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第31話 反則技

「で、詳しい話を聞かせてもらえる? 余計な装飾はせずに、簡潔に」


 最近、作業の合間に休憩に使われるクヌギの木の下に座って、リコリスは目の前の幽霊男カリステモンを見据えた。

 この場にいるのはリコリス、ライカリス、ジェンシャンと、カリステモンだ。他の弟子たちは、遠巻きな見物に回るらしい。


 結局あの後、リコリスたちはこの幽霊を振り切れずに、牧場に戻ってきた。

 御霊石を壊すことも考えたが、残念なことに石は硬いことで有名で、更に「お願いを聞いてくれないと取り憑きたくなるなぁ」などと言われては、どうしようもなかったのだ。


 骨も荷物もまとめて蝙蝠に食べてもらって、戻ってきたのは昼を過ぎた頃。

 予定よりもかなり早く戻ってきた2人を迎えたジェンシャンが、頬に手を当てしみじみと言った。


「随分変わった拾い者ですねぇ」


 揃ってため息をついたリコリスとライカリスを、誰が責められようか。


 木陰に入ったリコリスたちと違い、カリステモンは真昼の太陽の下でのほほんと構えている。幽霊のくせに。

 睨むような目線にも、全く動じないのは、既に死んでいて怖いものがないからだろうか。

 相変わらずにこにことしている幽霊は、リコリスに問われ、機嫌よく頷いた。


「ええ、もちろん。――僕の鞄を出してもらえるかい?」


 小首を傾げながらの言葉には、蝙蝠が対応した。主人よりも、よほど反応が早い。

 ぺっと吐き出された古い鞄を前に、持ち主が側面のポケットを調べるように告げる。

 それにはライカリスが応じて、そして取り出された物、それは。


(ぎゃあああっ! 出たよ、特殊指定素材ぃっ)

 

 リコリスの目の前で、相棒の手に乗る――それは種だった。

 情報を確認して、彼女は心の中で盛大に呪いの声を上げる。


「これをご存知かな、レディ」


 微笑みながら訊いてくる幽霊に、リコリスは口を開く。彼女の内心を反映したその声は、低く唸るようだった。


「――【雪の華】」

「そうだよ! さすがだね!」


 ぱっと嬉しそうに表情を華やがせるカリステモンとは反対に、リコリスの表情は暗い。


 それもそのはず。

 この【雪の華】を始めとして、ゲーム中に少数存在した特殊指定素材と呼ばれるアイテムは、数ある作物の中でも最も育てるのが困難なものなのだ。

 種類にもよるが、共通する特徴として地球時間で丸2日、ゲーム内時間――つまりこの世界では、6日は確実に潰される。しかも、そこまで張り付いて育成に時間を使っても、収穫できる確立は50%である。

 主にレアアイテムの生産に使用されるそれらは、完成品の効果を約束する代償とでもいうように、数多くのプレイヤーを泣かせてきた。それはリコリスも例外ではない。


 今、目の前にある【雪の華】は錬金素材のためリコリスは育てたことがないが、料理素材ならば育成経験がある。その経験からすると、世話は1番忙しい時で分刻みのはずだ。非常に手間暇がかかる。

 というか、それよりも何よりも、夏に出してくるアイテムではない。その名の通り、冬の作物なのだから。


 咲かせられるだろうか。正直全く自信がない。

 頭を抱えたリコリスが何も言わないのをいいことに、カリステモンはまたうっとりと視線を何処かへ飛ばして、大げさな身振りで説明を始めた。

 ……余計なことを言うなと、最初に言ったのに。


「これはね、僕の愛しい女性に捧げるために、採ってきたものなんだ!」


 生身であったら頬を染めているだろう。

 そんな表情で、幽霊は語る。


「ああ、僕の女神っ! 彼女の白銀の髪はいつでもキラキラと輝いていてね、僕はよく雪の華に譬えて、賞賛したものだよっ」

「まぁ、銀髪とは、珍しいですねぇ」

「そうなんだ! けれど、雪のような美貌が、僕のために綻ぶその瞬間こそが、僕が真に愛した瞬間でねっ、何度胸を締め付けられたか分からないよ。ああ、あの、甘美な拷問といったら……!」


(うぜぇ……)


 そして、これにのんびりと合いの手を入れられるジェンシャンもすごい。


(それにしても、【雪の華】ねぇ)


