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第7話 宴と酒と招かれざるなんとか

「――というわけで、ついさっき帰ってきたところなんです」


 大騒ぎの1時間後。スィエルの町唯一の酒場兼宿屋に場面は移る。

 大勢の知った顔に見つめられながら、リコリスはここに至るまでの経緯を語った。

 話せない箇所はぼかしつつ、皆と同じように、2年前の異変に戸惑いを見せて。


「そう……詳しいことはリコちゃんにも分からないのねぇ。でも無事帰ってきてくれてよかったわ」

「本当だなぁっ 俺ぁもう、リコ嬢ちゃんに会えねぇんじゃねぇかと……グスッ」


 そういってほろほろと涙を流すのは、裁縫スキル伝道師フリージアと料理スキル伝道師アガベ。プレイヤーにそれぞれ生産スキルを伝授してくれるNPCだった2人は、要するに、リコリスにとっては裁縫と料理の師匠のような人たちだ。

 2人が泣くのにつられてか、周囲から複数鼻をすする音が聞こえてくる。同時に、良かった良かったと喜びの声も。


 リコリスの前に小柄な初老の男性が立った。柔和な微笑と白い口ひげが印象的で、リコリスを見る目は優しい。

 その隣には、マザー・グレースが寄り添うようにしている。

 スィエルの町の町長、サマン・リッカーだった。マザー・グレースと並ぶと凸凹コンビだが、とても仲のいい夫婦として有名だ。

若い頃大恋愛の末に結ばれたとかなんとか、クエストが印象的だったのをリコリスは覚えている。

 サマンはリコリスの顔を真っ直ぐに見て、目を細めた。心なしか、その目が潤んでいるようで。


「おかえり、リコリス。大事な仲間が無事に戻ってきてくれて、こんなに嬉しいことはない」

「……ありがとうございます」


 この町の人々は本当に温かい。


「あ、そうだ。サマン町長」

「ん?」


 感動しすぎて忘れるところだった。当初の目的を。

 腰からポーチを外して、サマンに差し出す。


「畑にあった野菜、片っ端から集めてきたんで。皆で使ってください」

「しかし、それでは」

「町の人たちで、食べ物平等に分けてたんですよね。ライカから聞きました」


 申し訳なさそうなサマンに、リコリスは続ける。


「管理はお任せしますから。どうぞ、これも町の財産に加えてください」


 今のリコリスから、町の人たちの気持ちに返せる唯一のものだ。この優しい人たちが飢えるのも嫌だった。

 周囲がざわつき、サマンがううむ、と困惑気味に唸る。と、彼の眼前にあった蝙蝠ポーチの口が突然開いた。


「え?」


 ――ぶっ


 口をすぼめて、何かを吹く。吐き出されたそれは、こーんとサマンの額に当たって、マザー・グレースの手に落ちた。

 きゅうりだった。

 空気が凍り、サマンが額を押さえた。当然だが、痛かったようだ。


「す、すみませんっ」


 どうなっているんだ、この蝙蝠。さっきから自分の意志で動いていないか。

 慌てるリコリスをよそに、満足げに口を閉じたポーチはそのまま沈黙した。見事な丸投げ姿勢である。


「――ぷっ」


 きゅうりを掴んだマザー・グレースが吹き出した。すぐに堪えられなくなったのか、大きな体を揺すり出す。


「はっはっはっは! いいじゃないかね、サマン! 鞄まで、好きに使えって言ってくれてるよ!」


(え、そうなの? そういう意味なの、この蝙蝠っ?)


 彼女があまりに笑うものだから、それがだんだん伝染していって、気がつけば皆が笑っていた。


「えぇと、すみません。サマン町長……」


 額にキュウリが強打した挙句に皆に笑われるなんて気の毒だ。しかも一番大笑いしてるのが奥さんとか。

 笑い声の中、リコリスがもう一度謝罪すると、サマンは赤くなった額をさすりながら、それでもおおらかな笑みを彼女に向けた。


「いいんだよ。主人思いの鞄じゃないか」


(主人思いの鞄とか、初めて聞きました)


