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第61話 男子禁制! 魅惑の……?

「気に入ったのあったら、遠慮なく言ってね~」

「は、はいっ」


 うきうきと弾むリコリスの言葉に、応えるペオニアの声には焦りがあった。その後ろにいるアイリスとジニアの表情もまた、同じように強張っている。

 しかし、それも無理もない。

 彼女たちの前には、蝙蝠ポーチから大量に吐き出される水着が山を作っているのだ。その量といったら。水着を広げるために敷いたシートを埋め尽くし、遠慮の前にそろそろ一旦止まってほしいという有様になっている。

 楽しそうなのはリコリスともう一人、ジェンシャンくらいのものだった。


「あらぁ。たくさんございますのねぇ」

「まぁね。服とレシピ集めは趣味みたいなものだったし」

「たくさん過ぎですよ……」


 のんびりと構えるリコリスとジェンシャンの隣で、ジニアが困惑を滲ませながら水着の海を見つめていた。


 買ったの物もあれば、リコリスが作ったものもある。過去のイベントで手に入れた限定品も少なくない。量も量な上、色も形も実に様々で、確かに選ぶのには相当苦労しそうだった。

 ちなみに、中には到底着られそうにないものまで存在している。例えば――、


「まぁ、これ……大胆ですわねぇ」

「きゃあっ」

「!! ジェンシャン、それはいくらなんでも……!」


 ジェンシャンが摘み上げた物を見て、ペオニアが小さな悲鳴を上げて目を覆った。

 それはどう見ても布の異様に部分が少なく、ほぼ紐状態のマイクロビキニだった。しかも色は金。過去のイベントで入手した、誰の趣味なのか未だに謎なそれは、身につければおそらく、裸より恥ずかしいだろう。着る方も、見る方も。