 ライカリスの手から種を摘み取り、リコリスはそれを手の平に転がして観察する。

 表示される情報には間違いなく【雪の華の種】と表記されており、成長率0%となっている。牧場主(プレイヤー)が取り扱う、間違いなく本物の種アイテムだ。

 それにしても、この幽霊は先ほど「採ってきた」と言ったが、本当だろうか。


 隣にいるライカリスも、同じ疑問を抱いたのだろう。

 その目を見返して頷き、今なお、愛する女性とやらのことを熱心に褒め称えているカリステモンに、リコリスは視線を移した。


「ホントにこれ、採ってきたの? 自分で?」


 発言に割り込む形の問いかけになったが、特に気を悪くした様子もなく、カリステモンは頷いた。まるで、よく聞いてくれました、と言わんばかりに。


「そうだよ! ある時彼女が僕に言ったんだ。雪の華が見たいって! 滅多にない彼女のおねだりに僕は燃えちゃってねぇ。君のためなら僕は火の中水の中雪の中、この身がどれだけ削られようとも、必ずやその美しい銀の髪に雪の華を挿してあげましょう! そう言って、僕は旅に出たのさっ!」

「――それで、ネージュ・エテルネルの山へ?」

「そうとも! だって雪の華はあそこにしか咲かないからね!」


 言い切られ、リコリスは思わず天を仰ぐ。


(すっごい無茶振りだよ、彼女さん……)


 ネージュ・エテルネルの山――永遠に溶けることのない雪に覆われたその山は、某双子が生息するスクレットの森と同様に高レベル帯専用の狩場である。適正レベルは800。

 それも雪原効果で常時HPにダメージを受け続ける、特殊マップだった。

 その最も奥に咲く雪の華を、この幽霊は採りに行ったという。


(今レベル表記はないけど、生きていた頃はもしかしたら凄腕の冒険者だったとかは……)


「……あり得ないと思います」


 隣から、ぼそりと小さな声がした。表情を読まれたのだろう。

 リコリスも同感である。とてもではないが、そんな風には見えない。


「誰かと一緒に行ったの? 冒険者に頼んだとか」

「まさかっ! 愛しい女神の願いに、どうして人の手を借りられるんだい? まぁ、雪の華がどこに咲くのか知らなかったから、酒場にいた牧場主さんに情報はもらったけど……それだけさ。断じて、人に頼ったりはしていないよ!」


 ……それで結局死んだのか。

 それにしたって、こうして種を入手してきているのだから、そこは本当にすごいと、リコリスは思った。それだけは、心から賞賛できる。

 しかし、そうは思えども決して口には出さないリコリスに、カリステモンは悲しげにため息をついて続ける。


「……でも、雪の女神の熱烈な求愛をどうにかかわしてやっと見つけた雪の華は、どうしてかこの手にした瞬間枯れてしまってね。後に残ったのは、この種だけなのだよ」

「まぁ……そういうものだし」

「そうなのかい?」


 きょとんと見つめられて、リコリスは頷く。

 ネージュ・エテルネルの山の奥に咲く雪の華は、つまるところ種製造機だ。

 採取すればその花は消え、種が残る。その花は7日すればまた咲くが、何度採取を試みても、得られるのは種だけなのだ。だから【雪の華】がほしいなら、その種から育て、自分で咲かせるしか方法がないのである。


 そう説明すれば、カリステモンは声高く絶望を表現して顔を覆いかけ……不意に動きを止めると、ぱっと顔を上げる。彼はその目に、森で見た時と同じ懇願の色を浮かべ、リコリスの方へと大きく体を乗り出した。

 途端、ライカリスがその間に割り込むように半身を動かし、見つめあう男2人。

 かと思ったら、幽霊の方がにっこりと微笑んだ。


「もう、焼餅焼きさんっ。大丈夫だよ、綺麗な人。君のレディもとても美しいけれど、僕には僕の女神がいるからね!」


 ふふふ、と笑いながらウインクひとつ。ライカリスの鼻を指先でつん、とつつくオマケ付きで。

 その瞬間のライカリスの殺気は凄まじかった。最近は飄々としているジェンシャンですら顔色を悪くするようなそれに、しかし例によって幽霊は平然としている。死んでるってすごい。