 この世界では一般的なのか? でもライカリスは独特だといっていた。

 なんとも言えない表情をしたリコリスに、サマンが頭を下げる。


「こんなに町の者たちが笑っているのを見たのは久しぶりだ。本当にありがとう、リコリス」

「いえ、そんな」


 恐縮してしまった彼女に、サマンがひとつ頷いて、ぱんぱんと手を打ち鳴らした。

 場を満たしていた笑いが引いて、全員の目が彼らの町長に向く。


「ありがたく受け取ることにしよう。大事に食べさせてもらうよ、リコリス」

「はい。また収穫したらもってきますから」

「断っても聞き入れそうにないね。でも、無理はしないでほしい」


 真摯な言葉に、リコリスは頷く。


「さて、では今夜は、我々の仲間の帰還を祝して、皆で騒ごうじゃないか」


 それを聞いた人々の顔が輝いた。



「宴会だーっ!!」



 誰かが叫び、わあっと歓声が上がった。

 そして、宴の準備のために、1人、また1人と酒場から飛び出していく。


「私も何か手伝いを」

「準備ができたら声をかけるから、主役は2階でゆっくりしておいで」

「でも……あ」


 サマンはにこやかに去っていってしまった。

 その背を見送るリコリスの肩に、手が置かれる。


「ライカ」


 話し合いの最中、リコリスの後ろに控えて、全く口を開かなかったライカリスが、彼女を酒場の2階、客室の方へと促した。

 大人しく従って階段を上がる途中、ふと、ライカリスが振り返った。


「そうだ、リコさん」

「ん?」

「――お酒は絶対に飲まないように」


 低く、重々しく言われて、リコリスが俯く。

 蘇る苦い記憶と、プレイヤーたちの叫び。


(そういえばこのキャラ、お酒飲めないんだった……)


 この『アクティブファーム』というゲーム、クエストの途中で突発的にミニゲームが用意されていた。それはいいのだが。問題なのが、事前に情報を仕入れたからといって、クリアできるとは限らない、というところ。

 ある都市の酒場で発生するクエストでは、謎の飲兵衛と飲み比べになり、ミニゲームが発生した。無論、プレイヤー仲間の話や攻略情報から、ミニゲームの存在は知っていたリコリスだったが。


(だからって、クリアできるわけないってのよ。あんな弾幕ゲー)


 肝臓の働きの一部として、無数に撃ち込まれるアルコールダメージを回避、大元のアルコールを撃破(分解?)していくという、意味不明な弾幕回避シューティングゲームだった。本当に意味不明だった。しかも残機は1。考えた奴出てこいである。

 このゲームに失敗すれば飲み比べに負けたことになり、結果お酒に弱いキャラにされてしまうのだ。このクエストの時NPCを連れていれば、勝ったときは祝われ、負けたときは介抱してもらえるという特殊イベントも発生する。

 元から弾幕ゲームが得意だったとか、特殊な一部を除き、『アクティブファーム』のほとんどのプレイヤーが酒に弱いという設定になった。パートナーに介抱してもらいたいという理由でさっさと負けたプレイヤーも多かったが。

 リコリスは例によってライカリスを連れて歩いていたので、彼の忠告も理解できる。

 ちなみに介抱イベントは目を覚ましたら朝だったというお約束の展開だった。要は酒で記憶が飛びました状態だ。プレイヤーの間でも様々な憶測という名の妄想が飛び交っていた。


(何があったのかな~。何やらかしたのかな~私は。フフ……怖くて訊けない……)


 願わくば、ただ倒れただけであってほしい。


「……了解」


 忠告に素直に頷いて、彼女はため息をついた。

 ――宴会はジュースをお願いすることにしよう。




■□■□■□■□




 宴の始まりは、日暮れと同時だった。

 酒場の庭にまで煌々と明かりが灯され、中も外も大騒ぎだ。見た感じ、リコリスの知る町の住人全員が集まっているようだった。


 リコリスは既にボロボロだった。

 髪をかき回され、背中を叩かれ、しがみつかれ抱きつかれ、泣かれて、時に怒られて。必死に固辞したので、酒を飲まずに済んだことだけが救いだろうか。

 しかし、それでも何故か頭がふわふわするのは、酔っ払いたちの呼気のせいかもしれない。これは予想外だ。

 ようやく開放されたのは、子どもたちがうとうとし始め、大人たちに酔いが回って、リコリスをさほど気にかけなくなった頃。といってもど真ん中にいたのでは絡まれるので、彼女はこそこそと隅に移動していた。

 壁沿いに移動しながら、リコリスは自分のパートナーを探す。


(あ、いた)


 宴の輪から外れた、酒場の隅の方にライカリスは立っていた。

 壁に背を預け、無表情に目を閉じて、手には木のコップを持っている。

 誰ひとり彼に声をかけないどころか、その周囲だけぽっかり空いているのである意味とても目立つ。彼の人間嫌いを知っている住人たちの優しさなのか?

