第79話 奴は詐欺師である
『 ライカとリコリスへ
2人とも久しぶり。
リコリスにこうやって手紙を書くのは初めてだよね。
ライカから君が帰ってきたって聞いたんだ。
僕も自分のことみたいに嬉しいよ。
ビフィダもすごく喜んでる。
君たちがいなくなってから、本当に寂しかったからね。
ライカもすごく落ち込んでさ。
結構大変だったんだよ? だよね、ライカ。
だから、リコリスが帰ってきてくれて、本当によかった。
遅くなったけど、改めておかえり、リコリス。
おめでとう、ライカ。
それに、リコリスが帰ってこれたってことは、
きっとソニアも帰ってきてくれるよね。
僕も早くソニアに会いたいよ。 』
顰めっ面のライカリスに差し出された1枚目に、リコリスは口元を引き攣らせた。
どんな際どいセクハラが書かれているのか戦々恐々としていたのに、これは。
「ふ、普通だ……!」
「えっ?!」
不安そうにしていたウィロウも、信じられないと言いたげに目を剥く。以前の手紙を読んだ弟子の顔には「そんな、まさか」と書かれていた。
リコリスも信じられない。
しかし実際、内容は普通というか、リコリスの帰還を心から歓迎しているのが伝わってくるほど。
字にも変な癖もなく整えられ、どこか品があった。
リコリスの親友であり、彼らのパートナー――ソニアに言及している箇所など、彼女に対する想いが滲み出ていて胸が痛くなる。
つくづく、送り主がアレであることが信じがたかった。
否、他の何が嘘でも、ソニアに関しては偽りないとは思うのだが。
実は、現実の双子がソニアに対してどのような態度をとっていたのか、リコリスには分からない。
双子の棲み家はかなりの高レベル地帯であり、必然的にソニアと双子の出会いは遅かった。
リコリスの記憶の中でも、後半になるだろう。まだ、そこまでは思い出せていない。
ゲームでも、双子がセクハラ発言をしていたのは知っているが、彼らの個別イベントは彼らとソニアのもので、リコリスも詳細は知らないのだ。
でも、もし。リコリスはふと考える。
双子とソニアの間に、リコリスとライカリスのような絆があったのだとしたら。
あれほどキツかったライカリスがここまで変わってしまったように、もしかしたら双子も……。
(――いや、ないな!)
信用したら必ず痛い目を見る。それが双子。
「これ、何企んでるの?」
それを疑った方が確実だ。
ひらひらと手紙を泳がせ、リコリスはライカリスを見上げた。
「さぁ……」
短い返事の意味は、「双子の考えなど分からない」か。むしろ「分かりたくもない」の方が正解かもしれない。
仏頂面の相棒は、眉間にくっきり皺を刻んで、2枚目に視線を落としているが、目の動きは止まっていた。
1枚目から予測するに、文字数はさほど多くはないのだろう。きっともう読み終わっているはずだ。
「ライカ、2枚目見せて」
「…………」
手を差し出したリコリスに、ライカリスが逡巡する。
(あ、まともなの1枚目だけなのね)
その方が逆に納得できる。
それでこそ双子だ。
「無理そう?」
「いえ、……うーん。あまり考えず流し読みなら……いや、でも……」
「あぁ、うん。薄目でさっと読むよ」
読まないという選択肢も考えたが、どうにも嫌な予感がする。早く読み進めた方がいい。
説明できないのに足元から這い上がってくるような胸騒ぎに背を押されるように、リコリスはライカリスから手紙を受け取った。
2枚目の手紙には、1枚目にはなかった軽口が増えてはいたものの、覚悟していたほどの悪趣味な文は見受けられなかった。
ただ、以前にライカリスが頑なに見せようとしなかった例の手紙の内容に触れている箇所があり、それが彼がこれを見せたがらなかった理由だと容易に想像がついた。
なにせ、『試してみたか』やら『どれがよかった』やら『リコリスは悦んだか』やら、そんな言葉が並んでいるのだから、まあ、ろくでもない。
それ以外では、双子の近況や、彼らのホームであるスクレットの森のこと。その周辺地域の変化について。
更には、そこから少し遠出しての報告もある。
(珍しいなぁ、あの双子が森から離れるなんて……)
奴らは遠出することが少なかった。
雑食で悪食の双子は、不気味な森でも自給自足が可能だったから。たまに治安の最悪なスクレットの町で不幸な誰かを嬲ったりもしていたが、基本的に行動範囲は狭かった。
それが異変の後、ソニアを探すためにその範囲が広がったというなら別に何も不思議ではないかもしれない。一時期はスィエルの町まで来ていたというし。
しかし、どうしても拭いきれない違和感がある。
「リコさん?」
しきりと首を傾げるリコリスを、3枚目の手紙から目を上げたライカリスが覗きこんでくる。
「ううん、何でもない……と思うんだけど。ねぇ、ライカ。3枚目は何が書いてあった?」
「これですか? 出掛けた先であったこととか、変わったこととかですかね。大したことは書かれていませんが」
「出掛けた、先……」
「はい」
渡された用紙には、ライカリスが言ったとおり、いくつかの地名、都市の名と、その現状説明がある。
一見して何もおかしなところはないが、と納得しかけた瞬間、今までにない悪寒が背筋を走り抜けた。
(! これっ、近づいてる?!)
そうだ。2枚目よりも、3枚目の土地が少しだけ、こちらに近い。
かつて、ゲームで何度も目にした世界MAPが脳裏をよぎり、戦慄する。
書かれていた名称がどれもスクレットに近く、スィエルからは相当遠いのと、報告が進んでは、僅かに戻りを繰り返して、巧妙に誤魔化されているから気づきにくくはなっているが。
もしかしたら、勘違いかとも思うような、自然な移動の仕方だが。
リコリスは確信した。確実に、近づいてきている、と。
それどころか、むしろ……。
「あぁっ、ライカ、それ貸して!」
「えっ、リコさん?!」
「師匠?! どうしたんスかっ?」
叫ぶように言って、ライカリスの応えを待たずに、まだ読まれていない手紙の束を引ったくる。
黙って様子を見守っていたウィロウも、師の唐突な行動に目を丸くした。
男たちの動揺には構わず、リコリスは手にした紙の束を捲る。
1枚ずつ読んで、なんて、もうできない。きっとそんな暇はない。
必要なのは、最後だけだ。
勢いよく捲り上げ、現れた最後の手紙――そこには。
『 今、スィエルの森の前にいるよ 』
ああ、本当にやってくれる。
予想どおりの最悪な展開に、リコリスの口が引き攣った笑いを吐き出す。
その不自然な笑いと共に、
「総員退避――っ!!」
全力の叫びがその場に響いた。




