第5話 家妖精とやっぱり蝙蝠
ライカリスの昼寝の時間は、リコリスにとってなかなか有意義な時間となった。
【メインメニュー】
【ステータス】
【スキル】
【フレンド】
リコリスの意思に応えて、次々と画面が目の前に現れる。
わざわざ声に出さなくてもメニューが出せるように練習していたのだ。
トマトパスタを作った時、空中に浮いたレシピは、ライカリスには見えていないようだった。
レシピと同じように各メニューも他人に見えないのなら、いちいち口に出して表示させていたら独り言の多い人になってしまう。それでなくても、念じるだけで扱えたほうが、便利に決まっている。
ライカリスが寝ているのでうるさくはできないし、ちょうど良かった。
「ふぅ……」
最後に【クローズ】と念じて全ての窓を閉じて、彼女は一旦目を閉じた。
意識を集中すると視界の端に簡易情報が見えるようになったのも大きい。リコリスの名と、HP、MPと日付と時間が表示されてる。気を逸らすと見えなくなるので邪魔にもならないし、便利だった。
『 夏の2の月 3日 午後1時 』
現在はこう。そういえばトマトは夏の作物だった。ここに現れた当初、日差しはまだ柔らかかったが、今はきつい。夏だと知って納得する。
この家には時計がないから分からないが、時間も間違ってはいないだろう。
最初にメニューを出したときには12時を少し過ぎたくらいだった。このお昼寝もそろそろ1時間強。
本当によく寝ている。
自分の簡易情報を出す時のように見つめると、ライカリスの情報が出てきた。名前とレベルと、HP、MP、そして状態『睡眠』とある。
つつき甲斐のない頬をつつくと、ライカリスは低く唸って眉間に皺を寄せた。
「ライカ。そろそろ起きないと夜寝られなくなるよ」
「んー」
イヤイヤと首を振る。膝の上でやられると、とてもくすぐったい。
「ラーイーカ」
むーむー唸るライカリスに何度か呼びかけていると、5分ほどして漸く瞼が持ち上がった。
予想外に寝起きが悪い。
「……リコ」
「おー、おはよ、ライカ」
「ん。……夢?」
ぼんやりした目で問われる。何を訊きたいのか分かって、リコリスは首を振った。
「夢じゃないし、ここにいるよ」
「ん、んん」
それから、しぱしぱと瞬きが繰り返されることしばし。虚ろだった視線がはっきりして、リコリスを見上げた。
「おはよう。寝坊助」
「……そんなに寝てましたか」
「ううん。1時間くらいかな」
ライカリスが目を擦りながら体を起こした。それを待って、リコリスはコップに水を汲みに行く。
未だ睡魔と闘っているのか、額に手を当て、不機嫌に顔を顰めている様子は、昔のライカリスを思い出させる。掠れた声も低く無愛想だった。
「はい、水」
「はぁ、どうも」
そっけない礼を述べて、ライカリスが水を受け取る。その様子をじっと眺めると、訝しげに横目で見返された。
「何か?」
「何か?」と「どうも」……本当に初期の彼のようだ。訪れると、とても嫌そうに、最低限だけ口を開いていた。挨拶もなく、返ってくるのは迷惑そうな、蔑むような視線のみという。
ゲームだったから耐えられたし、ムキにもなって必死で通ったが、今現実にそれをされると。
(下手したら泣くな、私)
それくらい、態度が悪かったのだ。再会してからはかなり遠のいているが。
リコリスは警戒されないよう、ゆっくりと動いて、目の前の横顔に触れた。
「顔色。少し良くなったかなって」
「あぁ……」
触れる手にはなされるがまま。髪を梳いてやれば、気持ちよさそうに目を閉じる。
「すみません。まだ少し頭がはっきりしなくて」
「そか。もう少し寝かせてあげればよかったね。ごめん」
「いえ、大丈夫です」
なんだったら、町に行っている間に寝ていてもらってもいいのだが。それを言うと猛反発されて更に情緒不安定になりそうだったので、黙っておく。
リコリスとしても、町へはついてきてくれた方が嬉しいし、どうせ一緒に行くことになるなら、機嫌良くいてもらいたい。
なんとなくライカリスの扱いが分かってきたというか、当面落ち着くまでは余計なことを言わず、好きにさせた方がいいという結論に達したのだ。
「大丈夫なら……これから畑のもの収穫しようと思うんだけど」
「あ、手伝います」
「ありがと。髪、やったげる」
