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第78話 不吉の羽音

 ベッドに腰かけたリコリスが、大きく伸びをしてそのまま後ろにひっくり返った。

 天井を見上げながら、思い返すはジェンシャンのこと。


「あの感じだと、考えは変わらないだろうなぁ」


 師の「私が妖精師(フェアリーマスター)にする」宣言に問いかけるでもなく、ただ静かに頷いた。

 リコリスとしても、事情を知らぬ者にはさぞやも意味不明な発言だったと思うのだが、彼女にとって今重要なのは、そこではなかったのだろう。

 むしろ他の弟子たちの方が何か訊きたそうにしていたが、肝心のジェンシャンがそんな様子だったのを慮ってか、特に何も言わなかった。


 その弟子たちの姿も、今は小さな家の中にはない。

 緊張の昼食を終えると、各々牧場のあちらこちらへと散っていった。

 休日の昼食の後、牧場の好きな場所で思い思いに過ごすのはいつものこと……とはいえ、今日は強風のこともあって、施設の中で過ごすらしい。

 家の中で寛いでくれてもいいのに、と思えども、リコリスはそれを口に出したことがない。

 仮にそんな提案をしたとしても、弟子たちはリコリスの隣から発せられる無言の圧力に耐えられないだろう。

 彼らもそれをよく理解しているから、長居はしない。


 普段は家や牧場を賑やかに彩る家妖精たちも、今は全員送還済みだ。

 季節の変わり目は作物の世話もないし、動物たちの相手は弟子たちが引き受けてくれるしで、彼らの仕事がほとんどない。

 何より、飛んでいったら困るから。

 だから、今は家の中にはリコリスとライカリスの2人だけだった。


「変わった人だとは思ってましたけど、やっぱり本当に変わり者でしたね。わざわざ茨の道を選ぶんですから」


 心底呆れたと言外に告げるライカリスが、リコリスの横に腰を下ろす。長い足が組まれて、スプリングが音を立てた。

 しみじみと呟く相棒の背を、仰向けのまま見上げながら、リコリスは小さく笑う。


「まぁ、ジェンシャンなら、って思ってるんだけどね。皆いるし。――それにしても、茨の道かぁ……」


 その道を、共に歩いたライカリスの言葉だからこそ、説得力がある。リコリスとしても、全面的に同意の表現。


「一緒に歩かせちゃったね」

「……その言い方だと、リコさんが悪いみたいですけど」


 不本意そうな声に、彼女は苦笑した。


「いやぁ、悪い悪くないって言い方はなんか違うと思うんだけど……ただ私は、やっぱり一方的に助けてもらった側だから」


 貰うばかり、与えられるばかりで。

 他の仲間たちや牧場主とパートナーの関係を考えれば、リコリスがこの相棒に与えられたものは本当に少ない。


 そう告げれば、はあ、と面白くなさそうな色を含んだため息が落とされ、ベッドが大きく軋んだ。

 衣擦れの音に顔を向けると、シーツに肩肘をついたライカリスが、眉根を寄せてリコリスを見つめていた。


(う……)


 思ったよりお互いの顔が近いが、かろうじて慌てずにいられるような、微妙な距離。

 どうすれば不自然でなく離れられるか、悩むより先に、相手が動いた。

 伸ばされた手が緩く頬を掠め、通り過ぎた指先がリコリスの赤い髪を摘まむ。

 摘ままれた一房の赤をくるくると弄ばれ、時折つんっ、と引かれて、微かに刺激を感じた。



「――幸せですよ」



 不機嫌そうな、拗ねた表情に、諭すようなその言葉はなんだかとても不釣り合いで。


「ラ……」

「幸せ、なんです」


 呼びかけを遮り、ライカリスが言い募る。


「リコはいつでも、私に幸せをくれるんです。昔も……今は、もっと」


 そこまで言って、ようやく表情を緩めた。不機嫌な顔から、困ったようなそれへ。


「リコさんはもっと、自分がどれだけ他人に影響をもたらしているか、自覚した方がいいです。私も、ご友人方や姉さんたちも、あなたと関わりたいと、関わっていたいと思ったから、そうしたんですよ。それこそ、あなたが 無 力 で、 役 立 た ず で、 足 手 ま と い だった頃からでもね」


