ子どもの喧嘩だこれは。

 困った視線をサマンに向けると、同じく困った視線が返ってきて、一層困惑する。

 ライカリスは既に興味を失ったようで、そっぽ向いているし。

 放っておけば、これはきっと朝までコースだろう。いくらなんでも迷惑だ。

 そっと蝙蝠ポーチをつつけば、空気の読める(?)蝙蝠は、彼女の望む物をゆっくり吐き出した。

 (ステッキ)だった。

 短めの、真っ直ぐな木の棒の先端に小さなカボチャ頭がついている。リコリスが静かに杖を構えれば、カボチャ頭が淡く光り始めた。



【スキル選択】


【戦闘妖精ナイト召喚】

【戦闘妖精ポーン10体同時召喚】


【スキル発動】



 ぶわ、とリコリスの周囲を風が渦巻く。

 喧嘩の真っ最中の人々をぐるりと取り囲むようにして咲いた、半透明の大きな花の数は11。

 花はくるくると回転して、その上に現れたのは、リコリスにとっては馴染みの妖精たちだった。妖精といっても、大きさは家妖精たちのように可愛いものでなく、大人と変わらない。

 輝く鎧を纏うナイトとポーンは妖精師(フェアリーマスター)が召喚する中でも前衛役だ。そのレベルと数は召喚主の職業(クラス)レベルに由来するが、リコリスが召喚した場合、そのレベルはいずれも1000。一番弱いはずのポーンですら、上位層とされるレベル800のプレイヤーと互角に戦える。


 驚いた人間たちに騒ぐ間も与えず、ポーンたちが剣を構え、彼らを取り押さえた。

 戦う術をもつ男たちと護衛には強く対応がなされた。瞬きひとつの間に、腕と足を取られ、床に押さえつけられ、首筋に剣が当てられる。

 予想もしていなかった展開に硬直したペオニアに、正面に立ったナイトが槍を突きつけた。

 声も出ない様子の彼女の顔が、恐怖で歪むのを見て、護衛たちが呻き声を上げた。


「お嬢様……!」


 実力はともかく、主人を思うその心意気は護衛の鑑。

 内心で賞賛しながら、リコリスは静かに声をかけた。


「大人しくしていれば、これ以上は何もしないよ」


 進み出たリコリスの目には、怒りも嫌悪もない。


「こんばんは。今日スィエルの町の牧場に戻ってきた、リコリスです」


 とりあえず自己紹介をしてみてから、リコリスはペオニアが泣きそうなのに気がついた。ナイトを見て、軽く手を振る。


「ナイト。槍を引いて」


 命令に従って引かれていった槍に、やっと息をついた彼女は、それでもまだ唇が震えて、声が出ないようだった。

 でも座り込まず気丈に立っていられるだけでも、相当凄いと思う。


「ここは私の大切な町なの。出て行けという権利は私にはないし、別に言うつもりもないけど……」


 一旦言葉を切って、リコリスは周囲を見回す。

 酒場の中と外と、町の人々がじっと彼女を見守っていた。


「これ以上町の人たちに迷惑をかけるつもりなら、相応の対応をとらせてもらう。言っておくけど、あなたたちでは私の相手にはならないよ」


 分かってもらわなければならない。意外と憎めない人たちだから、尚更。

 そう思いながら、リコリスは気がついていた。男のひとりが押さえられたまま、どうにかして動こうとしていることに。

 その男の上にいるポーンに視線を送ると、忠実な妖精は僅かに力を弱め、男が動けるように剣を少しだけ下げた。もちろん、頭に血が上っている男に、気がつかれない程度に。

 果たして、それをチャンスと見たのか、あるいはリコリスの思惑通りに男が動いた。

 腕を大きく振って、懐から取り出した何かを、彼女に向かって投じる。


「くらえ!」


(……ナイフ。攻撃力5かぁ、すっごい初期装備だけど)


 レベル差のある相手からの攻撃だからか。止まって見える、とは言い過ぎかもしれないが、見切るのに苦労はしなかった。

 リコリスは試しに当たってみようかと考える。ゲームなら掠り傷ひとつ負わないところだが、今はどうなるのだろう。

 それは、これからこの世界で暮らしていく上で重要な気がした。試すなら、今は絶好の機会だ。

 だが、もし。大怪我をしたらそれはそれで困るので、ナイフの軌道を考え、頬に掠めるように微調整して……。


(あれ、でも……それってやってもいいこと?)


