第6話 いざスィエルの町へ
森の小道を、ライカリスと並んで歩く。
リコリスの牧場は森に囲まれていて、少し歩けばスィエルの町だ。
各村や、町にはそれぞれ近所に、広さや土地の値段は様々だが1箇所空き地がある。大きな都市だと複数ある場合もあった。
本来は別エリアに作成されるプレイヤーの牧場だが、条件を揃えればその土地に自分の牧場を、育てた状態のまま引越しさせられるのだ。
陸続きになることでNPCが遊びに来るイベントが頻繁に発生する他、専用クエストや専用アイテムも用意されていた。また、その町の住人として認められることになり、買い物で割引になるなど、恩恵は大きい。
しかしその条件というのが非常に玄人向けで、どのくらいかと問われれば、リコリスの財布がすっからかんになるくらい、である。
他にも、パートナーが必須で、近くに住んでいないといけないとか、近所に暮らす人々全員と友達にならなければいけないとか、ボスを1000回倒して出るか出ないかというアイテムをとってくる、等々とにかく大変だったのだ。
そうして禿げそうなほど苦労して手に入れたリコリスの土地は、スィエルの町の真南。歩いて1、2分で町の外れに辿り着く。
妖精たちには所持していた種を渡し、作業の続きと留守を任せてきた。
これで牧場の心配をすることもなく、心置きなく住人たちとの対面に緊張できるはずのリコリスだったのに、それよりも今は隣を歩く男が気にかかる。
町に近づくにつれて口数が減り、無表情になっていくのが怖いのだ。
元々ライカリスは、誰にも会わずにいられるように、モンスターが弱く、食料も豊富な地域に引き篭もっていた厭世家だ。それをリコリスが時間と手間をかけ気合で引っ張り出したわけだが、大の人間嫌いまで治ったわけではないので町に行くのが嫌なのだろう。
(重い。沈黙が重い……!)
ただでさえ緊張してきているのに、唯一の味方が敵になったようで辛い。
「リコさん?」
いつの間にか足が止まっていた。不審そうなライカリスの声ではっとする。
「あー。えっと、ライカ?」
「はい?」
ん、と目の前の男に手を差し出す。無表情な視線がそれを見下ろして瞬く。
「繋げと?」
「……ダメ?」
後を引きそうな心労よりも、一時の恥とそれに勝る安心を選んだリコリスだった。
「どちらが甘ったれなんでしょうね?」
「うぬ」
昼寝の前にライカリスに言った言葉を返されて、リコリスが詰まる。
しかし、意地悪な微笑に負けて引っ込めようとした手は、するりと指を絡めとられて彼の近くに留まった。
そのまま手を引かれる。
「すみません、冗談です」
「……冗談?」
「ええ。冗談」
苦笑してから、ため息混じりに眉尻を下げる。
「これから多分もっと機嫌が悪くなると思うので……先に謝っておきますね。すみません」
「え、自分で言っちゃうんだソレ」
「言っちゃいます。リコさんに嫌な思いをさせたくはないんですが、こればかりは自分でもどうしようもなくて」
「難儀な奴……」
「すみません」
そんなに、そこまで嫌か。
重ねられた謝罪に、リコリスは首を振る。
「いや、なんていうかこっちこそ。牧場で待っててって、言ってあげられなくてごめんね」
「それは言ってくれなくていいです。言われたら落ち込みます」
「あぁ……ホントに難儀だわ……」
それでも、行かないわけにはいかない。
歩みを再開してすぐに町に入った。
一応目的地は決めてあるが、それまでに知り合いにも会うだろう。そう思いながら進んで、しばらくしてリコリスは首を傾げた。
「人いなさすぎじゃない?」
今通り過ぎた広場なんかには、この時間帯、町の子どもたちが遊んでいたはずだが。
「余所者が入り込んで治安が悪くなってますから。食料目当てでやってきたみたいですけど、そういう人間は態度と頭が悪いですから、無駄に波風立てるんですよ」
「へ、へぇ」
「面倒なので殺してしまおうかとも思ったんですけどねぇ。止められてしまいまして」
「えーと」
「とりあえず町の人間に被害が出そうな時だけ手を出して、残りの馬鹿は馬鹿同士でぶつかってるみたいだったので、放っておきました」
「……ソウデスカ」
お前が一番物騒だ!