 アイリスが、顔を真っ赤に染めて叫ぶ。


「絶っ対に駄目だからな!? そっ、そっ、そんな、破廉恥なっ」

「分かってるわよぉ。ちょっと気になっただけじゃないの」

「いや、それ選んだら、さすがに私も止めるからね……」


 遠慮するなと言っておいてなんだが、いくらなんでもこれは着せられない。

 豪奢な金髪美人で、スタイルも飛び切りのジェンシャンならば似合いそうではあるが、刺激的という言葉では済まなくなってしまう。


「お願いよ。それだけはやめてちょうだいね……?」

「……姉さん」

「あらあらぁ……信用ないんですのねぇ……」


 信用がないというか、似合ってしまいそうなのが怖いというか。ペオニアも懇願し、ジニアもまた訴える目を姉に向け。

 ジェンシャンの苦笑いは、信用のなさへの嘆きか、あるいは水着への未練か。どちらか判断はつきかねたが、それでも彼女の指先から、するりと金の紐が抜けた。


「さて!」


 気まずい雰囲気を払うように、リコリスが一度手を打ち鳴らし、


「今のはとりあえず見なかったことにして、他の見てみて。可愛いの結構あるから」


 さりげなく今のビキニを横に避けつつ、他の水着を示した。




■□■□■□■□




「それじゃあとりあえず、アイリスはこれで、ジェンシャンはこれで」


 各自、ようやく決定した水着を、リコリスが他と混ざらないように並べていく。

 アイリスの選んだ水着を手に取った時、ジェンシャンが不満げにため息をついた。


「もっと可愛い水着にすればよかったのにぃ」

「私にそれが似合うと思うのか……?」


 応えるアイリスの声は、げんなりと低い。ここに至るまでに、散々繰り返したやり取りだからだ。

 だが、ジェンシャンの言うことも一理ある。

 アイリスが選択したのはオールインワンタイプで、肩から太股の半ばまでをしっかりと覆う、要するに競泳用水着なのだ。確かに、色気も何もない。

 フリルやリボンなど、身につけるくらいなら舌を噛むという勢いで守り抜いた戦利品なのだ。


「そういうのは、お前が着ればいいだろう?」

「だってぇ、私もそういうの似合わないものぉ」


 そう言って肩を竦めるジェンシャンも、確かにフリルやリボンの可愛らしさより、抜群のスタイルを活かした、目に毒なくらいのデザインが合うだろう。

 先ほどのビキニほどではないにしろ、彼女が決めたのはそういう水着だった。


「私の方が似合わない! この腹にこの肩で、フリルなんぞ付けられるか? 不気味極まりないだろうっ、分かれ!」

「不気味って……」


 姉の自嘲的な発言に、ジェンシャンが顔を引き攣らせた。


 確かにアイリスは女性にしてはがっしりと鍛えられた筋肉質な体型だが、不自然なほど筋肉がついているわけではない。

 確かに可愛らしいものは合わないかもしれない。だが、元々が細身で、バランスの取れた鍛えられ方をしているのだから、それを惹き立てるようなデザインが似合うだろう。シンプルで、しかしそれは決して女の美しさと無縁なものにはならないはずだ。アイリスには、そんな凛とした美しさがある。


 姉の魅力を知っているからこそ、ジェンシャンはこうして先ほどから食い下がっている。言葉の端々にそれが表れていた。

 リコリスとしても基本的にはジェンシャンの意見に賛成なのだが、本人がそれを固辞しているのだから、無理強いもできないとも思う。


 そうして、2人の不毛な言い争いは先ほどから途切れることなく続き、口を差し挟む隙がない。

 ペオニアとジニアによると、


「たまにこうして意見がぶつかるんですのよ」

「……どちらも意見を曲げないので。でも、そのうち仲直りしますから……」


 ということらしい。

 付き合いの長い彼女たちがそういうのなら、とリコリスは2人をそっと見守ることに決め、次の水着を広げ始めた。


「……えーと、ジニアのがこれだね」


 スタイルを気にしていたジニアは姉2人と違って、年頃の少女らしい、可愛らしい水着を選んでいる。

 しかし、自分で決めたはずのそれを見つめるジニアはどことなく不安そうな表情で。


「……私、似合いますか? これ……」


 どうやら、本当に自分に自信がないらしい。

 普段から寡黙なジニアの意外な一面に、リコリスは困った顔で首を傾げた。


「似合うと思うよ? ジニア可愛いし」


 ジェンシャンのような妖艶さこそないものの、ジニアはジニアで綺麗な顔をしているのだ。

 釣り目がちな大きな目は、彼女のクールな雰囲気に合いつつ、可愛らしさも加えている。


「リコリス様の言う通りですわ。とても似合うと思いますわよ」


 ペオニアが優しく諭すように言葉をかける。

 と、それに重なるように、蝙蝠ポーチから吐き出された何かが、ぽん、とジニアの胸元に当たった。ジニアは反射的にそれを両手で受け止め、それから目を丸くする。


 ジニアの手の中に転がり落ちたのは、小さな髪飾りだった。

 彼女の選んだ水着の色に合わせた水色の小さめなリボンの真ん中に、白い花。濃い青のラインの入ったリボンは可愛らしく、それでいて花びらが幾重にも重なった花には上品さがある。


「あ、可愛い」


 ぽかんと呆けているジニアの代わりに、手の中を覗き込んだリコリスが感想を述べた。

 それを聞いて我に返ったジニアが、リコリスを見、手の中のリボンを確認して、最後にそっと蝙蝠ポーチを窺い見る。対する返事は、普段とあまり変わらず、ニヤリと一笑い。


「あ、ありがとうございます……」


 牙の並んだ口を言葉もなく見つめ、それからリコリスとペオニアの表情を確認したジニアが、はにかんで頬を染め。

 褒められなれていないのか、居た堪れなさそうに何度も瞬きを繰り返し、それから彼女ははっと何か思いついたように顔を上げた。


「あ、お、お嬢様の水着もとても可愛いです……!」


 話を逸らすことにしたようだ。

 リコリスもそれを分かっているから何も言わなかったし、蝙蝠ポーチの口もただ三日月の形を描いたまま。柔らかく微笑んだペオニアが、ジニアの言葉に頷いてみせた。


「ええ。この水着も、とても素敵ですわ」


 ペオニアがふわりと手にした水着を広げてみせる。

 露出のことを考えて選択されたそれは、一般的な水着と比べて随分とスカート部分が長く、着れば膝下までしっかりと覆い隠してくれる。一見すると水着ではなく、清楚なワンピースという印象だ。