「あれ」
髪が解けていることに今更気づいたのか、一房摘まんでいるライカリスの後ろに回って、リコリスは枕元に置いていた髪紐を手に取った。
「ねぇ、ライカ?」
「はい?」
大人しくしている頭を見ながら、ふと湧き上がる悪戯心。
「なんならツインテールとか、おさげとか」
「やめてください」
「ちっ」
「えええ、舌打ちって……」
この髪が綺麗すぎるのが悪い。けしからんキューティクルだ。
デフォルト通りに縛ってはみたが、実はツインテールの野望を捨てていないリコリスだった。
■□■□■□■□
「よし。じゃあ、やりますか」
「はい」
完全に目が覚めたらしいライカリスを後ろに従え、外に出る。
家のすぐ前から見渡す限りの畑があって、人力で収穫しようと思ったら、どれほどの時間と労力が必要だろうか。
妖精師でよかったと、心底思った。他の職にはない恩恵だ。
一呼吸置いて、視線を上げる。
【スキル選択】
【家妖精ランダム召喚】
【スキル発動】
キュイイイ、と高い音がした。
リコリスが期待を込めて見つめる先、ぽんっと可愛らしい音がして煙のようなエフェクトが現れる。
その中には。
「わぁーい。ご主人さまぁ」
(なんだこれ、可愛いーっ)
黄色の三角帽子に、ゴーグルを引っ付けた小人が立って、リコリスを見上げていた。
明るい茶色の髪はカールして、同じ色の瞳はくりくりだ。身長は、リコリスの膝くらいまでしかない。
ゲームにはない、凄まじい破壊力だ。
特徴からいって、『テテ』と名づけた妖精だろうか。妖精たちには自分で名前をつけられ、家妖精は見た目の変更も可能だった。
小人の前にライカリスが膝をつき、小さな手と握手を交わしている。
「久しぶりですね、テテ」
「はいっ! ……? ライカさま、お久しぶりなのです?」
挨拶に元気良く答え、それからテテが首を傾げた。かと思ったら、目を丸くして急に慌て出す。
「あわわわわ。ライカさま、大変です! お顔が青いのです! 具合悪いですかっ?」
どうやら家妖精の時間も、2年前から動いていないらしい。
それにしても、独特なテンポの妖精だ。いや、可愛いけど。
「大丈夫だよ、テテ。これからいっぱい食べさせて、いっぱい寝かせて、元気にするからね」
「わぁ。ぽよんぽよんにするですね?」
ライカリスの顔が引き攣った。
「…………この主人にしてこの妖精あり……」
ぼそりと言われた言葉は聞こえないフリで。
さて、と気を取り直す。妖精も無事召喚できることが分かったし、収穫だ。
【スキル選択】
【家妖精全召喚】
【スキル発動】
最初のスキルとは違い、こちらは全ての家妖精を呼び出せる。
職レベルをカンストさせ、全ての職業クエストを完了した、マスタークラスの妖精師であるリコリスが召喚できるのは、20人。
全員に名前をつけるのが大変だったが、苦労に見合うだけの恩恵はある。単調な牧場の仕事は全て妖精に頼んで、自分は狩りに行けたからだ。監督は要所要所でよかった。
(――現実になると、どうだか分からないけど)
リコリスの周囲に次々とカラフルな妖精たちが現れる。
名前は『キキ』『ココ』『トト』『ナナ』『ネネ』『ノノ』『ミミ』『モモ』『ララ』『リリ』『ルル』『ピピ』『ペペ』『ポポ』『シュシュ』『ティティ』『ヴィヴィ』『チュチュ』『フィフィ』、そして最初に呼ばれた『テテ』だ。
名前につっこんではいけない。ネーミングセンスがないとも言わないで頂きたい。リコリスは名前をつけるのが苦手なのだ。
それにしても、きゃあきゃあ騒ぐ妖精たちは非常に可愛い。
「じゃあ皆、収穫のお手伝いよろしく!」
『はぁい!』
ざぁっとカラフルなちびっ子たちが散っていく。
ところで収穫した作物はどうやって運ぼう。普通ならアイテムはプレイヤーの四次元鞄に入れて所持するのだが。ゲーム中だと所持品画面は、マスとアイテムアイコンで表示されていた。
どこぞの棚と同じである。
「……」
リコリスは、自分の腰に不安な視線を落とした。彼女の腰には小さなウエストポーチが巻かれている。
プレイヤーの鞄は好みで見た目変更と機能拡張ができた。リコリスのウエストポーチはハロウィンのときに限定販売されたデザインで、蝙蝠の形をしている。基本的に服や持ち物は、全てハロウィン調で揃えていた。