そう叫ばなかったリコリスは、代わりに多大な精神力を消費した。
ライカリスが見張ってくれていたから町の人々が無事なのは理解できるのだが、でもやっぱり毒舌怖い。毒舌だけで済んでいなさそうなところが更に怖い。
そしてひとりの知り合いにも会わないまま、目的地に着いた。白い壁に赤い屋根の、可愛い印象の屋敷だ。塀はないが、他の家よりも少し大きい。
小さな庭を通って、扉の前に辿り着いて。
(って、これゲームなら普通に無断で入っちゃうけど、今やったらまずいよねぇ?)
リコリスは彼女の常識に則って、まずノックをするべく手を上げる。
もちろんライカリスと繋いでいるのとは反対の手だったが、そこで突然繋いでいた手を振り解かれて、驚いて動きを止めた。
「待って」
「え? ――わぁっ」
そのまま素早く腰を抱かれて、後ろに引き戻された。抵抗もできず、反動で頭がライカリスの胸に当たる。
何事かと、きょとんと目を瞬いたのと同時に。
「リコリス!!」
凄い勢いで扉が内側から開かれ、迫力の美人が飛び出してきた。
勢い余って壁にぶつかった扉が、ミシミシと音を立てる。
え、何コレ、デジャヴ。
赤みがかった金髪のその美人が、リコリスを抱きしめる人物と似ているからなおさらだ。
「マ、マザー・グレース」
リコリスは顔を強張らせながら、目の前で息を切らせている大柄な美女を見上げた。
マザー・グレース、本名はグレース・リッカー。
プレイヤーの案内人として一番初めに会う人物で、ゲームの説明を始め、アイテムやクエストをくれて、とにかくとてもお世話になるNPCだった。
町長さんである旦那さんを支え、町民にも慕われる皆のマザー。面倒見のいい、優しい人だ。
確か娘息子が合わせて5人いたはずだが、未だ翳りの見えない美貌をもつ。
そして。
「もう少し、落ち着いて出てこられないんですか? リコさんが怪我をしたらどうするんです」
忌々しげに言うライカリスの、実のお姉さんだ。
家の扉を吹き飛ばされたリコリスからすると、お前が言うなや! という台詞だが、ライカリスが後ろに引っ張ってくれなかったら顔面強打の憂き目に遭っていたのも事実。
さすが血縁。
「あ、ああ。すまないね、リコリス」
「い、いえ」
「ああ、そんなことより、リコリス。今までどこに! あ、怪我をしてたかもしれないんだ、そんなことよりなんて言ったらいけないね。ごめんねぇ!」
混乱しているようだ。
心配してくれているのは伝わってくるし、当たり前のように受け入れてもらえたことがとても嬉しい。
だが、少々勢いがありすぎる。ぐいぐい詰め寄られて足が勝手に下がろうとするが、ライカリスに抱きすくめられていて下がれなかった。
「えと、すみません、マザー・グレース。説明しますから、ちょっと落ち着いて……」
お願いしかけて、今度は後ろから大きな声が上がった。
「あああ!? リコちゃんだ! リコちゃんがいる!!」
住人に見つかったらしい。
「何ィ?! どこだ!」
「リコ嬢ちゃんだと?! 帰ってきたのか? 無事なのかっ?」
「リコちゃん! リコちゃん、大丈夫なの?!」
「母ちゃん! ライカ兄ちゃんが、リコ姉ちゃん連れてきたよ!」
見覚えのある人々が次から次へと飛び出しては集まっていくる。
それまでの静けさが、収拾のつかない大騒ぎに取って代わられるまでに、いくらの時間もかからなかった。
しかもその騒ぎはどんどん、どんどん大きくなって、その中央にいるリコリスは激しくもみくちゃにされた。悲鳴すら喧騒に――否、リコリスの無事を喜ぶ声に飲み込まれていく。
「……」
その中でリコリスを抱きしめたままライカリスは沈黙を守っていた。
この騒ぎの中で腕に僅かのの揺るぎもないのはさすがだったが、その視線は鋭く、騒ぎの輪の外を見据えていた。
きつくきつく。――彼が余所者と呼んだ人々を。