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第52話 帰還、そして疑問

「お世話になりました」


 昼を過ぎた時間帯の、ヴィフの町の北の入り口。

 後ろにライカリスとエベーヌを従えたリコリスが、照りつける日差しにもめげずに見送りに来てくれた人々に深々と頭を下げる。


「どう考えても、世話になったのはこっちの方だよな」


 そう言って呵々と笑ったのは、送別の宴会の余韻を漂わせた人々の前に、彼らを代表して立っているサイカッドだった。

 その気持ちのいい笑顔を見上げて、リコリスは首を振って苦笑する。 


「そうでもないですよ? 色々頂いてしまいましたし」


 例のギルド依頼の報酬以外にも、町民たちから色々もらっているのだ。裁縫用の布や糸、どこそこから拾ってきた何かの種、その他食に関する以外の物を、沢山。

 中にはそれなりに珍しい物も含まれていて、もらってしまっていいのかと考えたものだが、それを説明した上で是非にと言われては断ることもできず、それらは今まとめて蝙蝠ポーチの中に収まっている。


「それに、居候させてもらえて助かりましたから」


 サイカッドにも、宿屋かと思うような細やかな気遣いをしてもらった。

 改めて礼を言えば、家主は照れたように頬を掻く。


「そう言ってもらえると……まぁ、なんだ。ありがとうな、リコリス」

「いえ、こちらこそ」


 結局礼の言い合いになってしまって、お互い顔を見合わせて苦笑いしたところで、サイカッドが「あ」と小さく声を上げた。


「そうだった。それで、報酬なんだが――おーい!」


 呼びかけに応えたのは「はぁい」という間延びした声で、そして返答のあった辺りの人垣が割れて、その間から声の主が。

 以前見たやり取りを思い出したが、前と違ったのは呼ばれて前に出てきた受付嬢アルルーナの後ろに、荷車が続いて現れたことだった。

 それを確認し、リコリスは思わず目を細める。


(ま、眩し……っ)


 それそのものは何の変哲もない木製の荷車。だが、その上に乗っているのは、日差しを浴びて燦然と輝きを放つ――金貨の山だった。

 数人の男たちがせっせと押したり引いたりするたびに、積まれていた金貨が崩れてざらざらと音を響かせる。その重々しさ。


(あぁ、これ実際だとこうなるんだ……)


 現実(リアル)のはずなのに、全く現実味がない光景に思えるのは、ゲームでは金銭のやり取りが数字表記のみだったからか。あるいは、ただ単にリコリスが貧乏人だからか。

 やがて、言葉もないリコリスの前に荷車が到着して、その両脇にサイカッドとアルルーナが立った。


「依頼の報酬ですぅ」


 にっこりと微笑みかけられて、少し目眩がした。


 報酬の金額は5百万(バル)

 金貨が1枚1000Bで、銀貨が100B、銅貨は10B。それより小さいのが鉄貨1B、その10分の1が石貨1(ペイカ)となる。

 金貨より上の貨幣は、貴族など、常日頃から大きな取引を行う者たちの間でのみ流通していると、説明を受けたことがある。また、鉄貨石貨は一般の鉄や石と違ってかなり軽い物を用いて作られているらしい。そのどちらも実物を見たことはまだないのだが。


 そして、アクティブファームでは所持金が総合の金額と、各硬貨の枚数の2種類で表示され、更に自動両替システムがなかった。つまり1000B所持していた場合、単純に金貨1枚だけのこともあれば、銀貨が10枚であったり、銀貨9枚と銅貨10枚であったりしたのである。

 ちなみに銀貨貯金、銅貨貯金など、同じ硬貨ばかり集めることを楽しむプレイヤーも多数存在した。


 両替そのものは大きな都市にある銀行でいつでも行えたが、リコリスはあまり頻繁に出向かなかった。そのため彼女の所持金にはいつも小銭が多く、今現在、4桁の全財産の中には銀貨と銅貨しか存在していない。