 泳ぐのには不向きかもしれないが、ペオニアが力の限り泳ぐということもないだろうから、問題はないだろう。


「あとは、これも忘れないように、だね」

「あ、はい」


 リコリスが示したのは白いレースのカーディガンと、裾にレースを使った黒いレギンスの2枚。そのどちらも、ペオニアの水着を選んでいる時に、蝙蝠ポーチが追加してきたものだった。


(……普通に存在忘れてたものばっかりだなぁ)


 このカーディガンも、ジニアの髪飾りも。

 所持品が多すぎて、正直なところ全てを把握できていないのだ。直接目にすれば持っていたことを思い出すのだが。

 ゲームと違って、画面に一覧を出してカテゴリ別で選択ということができないものだから、量が量なだけに普段使わないものは思い出すのも難しい。

 それに比べて、蝙蝠ポーチの的確さときたら。

 

「これも、本当に素敵です。……ありがとうございます、蝙蝠様」


 ペオニアが嬉しそうに、蝙蝠ポーチの気遣いに頭を下げる。

 そしてやはり、蝙蝠ポーチは満足げに笑うのみ。

 男たちを追い出しての水着選びは、こうして意外な協力を得つつ、順調に進んでいた。



 ――ただ一つを除いては。



 ペオニアもジニアも、それに意外とアイリスもジェンシャンも楽しそうだし、4人とも一応とはいえ水着も決まった。あとは小物をいくつか選ぶつもりだが、特に問題はないだろう。

 ここまでは、いい。


「――それはいいんだけどね、蝙蝠様」


 僅かに表情を硬くしたリコリスが、腰に視線を落とす。

 対する蝙蝠ポーチもそれまでの笑みを引っ込め、存在しないはずの目でじっと主人を見上げた。珍妙な睨み合い。そして、妙に緊迫した空気。

 ペオニアとジニアが顔を見合わせ、慎ましく1歩を下がる。


「そろそろ、私も水着決めたいんだけどなぁ~」


 ため息混じりのリコリスの言葉に、蝙蝠の羽がひらひらと揺れた。その胸の内は窺えない。


「これとか……」


 リコリスがそろりと足元の水着に手を伸ばす。

 控えめなフリルが胸元を飾る、シンプルな白いホルターネックのタンキニ水着だ……が。


「……っ」


 手が届きかけたそれは、寸前で輪郭を失い、その場から消え去った。一瞬で、抵抗する術もなく。


「蝙蝠様ぁ」


 リコリスが頭を抱え、また蝙蝠羽がひらひら揺れる。これが今日、もう何度繰り返されたか分からない。

 どういうわけだか、リコリスが水着を選ぼうとするたび、こうして邪魔が入るのだ。

 吸い込まれてしまった水着は戻ってこないまま、リコリスの選択肢は減っていく。そろそろ、露出の多い水着ばかりになってしまった。


「あのね、蝙蝠様。私もう少し控えめなのがいいんだけど?」


 残っているのはセパレートかビキニ。

 リコリスとしては、元の世界でもこういったタイプの水着を着たことがないから、できれば避けて通りたいのだ。せめて腹は隠したい。


 しかしリコリスの懇願に、蝙蝠ポーチはだらりと羽を垂らし、お得意の死んだフリで応えるのみで、吸い込んだ水着を戻そうとはしない。

 こういう時にフォローしてくれそうなジェンシャンは熱い議論の真っ最中だ。ペオニアもジニアも、困った顔で。


(……どうしよう)


 このまま、ビキニを選ぶしかなくなるのだろうか。

 自分の所持品であるはずの蝙蝠ポーチの考えが全く理解できず、リコリスは途方に暮れるしかなかった。

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