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第43話 ご馳走で大宴会(蚊を含む)

 この世界に来て、最初にライカリスと共にスィエルの町を訪れた時。ゲームと比較して、その静けさに気がついた。

 他の町と比べれば格段に状況がいいはずのスィエルの町でも、空気が沈み込んでいるように感じたのだ。


 ――では、その他の町、は。


「……」


 蔓の森を抜けたリコリスたちが立つのは、もうすぐ目の前にあるヴィフの町よりも少しだけ高い位置。

 風に吹かれながら町を見下ろせば、そこにかつての賑やかさを感じさせるものはない。ここからでは人の姿も見えなかった。


「……畑があるね」


 町の周囲に、以前はなかったはずの畑が点在している。手前の畑にぽつりぽつりと作物らしいくすんだ緑が見えるが、そこにも今は誰も出ていないようだった。


「行こっか」

「ええ」


 高まっていく緊張と、反比例して沈んでいく気持ちを奮い立たせ、リコリスはエベーヌの首を軽く撫でる。

 蔓の森でも散々笑い転げていた馬も、今だけでも空気を読んでいるのか、小さく嘶いただけで地面を蹴った。




■□■□■□■□




 ――そして今、リコリスはヴィフの町の人々に取り囲まれている。


「救世主!! 救世主リコリス様!!」

「うおおおーっ! 救世主様ーっ!」

『救世主様ーっ!!』


「……………………」


 怖い。


 記憶にあるよりもずっと荒廃したヴィフの町の中央広場で、リコリスとライカリスが祭り上げられたのは司会用の台の上。一段高い台からは、人々の様子がよく見渡せた。

 皆一様に涙を流しながら、大仰に平伏し、あるいは拝み、それはもう大騒ぎである。

 まるで怪しい宗教のような光景は、しかしそれをする人々の痩せ細った姿と、そこに至るまでの時間、そしてリコリスを拝まずにはいられない心境を思うと切なくて。


 戸惑ったリコリスはそろ~っと隣を窺い見、それから情けなく眉を下げた。

 例によって不機嫌に黙り込んで、恐らく目の前の人々を見たくないからだろう、目を閉じてしまっているライカリスの協力は仰げそうもなかったから。……いや、分かってはいたけれども。


 しかし、だからといってずっとこのままというわけにもいかない。

 リコリスはどうにも困った顔のまま、とりあえず片手を挙げて……途端、町中に響き渡らんばかりだった歓声が、見えない何かに撫でられたかのように、手前から順に静まっていく。

 しん、と緊張と期待を孕んだ沈黙。一斉に向けられ突き刺さる視線。


(だから、私はどこの教祖サマだと……っ)


 出かかったツッコミは飲み込んで、リコリスは一言、この場で最も効果的と思える言葉を口にした。曰く、


「とりあえず、昼食にしませんか?」


 ――その瞬間、救世主コールを上回る歓声が弾けた。




 疲れ果て荒んでいた町の空気を吹き飛ばす勢いの宴会は、遅い昼食からそのまま夕食に雪崩れ込んだ。

 瑞々しいトマトを捧げ持ちながらうっとりしている者もいれば、「野菜! まともな野菜!!」と叫び続ける者もいる。「お母さん、僕好き嫌いしないよっ!」と、泣きながらピーマンを齧っている少年もいる。

 結果、リコリスの持ち込んだ大量の野菜は、そのほとんどが生のまま頂かれることになった。


 そんな、喜びが溢れすぎて若干殺気だって見える光景を、リコリスは広場の隅から眺めている。

 右隣には機嫌の悪い相棒、その反対に少量の昼夜飯、更にそれを挟んで座っているのが、ヴィフの町の町長、サイカッドだった。


 スィエル町長のサマンよりも一回り若いサイカッドは、今は頬こそこけてしまっているものの、がっしりと大柄な体型は健在だった。ぼさぼさの黒髪の下から覗く愛嬌のある小さな目は、優しく親愛に満ちている。