 つまり、鉄貨石貨などと同様に、金貨も今の今まで目にしたことがなかったのだ。


 初めて目にした金貨はリコリスの記憶にある500円玉と同じくらいの大きさ、厚さだった。それが今、目の前で5000枚積まれ、圧倒的な輝きと存在感を放っている。

 あまりの眩しさに、うっかり意識が飛びかけてしまった。

 そのどこかへ飛びかけた情けない意識をどうにか捕まえて、リコリスは顔を引き攣らせながらやっと口を開く。


「あ……ありがとう、ございます」

「だから、それはこっちのセリフだって」

「うふふ~。町長もリコリスさんも、ず~っとお礼言ってるおつもりですかぁ?」

『……』


 再び始まりそうになった礼の応酬は、アルルーナののんびりながら鋭いツッコミで収束した。

 顔を見合わせ、揃って苦笑したリコリスとサイカッドに、アルルーナはふわりふわりと笑む。その視線は興味に輝いて、リコリスの腰に注がれた。


「その腰の方のぉ、ごぉ~って吸い込むところが見てみたいですぅ。金貨でって、豪華な気がしませんかぁ? キラキラして綺麗だと思うんですよぅ」


 腰を屈めたアルルーナは蝙蝠ポーチを覗き込み、「お願いしますぅ」と可愛らしく小首を傾げた。蝙蝠に直接交渉である。

 何となく、逃げ道を塞がれたような気がしたが、気のせいだろうか。


(天然って分からない……)


 こっそり首を捻るリコリスを余所に、交渉は成立したらしい。

 アルルーナの全く悪意のない顔を少し眺めて、例によって蝙蝠がにやりと笑う。

 そうしてすぐ、世にも豪華な金貨5000枚の吸引が始まって、


「うわぁ……」

「おおぅ、こりゃすげぇな」

「わぁ~、綺麗~」


 リコリスたちだけではない。そこかしこから歓声が上がった。

 わざわざ勢いを弱めているのか、いつもよりもゆっくりと吸い込まれていく金貨が、荷車と蝙蝠の間に弧を描く。光り輝く金色の橋だった。


(うーん、蝙蝠様がどんどん芸達者になってるような)


 期待やら不安やら、リコリスの心中はなかなか複雑だ。

 芸達者な蝙蝠様に食べられ、苛められたらしいライカリスも、何とも微妙な顔をしている。

 しかし、見応えがあるのは事実だった。




 最後の金貨が消え、拍手喝采も収まると、その場にはサーカスを堪能した後のような空気が残った。

 いよいよ別れの時間のはずだが、場は随分と和やかで、リコリスとしては気が楽だった。

 まあ、別れと言っても近所ではあるし、しんみりするほどではないのだけれども。


「それじゃあ、本当に色々ありがとうございました。何かあったら、その子に言ってください」


 その子、という言葉に反応して、クイーンが現れる。

 唐突に真横に現れ、神妙に控えた白い美女に、サイカッドがぎょっと目を見張った。唐突すぎたか。


「よろしくね、クイーン。他の子も何人か残しておくから、何かあったらサイカッド町長と相談して。手が足りないなら言ってね」

「畏まりました。――どうぞよろしくお願い致します、サイカッド様」


 クイーンが恭しく頭を垂れる。


「お、お、おう」

「あらぁ、町長照れてますぅ?」

「そんなんじゃねぇよっ!」


 浅黒い顔を赤くしたサイカッドが腕を振り回し、アルルーナが笑いながらクイーンの後ろに退避して、町民たちの笑いを誘っている。

 その笑いの中から誰かがリコリスに向かって「ありがとう」と声を上げた。それから次々と「気をつけて」、「またね」と、親しみと、僅かな寂しさを込めた声が続く。

 リコリスはまた深々と頭を下げ、その声に背を押されるようにしながら、ヴィフの町を後にした。




■□■□■□■□




 リコリスは蔓の森手前の丘から緑になった土地を見下ろして、最後に大きく手を振って。

 そこからは来たときと同じく馬の上だ。


 ライカリスに悪戯され、エベーヌにそれを笑われ、相変わらずご機嫌な蔓に囲まれながら、牧場に残してきた妖精にもうすぐの帰宅を告げる。

 留守の間のことは細かく報告を受けていたし、特に変わったことも言っていなかった。


 ……はずだった、が。


「あ、あれ?」

「……おや」


 ようやく戻ってきた牧場。

 そこでリコリスたちをまず出迎えたのは、いつ見ても可愛い家妖精たちに、こんがりと日に焼けたペオニアたち。その後ろに一回り細くなった弟子たちと、何故か頭と腰回りしか毛の残っていないウィードが続き。

 更に、その向こうに見える自宅にくっつく形で、見覚えのない小屋が造られているのが見えた。


「えー、結構様変わりしてるように見えるんだけどな……」

「あの小屋はなんでしょうね?」


 相棒の興味はどうやら真新しい小屋に向いたらしい。


「いや、小屋も気になるけど……」


 リコリスとしては、とりあえずウィードに何があったと尋ねたかった。

2012/07/27

金貨の枚数変更

硬貨の説明追記

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