 不意によぎる、疑問。

 たいした怪我じゃないとか、ちょっとくらい怪我をしても平気だとか。こういった行為をライカリスに絶対しないよう、約束させたのは他でもないリコリスだ。

 多分怪我はしないと思うが、そういう問題ではない。ライカリスも納得しないだろう。

 ――これは破ってはいけない約束。


 実際には、投げられたナイフが彼女に届くまでの僅かな時間だった。

 周囲には、突然のことにリコリスが立ち竦んだように見えたのか。息を呑む音が聞こえた。

 刃はもう目前だったが、それでもリコリスには余裕をもって回避できる距離だ。首を傾げてナイフを避けようとして――。


 ぱし、と微かな音がして、あっさりとナイフは止まった。

 あまり手入れをされているとは思えないくすんだ刀身を、横から伸ばされた2本の指が挟んでいた。

 刃先は、リコリスの顔から5センチのところで留まっていた。


「……何をやってるんです」


 ひどく呆れた声が降ってきた。

 だが、対応が遅かったことへの非難が込められたそれ。


「いやぁ、避けようか、投げ返そうか迷っちゃって」


 試しに当たってみようと考えたことは、絶対に言わない。知られてはいけない。

 リコリスの言い訳を聞いて、ライカリスはとても微妙な――というか呆れが更に色濃くなった表情で、彼女の前から刃を退ける。


「あまりそういうことをしないでください。怪我はしないでしょうけど……」


 ひゅっとライカリスの腕が動いた。その動きは素早すぎて、何をしたのか分かったのは、きっとリコリスと彼女の妖精たちだけだった。


「ひぃっ」


 床に顔を押し付けられた男が短い悲鳴を上げた。その鼻先の床板にナイフが刺さっているのを見て、人々は今ライカリスが何をしたのか理解した。


「本当なら、あなたが攻撃されるところなんて見たくない。あまり遊んでいると、私が彼らを殺しますよ」


 言うやいなや彼から滲んだ殺気は本物で、本気だった。

 男たちを抑えているポーンや、ナイトの方が戸惑ったように主とそのパートナーを見比べている。

 彼らの主は死者を望んでいないが、ライカリスが相手となるとそれはとても難しい。しかもその怒りが主の為とあっては。

 光り輝く高貴な妖精が揃いも揃っておろおろとしているのはなかなかに面白い光景だったが、それを楽しめる強者はこの場にいなかった。


「分かってる。ごめん、ライカ」

「……やれやれ」


 凄く不機嫌そうにだが、ライカリスは譲ってくれた。

 それに心底ほっとしながら、リコリスは前に出る。

 敵意と怯えが交じり合った視線を受けて、しかし彼女は微笑んだ。さも余裕たっぷりであるように。


「今のところ、町の人に直接暴力とかってないんですよね?」


 一応確認だ。酒に酔って乱暴になるとはさっき聞いたが。

 さっきのナイフはまぁ、カウントしないでおくとして。

 問われてサマンが頷く。


「何かあると、彼らは彼らで喧嘩を始めるからね。後は、お金で食べ物を買い上げようと強く迫ったりか」

「それはそれで迷惑なんだけどねぇ」


 マザー・グレースが困ったように言う。


(その程度なら、手酷く痛めつけなくてもいいかな)


 しかし、罰は罰。堪えなければ、意味がない。

 少し考えて、リコリスはポーンたちを見た。


「ポーン、ちょっと女の人たち擽ってみてくれる?」

『え?』


 女たちの顔が強張った。

 ペオニアが制止の声を上げようとするも、それはすぐに、ポーンたちの遠慮ない手によって、悲鳴交じりの笑い声に取って代わられた。

 女性妖精師の使役する妖精は皆女だ。女同士なら、体をまさぐられても別にかまわないだろう。

 さて、とリコリスは今度は男たちを見る。こっちはもう決めてあった。


「オジサンたち姿勢が悪いからね。ポーン、整体してあげちゃって」


 男たちの顔も強張った。

 やはり何か言おうとするが、にーっこりと笑ってスルー。容赦なく妖精たちにGOサインを出すと、甲高い笑い声に、野太い悲鳴が加わった。


 少しそれを眺めて、リコリスはおもむろにポーチを撫でた。途端、望んだものが彼女の手に転がり出てくる。

 透明な小瓶の中に紫の液体が入っていた。

 目の前でそれを揺らして【沈黙薬(サイレンスジュース)】の表示を確認した。

 それを7人全員に少しずつかけて回ると、その場が突然静かになった。


「やっぱり、うるさいと迷惑だからね」


 リコリスが使ったのは、過去のイベントで使われた、かけられた者に沈黙効果を与える薬品だった。本来は魔法を封じて悪戯するための物だが、解毒薬を使わない限り効果が消えないので、今回はちょうどいい。

 妖精師のリコリスにはそういったスキルはないし、そもそもスキルだと効果時間があるから途中で切れてしまうから。

 これで安心して朝までコースだ。


 こうして、声なき悲鳴と笑い声を上げ続ける集団と、それをとても満足げに眺める美少女というカオスな光景が完成した。

 町の人たちが若干顔を引き攣らせていたが、気にしない。罰は罰なのだ。

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