 悪戯っぽく、意地悪く笑って、オチをつけられてしまった。

 今のライカリスには珍しい発言に、照れくささまで吹き飛ばされて、思わずリコリスも微笑む。


「…………なんか今の、昔のライカみたい」

「昔の私も嫌わないでくれるんでしょう? もう、少しくらい開き直ってもいいかと思いまして」

「ふふ。全然いーよ」

「そうですか? あなた、虐められて喜ぶような変な趣味ありましたっけ。……あぁ、そんなだから私に関わろうなんて思ったんですかね。やっぱり変な人だ」

「あはははっ、そんな感じ、そんな感じ!」


 笑い転げるリコリスに、言った本人の方が何となく複雑そうに首を傾げた。


「…………そんなに面白いですか?」

「んー、面白いっていうか、懐かしくて。むしろ逆に新鮮っていうか」

「そんなものですか。……私はちょっと微妙な気分ですけどね。虐められて喜ぶリコさんって」

「いやいやいやいや。別に虐められるのを喜んでるわけじゃないからね? そんなどっかの双子弟じゃあるまいし……」


 聞き捨てならない。断じてそんな趣味はない。

 笑いを収めたリコリスが、慌てて首を振る。

 そんな彼女に疑わしげな視線を投げ、ライカリスがまた意地の悪い笑みを口元にたたえた。


「本当に?」

「本当だってばーっ」


 掴まれていた髪を取り返し、相棒の胸元を軽く叩く。

 と、ライカリスも作っていた表情を崩し、小さく吹き出した。

 それを見て、リコリスもまた笑う。




「――師匠、ライカリスさん。すみません……ちょっといいッスか?」


 他愛もないやり取りを繰り返している空間に、遠慮がちな男の声が舞い込んだ。

 外に吹き荒れる風の音にも負けそうな、心底申し訳なさそうな声を聞いた途端、ライカリスの表情がすっと消える。

 リコリスはその露骨なまでの変化を見ないフリをして体を起こし、軽く髪を撫でつけてから、扉の方に顔を向けた。


「ウィロウ? 大丈夫だよ、入って」

「……失礼します」


 扉が開き、髪をボサボサに乱したウィロウが、おずおずと顔を覗かせる。強い風に背を押されるようにして身を滑り込ませてきた弟子は、頑としてライカリスを見ないまま、扉の前で足を止めた。

 普通は、ここで何の用かと問うものだろう。しかし、


『………………』


 リコリスが思わず口を閉ざし、隣を見上げる。

 ちょうど相手も同じことを考えていたのか、微妙な視線がかち合い、それから揃って視線を戻した。

 2人が複雑に見つめたのは、所在なさげに立っているウィロウ……ではなく、彼の腕の中でぐったりしている大型猛禽類。いつかの手紙を運んできた、あの鷹だった。


 不幸の手紙の、あの、鷹だ。


「風のせいッスかね。牛舎の窓にぶつかってきたんスけど……」


 ウィロウはどうやら牛小屋にいたらしい。

 腕の中の鷹を見る目が、リコリスやライカリスと同じようにどことなく嫌そうなのは、彼も問題の手紙を読んでいるからか。あるいは、飼い主があの双子という時点でもう無理なのか。

 鷹に罪はない。

 それは重々承知しているが、この鳥が運んでくるのが、双子からの連絡というのも、また事実。


「えーと、とりあえず回復を……」


 確認したところ、半分とまではいかないが、HPが減っている。

 繰り返すが、やはり鷹に罪はない。

 放っておくのも可哀想で、リコリスは立ち上がってウィロウに近づいた。


 目の前に来て手を翳しても、鷹は威嚇するでもなくリコリスを見上げてくる。常ならば爛々としているはずの鋭い目は、今はやや力なく。



単体回復(ヒーリング)



 鷹が淡い光に包まれる。

 何をされているのか理解しているだろうか、気持ちよさげに目を閉じた焦げ茶の頭を、指先でちょいちょいとつついてみるが、嫌がる素振りも見せない。

 思いのほか素敵な触り心地に、そろそろ噛まれるかもしれないとは思いつつ、リコリスは指が止められなかった。


「あのー、師匠……」

「――はっ」


 いつの間にやらスキルの光は空気に溶け消え、鷹を抱えたままのウィロウが引き気味に声をかけてきた。

 うっかり夢中になっていたようだ。

 幸い噛まれることもなかった手を下げ、取り繕った笑みでリコリスは弟子を見上げる。


「あ、ごめんごめん。もう大丈夫」

「そッスか。それはいいんですが……えーと、その……」


 歯切れ悪く、言いにくそうに、ウィロウが口を開閉させる。目は、リコリスと後ろのライカリスとを往き来して彷徨い泳ぎ、彼の迷いを浮き立たせた。


「ウィロウ?」


 どうしたというのか。

 様子のおかしい弟子に重ねて問いかけようとしたリコリスの後ろから、すっと手が差し伸べられた。


「――渡しなさい」


 そんな、一際低い声と共に。

 肩越しに仰ぎ見れば、気配なく距離を詰めてきたらしいライカリスが、ウィロウに手を差し出している。


「ライカ?」

「……手紙ですよ。これが来る時は」

「あぁ、そっか。忘れるとこだった」


 鷹の頭に気を取られ過ぎていた。

 問題はこれからなのだ。


 冷気を発するライカリスに再度促され、ウィロウが重々しく頷く。

 どうやらリコリスに手紙を渡すのを躊躇っていたようで、ライカリスが出てきたことに安堵した気配すらあった。

 鷹を抱えるのと反対の手をズボンのポケットに突っ込み、ゆっくりと引き抜く。


「うわぁ……」


 リコリスの口から、うんざりという感情をそのまま音にしたかのような声が漏れた。男2人も全く同じ表情だ。


 ウィロウからライカリスへと渡ったのは、黒い紐で十字にきつく縛られた、分厚い紙の束だった。1枚目の真ん中には、「ライカリスとリコリスへ」とだけ表記がある。皺が寄っているのは、鷹が掴んできたからだろう。

 大きさこそポケットに入る程度、ウィロウの掌くらいだが、それにしても分厚い。

 何がどれだけ書かれているか知らないが、どうせろくでもないに違いない内容を、この量読まなければいけないと思うと、追加でうんざりしてしまう。


「はぁ……。リコさん、すみませんが、私が先に改めさせてもらいますね」

「ん、分かった。お願い。でも、問題なさそうなら、私にも見せて」


 何だか、妙に嫌な予感がする。

 勘だけど、と言いながらも大真面目なリコリスに、ライカリスも真顔で頷き、紐を解く。

 ウィロウが緊張に、小さく喉を鳴らした。

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