「………………幽霊を始末する方法って、ないものですかね」


 心底忌々しいと、地を這うような声が呻く。


「そもそも、リコさんは別に私のものではないですし、焼餅とか意味が分かりません。ふざけるのは存在だけにしてもらえませんか」


 苛々と言い募るライカリスに、しかし敵は手強かった。

 幽霊はその実を最大に生かして、空中でくねくねと身悶えし、だんだん見慣れてきたうっとりという顔をする。


「あぁっ、初々しいねぇ! まるで僕と彼女を見ているみたいで、とっても心躍るよ」


 何が心の琴線に触れたのか、ライカリスの上をぐるんぐるんと飛び回ってはしゃぐカリステモン。

 だが、唐突にピタリと止まって真顔になり、元の位置に戻ると、今度は指を組んで切々と訴えかける。


「――でも、お願いだよ。君のレディの手を少しだけ借りたいんだ。雪の華を咲かせるために。どうか」

「……」


 ライカリスから、問いかける視線が下りてきて、リコリスが軽く肩を竦めると、彼は不承不承ながら体を引いた。

 カリステモンの顔が輝く。


「助けてくれるのかいっ?」

「咲かせてどうするの? あんたはもう死んでて、55年前の人なのに」

「そうだね、残念ながら。でも、彼女との約束なんだ、この雪の華は。僕の心の証なんだよ」


 だから、お願いします。そう、幽霊は深く深く頭を下げる。


「それと……花を届けるのに、彼女を探すのも手伝ってほしいんだけど……」


 チワワのような視線を受けて、リコリスはため息をついた。

 そして、表情には出さずに、色々なことを考える。花の育成に関する手順、問題、この幽霊のこと、その恋人のこと。そして、いつかゲームの中で聞いた、雪の華にまつわる、昔話。

 恋人のことも詳しく聞きたいが、それは花が咲いてからだ。雪の華が咲かなければ、意味がない。そして、時間もない。


「あ、もちろん、この季節に育ててほしいなんて、無茶は言わないから! 僕の御霊石は冬でも美しく光ってるし。ただ、彼女も年を重ねているだろうから、できたら早めに……」

「その方、今、おいくつでしょうねぇ。どこにいらっしゃるのかしらぁ」

「……その女性のことを調べるにも、今は星河祭の準備もある。すぐには無理でしょう」


 3人の会話は半ば聞き流して、その中のライカリスの言葉に、リコリスは心の中で半分だけ同意する。

 星河祭まで、あと少し。準備もある。


 ――だから。


(できる? 分からないけど……)


 多分、今でなければ駄目なのだ。

 それですら確証はないけれど、可能性があるなら、それに賭けるしか。


 覚悟を決め、リコリスは立ち上がった。



「今からやるよ」



『はっ?!』


 3人が目を丸くする。

 慣れのためか、ぽかんと口を開けたジェンシャンとカリステモンよりも早く立ち直ったライカリスが、リコリスに待ったをかけた。


「ちょっと、待ってください」

「その人を探すのは後でいいよ。これから、雪の華を育てるから、花が無事咲いたら考えよ。やー、なんか、やる気出ちゃうなぁ」

「いや、だから、この季節にどうやって」


 その当然の問いには、しかし首を振って。


「要は、寒ければいいんでしょ? ひとつだけ、あるよ」


 冬の花を夏に育てようとすれば、間違いなく枯れてしまうだろう。

 でもここは、ゲームではない。生きた世界だから、多少システムから外れた荒業も、たまには。


 リコリスは人差し指を立て、ある方向に向ける。今の季節でも、雪が降る静かな場所の在り処に。

 ライカリスとジェンシャンはそれだけで察したらしい。2人揃って顔を引き攣らせる。

 ただ1人理解が及んでいないのは、当惑した様子のカリステモンだけだ。


「まさか、あの中に……」

「入る気ですの……?」


 その「まさか」に、リコリスは薄く笑った。

 その笑みもまた、若干引き攣っている。


「だって、始めたら目離せないし、開けっ放しは温度が怖いでしょ? うっかり枯れても困るから、やっぱ、中に入るしかないよね」


 引き攣った笑みは、とても嫌なことを我慢している顔だった。

 それを正確に見取ったライカリスが顔を覆って、盛大にため息をつく。


「えーと?」


 首を捻る幽霊に、ライカリスが重い口を開いた。



「――冷蔵庫です」

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