両端に小さな羽がパタパタしているのは可愛いのだが、口にギザギザの歯がついているのが、今となっては少し怖い。だって噛みつかれそうだし。
可能なだけ拡張していたので、容量は最大だ。
軽く触れてみると、がばっと蝙蝠が口を大きく開けた。びくっとした。
そっと覗いてみた中は……。
「………………」
どうやらゲームでの収納各種は、この世界では全て異次元になっているらしい。ハロウィングッズなだけあって、背景画像もそんな感じだったこのポーチ。
(蝙蝠の口を覗くとそこは魔界でした……って、腰に魔界の入り口とか怖いわっ)
使い方は棚の時に分かっているので、何とかなる、だろう。多分。
リコリスとライカリス、20人の妖精たち。総勢22人での作業は早かった。というか妖精たちの作業効率が凄い。
家妖精には牧場仕事専用スキルとレベルがあったので、そのせいだろうか。
頭の上に器用に野菜を重ねて、せっせと走り回っている光景は、可愛いと思うべきか。しかし、動きが高速すぎてどちらかというとシュールなような。
どんどん集められる野菜を、リコリスはせっせと自分のウエストポーチに放り込んでいく。
野菜でいっぱいだった広大な畑が、さくさくと禿げていく。時間をおいて何度も収穫可能な苗以外は、残らず刈り取られていった。
「やることがありませんね。手を出したら邪魔になりそうです」
リコリスの隣で、ライカリスが呟いた。
彼も最初は参加していたのだが、妖精たちの勢いに負けたのか、戻ってきていた。
図らずも、あまり無理をさせたくなかったリコリスの予定通りだ。
「だねぇ。さすがというか、なんというか。すごい子たち」
「ええ。さすが、あなたの家妖精です」
あなたの、が強調されている。
ちら、と見上げると、優しく見つめ返された。そういうことか。
「どおりで。やたらと愛想がいいと思った」
この人間嫌いが。
「彼らは人間ではないですし……妖精師の妖精は、その人の一部でしょう?」
「それはそうだけど」
「あなたの妖精はとても可愛くて、愛しいと思います」
「………………ああ、そう」
反応に困ったリコリスを、誰も責められないだろう。
深い意味はない。ない。ないったら、ない。
「ご主人さま、お顔が赤いのです! 大丈夫なのですかっ?」
「わぁ?!」
突然声をかけられて、リコリスは飛び上がる。
いつの間にか妖精たちが戻ってきていた。最後に回収された野菜と一緒に。
「お顔赤い!」
「ご主人さま、ご病気?」
「きゃあっ 大変なのです」
「大変!」
「大変!」
20人が皆でパニックを起こすものだから、収拾がつかない。
挙句、ライカリスにまで顔を覗き込まれる。
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫! なんでもないからっ」
なんの羞恥プレイだ。
咄嗟に否定するが、彼は納得しなかったようだ。風邪でも、と額に触れられそうになって、リコリスは慌ててその手を避ける。
「……」
「ホ、ホントに平気。具合悪くなったら、ちゃんと言うよ。約束したもん」
「……分かりました」
渋々と手が戻された。
「ほら、おチビたちも。私は大丈夫だから落ち着いて」
「大丈夫だって」
「大丈夫? ほんと?」
「ご主人さま元気!」
「よかった!」
「よかったね!」
元から落ち着きがないので、パニックが収まってもあまり変わらなかった。単純で可愛いけど騒々しい。
リコリスは深呼吸して、転がっているトマトをひとつ拾い上げてポーチに放り込んだ。それを見た妖精たちも各々野菜を拾い、彼女に手渡そうとしてくる。
受け取ろうとして、リコリスは先を越された。
何に? ――ポーチに、だ。
ぐわば! と一際大きく口を開けた蝙蝠に、ぎょっとして硬直する。
直後、全ての野菜が吸い込まれていって、あっという間に最後のトウモロコシが消える。口を閉じた蝙蝠がげふっと鳴いた。
(気にしたら負け。気にしたら負け。気にしたら負け。気にしたら負け……!)
モノは考えようだ。蝙蝠も手伝ってくれたのだと思えばいい。
妖精たちはコウモリコウモリと楽しそうだ。
「リコさんの持ち物は、本当に独特ですよね」
「……ははは」
ホントにな。
しみじみと感心されて、リコリスは乾いた笑いを零すのだった。