 リコリスは静かに近づいて、ぴたりと寄り添うように隣に立った。……ここが一番落ち着く。

 ライカリスはちら、と彼女に視線をよこすものの、口を開く気はないらく、黙ってコップを傾けている。


「中身、何?」

「……飲ませませんよ」


 酒か。

 そういえば、相当酒に強いのだったか。そんなクエストだかイベントがあった気がする。


「飲みたくないけどさ、もう空気だけでいっぱいいっぱい。むしろもう酔ってる気がする~」

「……」


 酒場内は、今とても酒臭いことになっている。

 リコリスが言えば、ライカリスは眉を寄せた。ちっと小さく舌打ちして、彼女の腕を掴む。


「出ますよ」

「へ?」

「外なら少しはマシでしょう」

「え、え?」


 リコリスが目を丸くする。

 ちょっと酔ったかもしれない程度で、そんな対応されるとは思っていなかった。

 介抱イベントの時、何があったのか本気で恐ろしい。


(そんなに? そこまで?! ちょ、本気で何したの私っ)


 内心パニックを起こすリコリスを引き摺るようにして、ライカリスは酒場の出入り口に向かう。

 ――が、そこに辿り着く前に彼は足を止めた。そして。


「――っ?!」


 リコリスが思わず息を呑むほど、彼の纏う空気が尖った。

 ぴり、と僅かな酔いなど、一瞬で醒めそうなほど、鋭い気配。これが殺気だといわれれば、納得できる。

 どうした、と問う必要はなかった。

 酒場の外がにわかに騒がしくなったからだ。今までの陽気な騒ぎとは違う、不穏なそれ。

 酒場の大きめな出入り口を通って現れたのは、体格はいいが柄の悪い男たちだった。

 見るからにまっとうな人種ではない。というか分かりやすすぎる。


「おぅ、楽しそうにやってんじゃねぇか」

「ひっでぇな~。俺たちには食う量減らせって言っておいて、自分たちだけ宴会ですかぁ~?」


 3人。それぞれが品のない笑みを浮かべて、周囲を見回し……その視線がリコリスに止まった。

 矛先が自分に向くことに、リコリスも異論はなかった。レベル的に考えて、どう考えても矢面に立つべきは彼女だろう。

 だが彼らが動き出す前に、その前に立ちはだかった人がいた。

 サマン町長だ。

 小さな背中に、町民を守るのだという意志が見えた。


「今夜は我々の大切な仲間の無事を祝う夜だ。君たちは酒に酔っては暴力を振るおうとするからね。悪いが今夜は遠慮してもらいたい」


 一回り以上体格の違う相手を見据えて、きっぱりと告げる。

 立派だし格好いいし、庇ってもらえて嬉しく思うが、リコリスとしてはヒヤヒヤだ。

 案の定、男たちはサマンに怒りを向けた。胸倉を掴み上げられて、彼の足が浮きかけるのを見て、マザー・グレースが眉を吊り上げる。


「ちょっとあんたたち――!」


 リコリスも動いた。スィエルの町の住人の、誰ひとり、怪我をさせるつもりはない。


「町長、交代してください」

「リコリス……」


 進み出た彼女に、サマンが呻く。心配そうなその瞳に、大丈夫、と頷きをひとつ。

 突き飛ばされるように開放されたサマンを支えて、下がらせた。


 正直な話、この男たちに限っては、本当に全く心配は要らない。

 リコリスが確認したかぎり、男たちのレベルは高くても20そこら。レベル1000のリコリスには、真剣で斬りかかっても傷ひとつつけられない、はずだ。多分。

 むしろ心配なのは、近くにいるだけで卒倒しそうな殺気を放っている、リコリスの隣の人の方だ。


「嬢ちゃんが帰ってきたって奴かい。へぇ~。可愛いじゃねぇか」

「だなぁ。この嬢ちゃんに相手してもらえんなら、このオッサン見逃してやってもいいなぁ!」

「嬢ちゃん楽しませてやりゃあ、食いモンたくさん貰えんだろ~?」


 限界だった。誰がって、ライカリスが、だ。

 その手が腰の短剣に伸びたのに気づいて、リコリスの方が慌ててしまった。

 彼女が咄嗟にその手を掴むと、思い切り冷たい視線が降りてくる。


「……リコさん」

「この町の中で人殺しはやめなさい」


 若干理由がずれているが仕方ない。もし安易に男たちを庇うような発言をすれば、その時は本当に止めても無駄な事態になるだろう。

 誰ひとり怪我なく、とは言わないが、できるだけ人死には避けたいリコリスである。


「これくらいなら、私が自分でやるよ。多分、ここで私が後ろにいるだけだったら、舐められて後が面倒だと思う」

「殺してしまえば面倒も何もないでしょう」


 吐き捨てるライカリスに、リコリスは意地の悪い笑みを浮かべた。


「殺さないよ。使い道決めたから」

「……は?」


 男たちに向き直る。

 散々馬鹿にされて怒りに顔が赤くなっていた。


「お話し合いは終わったかなぁ?」

「言いたい放題言ってくれるじゃねぇか」


 それでも話が終わるまで待ってくれているんだから、根は悪くないのか。

 そんなことを考えながらリコリスがゆったりと構えた時、



「お待ちになって」



 鈴を鳴らすような声がした。

 男たちとは間逆で品のいい、しかし人に命令することに慣れた声だった。

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