 さすが町ひとつを纏め上げている責任者は、誰よりも早くテンションを落ち着け、キュウリを片手にリコリスに何度も頭を下げていた。


「――本っ当に助かった! ありがとう、きゅ」

「リコリスです」


 もちろんそんなこと知っているだろう。

 だがリコリスはサイカッドの言葉をあえて遮った。うん、救世主はもういい。


 いい笑顔で今更な名乗りを上げたリコリスに、サイカッドは呵々と笑い頭を掻いた。


「いやぁ、悪いな! どうにもテンション上がっちまって」

「……まぁ、それは分かってるんですけどね。でも救世主はちょっと……」


 まさかとは思うが定着しても嫌だし。

 そう苦笑しながら主張すれば、サイカッドも「まぁな」と笑う。

 しかし、そこでふと真面目な顔になってリコリスに体ごと向き合うと、もう何度となく下げている頭をまた大きく下げた。


「……でもな、本当に本当にありがたいと思ってるんだぜ。俺にとってこの町の連中は大事な家族だからな。それを助けてくれたんだ。どんだけ礼を言ったって足りねぇよ」

「サイカッド町長……」


 それから、リコリスは2年間の状況を詳しく聞いた。

 主な食料がモンスターの肉だったこと。

 スィエルの町に続いて、ヴィフの町を従えようとしたミステルの人間たちのこと。もちろん抵抗しようとしたが、その前に連中の半分がヴァインバンヤンの餌食になり、もう半分は広がった蔓の森に怯えて逃げ出したこと。

 余計なことばかりするミステルの町が退いてからは、辛うじて生活が成り立つようになり、彼らにとって決して弱くはないモンスターを必死で狩って生きてきたこと……。


 それらを話すサイカッドの顔は暗く、口調は重く沈んでいる。

 もさもさとした顎髭を撫でながら、彼はため息をついた。


「モンスターを狩るのも一苦労だからな。スィエルの連中が分けてくれた野菜から種を取って育ててみようともしたんだが……」


 遠くに向けられた視線が何を意味するのか、リコリスにも分かった。町の周囲に作られた畑だ。

 町に入る前に確認したが、いずれの作物もよく育ってはいなかった。

 その多くが枯れていたし、辛うじて育ったものも、萎れかけていた。


「何でだろうなぁ。どんだけ頑張っても上手いこと育たないんだよ」

「……そうみたいですね」


 無理もない。この世界はそういう世界で、だからこそ過去沢山の牧場主が呼ばれたのだ。


 ――昔々のお話。


 ヴェルデドラードのどこかに女神の樹があった。豊穣の女神ヴェルデの樹で、この世界の人々と大地の恵みを繋いでいた。

 人々に実りの恵みをもたらすために、ヴェルデが力を注いだ、それはそれは大きく枝葉を広げた、立派な樹だったという。


 しかし、いつしかヴェルデと実りへの感謝を忘れた人々が、女神の樹に傷をつけ、その悪意によって樹を枯らしてしまった。

 ヴェルデは嘆き悲しんだが、それ以外の2神、ソレイユとリュヌは怒り狂い、その結果人間には呪いがかけられた。大地の恵みを受けられないという呪いだった。つまり、どれだけ努力しようとも、以前のように作物を育てることができず、自然の恵みもなくなってしまったのである。

 また、神々の怒りによって、強大な力を持つモンスターが多数生み出された。

 人々の生活は一変した。


 世界に広がっていく飢えに、樹と共にその力のほとんどまでも失ってしまったヴェルデは嘆きを深くする。

 樹を失ったことは悲しい。己の身を案じてくれた2神の怒りも尤もだ。それでも……このまま人々が滅びの道を辿るのは忍びない、と。


 やがて女神の憂いが別の世界から1人の青年の魂を呼び寄せた。

 元々の世界で非業の死を遂げた青年だったが、自然を愛する心はヴェルデと相性がよく、もちろん神々の呪いもない。これならばと考えたヴェルデが土地を与えると、彼はすぐに結果を出してみせた。

 与えられた土地を豊かにして周囲の人々を助け、更に予想していなかったことに、その土地が豊かになればなるだけ、ヴェルデに力が流れ込むようになったのだ。

 そうしてヴェルデが少しだけ力と笑顔を取り戻したことで、怒れる2神は考えた。人間たちを許すことはできないが、ヴェルデのためにも最後の機会として実りをもたらす者を迎え入れよう。


 それから3神は外の世界から人を呼んだ。

 生きている者、死んだ者。心優しく、ヴェルデと共感できる者。望まれぬ招待は決してしなかったから数は多くなかったが、それでも異世界の人々は集う。 

 これが、後々の牧場主の最初だった。


 そうして時を経るうちに、沢山の牧場主が呼ばれ、この世界で生きた。

 ゆっくりとヴェルデは力を取り戻し、呪いが弱まって自然の実りは息を吹き返した。この世界で生まれた牧場主の子孫にも、稀にだが作物を育てられる者が現れた。


 ――そして人々は、女神の樹の悲劇を忘れてしまった。


 リコリスたちは、そんな時代に呼ばれた牧場主である。

 悲劇が過去になっても、弱まったとしても呪いは未だに健在で、それを改善していくのが牧場主たちのいつの時代も変わらない役目だ。

 そういう設定のゲームだったし、だからこの世界の人々が忘れてしまったことも知っている。


 肩を落とすサイカッドには申し訳ないが、呪い自体はリコリスにもどうしようもない。

 だから、それ以外で手を考えるしかないわけで。

 リコリスは微かに緊張を漂わせて、サイカッドと視線を合わせた。


「あの、サイカッド町長。試させてほしいことがあるんですけど」

「ん? 何だ?」


 ここに来る前から考えていた。

 もし成功すれば、こうして直接食料を運んでこなくても、このヴィフの町の人々が普通に生活できるかもしれない。その実験。


「少しだけ、町の……畑の辺りの土地を貸してほしいんです」

「それはもちろん構わんが……」


 上手くいかなければそれまで。

 失敗しても実害はないのだが、興味深く目を瞬かせたサイカッドには、さてどう説明しよう。難しい。

 リコリスが言葉を探していると、それまでずっと黙っていたライカリスが静かに口を開いた。


「……明日にしたらどうですか?」


 たった一言、不機嫌さを感じさせる無表情のままで。

 更に、リコリスの腰の蝙蝠が大きく口を開けた後、むにゃむにゃと口を動かした。まるで欠伸をしたかのように。

 一般人ならさぞ当惑しただろうが、ここでもサイカッドはさすがだった。


「ああ……そうだな! 2人とも疲れているもんな。今日はもうゆっくり休んでくれ。俺の家の客間を自由に使ってくれていいから」


 不機嫌で説明の足りなかいライカリスの言葉と、話せないながらもライカリスの補足をした蝙蝠様のジェスチャーをしっかり受け止め、彼は笑顔を崩さないまま言い切った。

 素晴らしい懐の広さと順応力である。


「あ、ありがとうございます……」

「礼を言うのはこっちだよ。リコリスが何かしたいっていうなら、いくらでも協力させてくれ。でも、とりあえず明日からな!」


 そう言って大きな体を揺らすと、「俺の家覚えてるか?」と問うてくる。

 スィエルの町ほどではないが、ここにも何度も来たことがある。町長の家も覚えているのでリコリスが頷くと、サイカッドも頷き返して2人を促した。


「なら、先に戻ってくれな。俺はここを何とかしていくから」


 この宴会に付き合っていたら、いつまでも寝られそうにない、と。

 町長の家に向かう通りの方へと背を押され、リコリスは慌てて頭を下げた。


「すみません。じゃあ、お言葉に甘えて……」

「おう。綺麗な所じゃねぇが、勘弁してくれなー」


 そう手を振られながら、リコリスはライカリスを引き連れて広場を後にした。


 その夜、サイカッドの努力も虚しく、終わらない宴会の延長で広場で寝てしまった一部の人々が、次の日蚊に食われまくって藻掻き苦しんだのは……まぁ余談である。

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